コルチカム・アパートメント(中)
国府田のオゴリで腹を満たしたユキオは、ゲーセンにでも行ってフレッドと一戦交えたいなと考えた。ルミナはいい顔はしないだろうが、最近は割とカフェやら植物園にプチデートに行っている。彼女も大事だがゲーマーとしてはライバルとの時間も必要なのだ。
が、その予定もリストウォッチからのコール音で打ち砕かれてしまった。マヤが素早くハンドバッグからタブレットを取り出す。マイズアーミーの襲撃は二箇所、電話基地局と<センチュリオン>と防衛契約を結んでいる食品会社の大型工場だった。
「基地局にはイーグルチームに行ってもらうわ。ユキオ君とルミナは近くの映画館地下にあるポッドへ向かって。二つ設置されているはずだから」
「わかりました、ルミナさん!」
バイクに掛けていた半ヘルをルミナに投げながらモーターを回す。ソウジロウたちはマヤの車で支部へ向かうようだった。バイクのマルチディスプレイにシータが敵戦力を映し出す。
「多い?」
聞きながらシートの後ろに跨るルミナ。タンデム用のステップを倒すのももう慣れたもので最近はすっかりバイクの乗り方を覚えている。
「強化型『フライ』に『スタッグ』……総数10。増援あるかもね」
「急ぎましょう」
細い腕がユキオのぽっちゃりした腹に巻きつくたびにユキオはダイエットしなきゃと思うのだが、今日も腹一杯食ってしまった。運動する時間を増やす為にもドクターマイズは叩かなければいけないのかもしれない。
(戦争って、こういうくだらないきっかけで始まるのかもしれないな)
鮮やかな黄色の銀杏が降り注ぐ大通りを、くだらない事を考えながらユキオは映画館へ急いだ。
「流石だな」
と、ソウジロウとイズミが戦線に着く頃には敵の第一陣は一掃されていた。ユキオの『Rs』はまだ完調では無いが、ルミナの『GSt』と『ゼルヴィスバード』のコンビネーションはそれ以上に戦果を上げている。口径の増したスナイパーライフルのブレをルミナは良く制御していた。
「本番はこれからさ」
ライフルの残弾を確かめるユキオのレーダーには増援が映っていた。『リザード』クラスのエネルギー反応が3つ、それを護衛するように『フライ』『ビートル』の混成部隊。そして。
「『ネプチューン』もか!」
第ニ陣の後方から高速で迫るエネルギー反応があった。AIは断定していないが、おそらく『ヘラクレス』級、この前撃退した『ネプチューン』だろう。
「いい加減ここらで始末をつけなければならないな!」
「任せたぞ、『リザード』はこっちで抑えてやる」
そう言ってくれるソウジロウにも、最近は頼もしさを感じられるようになってきた。
「大口叩いて、イズミさんの足を引っ張るなよ」
「問題ない、こう見えて子守りには慣れてる」
普段通りの低血圧そうなイズミの声になっ!とソウジロウが赤面する。おかげで全員の緊張がほぐされた。
グッ、と長い柄の大刃斧を両手に構えた『アマギリ』が踏み出す。『サリューダ』シリーズの特徴の一つの豊富な接近戦用武器をイズミは愛用していた。サブの武器として腰にこの前装備した軽量のレーザーリッパー。射撃武器はバックパックに付けた自衛用の対空砲だけだった。
『ネプチューン』が警戒ラインを割り込みアラート音が鼓膜を震わせる。ユキオは雑魚をチームメイトに任せて『Rs』を飛翔させた。
「敵、高威力ビーム射撃準備シテイル模様デス」
「あの距離からか!?」
メインモニターに『ネプチューン』は豆粒のようにしか見えない。シータの報告を信じてユキオは空中で停止して姿勢を整えた。左手のスティックの短縮ボタンを押すと、『ヴァルナ2』の中央ユニットがせり出し側面から細いアームが伸びる。
『ネプチューン』のバーニア炎の前に、真っ赤な光の点が現れるのを見て、ユキオはシータに指示を飛ばした。
「バリアツェルト!」
「バリアツェルト、展開」
ゴウ!と野太い丸太のようなビームが渦を巻きながらユキオ達に向かって発射された。高速で迫る破壊エネルギーの塊が『ヴァルナ2』から広がったピンクの光壁にぶつかりスパークの嵐を巻き起こす。
「ユキオ君!」
「大丈夫!」
