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コルチカム・アパートメント(前)



 「おっはよーございまーす!よろしくおねがいしまーす」


 訪れ慣れたTV局のスタジオに入りながらカナが元気に挨拶する。悠南市から1時間半ほどかけて電車に乗った先にある東京郊外のネット局。それほど広くは無いが主にニュースやドキュメント番組に力を入れており真面目な社員やスタッフが多い。


 収録スタジオでせわしなく働いているスタッフからめいめいに挨拶が返ってくるがディレクターや共演者はまだいないようだ。台本の最終チェックをしようと控え室の隅の机に向かう。


 今日の収録はウォールドウォーの特集でカナが出るのはこれで三回目になる。ルミナと一緒に短いコーナーをやって以来、破天荒ギリギリの明るいキャラクターと(それなりに)ウォールドウォーやWATSの知識のある女子中学生声優という希少な存在としてカナはマニアだけでなく一般の視聴者にも人気を得始めていた。


 台本に自分で入れたペンをなぞりながら、口の動きが順調であることを確かめていると、カラカラ、と聞き慣れない音が廊下から聞こえてきた。やがて控え室の前でその音が止み、ノックが鳴る。


 「は、はい、どうぞ!」


 「お、カナちゃんじゃん。おひさ」


 現れたのは車椅子に乗ったカズマだった。後ろには相方のマサハルもいる。相変わらず女殺しの爽やかな笑顔だが、対照的にその車椅子に乗った姿は痛々しい。


 「あっ!はい!ご無沙汰しています!!」


 立ち上がって丁寧に頭を何度も下げるカナに二人が笑いながら手を振る。


 「そんなかしこまらないでよ。いや、今日も可愛いね。お兄ちゃん元気?」


 「そ、そんな事無いです!ええと、ユキ兄……あ、お兄ちゃんはもう変わらずぽっちゃりで……」


 アハハと汗をかきながらそう答えるが、すぐに大事な事を思い出しカナの顔が曇った。カズマとマサハルも空気を察して顔を見合わせると押し黙る。


 「え、ええと……その、聞きました。ユキ兄ぃのせいで……神谷さんに大怪我をさせてしまったって……アタシ、ずっと謝らなきゃって思ってたんですがなかなかお会いできなくて……本当に……」


 「カナちゃん」


 泣きそうな顔になって頭を下げているカナに近寄ったカズマが優しくその手を取る。


 「カナちゃんが謝る事は無いよ。このケガは俺のせいでもある。ユキオだけが悪いわけじゃない」


 「でも……」


 「アイツはもう充分に罪滅ぼしをしてくれている。だから、いいんだ。俺だって一生車椅子に座ってる気も無いし」


 涙がこぼれ始めたカナにマサハルも近寄ってハンカチを渡した。


 「ほら、今日は顔出し収録なんだから。そんな顔じゃメイクさんも困っちゃうよ。笑顔笑顔」


 「……ありがとうございます」


 一生懸命涙を拭きながら笑おうとするカナに二人も笑顔を作った。カズマが腕を伸ばしてカナの小さい頭をなでる。


 「私、今日の収録頑張ります!よろしくお願いします!」


 「うん、いい顔してる。俺達もそれが一番嬉しいよ」


 じゃあ、アタシメイクさんの所行って来ます!と元気な声でルームを出てゆくカナを見送って、マサハルがゆっくり口を開いた。


 「優しいじゃないか」


 「あんな小さい子に心配なんかかけられるかよ……それに」


 ん?と先を促しながらカナの座っていた椅子に腰掛けるマサハルにカズマが深刻そうな顔を見せる。


 「あの子の方が俺達より真面目に仕事してるんじゃないかって気もしてな」


 「そうかもな、プロだし……手ぇ出すなよ」


 「ま、あと3年は見とかないとな」 


 











 <センチュリオン>悠南支部・シミュレーションルーム。


 『ファランクスRs』の実用化は難航が続いているが、どうにか実戦に投入できる目処が立ち始めていた。だが、ここまでにはトレーサー、スタッフの多大な時間と苦心が注ぎ込まれていた。


 「遅い」


 イズミの『サリューダ+』(イズミは『アマギリ』という愛称で呼んでいた)がレーザーリッパーを掲げて下から切り込んでくる。青い残光を引くその刀の斬撃をユキオはギリギリで避ける事ができた。


 (多少、機動性は上がっているってことか)


 しかし、そこからの反撃がままならない。地上に舞い戻りながらイズミは『アマギリ』にマシンガンを抜かせ弾幕を張る。『5Fr』と違い『Rs』の本体装甲は薄い。『フライ』を易々と撃墜するD型マシンガンの威力は脅威だ。


 「やられっぱなしで!」


 回避行動をしながらもリアスカートアーマー内に仕込まれた多弾頭ミサイルを発射する。小型ロケットを6発拡散発射するタイプで『サリューダ』クラスを撃破するには程遠いが、広範囲に爆発を広げられる為に小型の敵への対処や目隠しに役立つとユキオもソウジロウも評価していた。


 ババババババババッ!

