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ユーフォルビア・パラソル(中)




 もうすっかり習慣となったゲーセンでのフレッドとの対戦。ユキオはその日もいつも通りの時間に待ち合わせて対戦コーナーへ足を運んだのだが、なにやら妙な空気が流れていた。


 「?」


 両替機から帰ってきたユキオの目にフレッドが先日の高校生に詰め寄られてるのが止まる。


 (アイツら、また懲りもせずに)


 息巻いて詰め寄るユキオに気付いたのか、その高校生がこちらを向いた。よく見れば前に見た連れの男子以外に4人ほど仲間らしい高校生がいる。


 (さすがに6人相手は分が悪いな)


 前に威圧して(そういうつもりでもないが)追い返した手前、引き際も難しい。ま、適当に殴られて満足してくれればいいがと諦めの吐息を漏らしていると、その高校生は一拍置いて真剣な面持ちになった。


 「お前ら最近ずっとあの台に居座ってるじゃねえか」


 「え?ああ……別に言ってくれれば乱入してくれてもいいけど……」


 「やりにきぃんだよ、特にこの外人がよ!ガツガツ斬ってくれるからよ!」


 んな事言われても……とフレッドと顔を見合わせる。不満はわかったがそんなのはゲーセンでは不文律のようなものだ。ウマい奴、即ち強者こそ全て。だからこそ皆技術を高めあうのだが。


 「とにかく、勝負だ!」


 「勝負?」


 「俺達とお前らで対戦だ。この6人で3順。18回勝ち抜いたらもう何も言わねえ。しかし、俺達が勝ったらもうこの店には来るな」


 無茶苦茶な事を言い出した。そんな勝手で不公平な事を聞けるかと突っぱねようとした所で肩を掴まれ制される。チラ、と視界の隅に映るのはフレッドの細く、濃く焼けた指だった。


 「受ケヨウ、ユキオ」


 「フレッド……」


 フレッドの瞳に一瞬悲しそうな色が広がった。耳元に顔を寄せ、騒音に満ちるゲーセンの中でもよく通る声が鼓膜を震わせる。


 「彼ラハ、外国人ノボクガ目障リナンダロウ」


 「そんな、勝手な言い分じゃないか」


 「勝テバ、イインダロウ……負ケタラ、ユキオニハスマナイケド」


 「俺は構わないけど、いいのか?」


 シカタナイ、とフレッドは答えた。仕方ないとは、何が仕方ないのだろう。相手が話の通じない不良モドキだからだろうか。それとも外国人だから爪弾きにされても仕方ないのか。


 同じゲームで遊ぶ者同士、自分達のように仲良くもなれるだろうに。


 迷っているうちにフレッドがクイと相手に向けて、対戦台を親指で示した。連中も黙ってゾロゾロと台へ向かう。


 (……シカタナイ、か)


 ユキオもその後に続いた。勝ち抜きと言う事はキャラが固定されるという事だ。フレッドはいつもの剣士キャラしか使えない。一方ユキオは使えなくも無いがメインキャラでの戦績には程遠い。止むを得ないが、ユキオが剣士キャラを使うしか無さそうだ。


 「ボクガ、先ニ行ク。ユキオハボクガ疲レタ時ニ、交代シテクレ」


 「……それが良さそうだな」


 結局ユキオはフレッドの決めたことに従う事にした。かなり不条理な話だが、むざむざ負けるよりは勝ち抜いてこのバカどもの鼻を明かしてやりたい。その為にはこの剣士キャラの特性を付け焼刃でも覚える必要がある。ユキオはフレッドの後ろに付いて画面に集中した。


 「行クゾ」


 フレッドが静かに気合を入れる。一戦目。ユキオと同じ胴着の空手キャラが乱入してきた。しかし腕前はユキオの足元にも及ばない。必殺技に頼ってダメージを稼ごうとするその相手を通常斬りで技の出かかりを潰しストレートで負かす。


