ユーフォルビア・パラソル(後)
「アレガ、ボクノマンションダ」
フレッドが夜空の元、一際明るく照明に彩られている高層マンションを指した。行った事はないが悠南市でも一番高く、新しいマンションのはずだ。
「へぇ、いい所に住んでるね」
「アア、ニホンハイイトコロダナ」
言葉の意味が上手く伝わらなかったのだろうか、ニコニコとそんな事を言うフレッドにユキオも訂正する気を削がれて笑った。
思わぬちょっとした対戦会の帰り、近くの公園にユキオ達は立ち寄っていた。二人とも興奮で体が火照り、そのまま帰ろうという気にならなかったからだ。夜空には雲も無く秋特有のやや明るく、澄んだ星空が広がっている。
「フレッドは、どこで対戦スキル磨いたんだ?」
「タイセン?ミガク?」
「ああ、他の人とのプレイ、どうやって練習したんだ?って」
「アア……」
ユキオの問いの意図を掴むと、フレッドは星を見上げて遠い眼を見せた。
「ボクハ……施設育チデネ」
「施設」
「アア、親ノ顔モ良ク知ラナインダ……シスターガゲームデ遊ンデクレタケド、弱クテネ……」
昔を思い出したのか、寂しく笑う。ユキオは黙って続きを聞いた。
「シスターモ遊ンデバカリイラレナイ。ボクハコンピュータートイッショウケンメイ遊ンダヨ。ネットノ対戦動画モ見タケド、ボクノゲームハ20年モ前ノクラシックデネ。ダカラナントナク、キャラノ隙?ヤ技ノタイミングハ見切レルヨウニナッタケド……対戦ハマタ違ウナ。ニホンニ来テイロイロ驚イタ事ハアッタケドゲームセンターガ一番エキサイティングダッタ」
「ゲーセンなんて、アメリカにもあるんじゃないか?」
「ボクノ国ニハ、ホトンドナカッタノサ」
「そっか」
ユキオは小さく溜息をついた。たかがゲームですら、世界中どこでもみんな同じ様に楽しめるわけじゃないというのは、ゲーマーのユキオにはいささかショックな実感だった。立ち上がってフレッドの方を見る。
「じゃあさ、こんどウチで遊ぼう」
「?」
「ゲーセンだけじゃない。オンラインでもいろんなゲームがある。対戦相手も滅茶苦茶いるぞ。アクションに、カードゲームに、シューティングに、レースゲームに……きっと楽しいよ」
「ホントカ?」
ユキオの提案にフレッドが夜中でもハッキリとわかるほど眼を輝かせた。
「ああ、いつでも都合がいい時に言ってくれ」
「サンキューユキオ!楽シミニシテル!」
抱きつきかねない勢いで喜ぶフレッドに大げさだなと笑いながら手を振った。左手首の時計を見る。そろそろ帰らなければ母親の雷が落ちかねない。
「じゃあ、今日は帰るよ」
「アリガトウ、イイ一日ダッタ」
バイクに跨り、ユキオが静かなモーター音と共に走り出す。フレッドはそのテールランプが見えなくなるまで、黙って見送っていた。
ソウジロウが加わり三人となったパンサーチームだが、相も変わらずギクシャクした連携での戦闘を繰り返していた。
最初の出撃からもう10回を数えるというのに、前衛はユキオの『5Fr』とソウジロウの『トレバシェット』が二機で張っている。二人とも同じ様に動くので互いによく接触するし援護をするルミナもやりにくくて仕方ない。
(というか、似たもの同士なんだろうな……)
後ろから見ていると良くわかる。まず強敵の前に立ち塞がりつつ、対空砲撃で『フライ』や『ビートル』を片つけるという戦闘スタイル。カズマ達は逆にユキオが主戦力を抑えている間に叩きやすい小型機から落としていくのだが、今はその仕事はルミナ一人に任されてしまっている。
せめてどちらかが撹乱や遊撃に回ってくれればありがたいのだが、『5Fr』にも『トレバシェット』にもそれだけの機動力が無いのだ。『2B』の火力は三人の強力でカバーできても、『As』の足の速さはどうにも補えない。
「それで、『Rs』か……」
