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知らず、杜鵑草も咲く



 最近では、カズマ達のファンクラブの女子達からのユキオへの風当たりも和らいでは来ていた。カズマも車椅子ながら毎日登校できるようになったし、マサハルと共にユキオを庇ってくれたからだ。それでも中には絶対に許さないと言う極端な女子もいたが、そういうのは一生懸命避けて廊下を歩くしかなかった。


 (なんだか毎日がスパイ映画みたいだな)


 ユキオ憎しを公言して憚らない隣のクラスの女子を曲がり角でやり過ごしながらユキオが胸中で息を吐く。


 「大変だねぇ」


 「うわぁ!」


 気配も無く後ろから声を掛けてきたのはルミナだった。ビックリして滲み出た冷や汗を拭いながら、シー、と唇に人差し指を立てる。


 「別にユキオ君が悪い事したわけじゃないんだから、堂々としてればいいのに」


 「理屈が通用しない連中は相手にしないことにしてるんだ……カズマの事を好きだっていう奴と、ケンカしたくないし」


 「ユキオ君は優しいねぇ」


 頭を撫でるルミナの手から恥ずかしそうに逃げる。流石に校内では恥ずかしい。


 「何かあった?」


 「姉さんから、放課後顔を出して欲しいって。新型機のテストするって」


 そこで休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。ユキオはわかったと答えてルミナと別れる。


 (新型か……)


 『ファランクス5Fr』は自分に馴染みすぎるくらい慣れている。それを捨てて新型に乗るというのは勇気のいる事だった。よっぽどの性能アップが図られているのでなければやる意味が無いさえ思うが、パンサーチームは新型機のテストもその任務に含まれている。命令には従うしかない。


 窓の外を見る。校庭に並ぶ銀杏の葉の色が僅かに色を変え始めているのに気がついた。あと一ヶ月もすれば銀杏の匂いが香り始めるだろう。


 ユキオは前を向いて教室へ急いだ。









 「んなくそぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 ユキオが全力でペダルを踏むが機体はちっとも加速をしない。重力がそれこそ巨大な手となって『ファランクスRs』の翼をがっしりと掴んでいるようだった。『フライ』すら引き離せない速力に絶望しながらユキオはパワードライフルを構える。


 ズォウン!


 エネルギー兵器でありながら周囲の空気を震わせる反動と共に、グリーンの光弾が『フライ』を貫く。飴色に溶けた金属片が宙に舞い消えていった。


 「ユキオ君、上!」


 「!!」


 直上から『ラム・ビートル』。最近見られるようになった擬似重力を活かした急降下攻撃である。旧大戦期に見られた雷撃機さながらの突撃は、『バリスタ』クラスなら一撃で大破するダメージを叩き出す。


 『ヴァルナMk2』で突撃を逸らす。頑強さは『5Fr』のものと同じだが空力の為に下部が絞るように細く改修されていて、扱いに気をつけなければ予想外の被害を受ける可能性があった。


 「レーザーソードは……この次か!」


 ウェポンセレクターの並びにもまだ慣れていない。無意識に扱えるようにならなければとても格闘戦など出来る気はしなかった。苛立ちながら輝く光の剣を振った時には、『ラム・ビートル』はギリギリ射程外に逃れている。


 「クソ!」


 姿勢を立て直すのも遅い。両翼のパルスミサイルが重いせいだ。追いかけるのは諦めてマイクロミサイルを放つ。白煙を引いて8本のミサイルが順に『ラム・ビートル』に襲い掛かり、メタリックパープルの装甲を焼き尽くした。


 (とは言え、これも二回しか撃てない……)


 ユキオは苦い顔をしながらシミュレーションを続けた。結局、30分の戦闘で撃墜数は5。装甲へのダメージによる損耗は37%という、『フライ』や『ビートル』相手としては酷い結果である。


 「ダメだこいつは」


 ポッドから出るなり、ユキオは冷たくソウジロウに言い放った。その後ろで小さくなっている小泉には悪いと思ったが、実際に使う人間の意見は包み隠さずに言った方が良い。


 「使い方が悪い……とは、流石に言えないようだ」


 ソウジロウも珍しく反省をしているようだ。小泉と顔を見合わせて項垂れる。二人が寝食を削りながらこの新型『ファランクス』を設計しているのはユキオも知っていた。これ以上文句を言うのも憚られるが、問題点だけは伝えなければならない。