紅いビームの帯が掻き消えても、『ヴァルナ2』も『Rs』も健在だった。小泉が再設計したシールドは充分に機能してくれている。
「バリアツェルトはカートリッジ化して、盾を軽量化する事に成功した。バリアの防御力は落ちてはいないが、使用回数は2回、それぞれの連続稼働時間も落ちている。申し訳ないが使いどころに注意してくれ」
小泉はそう言っていた。確かに今のビーム攻撃がもう少し長ければ被害があったかもしれない。回数が2回というのも気になるが、今まで使っていたバリアも大体が敵の攻撃ですぐに支持架が破壊されて1回しか使えていなかった。使い捨てのカートリッジ方式になった方がかえって使い勝手が増している気もする。
『ネプチューン』は持っていた大型のビーム砲を捨てて突撃してきた。向こうも使い捨ての一発きりだったのかもしれない。もしくは性分に合わなかったのか。それは有人機ならではの行動だろうが。
「上等!」
ユキオもパワードライフルをラックにかけてブレードを抜く。高度を上げながら二機はルミナ達が見上げる頭上で刃を交えた。
相変わらず『ネプチューン』の攻撃は疾く、重い。カズマほどの経験もカンも無いユキオには依然不利な戦いだった。慌しくペダルを踏みスティックを操るも『Rs』の装甲やアンテナ、補助翼が次々と斬り落とされてゆく。前にユキオが付けた顔面の切り傷の奥にマイズアーミーマシン特有の複眼のようなセンサーアイが煌いた。
(律儀にそこは直さないで来たってか!)
繰り出される鋭い突きをレーザー刃の腹で受けて弾き返す。上に振り上げたその勢いで『Rs』の手からブレードの柄が離れクルクルと宙に舞った。『ネプチューン』の視線がそちらを向き一瞬、動きが停止する。
「かかったか!?」
確証も無くユキオは空いた右手をシールド裏に回す。バニティスライサーを二枚、器用に取り出して立て続けに投げつける!
二つの光輪は不協和音を奏でながら『ネプチューン』に牙を剥く。一本目は剣に両断されたが流石の『ネプチューン』も二本目には返す刃が間に合わず肩アーマーにザックリと亀裂が入った。
(それほど、いい当たりではなかったが!)
流れはこちらにある。ユキオは回転しながら落下してきたブレードの柄を掴み再びレーザーの刃を闇夜に輝かせた。蒼い光刃が縦一文字に振り下ろされる。回避も間に合わず、『ネプチューン』は止む無く左腕を前に伸ばした。命と引き換えにその腕にレーザーブレードが突き刺さり無残な姿へと成り果てる。
が、敵もそうそう防戦一方になってはくれなかった。左腕に構わず強烈な蹴りがシールドごと『Rs』を吹き飛ばす。更に恐ろしい加速で吹き飛んだユキオに追いつき、剣を振り上げた。
「こんなにシンプルな攻めなのに、動きが速過ぎるから!」
激しい揺れに苦しみながらユキオはそう自己弁護をするように罵り、その自分の言葉に引っかかりを感じた。
(……似ている?この攻め方……!)
前もうっすらと感じた。こんな戦闘スタイルの似た人間が、二人も三人もいるだろうか。只の偶然と思いたいが……。
『ネプチューン』が再び剣を振りかざす。ユキオはシールドの裏に隠したレーザーソードの出力を最大まで上げた。
「カウンターッ!!」
こめかみに痛みを感じるほど集中させた神経がバチン!と脳内で弾ける。全身を反射神経のみに委ね、相手の一撃に合わせて右腕が思い切り前に突きだされた。
ガキィィィィン!!
派手な金属音を立ててレーザーブレードと実体剣が正面からぶつかり砕けあう。レーザーブレードもショートして使用不能になったが、思惑通り『ネプチューン』のソードもスクラップとなった。
(この後は……)
ここまで予想通り、と言うのもなんだが追撃の蹴りをシールドで甘んじて受ける。防御姿勢を取ったが地表に近い低空だった為、墜落の衝撃の方が手痛いダメージとなってしまった。滑らかなガラスのような地表が割れ、『Rs』の背中は瓦礫に埋もれてしまう。
「クッ、ハッ……!」
痛む肺で無理に呼吸をしながら上を仰げば『ネプチューン』が脇から小刀のようなレーザーソードを抜くのが見えた。隻腕の重戦士が逆手に持った得物を振り下ろしてくる!
