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ホリホック・フレンズ(前)


 


 『ファランクスRs』の改善は順調ではなかった。元々全員がわかっている事だったが要求されているスペックが高すぎる。『As』の速力、『2B』の火力、『5Fr』の装甲を併せ持つWATSなど、最先端技術を持ってしても作られていないのだから。


 3つの要素の内、どれかは諦めなくてはならないだろう。火力に関しては『トレバシェット』の改装という方がまだ現実的だった(そのために時間をどう捻出するかという問題はあるが)。マヤもこの問題に関しては別方向から解決を図っていた。


 「つまり、そもそも4人でやっていた事を3人でやらせようとしていた事が間違いだったんですよ!」


 ダン!と安い居酒屋のテーブルに空になったジョッキ瓶を叩きつけながら自論を述べる酔っ払いを、国府田は半眼で見つめた。それから、横を通りかかったバイトの大学生らしい女の子に大ジョッキのお替りを頼む。


 「ちょっとぉ!人が仕事の話してるのに女の子に話しかけないで下さいよぉ!」


 「ああ、ごめんなさい。はいはい、ビール来ましたよ」


 「わーい国府田さんありがとうー」


 ビールを持ってきてくれた女子大生の同情的な視線を感じながらも、国府田はそのジョッキをそのままマヤに渡した。


 (疲れてるんだろうな)


 仕方あるまいと思う。仕事の片腕で悠南支部のマシンの面倒を一手に引き受けていたアリシアがEUに研修に行っただけで、マヤの仕事は酷く増えたはずだ。新しく来たという小泉技師も、資料ではそこそこ有能な人間らしいがアリシアの代わりにはなるまい。


 それは<センチュリオン>関東方面統括室長になった国府田も同じなのだが。本来ならこんな所でのんびりビールを飲んでいる時間も無いが、いい加減デスクに座って毎日10時間以上詰めているのも飽き飽きして外の空気を吸いに抜け出してきたのだ。お陰で、ここの払いは領収書を切れない。


 「ご希望の人材ですが……生憎高校生、しかも転校しても良いという適正者は見つかりませんでした……ただ若いフリーのトレーサーが一人見つかりましたので交渉して悠南支部に来てもらおうと思ってます」


 「んぁ~?使えるの、その子」


 「成績は悪くないですね。トレーサーになって3ヶ月で50機撃破をマークしています。『スタッグ』と1対1になっても押し勝ってますし……」


 どれどれ、と国府田の取り出したピクチャーシートを酔っ払い、もといマヤが見る。そこには背の低い童顔のメガネの少女の顔写真があった。年齢は辛うじて成人になっているが知らなければ高校生になり立てだと思っただろう。


 「ちっちゃいわね」


 「操縦は、ちゃんとできてましたよ」


 「ふぅん……まぁたぶん大丈夫でしょ。お願いいたします」


 シートを返しながらマヤはそのまま机につっぷした。ビールはいつの間にかしっかり空になっている。


 (仕方ないな)


 携帯でタクシーを手配してから、国府田は苦笑いをして会計を済ませに席を立った。












 夜が明けた。住み慣れたマンションのダイニングのカーテンと窓を開けて、気持ちの良い初秋の風を部屋に通す。この頃ではすっかり慣れたのかスズメも二羽ほどサッシの内側に入ってくるようになってしまった。


 「さて、そろそろ仕掛けますか」


 レイミは呑気に囀っているスズメを横目に牛乳を多めに入れたシリアルをかき込むと、よし!と気合を入れて立ち上がった。


 「お、今日行くのか」


 「うん、操作にも慣れたしね。でもアタシはこないだ乗ったストロベリーチョコちゃんの方が好きだなぁ」


 「ストロベリーチョコって……ああ、アレか」


 ヒロムはしばし首を捻ってから、『5Fr』と戦ったレイミの乗った試作機の事を思い出した。思えばあれもだいぶ昔の事の様な気がする。


 「仕方ない、ボコボコに壊されたし。今は稼働時間を改善した新型をアイツが使ってるじゃないか。借りてみるか?」


 「うーん、今日のところはいいわ。意外と使ってみたら愛着沸いたし。さて、準備準備と」


 レイミはぱたぱたと隣のポッドを据えつけた部屋に向かった。今では何故か二台目のポッドが増設され、一番広かったはずのリビングがもう足の踏み場もない程狭くなってしまっている。


 (なぜ<組織>は二台目を送ってきたんだ)


 ぐずぐずになってしまったシリアルをスプーンでかき混ぜながらヒロムはそんな事を考えた。『J』を謀殺した(そんな難しい言葉で言うほどでもないが)事は<組織>も感付いてはいるだろう。それでなくても一向に任務が進んでいない自分達のところに機材や増援を送ってくる……。


 (わからない、デリケートな任務をさせられているとは思うが……)


 濁ったミルクがぐるぐると渦を巻くのを眺めていると、まるで思考までもがまとまらなくなってきた気がしてヒロムはシリアルの入ったボウルを見るのをやめた。自分はこれから養成所とバイトに行かなければならない。レイミを一人で出すのは若干の不安もあるが、フォローは『助っ人』に任せる事にしよう。














 

 

 放課後、フレッドとの対戦を楽しんでる時に唐突にリストウォッチが振動する。いつかは来るだろうなと思っていたが遊んでいる時にマイズアーミーの迎撃を要請されるのはやはりイラっとするものだ。


