ユーフォルビア・パラソル(前)
ユキオはあの日以来、学校帰りやバイト帰りによくゲーセンに足を運ぶようになった。例の少年との対戦にハマってしまったからだ。今まで対戦した中でも彼は一番攻撃的なプレイスタイルで刺激的だった。
そして、その事がいまだに無意識に抱えているカズマへの罪悪感を和らげていった。
「名前、ハ、フレデリック、フレッドデイイ」
「日本語学校ニ、通ッテイル。ゲームハ昔カラ良ク遊ンデイタ」
知っている事はそれだけだが、ゲーム仲間なんてのはそれくらいで充分だった。最近おざなりだった技の練習や対戦動画のチェックなど、ユキオは久しぶりに趣味に集中する時間を増やしていた。
そのせいで少し一緒にいる時間の減ったルミナの機嫌が悪くなるので、慌てて喫茶店や映画館デートなんかも挟むのだが、そんな時間でも頭の片隅ではいかにフレッドに勝つかを考えている。
フレッドはその剣道キャラしか持ちキャラはいなかった。そのキャラが好きで日本語を勉強しに来たようなものだと苦笑いした。プレイスタイルも独特で、引き気味でカウンターを狙うのではなく自分から踏み込み突きを捻じ込んで来る攻撃型だ。弱攻撃で牽制をする事は少なく、相手の短い硬直に容赦なく強斬りを振ってくる事が多い。
プレイスタイルを掴んでしまえばそのギャンブル性の高い攻撃も対処しようがあるが、フレッドの隙の見極めは尋常ではなかった。この程度ならガードが間に合うだろうというユキオの甘い判断は何度も苦い結果をもたらした。まさに大昔の剣豪のような、一刀一足に命を賭けた様な殺気のこもる戦い方だった。
「クソ、今日も負け越しか」
新バージョンにようやく慣れてきたとは言え、ユキオは負けが増えていくのが悔しがった。対戦環境で言えばユキオの方がずっと恵まれているのだ。日本に来るまでロクに対戦経験の無かったフレッドに負けるのは余計にゲーマーのプライドに傷が付く。
「イヤ、ユキオハ隙ガ少ナクテ、斬リ辛イヨ」
「人斬りみたいな事を言うなよ……」
しかし、そのわかりやすいスタイルは好感的だった。二人はすぐに友人になった。フレッドも日本での知人はとても少なくユキオはいろいろと生活のアドバイスもするようになり、生活費の苦しい(ゲーセンではいつも二回しかクレジットを入れなかった)フレッドに負けた日はファーストフードのハンバーガーを奢った。
「俺が勝ったらフレッドに奢ってもらうよ」
「負ケナイ様ニ頑張ラナイト飢エ死ニシテシマウ」
そう笑いながらファーストフードの店の前で別れる日々が何日か続いた。ユキオもゲーマー歴は長いがなかなか仲のいい友人はいなかったためとても嬉しかった。
そんな楽しみが増えたために、<センチュリオン>の呼び出しはたまに億劫に感じるようになってしまった。特に出撃でもない通達の為の呼び出しにはふて腐れながら顔を出す。が、その日の用事は少しいつもと趣が違っていた。
「と、いうわけでこちらがアリシアの後任の小泉さん」
「ど、どうも、ヨロシク」
マヤに紹介された小泉という白衣の男は、細身の猫背でどうにも頼りなさそうな中年だった。なぜか長く生えているアゴヒゲも似合っているというよりは貧弱そうな印象を強めている。横にいるルミナの口から小さく、うわ、という声が聞こえたが無理もないと思った。
「今後、メンテチームのチーフとしてWATSの整備、開発に携わってもらいます」
「よ、ヨロシク」
「は、はぁ……よろしくお願いします」
ぺこぺこと頭を水飲み鳥のように下げる小泉に、返す表情に困りながらも頭を下げる二人。ソウジロウはと言えばスタスタと小泉の前に歩いていって何枚かのピクチャーシートを手持ちのファイルから出していた。
「今日二人に来てもらったのは、小泉チーフとの顔合わせもあるがもう一つ大事な件がある」
さらっと場を仕切り始めるソウジロウにユキオは若干カチンと来たが、ミーティングルームの大型モニターに映し出された設計図面に目を奪われた。
「ボクの『トレバシェット』を参加させたとしても、『As』『2B』2機の脱落による戦力低下は残念ながら補えていない。そらに敵は次々と新型機を投入し、戦力差に開きが出るのは目に見えている」