 二戦目はリーチの長い超能力使いの女キャラだった。持ちキャラにしているプレイヤーが少なく対戦相手として出会うのもレアだ。リーチで他キャラに有利を取るフレッドの剣士キャラに取っては、数少ない相性の悪いキャラと言える。


 開幕から飛び道具が絶え間なく襲い掛かる。ジャンプや前移動が遅いフレッドのキャラには苦しい展開だ。相手は堅実にこちらを削り判定勝ちを狙おうとしている。何とかしてステージ端へ追い込んでも大ジャンプで反対側へ逃げるのでタチが悪い。


 「フレッド」


 「大丈夫ダ」


 そう答えるが体力ゲージは半分を切っている。残りタイムは10秒弱で相手はまだ九割近いゲージがあるが、フレッドは落ち着いて答えた。


 フレッドが竹刀を上段に構え斬りこむ!追い込まれた相手は三度、それを反対側に大ジャンプで避わしに入った、が。


 「カカッタ」


 必殺技をゲージ消費でキャンセルしたフレッドは相手に合わせてバックジャンプに入り、残りのゲージで回転斬りを出した。モロに喰らった超能力キャラのゲージがガッツリと減る。更に地上に叩き落した上にダウン攻撃、起き上がりをガード越しに削りながら反撃を封じ、逆に判定勝ちを拾った。相手側からは無念の声が上がる。


 その後、三人、四人と勝ち抜いたところでフレッドが振り向いて手を上げた。さすがに緊張で疲れたのか、ユキオが頷いて席を替わる。


 (出来るか……)


 後ろで見ていて、大体はキャラの特性と技の判定は覚えられた。フレッドもわざわざ普段使わない技を披露してユキオに覚えさせたフシがある。対戦相手は巨漢の投げキャラ。使うのはあのケンカを吹っかけてきた本人らしい。セオリーを守ればキャラ的には有利だが、それでユキオの不慣れさをカバーできるかどうか。


 対戦が始まった。巨漢が迫り来る。牽制に振った中段を見抜かれ叩き下ろすようなラリアットがカウンターで入る。剣士キャラはそれを喰らって吹き飛んだ。


 「大丈夫、落チ着クンダ」 

 

 「あ、ああ……!」


 立ち上がり下段を入れる。怯んだところに踏み込み面を入れるがこれはガードで阻まれた。すかさず半歩接近。投げでダメージを取り返す。コマンド技の三段突きで更にライフを削る。


 「イイゾ、ユキオ」


 相手もフレッドと戦闘スタイルが変わったので対応しきれないのか。ユキオはフレッドの見せてくれた出の早い技以外は、彼と逆のスタイルで戦う事を心がけた。


 巨漢レスラーの投げの吸い込み判定は大きい。隙を見て斬り崩すフレッドの真似は出来ないユキオは前後にこまめに動く事で相手の間合いを惑わし、ノックバック技で突き飛ばし続けた。きわどい勝負ではあったが何とか勝ちを拾う。


 「アリガトウ、ユキオ。交代ダ」


 「もういいのか?休憩は」


 「アア、マタ4人抜イタラ頼ム」


 自信たっぷりの言葉通り、金髪外人、カンフー使い、改造人間、女子高生を次々と屠るフレッド。ユキオも交代の度に出来るだけ試合を長引かせフレッドの休憩を多く取ろうとするが、そのせいでヒヤリとする場面もあり二人共にだいぶ精神的に疲労したりもした。


 そうして、3順目。17回目の試合を終えたフレッドはハンカチを出して額とレバーに付いた汗を急いで拭った。6人のうち3人は素人に毛の生えた程度の腕だったが、さすがに20戦近い勝ち抜きはフレッドもキャラニ慣れないユキオもだいぶ集中力を擦り減らしてしまっていた。


