ホリホック・フレンズ(中)
それほど呑んだ覚えは無いのだが、耳の上のあたりにおたまか何かをガンガン叩きつけられているかのような激痛が治まらない。マヤはフラフラとよろめきながら司令所に入った。
「あら」
オペレーターの並ぶデスクより手前、普段マヤが着く総合モニターの前に一人の小柄な女がいた。背中しか見えないが、全く知らないと言うわけでも無い。
「椋利さん?」
マヤの呼びかけにゆっくりと振り向いたのは、国府田の持っていた資料そのままの少女だった。いや、資料では成人しているはずだがその背の低さ、化粧っ気の無さは写真以上に子供に見える。初見の印象ではルミナよりも年下かと思ったくらいだ。
「早かったのね」
「そうでもない。時間通り」
「ホントだ」
時計を見たら約束した時間ぴったりだった。オペレーターの一人が馴れたように水を持ってくる。ありがとうと受け取って一気に呷ると、多少意識がハッキリしてきたように感じた。
「どうかしら、あの子達は」
マヤがモニターに映るパンサーチームの三機に視線を戻した女性、椋利イズミに聞いてみる。
「流石に全国で評判になるチーム……良い動きをしてる。あのでかいコンテナのマシンはそれほどでもないけど、あとの二機は他の支部や民間会社でもトップクラスに並ぶ。特にあのスナイパーの命中率と連射速度はすごい」
ルミナがいつの間にかそこまで褒められるくらいに成長していたのかとマヤは多少驚いた。イズミの戦績から、トレーサーを見る目はそれなりにあるだろう。彼女の評価は信用できると思った。
(ルミナにも、苦労を掛けてしまっているわね)
それは義理といっても妹に酷な事をさせていると思うが、この人手不足の業界、背に腹は変えられない。それでこのイズミにもわざわざ福岡から来てもらっているのだから。
「このままなら、無事に終わりそう」
そう楽観的に言うイズミにマヤは申し訳無さそうに言った。
「そう思いたいけど大体悪いパターンなのよね、コレ」
「そうなの?」
「ええ、この支部の悪い伝統になりつつあるわね……特にあの子達が被害に遭うんだけど」
そう言っている傍から大型モニターの横に設置されている広範囲レーダーに敵機を示すランプが灯った。
「増援です、大型機1!」
オペレーターの緊迫した声に合わせてバツが悪そうにマヤが肩をすくめて見せる。
「出撃準備に入ったほうが良さそうね」
「来たばかりで申し訳ないけれど、お願いできるかしら」
イズミは歩きながら無言で手を上げて見せて、コクピットルームに向かった。
「やっぱり来たか」
支部のオペレーターから連絡を受け、最後の『スタッグ』を『5Fr』の太い足で踏み潰しながらユキオが飽き飽きしたという気分を隠そうともせずにそう言った。偵察に向かった『ゼルヴィスバード』からも映像が入る。
「なんだコレは?」
「さぁ……?」
モニターに映った敵影を見てソウジロウが首を傾げた。ルミナも瞬きしながら同じ様に答える。
暗い空をバックに『トレバシェット』と同じ様に浮遊しているその新手はピンク色の半球状の物体だった。WATSや他のマイズアーミーに見られるような装甲とは違い、やや発光しているような半透明の素材で外殻を形成している。
大きさもかなりあるようだ。目測で『ロングレッグ』の幅に近いくらいはあるだろう。スピードは遅いが接近されてしまえばかなりの脅威になるのではないだろうか。三人が見ているその前で、半球の下側から何本もの触手のようなものが生えてきた。
「クラゲ……みたいだな」
「クラゲねぇ」
ファンシーな姿にユキオ達も思わず気を削がれてしまった。が、触手の先に電光のような眩い光が集まりスパークし始めるのを見て、ユキオが叫ぶ。
「散開だ!」
バリバリバリバリバリ!!!
触手の先から空を裂く轟音と共に閃光が発射された。光は無規則に、雷の如くグザグザに波打ちながらパンサーチームを襲う。直線で無いだけ接近スピードは落ちるものの極めて回避が難しい。
初弾を避けた三人をさらにビームが襲う。ユキオは二人の前に出てバリアツェルトを展開した。
「出来るだけ距離を取るんだ!『GSt』はすぐ狙撃を!」
「り、了解!」
強化したブースターに火を灯してルミナが大きく跳躍する。高台に着地した『GSt』にすぐライフルを構えさせて素早く三発、狙撃を開始する。
が、その弾丸は宙に展開した円形のバリアに阻まれた。見れば、いつの間にか『クラゲ』を取り囲むように小さい『クラゲ』が浮遊している。
「あの小さいの、バリア発生器か!」
『クラゲ』の下面、触手の隙間から次々と『小クラゲ』が射出されてきた。
「まずいな……」
『GSt』のライフルが通じなければルミナは無力化されたような物だ。あの『小クラゲ』を何とかする必要がある。対策を考える間もなくさらに『クラゲ』から稲妻が発射される。
(!!)
