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繋がれた手のぬくもりは~おまけ話~

作者: 蒼唯

以前『はつゆき企画』に参加させていただいた際に拍手に載せていたお話です。


翌日の敷島視点になります。本編を読まれていない方は、本編を読まれた方が良いかと……。

「あれ? 高橋さん? おはよう。此処に来るなんて珍しいね」

「おはようございます。はい、ちょっと」


 定時の始業時間十分程前、そんな会話が聞こえて来て、手にしていた書類から出入り口の方に視線を移した敷島は、葉月と眼が合った。


「敷島くん、おはよう。ちょっと、良いかな……」


 葉月が小走りで駆け寄り遠慮がちに小声で自分を呼びながら小さく手招きするのを見て、敷島は期待していた通りだと顔が綻びそうになるのを堪えた。

 そして、いつもより幾分か明るくなっている表情にも安心した。


「おはよう、高橋。どうかした?」


 敷島は、用件がわかっていたのに、わざとわからないふりをする。


「うん、ちょっと……」


 葉月が歩き出すのを見て、後を追った。

 昨夜は人目を気にしていたから、たぶん、あの場で話すのはまずいと思っての事かもしれないけれど、逆にこちらの方が注目されていると気付かない葉月に笑いそうになるが、そのまま葉月に従う。


 あまり人気の無い廊下の端に着き、これでは尚更色々と勘繰られるのではないかと思わざるを得ないのに、葉月は構わず口を開いた。


「昨日は、ありがとう。それと、ごめんなさい。敷島くんは色々気に掛けてくれたんだよね? それなのに私、酷い事言って……自分の事でいっぱいいっぱいで」

「え? いや、気にしてないから大丈夫」

「でもね、あれはちょっと、やりすぎだと思うよ? 他の女の子だったら……」

「話って、それだけ?」

「あ、ごめん。手袋、あのまま敷島くん持って帰っちゃったから、返して貰いたいんだけど……」

「あー、悪かったな。今朝は大丈夫だった?」

「うん。他にも持ってたから。……積もらなくて良かったよね。敷島くんも、帰り大丈夫だった?」

「そっか。ああ、そんなに酷くならなかったから大丈夫だったよ。手袋、帰りでも良いか? お客さんが急ぎの用があるらしくて橋本課長と一緒に行く事になっててさ――もう少しで出る予定だから」

「忙しいのにゴメンね。そうしたら、いつでも良いから」

「いや、そういう訳にはいかないだろう? ついでに飯も食いに行こう」

「え、それは……」

「おーい、敷島ー! 行くぞー!」

「やべ…っ、はい!! っと、悪い――コレ、俺の番号書いてあるから、仕事終わったら電話して」


 遠くから上司である橋本が自分を呼ぶ声に返事をしながら、スーツの上着の内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚葉月に差し出して早口でそう言った。


「え、でも」

「敷島ー!!!!」

「はい!! じゃぁ!」


 敷島は狼狽する葉月に無理矢理名刺を押しつけて走り出す。


 自分の席に戻り、慌てて用意していた物を手にして橋本に謝罪した。


「すみません! お待たせしました!」

「全くだ。上司を待たせるとは良い度胸だな。しかも、女とイチャイチャ……益々許せんっ」

「あっは、スミマセン」

「チッ、腹立つな。……それにしても高橋さん、オマエに用なんて珍しいな。何かあったのか?」

「ちょっと……」

「ふーん。――あんまり虐めるなよ? しつこいと逃げられるからな」

「虐めてなんていませんよ。課長じゃあるまいし」

「っ!! このヤロウ。――それにしても、楽しそうだなぁ、オマエ」

「まぁ……。でも、まだまだこれからですよ」

「……あっそ。――さて、行くかー」

「はい」


 地下駐車場に着き、社用車の運転席に敷島、助手席には橋本が乗り込んでシートベルトを締めて車を発進させた。


 あの様子では電話がかかって来るという期待は薄いと思うけれど、葉月と話す口実が出来た事は敷島にとっては大きな一歩だった。


 ――これからは、遠慮しない。

 昨夜言った言葉は、葉月には理解出来なかっただろう。先程の言葉がそれを物語っており胸が痛んだけれど、そんなのは当たり前の事だ。

 今はそれで良い。あの言葉は自分にも向けて言った決意の言葉だったのだから。

 恋人がいるのかはわからないけれど、もし、いたとしてももう関係無い。奪うつもりで行こうと決めたから。


 昨夜、葉月が何故泣いていたのかはわからない。

 でも、帰宅する為に反対側のホームからたまたま葉月を見付け、様子がおかしいと気付いた時に、男関係なのではないかと予想していた。それが例え違っても、あの時のように無視をする事が出来ず走り出していた。

 葉月の元へ行けば、涙を流しており……敷島も胸が苦しくなる。思わず抱き締めたくなったが、それを堪えた。


 ――葉月が泣いているのを見たのは、昨夜で二度目。

 一度目は何年位前だっただろうか。

 休日に泣きながら歩いている葉月を見かけた敷島は、声をかける事が出来なかった。

 同期だからとたまに声をかけたりしていたが、それだけで、その時は葉月に対してそれ以上の特別な感情なんて何もなかったせいもあったかもしれない。


 それからだったと思う。忙しいながらも楽しそうに仕事をしていた葉月が変わっていったのは。

 手が止まり物思いに耽る場面もしばしば見かけ、笑顔も見れなくなっていった。

 それからと言うもの何となく気になり出したが、何故なのか自分でも良くわからずに過ごし……葉月のいる部署に用事があって行く時には、気付けばいつも葉月を眼で追っていた。姿が見えない時には無意識に探していたり……。

 用が無くても姿を見つければ、以前よりも葉月に声をかけるようになった。

 ――笑って欲しくて。

 それでも葉月は、壁を作るような笑顔を浮かべて敷島と話す。それが敷島にとっては辛かった。

 そこで自分の想いに気付く。


 葉月の態度は一向に変わる事は無かったが、めげずに距離を縮めようとした。けれど、肝心な所で恋人がいるのでは? と考えて躊躇してしまう……そんな事の繰り返し。


 でも、それももう終わりだ。

 少しずつでも良いから進まなければ何も変わらないのだから。

 それが、例え気まずい関係になってしまっても……。


 昨夜、手袋をしていたにも関わらず冷たかった葉月の小さな手は、握っているうちに徐々に自分の手よりも温かくなった。その温もりを思い出すように、敷島は信号待ちの時に掌を見つめた。




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