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冬珊瑚と等しくして



 「ふう」


 コントロール用の重いヘルメットを脱いで、汗ばんだ髪の毛を乾かそうとかき上げる。少し伸ばし過ぎたようだ。今度、暇を見て切ってしまおう。


 「どうだった?」


 開いたままのドアから同居人のヒロムがこちらを窺っている。レイミは少し吊り気味の大きな目を艶っぽくそちらに流す。


 「心配だった?」


 「べつ……いや、まぁそれなりにな」


 モゴモゴと言葉を詰まらせながらそっぽを向くヒロムは、それなりにいい奴だとは思う。あくまでそれなり、だが。レイミはTシャツの襟首をパタパタさせながらポッドのコンソールからピンク色のメモリーキーを引き抜いた。


 「操縦性は悪くないし、防御力もまぁまぁ高いんじゃない?でも火力もスピードも無いし……単機ではダメね。『ディフェラソ』の方がましだわ……あと」


 「ん?」


 ペタペタと素足で大小のケーブルが葛の根のように絡み合っているフローリングを踏んで、窓際まで進む。外はすっかり夜になっていた。秋も深まったこの時間は、窓を閉めていても肌寒さを感じてしまう。


 「……例のアレ、もしかしたら第二段階に進んでいるかもしれないわね」


 「本当か!?」


 ヒロムが唐突にひっぱたかれたかのような顔になって慌ててケーブルを飛び越えて近寄ってくる。


 「ユキオ君のポッドの通信を傍受してただけだから、確証も証拠も無いけど」


 「しかし、それが本当なら俺達はのんびりしていられないぞ」


 「だから、あのエージェント君が来たんでしょ」


 「そうだが……」


 下唇をつねるように親指と人差し指の付け根で挟みながらヒロムが唸る。そんな同居人の肩をほぐす様にレイミはぱんぱんと背中を叩いた。


 「なるようになるよ、なんて言うんだっけ、ケ・セラ・セラ?」


 「……ずいぶん、クラシックだな」


 「こう見えて、結構レトロな趣味もあるのよ」


 少し緊張が取れたのか、ヒロムの顔にも僅かに笑みが見えた。窓の外には小さな灯りと赤いテールランプが溢れている。


 (また、こうして一日が終わるのね)


 いつまでこうしていられるかしら、と声に出さずに呟いてレイミは振り返る。悩んでいても仕方が無い。頭を切り替えて遅くなった夕食のメニューを考える事にした。


















 戦闘を終えてポッドから出ると、そこにはルミナ、ソウジロウ、そしてマヤがいた。ユキオが少しモジモジとしながらソウジロウに近寄りながら手を延ばす。


 「……助かったよ」


 「大したことじゃないさ」


 ソウジロウも丸い眼鏡の奥からニヤリとユキオを見上げるようにして、その手を取った。ルミナとマヤもそれを横から見てニコニコしている。と、その後ろから小柄な眼鏡の少女が出てきた。


 「おっと、みんなに紹介しなきゃね」


 マヤが手を広げるようにして三人の所に少女を引っ張り出す。大人しそうだが、おどおどはしていない態度にユキオは自分に近いものを感じた。


 「こちら、今助っ人に入ってくれた椋利イズミさん。今日からパンサーチームの応援という事で悠南支部に来てもらいました」


 驚くユキオ達の前に一歩進み出て、メガネ少女は丁寧に頭を下げた。


 「椋利です、よろしく」


 「あ、ハイ。さっきはありがとうございました。これからよろしくです」


 ルミナも深々と頭を下げた。ユキオとソウジロウもそれに倣う。


 (また、クセのありそうな……)


 戦闘の余韻から落ち着き始めたユキオ達はまじまじとイズミを見た。ソウジロウほどではないが度の強そうなメガネに少し毛が跳ね気味の、赤毛のお下げ。そしてグリーンのジャージ。ユキオ達の学校のジャージではなくどこかのメーカー品のようだがだいぶ着古しているようだ。


 しかし、肝心の操縦技術には信頼が置けると思える。ユキオやカズマ達と同じ位のスキルはあるかもしれない。そしてあの『サリューダ+』という機体……。いろいろ気にかかる事は多かった。


 「椋利……さんはどこかの支部で、僕らやオルカチームみたいに学生のチームで?」


 「あー、いや……」


 言いにくそうにイズミがポリポリと後頭部を掻く。横からあっけらかんとマヤが代わりに答えた。


 「イズミちゃん、フリーのトレーサーよ。もう成人してるんだからちゃんと敬うように。ええと……21だっけ?」


 「……22です」


 「え!?」


 三人が驚く中、恥ずかしさと不満を混ぜあわせたような表情でイズミが答えた。ユキオが失礼しましたと慌てて頭を下げる。


 「いいの、別に、慣れてるから」


 「ええと、じゃあ大学に?」


 話題を変えようとルミナが普段よりキーの高い声で問いかけた。イズミは目を閉じてふるふると首を振る。その仕草も幼げに見えて、とても年上には見えなかった。


 「行ってたけどちょっといろいろあって、今はフリーター。何ヶ月か前に<センチュリオン>のスカウトに捕まって、最近はコレで生活費稼いでるの。ここに来る前は群馬の方で」