「その図面は?」
ルミナの問いにソウジロウがニヤリと慇懃な笑みを見せる。持っていたリモコンのボタンを押すと、モニターにはCGモデルのWATSが2機映しだされた。
「これは……!?」
ユキオが一瞬息を飲む。そこに現れたのは、ルミナの『ファランクスSt』に追加装備や装甲を施したモデル。そして隣にあるのは……。
「『As』……?いや、違う。『ヴァルナ』を持たせた……」
「そう、新型機だ。……キミのためのね」
尊大な態度を崩さずに恩着せがましくソウジロウが教える。モニターが切り替わり詳細なスペックを表示し始めた。
「『5Fr』は優秀な機体だがやはりチーム単位で考えれば前線の機動力と火力の低下は大きい。奈々瀬チーフは玖州君に『As』に乗ってもらうことを検討していた様だが、それでは問題の解決には至らないと判断し小泉チーフとアリシア女史の協力の下新型機の『ファランクス』タイプを用意する事となった」
「相談も無しに勝手な事を……」
「心配するな、『As』よりは『5Fr』に近い操縦バランスを心がけている」
ユキオの言いたい事を1割も理解せずにくるりと振り返り、ソウジロウは画面にポインターを当てて解説を始め出した。
「見てわかるかと思うが、本体及びバックパック、ウィングは『As』をベースとしている。ホバーや、低空での飛行がメインとなるだろうが場合によっては空中格闘戦も可能だ。装甲は『As』よりも上げている為重くなり航続距離も下がるがそこは大きなデメリットにならないだろうと判断している。火器はパワードライフルにレーザーソード一基。小型マイクロミサイルポッドを四基、そして『2B』のオプション装備、パルスミサイルを二発ウィングに懸架できるようにしている」
一気にそこまで説明したところでソウジロウが盛大にむせた。白けかける空気を読んだのか慌てて小泉が後を継ぐ。
「『ヴァルナ』は『5Fr』で使っているものと同じ強度を保持しつつ、4%の軽量化に成功している。一応マーク2扱いだがほとんど今のものと同じだと思ってくれていい。裏側のウェポンポートを増加してスライサーとリアアーマーに積めなくなったグレネードの内2個を搭載できるように改良した」
「それはありがたいですが……なんか、欲張りすぎて中途半端な機体になってそうな気もしますが」
ユキオがおずおずと小泉やマヤに意見を言う。パンサーチームの強さはユキオ達の若者特有の鋭い反射神経やシステムが拾いやすい脳波に起因するが、それに加えて完全に分業、特化したそれぞれの機体特性を踏まえたフォーメーションの存在もある。
そのユキオの言葉に答えたのはようやく喉が落ち着いたソウジロウだった。
「ボクがそんな子供のような失敗をすると思うのか?」
「乗るのは俺なんだぞ。『5Fr』より使えないならすぐに解体するからな」
「ま、まぁ……アリシア女史にも監修してもらいますし、じ、自分も精一杯やりますので……」
いつもの如くすぐに険悪な空気になるユキオとソウジロウのあいだに小泉がアタフタ腕を振りながら割って入るのをルミナが嘆息しながら眺めた。
「で、『St』の方はどうなるんですか」
「これは失礼しました。『St』に関しては特に大きな変化はありません」
ユキオを睨みつけていたソウジロウが一瞬でにこやかな笑顔に戻りメガネをかけ直す。切り替わったモニターには装甲板を備え付けられた『ファランクスSt』が表示された。
「各部に複合素材の装甲を追加していますが、さほど運動性は落ちていません。致命的なダメージを防ぐ事ができると思います。増加した重量対策の為にバーニアノズルの大型化を施します。火力に関しては新型の徹甲弾、携帯用のミサイルランチャー等を用意しています。今までとそれほど操縦や戦闘スタイルを変える必要は無いと思います」
「そ、そうですか、ありがとう……」
その辺のセールスマン以上のスマイルで解説をするソウジロウのテンションに若干引く。とにかくルミナの方は問題ないようだった。
(新しい『ファランクス』、うまく機能するといいのだけれど)