 「とにもかくにも重過ぎる。これなら『Nue-04x』の方がまだましだ。推力、旋回性、何とかならないのか」


 「盾を無くせばだいぶましになるが」


 「それならなおさら『Nue』でいい。コイツならではの完成形があるんだろう?」


 「うむむ……」


 ソウジロウが眉間に指を当てて唸る。その後ろの小泉も同じ様な顔つきだ。そもそも『ファランクスRs』はアリシアがその設計思想と基礎設計図のみを残していたペーパープランで、今ユキオが言ったような(当然アリシアも考慮していた)パワー不足諸々の問題は放置されたままだった。ソウジロウと小泉はこれをそのまま設計に起こし戦闘に使用できるよう整えただけである。本格的な改善はここからとは言え、ソウジロウ達も当然気付いていた問題は改善できるよう配慮したつもりだった。


 が、結果は見ての通りである。辛うじてメイン武器のパワードライフルは及第点を出せるが、ユキオは容赦なく欠陥品の烙印を押す。まだまだ『5Fr』は降りられそうにない。


 小泉がすまなそうに腰を折りながらソウジロウに話しかけた。


 「宋堂君、すまない。私はイーグルチームのマシンの定期メンテナンスに戻らなければならない」


 「了解です。問題点の洗い出しは済ませておきます、このぶーぶー文句言うパイロット様と」


 「何ぃ!?」


 予想外の展開にユキオが眼を見開いて驚く。コレが終わればフレッドとまた対戦しようと思っていたのに。


 小泉はそそくさとメンテルームの方へ白衣の残像を残し消えていった。これまた予想外の速度である。あの速度が『Rs』にあればと唇を噛む。


 「じゃあ、これ差し入れ。元気が出ると思って。二人ともケンカしないで協力するんだよ」


 ルミナがカバンからピンクのタッパーを出して机に置いた。改修された『St』こと『ファランクスGSt』は問題なく試験稼動を終え、すぐにでも実戦可能と言う結果を出していた。


 「えー、帰っちゃうの?」


 ユキオが情け無い声を出す。普段の頼もしい?姿は見る影も無い。


 「これからカナちゃんの勉強見てあげる約束だから」


 「そっか……ごめん、迷惑かけるね」


 身内の世話となればさすがに恐縮する。ルミナはいいよ、と手を振りながらエレベーターホールへ向かった。


 「……あんなに可愛いくて面倒見のいい人が、なんでキミみたいなのと付き合っているんだ」


 解せぬ、という顔を隠そうともせずにソウジロウが唸った。うるさいなとぶつくさ言いながら残されたタッパーを開けると、中には冷えたカップに入った赤い透明のお菓子が詰められていた。ソウジロウが横からそれを覗きこみ仏頂面を崩す。


 「おお、ゼリーかな?お菓子も手作りとは、本当に素敵な人だ」


 手放しで喜ぶソウジロウの横で、ユキオが半眼になった。


 「……好きなら、全部食べていいぞ」


 「なんだ?せっかくの手作りなのに、歯でも痛いのか?」


 「そんなところだ。残さず食べろよ」


 「勿体無い事をする奴だ……言われなくても……」


 何も知らず、あーんと一つ丸ごと口にゼリーのようなものを投入したソウジロウは、???という顔から、やがて顔を真っ赤にして火を吹きそうな顔になった。四つんばいから床を転がり身悶えするかわいそうな年下に、ユキオが無言で水の入ったペットボトルを差し出す。ソウジロウはユキオの飲みかけにも構わずにその水を一気に飲み干した。


 「っはっ!ぷはっ!ゲホッ!な、何だこれは!!?」


 丸い眼をメガネの奥で白黒させながらソウジロウがなんとか正気を取り戻す。ユキオはソウジロウが食べた後のカップに指を付け、一舐めすると口いっぱいに渋柿を噛んだような酷い顔を見せた。