 「最後、ダナ」


 台の向こうで連中の歓声が上がる。ケンカを吹っかけてきた奴がトリらしい。腕前も悪くなく、キャラ相性次第ではユキオも勝つのが難しいくらいの動きをしている。


 「いいのか、疲れてるなら俺が替わっても……」


 「ユキオニハ勝テナイダロウ」


 「ずけずけと言ってくれるなぁ」


 「ココマデ勝ッタノヲ、無駄ニシタクナイ」


 ニヤッとフレッドが笑った。初めて見たかもしれない。そんな不敵な、土壇場を楽しんでいるような顔は。


 相手は、炎使いの格闘家を出してきた。火炎を飛ばしオールレンジを制しながらも強力な近距離打撃を持つ弱点の少ない、いわゆる強キャラと呼ばれる性能を持っている。


 「……向こうも本気だな」


 「……任セテオイテクレヨ」


 ユキオはカタコトのその言葉に力強く頷き、台から手を離した。あとはもうフレッドに任せるしかない。


 開幕。フレッドのキャラがするすると進み出す。相手が出した火炎弾を見るや、飛び込みながらの一閃で火炎を切り裂いて接近する。しょっぱなからほぼゼロ距離になった両者は通常の弱攻撃、強攻撃とガードを繰り返し隙を計る。この距離ではスキの大きい必殺技は不利だ。相手のミスを窺いながら互いに相手のウラをかこうと機を待つ。


 「!」


 焦れたのは、相手の高校生のようだった。格闘家の指が地面を突くと、フレッドのキャラの影が真っ赤に光り巨大な炎の柱が出現する。ガードは間に合ったものの、今度は格闘家が空中から燃える足で何度も刺すような蹴りを繰り出してきた。

 

 「フレッド!」


 「クソ!」


 対空に斬り上げを狙うがタイミングは同時、双方がダメージを受ける。しかし通常対空のフレッドに対し相手は必殺技の一撃だった。ダメージレースで僅かに不利になる。一戦目はそれが響き先取されてしまった。


 二戦目は、徹底的な削りに徹したフレッドの攻撃を相手が凌ぎきれず、判定で引き分けに戻す。ユキオはよし!とガッツポーズを取ったが、当のフレッドが振り向かずに左手首を押さえているのに気付くのが遅れてしまった。


 「どうしたんだ、フレッド」


 「サスガニココマデ連続デ遊ンダコト、無クテ……」


 押さえていた手の平を外すと左手首が腫れていた。何回かふるふると振ってみるが、フレッドが痛みで辛そうに眼を瞑る。


 「替わるんだ、フレッド」


 「シカシ、ユキオ……」


 「そりゃ自信は無いけど……その手首じゃ駄目だろう?」


 フレッドが申し訳無さそうに椅子から立つ。ユキオは急いでレバーに飛びついて相手の先制に対応した。連続判定のある突撃技をガードした後、強斬りで追い返す。飛び道具の火炎弾は厄介だが、慣れれば対処は難しくない。ガード以外にもジャンプやいくつかの必殺技でかき消す事ができる。


 相手が先程見せた火柱のモーションに入った。動体視力と反射神経にかけてはフレッドよりもユキオの方が上だ。行ケ!と言うフレッドの言葉よりも速くゲージ消費の突進突きが格闘家の胸元を打つ。ダウンを取った所に竹刀を叩き下ろしダメージを稼ぐ……。


 「ダメダ!」


 (!?)


 フレッドの制止の声の意味がわかったのは、ユキオの操る剣士が逆に吹き飛ばされた時だった。格闘家はダウン復帰時にライフ消費で体の回りに火炎を発生させる特殊技を持つ。新バージョンからの追加技でユキオも存在は知っていたが、実際に対戦で見たことは無く、安定のダウン削りを実行してしまった。


 試合は振り出しに戻ってしまった。さらに相手が両の拳に火を灯す。攻撃力を引き上げる換わりにライフを削る諸刃の剣の技だ。勝負を一気に決めるつもりらしい。


 (男らしい事するじゃねーか)


