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夜明けに薔薇を挿して往く(前)


 <センチュリオン>悠南支部


 日本では十六番目に設立された、政府管轄対マイズアーミー組織<センチュリオン>支部の一つで、他支部と比較しても新しい施設である。特記すべきはその活動範囲で、他支部は複数の市町村をカバーするのに対し悠南支部は悠南市のみを守備範囲とする。これは悠南市が他市町村から電力、及びネットワーク的に独立した試験都市である事によるもので、他支部からの援護が得られ難かった為の特例措置という扱いになる。

 

 また、その任務上、職務内容や構成要員の情報を極力秘匿している<センチュリオン>にあって、その実態や戦闘を限定的に市民に開示・公開する為の試験チーム・パンサーチームを擁する事でも有名である。他にもアーミングトルーパーの新兵装開発、支援AIのプログラム改良など、他支部とは違う任務を帯びており<センチュリオン>でも特別な位置にある組織と言える。



 戦闘班構成


 イーグルチーム

 三チーム構成。チーム当り六~八人所属。主に日中の防衛任務に交代で当たる(一日二チーム勤務体制)。安定した攻撃力と防御力を有するアーミングトルーパー『チャリオット』シリーズを使用する。迎撃率は全国でも高く平均81%を誇り、他支部からの研修を請け負うことも多い。


 パンサーチーム

 学生のみで構成される試験チーム。一チーム構成で現在四名が所属。その任務は、

・一般市民への<センチュリオン>の職務内容の一部を公開する広報スタッフ

・新型兵装の試験運用によるデータ収集

・イーグルチームの交代シフト、及び防衛力の不足を補う予備隊員

を主とする。また、反射神経に優れる十代の青少年の雇用を検討するデータ収集の側面も持ち合わせている(いずれも優秀な成績を示しているが未成年の戦闘行為に対して慎重な意見も多い)。

 多様な兵装と装甲を選択して装備できる試作型アーミングトルーパー『ファランクス』を使用しており、試作された兵装の実戦データを収集する事も多い。


 シャークチーム

 三チーム構成。チーム当り四人所属。夜間のマイズアーミー襲撃に対応する為組織された夜勤チームで、一日一チームが勤務している。イーグルチームが正式な所属(公務員)であるのに対し、シャークチームは派遣社員やアルバイトをメインとする隊員で構成されており、入れ替わりが多い。イーグルチームと同じく『チャリオット』を使用する。他支部では夜勤専属のスタッフはほぼいないが、悠南支部は予算制限から止む無くこの夜勤チームの採用を余儀なくされている。





  七 夜明けに薔薇を挿して往く



 翌日は<センチュリオン>悠南支部で、パンサーチームの定例ミーティングが予定されていたが、ユキオは急用の為、という理由でマヤに欠席の旨をメールで連絡した。


 「と、いうワケで今日はこの三人でミーティングでーす」


 とマヤがカズマ達にそう伝えた時、マヤはルミナが一瞬目を見開いて身体を硬くするのを見逃さなかった。


 「珍しいな、ユキオが欠席なんて」


 「初めてなんじゃないの?カズマがよく休むのは知ってるけど」


 「うるせーよ」


 そんな軽口を叩き合う同級生を見ながら、ルミナは少し唇を噛んだ。


 「まぁ、たまにはねそーゆー事もあるわよ。今日はそんな重要な通達も無いしね」


 マヤはそう言って、今後カズマ達の各『ファランクス』、イーグル、夜勤組のシャークチームの『チャリオット』の武装強化を順次行う予定という事を三人に説明した。


 「『チャリオット』とは違ってあなた達の『ファランクス』は武装が特徴的で…『2B』と『St』はともかくあと二機はなかなか難しいんだけどねー…」


 手元のピクチャーシートを見ながら後頭部をぽりぽりと困り顔で掻きながらそういうマヤにカズマが不満の声を上げた。


 「おいおい頼むぜ、最近はレーザーブレードでスッパリいけない奴もいるしさー、こないだの『リザード』なんかがゾロゾロ来た日には俺達じゃお手上げだぜ」


 口調はいつもの調子だが、カズマなりに真剣である。それはマヤにもよくわかっているが、現実的な問題が彼らの前に立ちふさがっていた。


 「アリシア達も試行錯誤してくれているんだけど、なかなか新型武器を作るのも上手くいかないみたいでね…そこは若さなりの勇気とガッツでよろしく頼むわ」


 カズマのブーイングを無下にして、後はメールで細かいの送るから見といてねとマヤはミーティングルームを出て行ってしまった。帰り支度をするカズマにマサハルがなんとはなしに言う。