 「赤いのは高麗人参にトウガラシだな。それをスッポンの煮凝りで固めたものだ。漢方の何かもちょいちょい入ってる。良かったな、初心者向けだぞ」


 「キミ……まさかこんなものをしょっちゅう……」


 理解しがたいという顔をしながらも初めてソウジロウがユキオに敬意を見せた。が、ユキオはそんな彼に冷たく言い放つ。


 「ちゃんと全部食えよ」


 「……」


 


 








 「へくちん!」


 「ルミナちゃん、可愛いクシャミするね」


 カナの自室、床置きの机で差し向かいに勉強を教えていたルミナは恥ずかしそうに手をハンカチで拭く。


 「やめて恥ずかしい」


 「ところで、お兄ちゃんとは最近どうなんですか、お義姉さん」


 「その呼び方もちょっとまだやめて欲しいかなーって」


 苦笑いしながら、ルミナはまんざらでも無い様に紅茶に口をつけた。安物ではない、英国輸入品のお高い茶葉だそうだ。カナが仕事先で頂いてきた物らしい。瑞々しい花を思わせる香りが鼻腔に満ちる。


 「最近はねー、なんかゲーセン通ってるみたい」


 「え?ルミナちゃんほっといて?今夜ちゃんと叱っとくね」


 「いや、えと、時々バイクで一緒にお出かけしてくれるし……別に、そんな、気にしてないから」


 慌てて手を振りながら押し留めるルミナに構わずカナは力こぶを見せた。


 「いや、駄目だよルミナちゃん。こういうのがね、浮気に繋がるの!ゲーセンで可愛い子にヌイグルミ取ってあげてるかもしれないよ」


 「それはちょっと許せないかな」


 ミシミシと赤ペンが悲鳴を上げるのを見てカナはやりすぎたと反省した。

 

 「ま、まぁユキ兄ぃにそんな甲斐性無いから、うん、大丈夫。安心して!」


 「そこまで精一杯否定しなくても……カナちゃんのお仕事の方はどうなの?」


 勉強の途中だったが、時計を見るともう夕飯の時間に近い。自分も帰って家族のご飯を作らなければならないしあまり玖州家に長居するのも悪かろう。軽く雑談をして今日はここまでにしようとルミナは思った。


 「うーん、まぁまぁ……というかかなり順調って言ったほうが良いんだろうね。大変だけど」


 カナはそう自己評価をした。事実、実績も無いポッと出の新人にしては、モブ中心にいろいろな仕事を回されている。独特の明るい声質に、やたら高いコミュ能力が大人しめの同期の中で目立っているのだろう。


 「半年先の作品でヒロイン役のオーディションあるんだけど、受けさせてもらえそうだし。あとラジオもね、別作品ので出させてもらえそうなんだー」


 「頑張ってるねぇー。私たちより、カナちゃんはずっと早く夢を叶えちゃうな」


 「ルミナちゃんは何になりたいの?」


 「うーん、植物のお勉強をしたいんだけど……食品系とか研究系に行きたいかなぁ」


 ペン(少し曲がっている)を可愛らしい顎に当てて窓を見ながらそう答えるルミナに、カナがニヤニヤしながら近付いた。


 「えー、でも普通にお嫁さんとか憧れないの?」


 「そりゃあお嫁さんには……なりたい……けど」


 恥ずかしそうに顔を赤らめてそうボソボソと答える。少し冷めた紅茶を半分ほど飲んで。


 「でも、お仕事は、なにかしらしておきたいかなって」


 「ルミナちゃんもえらいねぇ」


 「そんな事ないよ……さて、ちょっと残っちゃったね。自習しておいてね」


 いそいそ筆記用具を片つけるルミナにぶーたれながらもカナも片つけ始めた。本格的に仕事が増え始めたせいでレッスン時間も含め勉強が遅れ始めているため、ルミナに勉強を見てもらっている。ユキオでは少し荷が重かったせいだ。


 「今日もありがとうねルミナちゃん。気をつけて帰ってね」


 「うん、カナちゃんも頑張ってね」


 バイバイと手を振って玄関先で別れる。庭先にあるユキオのバイクのシートカバーをちらっと視界に入れてから、ルミナはすっかり陽の落ちてしまった道を歩き始めた。

 


 



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