クミンズ(後)
『トレバシェット』
<センチュリオン>悠南支部所属
最高速力 97km/h
武装
高電磁加速レールガン 2門
強化型ロングアーム 2本
ウィーゲルニ連装対空機銃 3基
オプション兵器(以下より任意の武器を四種選択しキャリアーコンテナに搭載可能)
WATS用パニッシュバズーカ
20連装マイクロミサイルポッド
バルツェットレーザー突撃銃
拡散グレネードランチャー
他
宋現重工創業者の息子、宋堂ソウジロウが自作したウォールドウォー用戦闘マシン。従来のWATSとは大きく異なる系統の兵器であるが、同じ様にコクピットポッドで操縦が可能。
当初、<センチュリオン>悠南支部からは激化する戦闘において顕著な前線部隊への弾薬切れを回避するための、機動力を備えた無人ウェポンキャリアーの開発を発注したが、シミュレーションの結果自動操縦での速やかな前線への補給は安定しないという判断が下され、データ収集も踏まえ有人型の試作タイプの設計が進められた。
その結果完成したのが『トレバシェット』である。自衛用の対空機銃、レールガンと一体化した打突用ロングアームに加え運搬用コンテナの中の火器はサブアームにより自機でも使用する事が出来る。しかし、あくまでキャリアーとして設計されたマシンのため前線での長時間運用は危険を伴う。
初秋特有の高く澄んだ青空に、白く長い羽がゆっくりとたゆたうように回っている。
その向こうにちぎれ雲がゆっくりと浮かび、時折太陽の注ぐ暑い日差しを遮っていた。
「ユキオ君、風車が好きなんだ」
「ああ、うん……変かな」
「ううん……でも、あんまりそういう人、聞かないかもね」
「そうかな」
隣の県の海沿い、風力発電用の大型風車が立ち並ぶ砂浜へユキオ達は来ていた。バイクを近くに停めて、ベンチに横になるユキオにルミナが膝枕をしていた。
夏休みには子供達が多く遊びに来るであろうこの海岸は、今は人気も無く静かな波の音とウミネコの鳴き声以外には何も聞こえない。どこまでものんびりした時間が流れ、ユキオは気を抜くとルミナのやわらかい太腿の上で眠ってしまいそうだった。
「ユキオ君」
「う、ううん?」
寝てないよ、と言いながらあくびをして起き上がる。ルミナは苦笑したが、すぐ少しだけ真剣な顔をした。
「宋堂君の事だけど」
(やっぱりか……)
なんとなく話題はわかっていた。ルミナにちょっと話がしたいと言われて、デートついでに遠乗りでここまで来たがおそらく今一番解決しなければいけない事を相談されるのだろうなと。
すなわち、パンサーチームの新人。宋堂ソウジロウの事である。
「どうにかフォーメーションを練習しなきゃいけないと思うの」
「まー、そうだよね……」
ソウジロウの参加以来、ユキオ達は2度マイズアーミー迎撃戦を行った。結果は勝利を納めたものの、その内容はとても人に見せられるものではなかった。ひた隠しにしているが南雲や飛羽に戦闘記録が見つかれば小言を言われるくらいでは済まない。
当然、新しく参加した実戦経験の少ないメンバーにフォーメーションを強いるのは無理がある。だからユキオはソウジロウを後衛に下げて、自分のフォローをさせたかったのだがプライドの高いソウジロウはその役に甘んじるのを嫌がった。ちょくちょく前に出てきては撃破数を稼ぎに行こうとするので、ユキオもルミナもそのフォローに気を割かれてしまって、散漫とした防衛線になってしまい度々『ラム・ビートル』程度の敵に突破されそうになってしまった。
それゆえフォーメーションの重要さをソウジロウに説明し、連携をするように言うのだが慣れない戦闘の興奮のせいかソウジロウは視野が狭くなり暴走しがちであった。傍目には3人はチームではなくバラバラの単独行動に近い戦闘をしているように見えただろう。
「そもそも、『As』と『2B』の抜けた替わりをさせるのも無理だから新しいフォーメーションを組まなきゃいけないんだよね……」
あーあ、と伸びをして再度柔らかい太ももへ横になろうとしたユキオをルミナが力一杯押し留める。
ユキオとソウジロウの連携がうまく行かないのには他にも理由があった。ゲーマーとしてのクセ、プレイスタイルが近いのである。
ある程度の範囲での制圧力を重視し、移動は最小限に、火力で敵の動きを封じるという戦いを二人とも得意としていた。格闘ゲームで言えばリーチの長い通常技を多用し、正面に空間をキープしながら敵の出足を挫くという戦い方だ。
「つーても、アイツが話を聞かないから……」
よいしょ、とルミナに戻されて腕を組む。どういう育ち方をしたのか知らないがソウジロウはとにかく自分のやり方を曲げない男だった。何度二人がフォーメーションの指示をしても、それは効率的ではないと突っぱねて突撃と被弾を繰り返している。