 「ユキオ、なんかあったのかね」


 「さあなぁー、最近は学校でも元気そうだし、家でなんかあったんじゃねーの」


 世間話風に言う二人に、ルミナがおずおずと尋ねた。


 「玖州君、前は元気無かったの?」


 その問いが少し予想外だったのか、カズマとマサハルが振り返って一瞬間を置き、それからお互いの顔を見合わせた。


 「まぁ、その…あまり俺らが言うのはアレなんだけどさ…」


 「要はイジメられっ子だったらしいんだな、アイツ。高校に来てからはそうでもないけど、中学じゃ結構激しくやられたらしくてさ」


 「そ、そうなんだ…」


 イジメ、という物を実際見聞きしてこなかったルミナは少なからずショックを受けた。


 「そのせいかわかんねーけど、あまり学校でもクラスメートとかと話さないんだよな」


 「ああ、ユキオは周りが思っているより自分に…コンプレックスがあるみたいでな、アレが無ければもっと周りと上手くやれると思うんだけどよ…根はいい奴だし」


 カズマが端的にユキオをそう評した。普段女の子を連れて歩いているイメージから、思慮深さを感じなかったが、それなりに人を見る目があるようだ。ルミナはカズマへの評価を改めた。


 「ルミナちゃんはさ、ユキオには珍しい同年代で話が出来る女子なんだよ」


 マサハルのその一言に、胸がドキリと脈打つ。


 「そうそう、だから仲良くしてやってくれよ…惚れられるかもしれないけどさ」


 「いやー、ユキオに取られるなら俺が告白するわー」


 二人はそう言って笑いながら、じゃあなーと連れ立ってミーティングルームを出た。ルミナもモヤモヤとした心のまま受け取った資料をまとめてカバンに入れて立ち上がる。そしてドアを開けたところで、すぐ外の廊下の壁に寄りかかっている人影に気付いた。


 「お姉ちゃん…」


 そこにいたのは義姉のマヤだった。結構前に出て行ったのになぜ戻ってきたのだろう。


 「や」


 いつもの調子で手を上げて挨拶してくるマヤだが、雰囲気は少しいつもとは違っていた。


 気が付かないうちに一歩ルミナは後ずさっていた。


 「なんか、忘れ物?」


 「んーん、そういえば昨日、あなたユキオ君と出かけてたなーと思い出してさ。なんか用事の事言ってたかなって」


 触れられたくない所に直球を投げてくるのは、この義姉の少しだけ嫌いな所だ。


 「いや、特には…」


 「…なんかあったんだ、ユキオ君と」


 黙っていても良かったが、カズマ達の話を聞いて思う所もあり、はぁっと重い溜息をついてからルミナは大人しく昨日の経緯を打ち明けることにした。


 「…そりゃアンタ、ちょっと酷いわね」


 「うん…自分でもなんで勢いでそんな事を言ったのか、よくわからなくて…」


 休憩スペースでコーヒーをかき混ぜながらルミナは俯いてそう答えた。


 「ルミナが将来立派な夢を持ってるのは知ってるし…素晴らしいことだと思う。でもルミナ達くらいの歳で進路を決めてないのなんてザラにいるわよ。むしろいろいろ考えてる時期だしね。しかし中々酷な物言いをするわねぇ…」


 同情するわ、と言いたげに目を伏せ、眉間に指を当ててマヤはかぶりを振った。


 「まぁ気になる男にしっかりしていて欲しいという女心、私にはわかるわよ、でもね…」


 「そんなんじゃないから!」


 一瞬で真っ赤になりながら否定する歳の離れた妹にまぁまぁと手を振りながらマヤは優しく微笑みかけた。


 「とにかくあなたから謝って上げなさい、この前はごめんって、それで充分よ。戦場で命預ける間柄なんだから」


 「そう…ならいいんだけど」


 「あなたがちゃんと誠意を持って謝ればね」


 じゃあね、とマヤは席を立った。飲んでいたコーヒーの紙コップをくしゃっと潰してゴミ箱に投げ入れる。その後姿を見てルミナはまた溜息が出た。


 素直に昨日のことを謝った方がいいのはわかっている。しかし一方でやはりあの自信や目標の無さには好感が持てなかった。夢半ばにして逝ってしまった実父の事が思い出される。人生は思っているほど長くはないし、無駄には使えないのだ。自分と関係の無い他人ならそれでも許せたのかもしれないが、何故だかユキオがあのような態度を取るのを見ると無意識にイライラしてしまった。