 ユキオが剣士に挑発モーションを取らせる。それを合図に両者は一気に接近した。竹刀が胴を薙ぎ、炎の拳が太腿を撃つ。火炎の渦が剣士を縛ろうと襲い掛かるのをジャンプで避け、唐竹割りで撃ち下ろすが格闘家が仕込んでおいたアッパーが相打ちでヒットする。息も吐かせぬ試合にフレッドも、相手の仲間もギャラリーもみな行く末を見守っていた。


 高校生が激しくボタンを連続で打った。格闘家の超必殺技だ。空中から蹴りで飛び込みながら両の拳で乱打を撃ちまくる多段技。少ないユキオのライフを削り切るつもりなのか。


 ヒットまでの短い時間でほんの一歩、後ろに引く。初弾の蹴りだけは避わしたもののその後の乱打攻撃はガードの上からガリガリとライフを削る。

 が、ほんの少し、僅かに剣士のライフは残った。最初の蹴りの分を受けなかったのが功を奏したのだ。周りから一斉にどよめきと歓声が上がる。


 (仕掛ける!)


 格闘家の超必殺技を凌いだユキオは逆転を狙った。もうライフは1ミリ程しかない。ゲージを使い切り、こちらに超必殺技が撃てる今こそ最後のチャンスだった。


 ノックバック攻撃で突き飛ばした後、硬直を超必殺技でキャンセルする。画面が暗転し竹刀の軌跡のみが光を描く。ガード不能。暗闇の中で突進しながらただ一度ボタン入力し、それがヒットすれば大ダメージを与えるギャンブル要素の高い技だ。ユキオの人差し指が弾かれ画面に大きな三日月が描かれる。


 果たして、暗転は解けた。相手の操る格闘家は。


 (!!?)


 ギリギリだった。宙に格闘家が浮いている。ユキオのタイミングを読み切ったのだ。


 (フレッドなら、当てられただろうに……!)


 超必殺技の硬直は、例外無く長い。ユキオのキャラの背面に無情にも一発の火炎弾が突き刺さり、それが試合を終わらせた。


 ユキオ達は、勝ち抜くことが出来なかったのだ。


 ギャラリーの興奮のざわめきの中、ユキオは立ち上がってフレッドを振り向いた。残念そうだが、それでもユキオの健闘を称えてくれているのは何も言わないでもわかった。


 「すまない、フレッド」


 「イヤ、イイ試合ダッタヨ」


 二人が握手をする。観客は戦った8人の男子達に拍手を浴びせた。なかなか経験できない光栄な体験だったが、負けは負けだ。二人はここから出て行かなくてはならない。悠南市はただでさえゲーセンが少ないというのに。こうなったら隣町まで二人でバイクで行くか……と思っていると。


 「ヨォ」


 今、格闘家を使っていた、ケンカを吹っかけてきた高校生が歩み寄ってきた。緊張と疲れで顔が少し紅潮して息も荒い。


 「勝つつもりだったけど、そっちが一枚上手だったな……仕方ないから……」


 「いや、ちょっと待て」


 捨てゼリフを吐こうとしたユキオを高校生が押し留める。?とフレッドと顔を見合わせるが高校生はなかなか二の句を告げない。後ろから仲間がニヤニヤしながら脇腹を小突いて先を促す。


 「……ぁあってるよウルセェな!つまりだ……オマエも持ちキャラじゃ無かったし、そっちのソイツも最後は実力じゃなかったんだろう?だから……決着はついてねぇ。またそのうち戦るからな、逃げんじゃねぇぞ」


 フン!と言って振り向く。連れの一人も、またな!と言って連れ立って出口に歩き出した。ギャラリーからはより大きな拍手と口笛が響く。


 「ユキオ……彼ハ何ガ……」


 事情を把握できていないフレッドにユキオは珍しく満面の笑みを見せた。


 「俺達、出て行かなくてもいいってよ」


 「ホントカ!?」


 フレッドも飛びあがって喜ぶ。ユキオも不思議と、自分の事以上にそれが嬉しかった。




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