 

 『アマギリ』の頭上を抑えるように爆発が帯となって広がる。『Rs』は上手くその向こうに隠れた。


 「爆発が晴れるまで上にいるはずが無い……そこか!」


 イズミが真横から放たれたパワードライフルの一撃を避ける。ユキオが瞬時に地表スレスレまで降下して放った一撃だったが見切られてしまった。むしろ無茶な攻め方をしたために『Rs』は地面に接触してアンテナや姿勢制御翼を失っている。


 「無謀な操作はするな!」


 「文句言う前に頑丈に作っとけ!」


 スタッフの耳に聞き慣れたユキオとソウジロウの罵声が届く中、『アマギリ』が上昇に転じようとする『Rs』のウィングを切り裂く。機体のバランスが大きく損なわれてユキオは舌打ちした。


 「降りてきたのは失敗だったな」


 「出力が高ければ、避けられてたんです!」


 指摘しながら二の太刀を振るうイズミに噛み付くようにユキオはウェポンセレクターを回した。右膝のアーマーの先端から短いレーザー刃が発生し『アマギリ』のリッパーを逆に叩き折る。格闘戦用に搭載された打突用のレーザー武器だ。


 後退しながら互いに銃砲を向け、装甲を削りあう。レーザーソードを温存しているユキオの方が接近戦は有利だがウィングを失ったせいで機敏に動く『アマギリ』には追随できない。


 やがてイズミの持っていたマシンガンの弾が切れ、『アマギリ』は銃を放り投げて虚空に両手を上げた。手持ちの武器が全て無くなったからだ。ユキオも頷いてシミュレーションを終える。


 「お疲れ様」


 ポッドから出たユキオに、ルミナがコップに注いだ飲み物を差し出す。ありがとうと受け取ってユキオは一気にそれを飲み干した。しょっぱいのとぬるぬるしたのが混ざったよくわからないドリンクだ。なにか小さい生き物の尻尾のようなものが見えたがユキオは努めてその記憶を忘れようとした。


 「あ、気に入ったかな?もう一杯飲む?」


 「いえ、もうお腹一杯です」


 ぷーとふくれるルミナの顔も見ないようにしてユキオはソウジロウとイズミの元へ向かった。


 「椋利さん、ありがとうございました。やっぱり自動操縦の『スタッグ』や『リザード』じゃ歯ごたえが無くて」


 「こっちもなかなか冷や汗をかかされた。30分以上も一騎打ちをさせられたこと無いからいい経験になった」


 メガネを拭きながらイズミもそう答える。上気した肌は仄かに桜色に染まりそのうなじにユキオの視線が吸い寄せられる。ルミナが真横に来る前に一生懸命ユキオは別の方へ興味を示すように努力する必要があった。


 「いくらシミュレーターだからって、壊したらデータは修理しなきゃいけないんだぞ」


 「ギリギリまでブンまわしてみなきゃ限界値が取れないって昔のF1ドライバーも言ってたぞ」


 「屁理屈を……で、どうなんだ」


 タオルで一生懸命汗を拭きながらユキオはルームに設置されているインフォパネルのスペックシートに専用のペンで下線を引いた。


 「やっぱり加速だ。ウィング内部に推進機関があると旋回性や上昇力が弱い。他の所にブースターを増やせないか」


 「重量バランスはもういっぱいいっぱいなんだが……まぁ検討してみよう。火器関係は?」


 「欲しいっちゃ欲しいが……それこそもうこれ以上は積めないだろう。あとは『トレバシェット』とExgでなんとかしてくれ。05、06の方は?」


 「まだ暫く……」


 小泉も交えて男三人で頭を抱えているのをルミナとイズミが眺めていると、少し余所行きのスーツを着たマヤがルームに入ってきた。


 「まだやってたの?今日はせっかくタダ飯なんだから、遅れないように準備してね」


 「姉さん」


 表現がガサツ過ぎるのをルミナがやんわりと嗜める。マヤはウィンクしながら肩をすくめて車のキーをぶらぶらと見せた。













 悠南市の環状モノレール駅の一つ、西悠南の近くにある自然食をウリにしているレストランに連れてこられたユキオ達は、奥の座敷にめいめいに座った。オープンして間もなく、まだ新しいキレイな目の畳をルミナが嬉しそうに指でなぞるのをユキオが眺める。今では畳そのものが珍しく、ユキオもヨネばあさんの店以外では久しぶりに見たような気がする。


 やがて注文した料理が並び始める。卓についているのはマヤとユキオ達パンサーチームの四人。イズミは学生ではないが、シャークチームとパンサーチームを兼任するような特別対応をされていた。