 (私、玖州君のことどう思っているんだろ)


 昨日の残りの材料で自分用に作ってきたサンドイッチを広げ一口噛り付くと、あの時美味しいと言って食べていたユキオの笑顔が思い出された。それから別れ際のなんとも言えない切なそうな顔も。ルミナは胸が押さえ込まれるように痛み、呼吸が少し苦しくなるのを感じた。


 (とにかく、今度会ったら謝ろう)


 食べながら左腕の小さなピンクゴールドのアナログ時計を見る。母の手術まであと三時間。昼食を終えて、ここで少し学校の予習をしてから病院に行こうと考えながらルミナは少し冷めたコーヒーに口をつけた。




 レッスンに遅刻しそうなカナを全速力で自転車でモノレールまで送り届けた帰り、ミーティングに行こうとしていたユキオを一人の人物が呼び止めた。タバコ屋兼駄菓子屋の遠山ヨネである。ちょうど店の棚卸しに人手が欲しかったところにユキオが通りかかったので、その手伝いをして欲しいと頼んできたのだ。


 子供の頃帰りの遅かった両親の代わりに夕飯を世話になる等、なにかと恩のあるヨネのために時々店番などを手伝っていたユキオは、正直ルミナと顔を合わせるのに気が引けていたために、マヤ達に悪いと思いながらその頼みを引き受けた。


 「いつもすまんねぇユキオ」


 「いや、たいしたこと無いよ」


 実際、腰の悪いヨネばあさんには難儀なだけで、軽いタバコの箱を整理したり、少なくなった駄菓子やおもちゃの在庫を納戸から引っ張り出してくるだけである。高校生のユキオには辛い作業ではなかった。


 「お腹減ったら、ホラ、そこのイカ串とか食べちゃっていいから」


 よかねえだろ、と心の中で呟きながらユキオはタバコの棚の埃を落とす。


 自然と考えてしまうのは昨日のルミナの事だった。確かに自信も将来の夢も無い自分は情けなく見えただろうが、何もあそこまで非難される理由がわからない。虫の居所でも悪かったんだろうか、と思うほどユキオも単純ではないがその心境に思い至る所は無かった。


 (将来の、目標か…)


 順番が乱れていたタバコや、子供達がバラバラに混ぜてしまった飴の袋を一つずつ戻してゆく。


 (ヨネばあさんがいよいよ働けなくなったら、オレがこの店を継ぐってのもありか…でもここの稼ぎじゃ食ってはいけないだろうなぁ)


 ユキオはヨネが時々年金手帳を見て文句を言っていたのを思い出して苦笑した。


 それでもこうやって立派に店をやっていってるのだから、高校生から見ればそれは凄い事である。ユキオはそれを実感しているからこそ、こうしてヨネの手伝いをしているのだ。


 (そんな簡単に将来の事なんか決められないよ)


 昨夜から何度か真剣に考えてみても、それでもやはり自信を持って進みたい道は見えてこない。自分には見聞が少ないし、それ以上に何事にも自信が無い。飛羽のようにウォールドウォーで食べていくと言うのも、何か違う気がしていた。


 ヨネが茶を啜る居間の向こう、<センチュリオン>が遠山タバコ店に設置させてもらったコクピットポッドを見る。隊員がオフの時でも緊急時に参戦できるよう街の各地に設置してある緊急用ポッドの一つだ。古めかしい日本家屋にどんと置かれているいかつい真っ白な機械の持つ違和感は、まるで暗く地味な自分の人生とウォールドウォーとの対比のように見えた。


 「ヨネばあ、それ、邪魔じゃない?」


 「ン、あァ最初はホント邪魔くさくて仕方なかったけどよォ、もう慣れたわなァ」


 欠けた入れ歯を見せてヨネが嗤う。 


 「それにソレが無いとユキ坊達も困るんだろ?こないだもメガネのオッサンがドタドタそン中に入ってったワ。なんか絵描きの道具とか持ってたけども」


 「ああそりゃ栗橋さんだ」


 ユキオは時々話をする仲のいい夜勤チームの一人の名を挙げた。なんでも三十半ばで脱サラしてイラストレーターを目指していると聞いた。確かに絵の腕はあるようだがなかなか安定した仕事は取れず、<センチュリオン>でマイズアーミーと戦って生活費を稼いでいるらしい。 


