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コルチカム・アパートメント(後)



 ゲーセンの屋内駐車場は市内の中央にある娯楽施設としては珍しく広く、四層の立体駐車場になっている。その3階、車もほとんど止まっていないフロアの真ん中までフレッドは歩いてきた。


 ゴウゴウと、フロアを吹き抜ける風が音を立てて二人の服の裾をなびかせている。


 フレッドが振り返り、冷たい目線をユキオに向けた。


 「どうして?」


 胃の中に大きな石ころが埋め込まれたような不快感を感じながら、ユキオは答えた。


 「他にあんな攻め方をする人間を、俺は知らない」


 「地球には110億以上の人間がいるのに?」


 「わかるよ……何度もここで斬られたんだから」


 皮肉な笑いを見せながらユキオは親指で店内の方を指した。


 「そうか、ボクはキミを甘く見ていたんだな……」


 観念したように両手を広げて、フレッドも苦々しく笑う。曇天のせいで駐車場の中も酷く陰鬱で暗い。フレッドの瞳の奥に潜むものが何なのか、ユキオには見極める事は出来なかった。


 「説明して、くれるか?フレッド……」


 二人の間には5歩くらいの間合いがあった。フレッドが殴りかかってきたり、もしくはナイフを抜いて襲い掛かってくるとはユキオには思えなかったが、それでもそれ以上距離を狭める事はできなかった。


 フレッドは頷いて横を向く。壁の隙間から夕方の街並みを眺めるようにしながら。


 「ユキオの言う通り……ボクはマイズアーミーの操縦者ダ」


 覚悟をしていたのに、ユキオは側頭部にガン!とハンマーで殴られたような衝撃を受けた。できれば聞きたくは無かった、もっとも否定して欲しかった事実が目の前に現れてしまった。


 フレッドが、敵という事実が。


 「スマナイ……ボクは最初からユキオが<センチュリオン>の……『ファランクス5Fr』のトレーサーだという事も知っていた。ボクはキミに会うためにこの街に来たんだ」


 「どういう……事なんだ?」


 フレッドの話はいきなりユキオの予想を飛躍し始めた。衝撃から立ち直れないままユキオはフレッドの説明を待つ。


 「ボクがこの街に来た目的……使命は二つアル。一つはキミから『ファランクス5Fr』のメモリーキーを奪う事。その為には殺害も止ムを得ないという命令だった」


 「さつがい……」


 言葉の意味は知っていても、実際に口に出したことは無い言葉だった。鸚鵡返しに言ってみても実感が伴わない。


 「そしてもう一つ。ボクにとってはコッチの方が大きな使命ダケド……キミという人間に会う事。キミがどんな人間なのか、その事をとても知りたがっていル人ガいル。ボクはその人のためにこの国に来た」


 淡々とそう話すフレッドの、言葉の意味はシンプルであった。しかしその意図は全くわからない。自分の事を知りたがっている人間がいる?それも、その口ぶりでは、海外に住んでいる人間らしいが。


 メモリーキーを奪いたがっている、という話は<メネラオス>の連中との嫌な記憶を思い出させた。マヤの話では奴らも『ファランクス』のデータを欲しがっていたらしい。しかし……。


 「……わからない事だらけだ。俺はただのゲーム好きな学生なだけだ。他にも俺くらいの腕のトレーサーはいくらでもいる。『ファランクス』もいいマシンだけど、基礎データはもう公開されているんだ。わざわざ海外から犯罪まで犯してまで奪いに来るなんて……」


 バカげてる、意味がわからないと頭を左右に振る。フレッドはゆっくりとそんなユキオに歩み寄った。


 「それを全部説明するためには、結構な時間と、そしてある場所が必要だ……ユキオ、ボクを近くの<センチュリオン>のポッドに連れて行ってくれないか」


 そう言ってジャケットの内ポケットから黒い何かを出し、ユキオの手に握らせた。


 「!」


 今度こそ、驚きで言葉を失う。


 ユキオの手の中にあるのは、重たい真っ黒なオートマチックの拳銃だった。


 「もしこれからボクのやることが、キミにとって、そしてこの国にとって害だと思ったら、迷わずにコレでボクを撃ってくれていい」


 「フレッド……」


 キミは一体何なんだ、という言葉も言えずに泣きそうになっているユキオにフレッドは無表情で頷いた。


 「頼むよ、ユキオ」














 ゲームセンターから少し離れた所にあるアパート、今の時間はその地下にある緊急用ポッドが一番人目に付かないだろうと思いユキオはフレッドを乗せてバイクでやってきた。共用駐車場に愛車を停めて、周りに注意を払いながら手入れのされていない生い茂った雑草と植木に紛れてライフラインのある地下トンネルに入る。


 蓋を閉める直前に目に入った空はさらにその暗さを増して、いつ夕立になってもおかしくない程だった。


 (……)


 重い鉄の蓋を閉めれば、あとは弱々しい赤い非常灯の明かりしかない。無言で梯子を降り、湿った空気の満ちるトンネルに降り立つ。出撃用のポッドは関係者以外立ち入り禁止の札の貼られた重いドアの向こうにあり、そのロックはユキオ達が持つメモリーキーでなければ解除できない。


 (本当に、いいのか?)