 「おお、美味そうだ」


 ソウジロウが湯気を立てる金目鯛の煮付けを前に目を輝かせる。


 「社長の家ならそのくらい普段から食ってるんじゃないのか」


 「たかだか一企業のトップがそんな貴族みたいな生活が出来るか、今日だって朝は食パンとバナナとサラダだぞ」


 ユキオの問いにそう俗っぽく答えたソウジロウの言葉に全員が笑った。あまりにウケたのでソウジロウが顔を真っ赤にして怒鳴る。


 「べ、別にいいじゃないか!ウチは祖父の代まではそれこそ貧乏な零細企業で……」


 「悪かった、悪かったよ」


 ユキオも大笑いしながら茹玉子を一切れソウジロウの皿に置いた。それから自分の前のチーズハンバーグにナイフを入れる。トロっといい具合に溶けたチーズが鉄板に流れ出した。しばし手を動かさずにその様を見つめているユキオにルミナが不思議がる。


 「どうかしたの?」


 「いや、このチーズハンバーグさ」


 フォークを差して一切れ、口に入れる。濃厚なチーズの風味と粗めの挽肉で作られたハンバーグを味わいながら。


 「最初はハンバーグとチーズって別のものだったのを、こうやって中に入れるとか誰かがある日思いついたんだろうけど、それってすごい事だなって思って。食い物とか、花屋もそうだけどそういう何気ない地味だと思っていた事こそが、実はみんなを幸福にする事なんじゃないかと思ってさ」


 「……」


 「俺は『ファランクス』に乗る事で、この街で一番……とは言わないけど、そこそこ他人に貢献しているつもりになってた。でも本当に大事なのはこうやってメシを作ってくれたり服を作ってくれたりしている人なんじゃないかって思ってさ」


 マヤも含めてしばし全員が無口になる中、座敷にスーツ姿の国府田が入ってきた。


 「その考え方はとても大事だが、そうだからと言って玖州君達がこの街や日本にとって重要なわけじゃないよ」


 「国府田さん」


 よいしょ、とマヤの横に胡坐をかく国府田は一人ひとり順番に目を合わせながらお疲れ様、と声を掛けた。


 「今はこう言ってはアレだが戦時下だからね。君達みたいな若者を戦わせるのはとても心苦しいが、重要な人材と言える。玖州君が今言った事はある意味正しいがそれは戦後、また改めてよく考えて欲しい。みんなにも」


 「回りくどい言い方ね」


 「その時その時で、国にとって市民にとって大事なものが変わる、という話さ」


 そう語り合うマヤと国府田の関係もまた、前より少し変わっているようにユキオとルミナには見えた。


 (少し、頼りになる雰囲気が出てきたみたい)


 そう思うルミナの横でソウジロウが問いかけた。


 「戦後、というのは本当に来るのですか?」


 「君の会社的には困るのかもしれないが……」


 そう笑う国府田の前でソウジロウが歯に物を詰まらせたような顔をして言葉を失う。国府田は持っていたカバンに手を突っ込んでいくつかのピクチャーシートを引っ張り出した。


 「こんな食事の時に無作法ですまないね」


 全員がお膳を自分の胸元に引っ張って開いたスペースに並んだピクチャーシートには今年度上半期各国の被害額というタイトルでデータがまとめられていた。ガス、水道電気等のライフラインや医療関係への攻撃による被害額は前年分をすでに上回っている。この分でいけば来年には相当数の襲撃があると容易に予想が出来た。


 「そしてこれが世界各国の被害の推移だ」


 国府田が手元のコントローラーを叩くと世界地図が現れる。前年度は平均的に主要都市に分散していた被害額が今年に入ってアンバランスになっている。


 「見ればわかるが特にこの半年、日本へのマイズアーミーの襲撃数は増えている。ヨーロッパやインド、ロシアではほとんど見られない超大型マシンの出現数もダントツでトップだ。連中の恨みを買ったのか知らないが我が国がメインターゲットにされているのは間違いが無い」


 「何故なんでしょうか」


 ルミナの問いに国府田が真面目な顔で肩をすくめる。


 「それを考えるのは学者連中の仕事だが……まぁああいう方々の言う事なんかアテにならなくてね。ドクターマイズが実は真珠湾攻撃の被害者の子孫で日本を憎んでいるからだなんてトンデモな事を真面目で言うジイサンまでいる」


 若いユキオ達にはとても共感できる話ではなかった。国府田がぱぱっとシートを片つけると全員がお膳を戻し少し冷めてしまった料理をつまみ始める。


 「ドクターマイズの真意なんか、こちとらずっと探っているがとてもわかったものではない。ここまでとんでもない事をする奴なら、頭の良さとその偏執さ相手に話し合いが通じる人物とも思えなくてね……とにかく日本に敵勢力が集中し始めているのは間違いが無い。みんなには悪いがより一層の健闘を期待させてもらう」


 「それで、今日は国府田さんのオゴリってワケ」


 マヤが堅い空気を茶化すように口を挟む。ごちそうさまです!と頭を下げるユキオ達。


 「無事にクリスマスを迎えられたら、また奢ってもらいましょう」


 マヤの提案に盛り上がる子供達を相手に、国府田は苦笑いすることしか出来なかった。


 


 


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