 (ああいう風に、安定より夢を取る人もいる、か…)


 臆病な自分には出来ない生き方だ。親兄弟には反対され、友人にはずいぶんバカにされたと笑っていた栗原の苦笑を思い出す。


 「ま、金も貰ってるし、仕方ねェわな」


 「そっか」


 人生それぞれだな…ユキオが思ったその時、前触れ無く足元に振動が奔り、すぐにそれが強い揺れとなって二人を襲った。重苦しい地鳴りの中ユキオが大黒柱にしがみつく。


 「じ、地震かァ!?」


 「ヨネばあ!ちゃぶ台の下に!」


 激しい縦揺れで、震源が近いのではないかとユキオは悟った。真っ直ぐ歩くのも難しい程の揺れの中、頭をちゃぶ台の下に入れたヨネの尻に座布団をかぶせ、それから傍の仏壇を押さえにかかった。二十年も前に他界したというヨネの旦那の位牌が倒れ掛かるのを危うく拾う。店の方ではせっかく並べなおしたタバコや壁にかけたおもちゃが床に散乱し、通りの向こうの花屋の看板姉妹が悲鳴を上げているのが聞こえた。


 「ユキオォ!大丈夫かい!?」


 「だ、大丈夫!もうすぐ収まるよ!」


 揺れはそのやり取りの間に弱くなっていた。やがて仏壇の振動が無くなり、ユキオはくたっと畳にへたりこんだ。


 「ばあさん、もう大丈夫だ…」


 「あぁ…たまげたなぁ…、いやぁ、せっかく並べてもらったのが、酷い有様じゃあ」


 ちゃぶ台からのそのそと出てきたヨネが店の惨状を見て呆れた声を出す。


 「しゃあねえ、また並べるか…」


 よいしょ、と腰を上げたユキオのリストウオッチがいつもの召集コール音を鳴らした。マイズアーミーが悠南市のどこかに襲撃をかけているのだ。


 (こんな時に!)


 幸いポッドはすぐ傍にある。ユキオはまず自分の端末で状況を確認した。


 「!」


 マイズアーミーの目標は病院だった。しかも一つではない。市内にある大型病院、大学病院、診療所に至るまで六つの施設が同時に襲われている。レーダーは更に5つの病院関係に襲撃が来ることを察知していた。


 病院。ユキオはルミナの母親が今日手術だという事を思い出していた。どこの病院かはわからないが、この分では間違いなく襲撃を受けているはずだ。


 すぐに奴らを叩かないと、ルミナの母親が危ない。懐からキーを抜いてポッドのドアを開ける。しかし、召集コールと共に予備運転になるはずの緊急ポッドは、インフォパネルどころかどの画面も真っ暗で、中央モニターの下の起動スイッチを押しても何も反応が無かった。


 「電気が…停電か!?」


 悠南市は地下に水道、ガス、電気を統括しているライフラインがある。そのどこかに地震でダメージがあったのかもしれない。<センチュリオン>悠南支部のポッドは予備電源で稼動できるはずだが…。


 「…行きなユキオ」


 「でも、ヨネばあ、店が…」


 店の惨状を見てやや躊躇したユキオにヨネがぴしゃりと叱りつける。


 「アンタが行かなきゃならんのじゃろ。こんなんワシ一人で片せるわい!さっさと行きんしゃあ!」


 歳を重ね、すっかり身体も弱ったヨネの瞳は、それでも有無を言わせぬほど強い光を宿していた。逆らうべくも無い、ユキオは頷いて土間から靴を履いて駆け出した。


 「後で片付けに来るから!」


 おおうよう!とヨネの大音声に見送られてユキオは通りに出た。目の前には花瓶や花束が散乱してしまった花屋、フラワーハスノがある。先日パンジーを貰ったり、園芸の事でいろいろ教えてもらったりとこちらもよく世話になっている店だ。その店先で慌てて散らばった鉢やガラスの破片、花束を拾い集め散る姉妹がいた。


 「サクラさん!怪我はないですか?」


 「あ、ユキオ君。うん大丈夫。酷かったわねぇ」


 大学を出たばかりの姉、サクラがユキオの顔を見て安心したようにそう言った。見ればショーウィンドウのガラス戸にもヒビが入ってしまっているようだ。そのガラス越しに妹の方が困った顔を見せていた。すぐに手伝いたいのを堪え、背中を向け学校の方へ走り出す。


 「後で手伝いに来ます!」


 息を切らし必死で銀杏並木を駆ける。滑りやすいイチョウの落ち葉に足を取られ何度も転びそうになりながらユキオは端末で情報を把握しようとした。あれからまた二箇所、襲撃が始まってしまっている。


 (急がないと!)