 本来なら、<センチュリオン>関係者以外にここを案内するのは重大な規則違反だ。刑事罰も免れないかもしれない。それも本人自らマイズアーミーの操縦者と言っているのだ。まともな精神状態ならとても出来る事ではない。


 しかし、ユキオは知りたかったのだ。この異国生まれの友人がなぜ自分に会いに来たのか、そしてその正体を晒したのか。


 疑問が大きすぎてまともな判断力が無い、と自分でも思いながらユキオはポッドルームまでフレッドを連れて来た。半ば、どうにでもなれ、というやけくそな気持ちもある。


 「なるほど……操作システムはドクターマイズの与えた基礎設計からだいぶ変わっているんだな」


 感心したようにそんな事を言うフレッドを、ユキオは顔を青くしながら振り返った。


 「話して、くれるんだな」


 フレッドも真面目な顔で頷く。


 「まず、最初に話した目的……ボクの所属する組織からの命令、そして<メネラオス>の目的でもあったそのメモリーキーの奪取の意図。それは『5Fr』のサポートAI、シータを欲しているからだ」


 「シータを?」


 「ユキオ、キミは今まで、シータが思いもよらない挙動を示したのを見た事は無いか?あるいは、命令違反とか」


 フレッドの言葉にユキオは目を見開く。そして記憶が蘇ってきた。グロウスパイルの封印を解除した時の事、『Nue-04x』でのサポート、ソウジロウのプログラムを実行した時の事……。


 「あれは……サポートAIが優秀だったからだと思っていたが……」


 「そうじゃない、本来のAIにそこまでの判断力、そして何より実行力は無い……ユキオ、キミのサポートAIはただの戦闘支援プログラムでは無いんだ」


 フレッドはそこまで言うと、メモリーキーのスロットを指差した。ユキオも示されるままに『Rs』のメモリーキーをスロットに挿しシステムを立ち上げる。


 ブート画面が流れた後、真っ黒なメインモニターにシステムメンテナンスのウィンドウが並び始めた。戦闘状況で無い時にWATSを立ち上げると、自動的にメンテナンスモードが実行される。


 「……シータ?」


 ユキオが恐る恐る声を掛ける。


 「ハイ、玖州サン。現在ハ戦闘状況ガ確認デキマセン。コノポッドデハ正規ノメンテナンスガ実行デキマセン。オ手数デスガ悠南支部ノメンテルームニテ操作ヲオ願イシス」


 振り返ると、フレッドは頷いてユキオの前に出た。そしてコンソールの上のマルチウィンドウを引き起こし、タッチキーボードを表示させる。


 (……!)


 ユキオはポケットの中の拳銃を握った。もしフレッドが少しでもシータに何かしたとわかれば、ユキオはこの引き鉄を引かなければならない。だが。


 (撃てる、ハズがない……)


 撃てないという自信がある。銃は人を殺す道具だ。フレッドは自分で敵である事を認めた。しかしユキオはまだ実際にフレッドが悪を働いているところを見たわけではない。ユキオの中では、まだフレッドは友人だった。


 友人に、銃は撃てない。


 葛藤に、全身汗まみれになっているユキオの前でフレッドは素早く何かのプログラムを打ち始めた。何行も、何十行にも及ぶ長大な入力が、音も無く進められる。


 1時間にも、2時間にも感じられた。実際には5分くらいの事だったのかも知れないが。入力を終えて横に戻ったフレッドに、何をしたのか問おうとしたユキオは、右のコントロールスティックの前、AI用の表示パネルの上に青い光が灯るのを見た。


 「!?」


 パネルではない。いや、パネル自体も光っているが、光は明らかに普段とは違う。モニターの上に光の粒が次々と生まれ、くるくると洗濯機の中の衣類のように回りだした。やがて光の粒が増え、粒自体も大きさを増し、そのスピードも速くなり……。


 「うわっ!!」


 光が爆縮するかのように集まり、そして部屋を真っ白に染めるほどの閃光となった。目を擦りながら、ユキオがモニターの上に見たのは……。






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