 襲撃予想ポイントは水道浄化施設。放っては置けない。


 「仕事カイ?」


 ユキオの表情を読んだフレッドがおずおずと話しかけてきた。


 「ああ、マイズアーミーの連中だ。まったく毎日毎日迷惑なこった」


 「ソ、ソウダネ」


 ほんの僅かにフレッドの口調が澱んだが、まだ慣れきっていない日本語のせいだろうとユキオは気にしない事にした。


 「そうだ、フレッドも<センチュリオン>でバイトしないか?フレッドの腕なら充分戦えるだろうし」


 「ア、アア。ユキオノ手助ケガ、出来ルナラシタイケド……デモ、脳波適合トカ条件ガ多インダロウ?」


 「そうそう、よく知ってるね」


 「……郷里ニモ、トレーサーノ知リ合イガイテネ。ソレヨリ、急イダ方ガイインジャナイノカ?」


 対戦台の向こうから、まだ入ンねぇのかよ?という声が聞こえてきた。例の高校生連中の一人だ。すっかりフレッドと顔馴染みになっているようで、調子の良さに呆れもするがそれはそれで良い事だと思う。


 「とりあえず行って来るよ。またね」


 「アア、頑張ッテクレ」


 手を振って別れながらルミナを呼び出す。まだ家にいるようならバイクで拾った方が速い。カズマやマサハルがいない状態ではできるだけ出撃前に人数を確保しておきたかった。


 「じゃあ家の近くの靴屋さんの所にいるね」


 「うん、すぐ行くよ」


 ルミナは予想通り家にいたようだ。モーターを回しながらギアを上げて反対車線に出る。この時間は帰宅ラッシュが始まるので狭い路地を行かないと時間を食ってしまう。ユキオは歩行者や猫に気をつけながらアクセルを吹かせた。
















 「遅いぞ」


 ユキオとルミナが戦場に到達した時には、すでにソウジロウの『トレバシェット』がスタンバっていた。ふわふわと黒い空間に浮かぶ巨大なマシーンの姿はどこかコメディチックに見えてしまう。


 「仕方ないだろ、これでも急いできたんだ」


 「接敵まではあと50秒……ここはまだ安定してるが、前方は脆い地形になっているようだ。いくつか深い穴もある、落下したら多分戦場復帰は出来ないだろうな」


 「そ、そうなんだ……気をつけないとだね」


 ルミナがソウジロウのアドバイスに緊張しながら『ゼルヴィスバード』を偵察に飛ばせた。地形データがユキオの乗る『5Fr』のインフォパネルにも転送される。


 (確かに、レンコンか海綿みたいに穴だらけだな)


 それほど起伏差のない丘陵地帯という具合だったが、あちこちにWATSを飲み込むくらい大きな穴が開いている。穴の底も『ゼルヴィス』のアクティブソナーでも反応が返ってこないくらい深い。万が一落ちたら飛べない『5Fr』や『GSt』は離脱ボタンを押すしかないだろう。


 「敵影確認。強化型『フライ』に『ビートル』……やっぱり飛行型が多いみたい」


 「そのくらいなら大したことは無いけど、この地形が気になる。マヤさんは?」


 「二日酔いみたいで、今日は早上がりしちゃって……支部に向かってくれてるとは思うんだけど」


 申し訳無さそうに言うルミナにやれやれだねと苦笑しながら頷いて見せた。サポートAIのシータに地形データを読ませて危険箇所の付近ではアラートを鳴らすように指示をする。


 「まだ来る!増援……速い!」


 「ヤツか!?」


 ユキオの両腕に緊張感が走る。シールドを構えなおし、セレクターをPMC砲に回した。そこにスコープカメラを最大にしてモニターを睨んでいたソウジロウから通信が入る。


 「いや……飛行型の『スタッグ』だな、三機だ」


 「そっか……でも油断は出来ない。注意して行くぞ。『トレバシェット』は『スタッグ』を牽制しながら前進、『ビートル』は『GSt』に任せます」


 「了解」


 「仕方ないな」


 『5Fr』を戦闘に3機は縦列で前進を開始した。この足場の悪さでは飛行できる『トレバシェット』を中心にフォーメーションを組まなければいけないだろう。ユキオはこっそり嫌な顔をしたがすぐに敵に集中した。前からロケット砲の洗礼が来る。メインモニターに30か40ほどか、横一列になって轟音と共に迫ってきた。


 「バリアはまだいいわ」


 「わかった」


 一瞬使用を迷ったバリアツェルトにルミナが待ったをかけた。このくらいなら回避できるようになってきたのか、頼もしさを感じながら、ユキオはビームガンで順番に弾頭を狙った。ソウジロウも対空機銃で防御に入る。


 爆発したロケットの黒煙を裂いて『フライ』、そして『スタッグ』が仕掛けてきた。最前列の『5Fr』に掴みかかってきた『スタッグ』にインパクト・ボムを投げて蹴散らしながらそのうちの一機を踏みつける。周りの『フライ』はルミナと『ゼルヴィス』が墜としてくれている。


 横から割ってきた別の『スタッグ』も、『トレバシェット』のレールガンとミサイルで火だるまになって崩れ落ちた。

火力に関しては『2B』並には当てになる。操縦の腕もようやく上達してきたらしい。


 「サンキュー」


 「フッ、キミもようやくこの『トレバシェット』の凄さを認める気になったか」

 

 「……」


 「おい!無視するな!」


 飛行型『スタッグ』は、『ヘラクレス』や強化型と比べれば脅威では無いとは言え『バリスタ』クラスでは1機で太刀打ちできないスペックがある。それを易々と叩き潰しているソウジロウと『トレバシェット』は確かに心強いのだが。


 (このくらいで満足されても困るしな)


 オルカチームとの共同戦線の経験がユキオにそういう先輩的な考え方をさせていた。


 (それに、この位では済まない筈だ……)


 順調に減ってゆく敵機に反比例するように、戦場に流れる不穏な気配は増大してゆく。ユキオもルミナも息苦しさを堪えながらレーダーを睨んでいた。




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