 「そうなんですか……」


 「『サリューダ+』も、その頃から?」


 今度はソウジロウが聞く。マシンの方が気になるのだろう。ユキオも、初めて見た彼女の機体には興味がある。その問いにはマヤが答えた。


 「あれはまだ試作機でね、本来なら静岡支部で調整を進めたかったみたいなんだけど向こうも忙しいみたいで。評価試験ついでに拾ってきたって感じ。元々は『バリスタカスタム』に乗っていたのよね」


 「いい機体です。元々の『サリューダ』の安定性が活かされていて、制動力もパワーも充分に発揮できます。多少ガタ付きが見られるとこもありましたが……」


 「そこは後で報告まとめてちょうだい。とりあえずは歓迎会も兼ねて、ご飯に行きましょ。お腹減っちゃった」


 時計を見ると7時を回っていた。久しぶりに長丁場だったようだ。何気なく切なそうに腹をさすったユキオを見て全員が笑いをこぼした。












 


 


 悠南市の郊外、国道がインターチェンジに交わる辺りには住宅や店も無く、ススキが道に沿って延々と茂りまばらに街灯が並んでいるくらいの寂しい所だ。もはや住民のほとんどがその存在を忘れているのではないかと思われる古い公衆電話のボックスが、ぽつんと置かれている。


 フレッドはそのギシギシと音の鳴る扉を開けてボックスに入ると、手早く電話機のカギを開け中の配線に持っていた小さな機械を噛ませた。それからあちこちに小さなキズのある受話器を取って、テレホンカードを入れボタンを押す。


 何十回かのコール音の後、ノイズと共に通話が始まった。


 「フレッド君か?」


 「はい、ドクター」


 日本語ではない、老人の声と思しき低い声が受話器から流れ出しフレッドは恭しく礼をした。


 「久しいな、無事にやっているか?」


 「はい。お陰さまで」


 「……すまないな、この老いぼれの頼みを押し付けて住み慣れない国にやってしまって」


 「いえ、ドクターのお手伝いが出来るなら……それに、ここはいい所です。ご飯も美味しいし、毎日新鮮な発見があります。勉強になっています」


 そのフレッドの言い方は、本心であるようだった。


 「そう言ってもらえれば、この老人の罪悪感も少しは薄れるよ……ところで、アレは見つかったかな?」


 「はい、その所有者とも接触できました。データ履歴は後で送りますが、もう随分と前から同じ所にいるようです」


 しばし、電話先の老人は沈黙した。ボックスの外、高速から下りてきたトラックのヘッドライトが眩くフレッドの姿を光に埋もれさせながら、重苦しい音と共に通り過ぎてゆく。


 「ほう……何か、理由があるのだろうな」


 「自分にも推測しかねますが……これからもう少し探りを入れます」


 「何か、困ってる事は無いか?必要なものとかは?」


 その、まるで孫を心配するような言い方にフレッドは僅かに苦笑した。


 「大丈夫です。ただ……聞いていた以上にこの国は他所の国の人間には冷たいようです。ニホンですらこうなのですから、ドクターのやっておられる事は間違っていないと思いました」


 「そうか……残念なことだが、君がそう言ってくれるのなら自信が持てるというものだな」


 「ドクター?」


 「そういうものだよフレッド……私の様の者でも、なかなか自信というものは持ちにくいものだ。正直なところな」


 フレッドは、その言葉の意味を真剣に考えなければならないと思った。返事に困り、受話器を堅く握り締める。


 背後の道路には、しばらく車も通らない。


 「そろそろ機械の電池も切れる頃だろう。また話そう、フレッド。身の回りには、くれぐれも気をつけるように……」


 「はい、ドクターこそお体に気をつけて……」


 「ありがとう」


 優しい老人の声はそこで途切れた。ツーツーと鳴る受話器を戻し、先程仕掛けた機械を慎重に取り外す。長々と肩で息をして緊張をほぐしながら、フレッドは電話ボックスを出た。


 夜空に散らばる星が綺麗だった。タクシーを呼んでもいいが、この星空を見上げながら帰るのもいいだろう。ジャケットの中に忍ばせた冷たい鉄の感触を確かめながらフレッドはゆっくりと歩き出した。





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