ユキオに与えられるという新型WATS。ソウジロウと小泉という新しいメンテチームのチーフが手がけているが、今まで乗りなれてきたマシンと違うものを与えられて、果たしてうまく行くものだろうか。実際の兵士も新型の戦車や戦闘機に乗り換える場合長時間の機種変換訓練というのをしなければならないと聞いたことがある。前の機体に慣れていればそれだけ、新しい特性の機体に慣れるのは難しいだろう。
(それでも、この有様よりはマシなのかな)
事あるごとに同じ標的を撃ち、敵の弾を避けるたびにぶつかり、予想外のダメージを受けている。効率が悪いどころの騒ぎじゃない。かつて防御率全国10位以内に君臨したパンサーチームも今ではそのへんの民間業者にも劣る二流チームになってしまった。
元々そんなものに誇りも満足も感じていなかったルミナだが、流石にここまで酷い連携を後ろから見せられるとストレスも溜まる。イライラを弾丸に込めて二発。立て続けに強化型の『フライ』を電子の海に送り返してやった。
「流石です、奈々瀬さん!」
「左、来てますよ」
興奮気味に褒めそやすソウジロウに、少し冷たく指摘する。おっと、と慌てて接近する『ビートル』に機銃を向けるが、それより速く赤熱化した液体金属の弾丸が『ビートル』の半身を焦がし戦闘不能にした。
「おい、ソイツは僕が!」
「つべこべ言ってないで次のを狙えよ。あと俺の行動半径に割り込むなって言ってるだろ」
「キミは先輩なんだから気を使って避けろよ」
「その薄くてノロマなデカブツを前に立たせて置けないからこうやって前に出ているんだろう!」
「なんだと!だいたい……」
「ケンカしない!!」
二人の機体を掠めて高速の銃弾がまた敵に風穴を開けた。ユキオの背筋の辺りをものすごい速さの何かが通り過ぎていったように感じたのは、『5Fr』のセンサーからのフィードバックなのだろうか。
ルミナは語気を荒くしたままレーダーを見ながら指示を出す。
「増援一機、10時方向から!速いわ。『5Fr』は前へ、『トレバシェット』は残存勢力の掃討を急いで!」
「「り、了解!!」」
ルミナの剣幕にビビった男子二人が慌てて指示に従う。思わず怒鳴ってしまった事への反省と、鬱憤を晴らしてやった僅かな開放感が混ざった溜息を吐きながら、インフォパネルの照合データをチェックする。
「増援の機体、いくらなんでも速すぎる……ユキオ君!」
「こっちのデータも照合した!『ヘラクレス』だ!」
インフォパネルに表示されたデータは、以前悠南市に襲撃をかけた大型戦闘マシン、『ヘラクレス』と名付けられた機体に酷似している。単体ながらユキオ、ルミナ、助っ人のフリートレーサー草霧ナルハの三人を相手に引けを取るどころか優勢を取るほどのハイスペック機だ。
当然、この三人でも撃退できるか疑わしい。良くて相打ちというところではないだろうか。
「戦力が欲しい、シャークチームに救援要請!」
「了解!」
一気に慌しくなったユキオとルミナのやりとりに、ソウジロウも若干緊張し唾を飲む。
(そんなにスゴイ奴なのか?……だが)
腹の中に一つの思惑が湧き出す。それはソウジロウがパンサーチームに参加した理由の一つでもある。
「とにかく、ザコを片付けてからだな」
独り言のように呟いて、ソウジロウはレールガンを『フライ』達に向けた。電磁加速された弾丸が次々と脆弱な小型機を粉砕する。
一方、ユキオの前に現れた新手は。
「似ているが、違うな……」
大地を踏みしめる『5Fr』の前に降り立つその機体は、サイズやシルエットこそ『ヘラクレス』に近いが、細部はいろいろと違うところがあった。
特徴的だったカブトムシを思わせる<ツノ>はスッキリと天を差す様に伸びている。装甲のボリュームも減り、スマートな印象だ。手に持つ獲物も、巨大な斧ではなく細身の片手剣だった。何より大きく違うのは、お菓子のようなチョコとピンクのカラーリングが大海のような深く鮮やかなブルーに染まっている事だ。
その青い『ヘラクレス』が、剣を構えた。普段他の敵から感じられる威圧的な殺気は無い。まるで石像の様な、何も感じない……。
(!?)