 そこにカズマからのコールが届いた。ユキオは息切れた声でそれに出る。


 「ハァッ、玖州、だけど!」


 「おう、ユキオ!もう支部に着いたか!?」


 「いや、ハッ、今ッ、向かってる、ハァッ」


 カズマの声越しに車内アナウンスのようなスピーカー越しの声が聞こえていた。


 「そうか、今オレとマサハルはモノレールで足止め食っちまってる。動き次第すぐ行く!」


 すまなそうにそういうカズマの後をマサハルが継いだ。 


 「ユキオ、イーグルチームが分散して対応しているけど、さっきルミナちゃんが一人で出た!悠南市記念病院のメディカルコントロールセンターだ。急いで合流してくれ、結構な数が来ている!」


 (奈々瀬さんが一人で!)


 やっと『ファランクス』の操縦にも慣れたとはいえ、ルミナの腕では単独出撃は危険すぎる。ユキオはわかった!と叫ぶように答え通話を切って更に速度を上げようとした。心臓はすでにはちきれそうになって、比喩ではなく破れるのではないかと思えるほどだ。がユキオには今、自分の心臓より大事と思えるものがあった。


 (奈々瀬さん!)




 

 (来た…!)

 一人、ウォールドウォーにアクセスしたルミナは一斉に攻撃ラインを上げてくる『フライ』の編隊をグループ毎にロックした。コントロールパネルに表示された赤いマークに細い指を当てる。


 バババババババババババッ!


 『ファランクスSt』の両脇に設置された、大型の仮設マイクロミサイルランチャーから一斉にミサイルが飛び立つ。漆黒の空に無数の火球が咲き乱れ、直撃を受けた『フライ』達の残骸が粒子となって散った。


 「これで…」


 「前衛ノ『フライ』タイプ十四機ノ撃墜ヲ確認シマシタ」


 イータの合成ボイスにルミナが頷く。一気に多数の敵を撃破出来たが、この戦場に持ってこれた転送武器はコレだけだ。あとは独力で敵に立ち向かわなければいけなかった。


 普段なら怖気づいていたかもしれないが、自分の背後には母の入院している病院の管理中枢がある。母の手術が終わるまではなんとしても守りきらなければならない。


 「わかった、回避はイータに全部任せるわね」


 「了解」


 素早く二発、ルミナがスナイパーライフルを放つ。初出撃から更に何度もシミュレートを重ねた彼女の腕ははっきりと成長していた。もはや『フライ』の機動力ではルミナの目と指からは逃げられない。


 更に一発、ライフル弾が音速を超え空を裂く。コンマ1秒で着弾した弾丸にメインカメラと銃口を抉り取られ、盲目となった『フライ』が横を飛んでいた一機にぶつかり巻き込んで墜落していった。


 が、残りの『フライ』はそれを意に介さず防護壁の破壊の為に前進してくる。ライフルの有効距離を割られたルミナは『ファランクスSt』の左太腿に装着された追加武器、ダブルハンドガンパックを手に取り、敵のレーザー攻撃をイータに回避させながら前進をした。特殊な形状をした二門の銃口を持つハンドガンから放たれるオレンジに焼けた弾丸が次々と『フライ』を穿つ。


 「イータ、残りは?」


 「『フライ』ハ残リ4。12秒後、増援二機。『ビートル』ト思ワレマス」


 『フライ』だけなら自分でもと思って、マヤの制止を振り切り出撃をしたルミナだが、やはり強敵が投入されてきたようだ。


 (…神谷君達が来てくれるまでは!)