(まずい!)
「ユキオ君!」
思ったより深い瓦礫に嵌ったせいか瞬時に立ち上がれない『Rs』を庇おうと、一機のWATSが間に入った。イズミの『アマギリ』かと思ったが……。
「ルミナさん!?」
予想に反し目の前に割り込んだのは狙撃用の華奢な『ファランクスGSt』だった。スナイパーライフルを両手で横に構え『ネプチューン』のソードを受け止めている。
しかし何の防御措置もしていないライフルの銃身が接近戦用のレーザー武器に耐えられるはずも無く……。
「ああっ!?」
防いだのも一瞬、スナイパーライフルは長葱でも切り落とすかのようにあっさりと両断される。そのままレーザー刃は『GSt』の右肩に火花を撒き散らしながら深々と突き刺さる。
「キャアアアアアアアア!!」
「ルミナ!!」
恐怖とフィードバックの痛み、絹を裂くようなルミナの悲鳴にユキオの全神経が油を注がれたかの如く加熱する。ゴウ!とスラスターの推力で無理やりに飛びあがり野獣の動きで『ネプチューン』に襲い掛かる。
「うぉああああああああああああっ!!」
突き出した膝アーマーの先端からレーザー刃、グリットピラーが発振形成された。フットペダルを踏み壊すかと思うほど体重を掛け、『Rs』の全推力を開放して『ネプチューン』の右胸に三枚刃のレーザーを抉りこむ。
流石に致命傷に近かったのか、『ネプチューン』は『Rs』を力任せに振りほどいてロケットのように直上に逃げ出した。爆風のようなバーニア炎が地表を割り、黒曜石にも似た欠片となって降り注いでいる中、西の方向へ消えてゆく。
宿敵の行方には構わずにユキオは急いで『GSt』を抱え上げて揺さぶった。
「ルミナさん!大丈夫!?ルミナさん!!」
「だ、だいじょうぶ……ちょっと、そんなに揺さぶられたら頭がぐらんぐらんするよ……」
「ご、ごめん!」
力無くそう答えるルミナに安心して、ユキオは『ファランクス』の腕を止めた。他の護衛機はソウジロウとイズミによって大方排除されて、残る数機も『ネプチューン』に従ってバーニアの尾を引きながら撤退していく所だった。
(……)
苦々しい目で敵の去る様を睨む。数個のバーニア炎の光は程無く掻き消えて、距離感も掴めない真っ暗な天空だけが残った。
『GSt』に施された追加装甲のお陰でルミナは特に後遺症も無く帰還できた。前の『St』のままの装甲だったらもっと深刻な被害を被っていただろう。しかしスナイパーライフルをはじめ、本体の右肩やセンサーポッドなど破壊されたパーツの復旧にはかなりの時間が必要とのことだった。特にスナイパーライフルはWATSの装備としてもメジャーなものではなく、『ファランクス』用のスペアどころか汎用品すら悠南支部には無いのだ。
「ごめんなさい、ユキオ君を守らなきゃって、つい……」
ルミナがそう言って肩を小さくしながら頭を下げるのを、頭ごなしに怒れるスタッフはメンテチームにはいない。
なので、ソウジロウはユキオに八つ当たりをする事にした。
「いや、奈々瀬さんは悪くない。こっちのポンコツがもっと頑張ればこんな事にはならなかった。でも奈々瀬さんにケガがなくて良かったよ」
「……確かに俺の動きが甘かった。すまん。ルミナさんも、ゴメン。ありがとう」
素直にユキオは自分の非を認めて頭を下げる。少し意外な反応にソウジロウも戸惑った。
「ううん、いつもユキオ君にばかり強敵を任せてしまっているから……」
申し訳無さそうにそう言うルミナの細い肩をマヤがいたわる様に撫でた。
「念の為、精密検査を受けておきましょ。小泉さん、『GSt』の方は……」
「出来るだけ急ぎます……が、すみません。十日はかかりそうです」
「わかりました、『2B』や修理の終わった『5Fr』もある事だしどうしても、って時はそれを使えばいいわ」
義妹と連れ立ってメンテルームを出てゆくマヤを見送って、小泉以下スタッフが持ち場に戻る。ソウジロウも白衣を着て(これが無いと集中できないらしい)自前のマグにメンテルーム名物の苦いキリマンジャロを注ぐ。それから、姉妹を見送ったまま立ち尽くしているユキオに気付き近寄った。