「で、その新型はいつ頃使えるんだ」
諦めてげんなりした顔で聞くユキオに、ソウジロウは今日一番のドヤ顔を見せた。
「来週には実際に乗ることになるだろうね、新型機、『ファランクスRs』に」
「やっと付き合うことになったの、ルミナちゃん達」
駅前の商店街通りにある花屋、フラワーハスノの店内のカウンターで店番をしているランが少し驚いたと言いたげに話しかけた。
カウンターの前、窓際の小さなテーブルにはカナとルミナが座って紅茶を楽しんでいたが、急な話の流れにルミナは顔を赤らめた。
「付き合うというか、婚約?」
「えええええーーーーー!!?スゴーイ!!」
「ちょっと、カナちゃん!!」
端的に二人の仲を説明するカナの口をルミナが慌てて抑えにかかるが時すでに遅い。
「ねー、すごいよねー、大胆だよねー」
「もう、からかわないで!!」
アハハハハと笑うカナの肩を掴んでルミナが左右に暴れる。
「でも、さすがに気が早くない?何かあったの?」
「うー……お、オトナにはいろいろあるんです」
「ルミナちゃんまだ17じゃーん」
苦しい言い逃れはあっさりと二人に無視されてしまった。ルミナは肩をすくめて視線を下にやりもじもじしている。とても一連の事件は説明できそうにない。
「まぁ、いいんじゃないかなー。ルミナちゃんが美人だからちょっとバランス悪いけどお似合いだとは思うし、アタシとしても頼りないユキ兄ぃの事を支えてくれる人がいるのは安心できるしね。アタシも婚約しちゃおっかなー」
「えー、あのミュージシャン志望のカッコいい人!?」
「ま、まだ早いんじゃないかな……」
どの口が言うのかと思いはしたが、一応年長者としてルミナは一言言っておいた、が盛り上がる二人は聞く耳を持たない。そこに配達から帰ってきた店主のダイキが顔を出す。ルミナが壁の造花で枠を彩った時計を見ると、いつのまにか夕方にさしかかっていた。
「仕事中に無駄話してるんじゃない」
9月に入ったとは言え関東はまだ残暑が厳しい。仕事に厳しいダイキの声音には疲労が見えた。
「お父さん、ワタシも婚約するー」
「いっちょ前の事抜かす前にメシをまともに作れるようになるんだな」
「こないだ冷やし中華作れるようになったもーん!」
「あんなのは料理のうちに入んねえよ!」
おら、仕事しろ!と店の奥に騒ぐランを押し込んだダイキは少し足音を立てないように静かにルミナの方へやってきた。
「ユキオも、もうすぐ帰ってくるはずだ」
「あ、ありがとうございます」
火照り顔が治まらないまま、立ち上がってペコリと頭を下げるルミナにダイキもどこか恥ずかしそうに答えた。
「いや、礼を言うのはこっちだ……ユキオの奴を立ち直らせてくれて、ありがとうな。正直助かった」
「そんな……私は何も」
「大人なんだから、俺もアイツの悩みをちゃんと解決してやるべきだった……まぁこれはサクラの小言なんだが、俺もついイラっとしてつっぱねちまった。悪い事をした」
ダイキがそこまで言って大きな体を折るように礼をする。
「私も……欲張りを言っただけなんです。私も、ユキオ君に助けてもらっているんです」
「いいんじゃないか、男も女も、そういうモンだからな」
「おおー、さすが大人、いい事言うー!」
「お前やランにはまだまだ早そうだな」
珍しく感銘を受けたかのようなカナにダイキは呆れ半分嗜め半分という感じで釘を刺す。
「えー!何でですかー!」
「お前らみたいのが、将来稼げもしないちゃらいのに引っかかって苦労をするんだ」
「偏見ですー!狭量ですー!凝り固まった大人の言いがかりですー!」
両腕をぶんぶん振り回して反論するカナは放っておいて、ダイキは店の外を見やった。遠くから微かに、電動バイク特有の微かなモーター音が響いてくる。
「噂をすれば、だ。迎えに出てやんな」
「ありがとうございます」
ルミナは軽く会釈をしてカナと連れ立って店の前に出た。ダイキが夕暮れの中に赤く染まるその背中を眩しそうに見ながら、呟く。
「……若ぇなぁ」
「オッサンのセリフだよそれ」
すかさずツッコミを入れた愛娘の頭にゲンコツが落ちた。