音も無く剣が突き出された。反射的に出した『ヴァルナ』が辛うじて間に合った。ギィィィィン!!と鼓膜を突く金属音と火花がシールドの上を疾る。
「コイツ!」
そのままシールドごと押し返す!とユキオがバーニアを噴かした時には『ヘラクレス』は剣を引いていた。『スタッグ』よりも軽やかな挙動で宙を舞い空中からいくつもの三日月を描くように刃を踊らせる。右腕のビームガンが切られ、頭部アンテナや肩アーマーも次々と切り裂かれた。
前の『ヘラクレス』と全く違う。プレッシャーは無く、精密機械のように淡々と剣を振るう動きは不気味でさえあった。ユキオはその感覚に飲み込まれまいと必要以上に大声で叫ぶ。
「PMC、拡散高出力モード!」
「了解」
シータの返答がスピーカー越しに響く。右肩の砲身の中にある収束リングが砲奥に後退し、その先から花火のような無数の光線を爆発させた。オレンジ色の尾を引く光線が青い『ヘラクレス』の装甲を灼き焦がす。さすがに後退し、改めて剣を構えた『ヘラクレス』の目の間へ飛び込む巨大な影がモニタに映る。
「もらったぞ!」
「『トレバシェット』!?無理だ、下がれ!」
不意打ちをかけたつもりなのだろうが、ソウジロウの動きは把握されていた。『トレバシェット』が振り上げた強化アームの間合いに入る前に『ヘラクレス』の剣が輝きながら振るわれる。刃に発生したビームが眩い半月となって射出され、『トレバシェット』の右コンテナを切り裂いた。
「うぉああああああ!??」
「いわんこっちゃない!」
姿勢を崩したソウジロウにトドメとばかり突進を掛ける『ヘラクレス』の前に『ヴァルナ』を構え立ち塞がる。切っ先が盾のド真ん中にヒビを入れ、コンディションモニタを赤くさせた。
(マジかよ)
更に振り上げられる剣。長さはそれほどでもないのにユキオには長大な殺戮の大太刀のようにも見えた。尋常じゃない殺気を伴って刃がギロチンのように打ち下ろされ……。
(コイツも有人機……いや、この攻め方は……)
ギィィィィィィン!!
しかしその一撃は銃弾によって防がれた。『St』のライフルから放たれた徹甲弾が、『ヘラクレス』の剣を握る指の薄い間接部を打ち砕いたのだ。
「ユキオ君!?大丈夫?」
「ありがとう!流石だ!!」
短くルミナに感謝して、バニティスライサーを抜く。投げ放たれた黄金色の光輪は『ヘラクレス』の左顔面に直撃し大きな傷を刻んだ。
青い『ヘラクレス』は顔面を庇うようにし、身を翻した。赤いバーニア炎を噴き出して高速で天へ昇ってゆく。
「ハァ……ハァ……、勝った、か……」
『ヘラクレス』の消えた天空を見上げて、呼吸を整えるユキオの横にルミナが『ファランクス』を付けた。
「前の『ヘラクレス』より、強化されてるという訳ではなさそうだけど……」
「ああ、スピードと接近戦に特化したようなカスタム機かも」
「そうね……あ、シャークチームには応援依頼のキャンセル、出しといたから」
「ああ、ありがとうルミナさん」
そこで、地平にめり込んでいた『トレバシェット』がゆっくりと浮遊して姿勢を戻す。コンテナの脱落でバランスを崩しているのに加え、浮遊システムにダメージを受けたのか挙動が危なっかしい。今襲撃を受ければ途端に窮地に陥るだろう。
「なんだ、意外と丈夫だな」
「フン!ボクの設計を舐めてもらっちゃ困る」
「……設計はともかく、あんなとこで突撃するバカがいるか。ちっとは支援ってものを覚えろ」
「ライン保持の防御WATSよりは攻撃ステータスは上だ」
「だからそのマシンスペック絶対正義みたいな考え方がだな……」
「キミだって奈々瀬さんがいなかったら危なかったじゃないか!」
「はいはい!帰りますよ!」
また揉め出した二人の間に、いい加減慣れたという感じでルミナが割り込む。器用に『St』のマニピュレータでガンガンと手を打ちながら、帰還プロセスを実行する。
(全く……)
どうしたものかな、と呟きながらルミナはシートに背中を預けるようにして脱力した。
コクピットポッドの中が、ゆっくりと夕陽が落ちるように暗くなってゆく。