「……ま、大したことは無くてよかった。反省を次に活かせばいいさ」
「あ、ああ……」
背後から声を掛けたせいか、ユキオは少し驚いたように振り向く。
「どうした、なんか困った事でもあるのか?1件500円で相談に乗るぞ」
「いや、相談に乗られてもな……確証も無いし。これは……俺の問題だろう」
そう言い残してユキオもルームを出て行く。残されたソウジロウとコーヒーに何本も砂糖を入れてかき回していたイズミは顔を見合わせて首を傾けた。
珍しく分厚い、灰色の綿飴のような雲が悠南市の空一面に広がっているのに気付いたのはいつものゲーセンに着いてメットを脱いだ時だった。雨に降られても困る、とバイクを屋内駐車場の方へ移動させる。考え事をしていたせいかそういえばどこの道を走ってきたのかもよく覚えていない。
(危ないな、俺って奴は……)
昔から考え事をすると他の事に気を配れなくなる性質ではあったが。
(しかし、まずはこっちが優先だ)
ガラスの自動ドアを抜けると、ゲーセン特有の騒がしい音に包まれる。メダルゲームの派手に点滅する光や並ぶゲームのアドバタイズデモ、そしてプレイに盛り上がる客のざわめきはユキオには居心地の良いものであったが、今日は激しく波打つ心臓の鼓動を鎮めてはくれない。
対戦コーナーの端、最新作の並ぶスポットでフレッドはいつものように座っていた。持ちキャラの剣士キャラの体力ゲージの上には7WINの表示がある。今日も好調のようだ。丁度また勝利を収め連勝数を8にしたところで、フレッドは近くに来ていたユキオに気がついた。
「やあ、待ってたヨ。さっきから同じヒトに乱入されててネ。もうスグ諦めてくれルと思うンだけド……」
ニコニコと屈託無く言うフレッド。通っているという日本語学校での勉強の成果か、大分聞き取りやすいイントネーションになっている。ユキオはいいよ、と軽く手を振って横の台の椅子に座った。ゲーセンのマナーには反するが今日はいやに客も少ない。誰かが来たらどけば良いだろう。
程無くして、再び挑戦者を知らせる画面が表示される。プロレスラーを選んだ相手に対して、フレッドはその広い投げ間合いも恐れずに接近し容赦無い強い攻撃を叩き込み始めた。
「……」
レスラーが腕を伸ばすたび、その手首を切り裂くようにフレッドの刀が三日月のエフェクトを描く。危うげ無く一本を先取したフレッドは、向こう側でダン!と床を苛立たしげに踏む音に肩をすくめて苦笑いした。
ユキオは無表情のまま、それを眺めている。
二本目が始まった。序盤、思い切って飛び込んできたレスラーのラリアットをガードしたフレッドはその硬直をEX技で拾われて投げられてしまい三割ほど体力を失ったが、そこからの戦いは前ラウンドと同じ様な流れとなった。隙無く振るわれる竹刀の前にレスラーの体力ゲージがどんどんと削られて真っ赤に点滅し始める。
「フレッド……」
「ン?」
対戦途中で無闇に話しかけるのも、ゲーセンではマナー違反だ。しかしユキオはゆっくりと言葉を続けた。
「……青いマイズアーミーのマシンを、知っているか」
フレッドの指の動きが止まった。
それを合図に二人の、鼓膜の振動も止まったかのごとく、ゲーセンに満ちていた一切のざわめきと電子音が脳内に届かなくなる。
次の瞬間には、画面が暗転しフレッドの操っていた剣士が地に伏していた。経過は見ていないが破れかぶれで出したレスラーの超必殺技を受けて逆転されたのに間違いないだろう。
三本目、最終ラウンドが始まる前にフレッドが立ち上がった。そのまま、僅かに一度ユキオを見るとゲームを放置して出入り口のガラス戸へ向かって行った。ユキオも立ち上がりその後に続く。
ユキオの網膜に映ったフレッドの目は、いつも見てきた人懐っこいゲーム好きな少年のそれではなかった。