 一瞬、ユキオの事を意識的に考えないようにしようとした自分の心が嫌な物に感じた。


 結局自分はユキオに対し申し訳ないと思っていないのかもしれない。


 (来るなら…早く来てくれればいいのに)


 勝手な物言いだが、今ルミナはそういう気分であった。それこそユキオを当てにしている気持ちから来る物だが、それが自覚できるほどルミナは大人ではない。


 ハンドガンパックの残弾が残り六発になったところで、第一波の『フライ』は全滅させることが出来た。『ビートル』の装甲には通用しないと判断して、その短銃身の火器を投げ捨てる。


 (ライフルだけで、どう戦うか…)


 ルミナがスナイパーライフルを『ファランクスSt』に構えさせ、インフォパネルで『ビートル』のデータを呼び出している所に突如イータのボイスが響き、同時に『ファランクス』が跳躍をした。


 「超長距離狙撃ヲ確認。回避」


 「きゃぁっ!」


 突然の挙動に舌を噛んだ。が、足元を過ぎ去ってゆく赤い閃光を見てその痛みも急に動き出したイータへの苛立ちも一瞬で消える。


 「長距離レーザー!?」


 「増援。『ホーネット』一機ト推測」


 先日ルミナが撃破した厄介な超遠距離狙撃機、『ホーネット』と名付けられたマシンまでが戦場に乱入してきた。その特長と危険度をよく知っているルミナは身を硬くした。


 「『ホーネット』から先に攻撃するわ。イータ、回避運動しつつ前進を!」


 「了解」


 イータがスムーズに『ファランクスSt』を前進させる。軽いジェットコースターのような動きに、最初は中々馴れなかったものの元から乗り物に強かったお陰か今ではジャンプ中でもスコープを覗いて索敵に集中できるようになった。


 次々と現れる敵に立ち向かう状況に早くも集中力と闘志が擦り減り始める。


 (こんな状況で、玖州君も戦ったのか…)


 ルミナは自らの飛び込んだ戦場の過酷さを今さらながら実感し、覚悟が甘かった事に下腹が疼くような自分への苛立ちを覚えた。


挿絵(By みてみん)





 (着いた!)


 必死の駆け足でユキオはようやく馴染みのコンビニまで辿り着いた。もう足に過酷な仕事をさせなくていい、と自らをねぎらいながら<センチュリオン>の出入り口エレベーターのガレージまでよたよたと駆け寄る、が。


 (!?)


 いつも個人ナンバーを入力するパネルが点灯しておらず、指で触れても無反応だった。網膜認証のカメラも作動していないようだ。地上部分の施設はヨネの店と同じように電線にトラブルがあるのだろうか。ユキオは端末で<センチュリオン>悠南支部の情報を呼び出した。


 (イーグルチームも奈々瀬さんも戦闘中…ここの予備電源は無事だな)


 出入り口まで予備電源繋いどけよ!と苛立ちながら、ユキオはガレージの裏手に回る。そこにある非常階段を使えば時間はかかるがポッドまで辿り着けるはずだ。非常ドアのロックカバーをもぎ取るように外してノブを回す。しかし、ドアは少し隙間が空いたところで止まって動かなくなってしまった。


 「何だ!?」


 一度閉じようとするがそれも出来ない。何かにがっちりと嵌ってしまったかのように非常ドアは動かなくなってしまった。


 (なんだ、ドアが歪んで…?)


 おそらく地震のせいでガレージが傾いたか、とにかくドアが正常ではなくなってしまったのだろう。焦りと苛立ちで怒鳴りたくなるのを抑えて、横の防災格納庫からバールを取り出しスキマに挟み込む。思いっきり梃子の要領でバールを押し込むがドアは僅かに動いた程度で人が入り込めるほどではなかった。


 「ふざけんなよ!」


 我慢の限界を超えてユキオの口から罵声が飛び出た。ルミナが単身で戦場にいるのだ。ルミナの母の手術も無事に成功させなくてはいけない。他に入院している人や治療を受けている人も大勢いるはずだ。


 平和に生きていたいだけの市民を脅かすドクターマイズ。何が理想の戦争だ。そのうろ覚えの老人の顔に怒りをぶつけるようにユキオはドアに勢いよくショルダータックルをかけた。


 決して頑丈ではない肩に激痛が走りへたり込みそうになるが、ドアが少し開いたのを見て、荒い息を吐きながら再びドアと距離を取る。


 (くそったれ!)


 疲労の限界に達している身体を無理やり走らせてドアに激突させる。ドアは、また少しその隙間を広げた。   



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