稲妻ビームは全く無軌道で飛ぶわけでは無さそうだった。『トレバシェット』を狙う一本を見つけてやむなくユキオはフットペダルを踏み込む。
バリィィィィィン!
何枚ものガラスを叩き割るような甲高い音が『ヴァルナ』の上で弾ける。シールドの三分の一が黒コゲになったのを見てユキオは若干焦りを感じた。このビームを二人が喰らえば一発大破もありえる。
「た、たすかった」
「何か、あのバリアを破る手はないか?」
肝を冷やしたのだろう、メガネの下に慌てて高価そうなハンカチを走らせるソウジロウにユキオが早口で問う。
「ユキオ君!上空から!」
「!?」
直上。ルミナの声に反応して上を向いた。漆黒の空間にオレンジに光る点が。焼けてボウッっと光った弾丸の群れが襲い掛かってくる。急いで散開した二人は強化型『フライ』の増援に気付く。ざっと8機か、それ以上。
それらに、小鳥を襲う猛禽の如く『ゼルヴィスバード』がガトリングを唸らせ銃弾を叩き込む。あっという間に3機ほどが爆散したが、『フライ』はさらに増えるようだった。
「ありがとう、ルミナさん!」
「PMC砲……」
ルミナへの感謝を伝えるユキオの『5Fr』から離れつつソウジロウがそう呟いた。
「なんだって?」
「PMC砲だ。バリアシステムはライフル弾のような単発の攻撃や、エネルギー兵器などの無質量に近い攻撃を無効するのに長けている。しかし金属粒子を高速で大量にぶつけるPMC砲ならバリアを消滅させられるかもしれない」
「本当だろうな」
半分疑うようなニュアンスのユキオの問いに、『トレバシェット』の対空機銃を唸らせて次々と『フライ』を撃墜しながらソウジロウは答えた。
「仮説だ。が、可能性は高いと思う。それと奈々瀬さん」
「何?」
「PMC砲でバリアを消滅させても、威力が相殺されて本体は撃破できないかも知れない。玖州がバリアを破ったらすぐにライフルでトドメを刺してください!」
「りょ、了解!」
難しい事を言う、とマイクに拾われないようにこぼしながらルミナはリロードを掛けた。しかい『フライ』の銃撃と『クラゲ』のビームによる火線は徐々に濃度を増してきている。のんびりはしていられない。
バリアを張る『小クラゲ』は7機。ユキオは全てにロックをかけて『GSt』のメインモニターにリンク情報を流した。
「粒子量に気をつけろ!『5Fr』に搭載してある粒子でもおそらくギリギリのはずだ」
「わかったよ。ルミナさん、左から順番に行く!タイミング、よろしく!」
「了解、どうぞ!」
「3、2、1……!」
『5Fr』の右肩に搭載してある大型砲。PMC粒子射出機から灼熱の金属粒子が暗い戦闘空間を照らしながら空を切る。機動性の低い『小クラゲ』はその攻撃に反応してピンク色の光壁を展開した。PMCの赤い弾丸がそのバリアに突き刺さり、プラズマ化した金属粒子がマグネシウムリボンが燃えるが如く閃光を広げた。
「やったか!?」
「奈々瀬さん!」
(!!)
真っ白に光る光球の向こうに『小クラゲ』の姿は見えないが、ロックマークは外れていない。ルミナは勘と経験で補正をかけながらトリガーを三回引いた。
ボォム!
三発のうち一発に手ごたえがあった。『小クラゲ』が閃光に火花と黒煙を混じらせながら爆発する。
「よし、行ける!」
ソウジロウの快哉に頷きながら、ユキオは次!と合図を下す。ルミナとの連携でまた一機、二機と『小クラゲ』を撃墜した。『クラゲ』本体からのビームも間断無く襲い掛かるが、『ヴァルナ』の装甲を破る事ができない。
(今まで来た大型マシンに比べれば、大した事はない……か?)
『ロングレッグ』や『ギガンティピード』の高火力と比較して、このファンシーにも見える『クラゲ』はこのバリアを張る『小クラゲ』を覗けばそれほど脅威的とは言えなかった。あくまで比較して、なのでPMC砲の無いイーグルチームやシャークチームでは苦戦するだろうが……。
そう分析しながら次の『小クラゲ』に砲身を向けたユキオの眼が、予想外のモノを見つける。
「!!?」
巨大な『クラゲ』の下部、いつのまにか伸びたアーム……射出機か?の先から新たな『小クラゲ』が発射された。一機ではない。二機、三機が続けて『クラゲ』の前に出る。
「ユキオ君!!」
「見えてる!……クソ、シータ!PMC砲の残量は!?」
「最大デ6発分デス。補給ノ必要ヲ認メマス」
薄々わかってはいたが、やはり残弾では『小クラゲ』を落としきれない。しかし補給には一度戦場から撤退する必要がある。その間『ヴァルナ』の無い二人が戦線を支えきれるか……。仮に補給を終えて帰ってきたとして、『小クラゲ』の総数も不透明だ。
『小クラゲ』は更に数を増やしている。攻めあぐねたユキオ達に重い空気が流れ始める中、レーダーに新たな光点が出現した。