「逆に、宋堂君を中心にサポートに回るとか?」
「それは……考えなくも無かったけど……」
唸りながら後ろ頭を掻く。青すぎるほど青い空に、黒いウミネコの翼がふわふわと漂っているのをユキオは少し羨ましく思った。
ソウジロウが前に出るならそれを二人がサポートする、というのは一つの手である。しかしそれはソウジロウに最低限の操縦技術と戦況の把握力があるなら、という前提が必要だ。回避力も低く視野も狭い今のソウジロウを前衛に経たせるわけにはいかない。
「それにそんな事をしてアイツを主力扱いしてると勘違いさせたくない。まだ経験が足りないよ」
「ヤキモチ妬いちゃう?」
「まさか」
モゾモゾとユキオはまたルミナの膝に戻っていった。ルミナも仕方ないなぁという顔でその黒髪越しに頭を撫でる。
一線を越えてしまった後は、カズマに看過されるまでもなくそれこそ新婚かと言われんばかりに二人は一緒にいた。ルミナとしてもがっちりキープできている事に満足はしていたがさすがにもう少し男らしくして欲しいと思うことはある。
(ま、それも贅沢か)
飼いならされた大型犬のような緊張感の全く無い顔で、自分の膝でくつろいでいるユキオを見るのも悪くない。
「シュミレーションはやってるみたいだけど……そもそもあの『トレバシェット』って奴は接近戦に向いてないんだ」
「元々は武器を前線に運ぶキャリアーなんだっけ?」
「そう、<センチュリオン>からそういうマシンが欲しいって言われて開発していたのにアイツが楽しくコンテナの兵器を直接射撃できるように改造して、その上WATS以上のマシンとして売り出したいとか暴走しているみたいでね……」
「商売人なのね……」
ルミナの驚きと呆れを織り混ぜたような感想にユキオも上を向いてルミナにニヤっと笑ってみせる。
「そこは尊敬するけど、だったら凄腕のパイロットを雇えばいいんじゃないかって話でね」
「自分で実証したいのかしら」
「その目立ちたがり屋な所がアイツの欠点のような気がするけど……っと」
勢いをつけて立ち上がる。風が出てきていた。まだ陽は高いがやがて夕暮れになるだろう。
もう夏ではないのだ。
「そろそろ、帰ろっか」
「うん……いい所だからまだ居たかったけど」
「また連れて来てあげるよ」
そう言いながら差し出されたユキオの手をルミナが笑顔で取った。
ルミナを家に送った後、ユキオは家路の途中にあるゲームセンターに立ち寄った。しばらく改装で営業していなかったのがいつの間にか終わっていたらしい。久しぶりに格闘ゲームでもやって勘を取り戻しておかないと、とゲーマー根性が疼いていた。
(そう言えば新作が出ていたような……ん?)
ゲーム音と客の口から漏れる無秩序な雑音の中、新作台が置かれているコーナーから一際穏やかでない会話が聞こえてきた。見れば、最新作の格闘ゲームに座っている一人をいかにもガラの悪そうな高校生らしき二人が囲んでいる。
(……)
囲まれているのは肌の黒い同年代の男だった。黒いといっても日本で見かけるような色合いではない、南米か中東かとにかく海外の人間であるのは一目瞭然だった。その視線が一瞬ユキオに向けられる。
今までのユキオであれば、面倒はゴメンだと立ち去っていた所だが悪意の無い動物のような、怯えている黒い瞳がユキオの良心を揺さぶった。
(……仕方ない)
囲んでいるのも大してゴツイという訳ではない。何とかなるだろう。<メネラオス>の連中に比べれば文字通り子供だ。
いい加減キレたのか一人が拳を振り上げるのをガッとユキオが背後から掴みあげた。
「なっ、何だテメェ!!」
「何をしたのか知らないけど、殴る事は無いんじゃないか」
「関係ねぇだろ!」
バッ、と手を振り払い後ずさる。ユキオもケンカは苦手というレベルではないくらいの実力だが、度胸だけならその辺の大人以上にある。まるで獲物を見定める野獣のような視線に高校生達は聞き取りにくい謎の罵声を残して店の出口に向かって行った。
「はぁ……」
肺の空気をすべて入れ替えるくらいに深い溜息をついて張っていた肩を下ろした。乱暴な事にならないで良かった。少しだけ緊張で吹き出た額の汗を拭っていると、その囲まれていた少年が立ち上がった。
「ア、アリガトウ」
「ああ、いや……大した事はしてないよ」
背も同じくらいだった。Tシャツにスネが半分くらい見える程度のカーゴパンツと服装は年頃の学生に近いがその肌の色、鼻の高さや彫りの深さは日本人離れしすぎている。ハーフというわけでもなさそうだ。
「なんで絡まれたの?」
「アー、イヤ……」
外国人らしいイントネーションだが日本語が不得意というわけではなさそうだ。少し天然パーマぽいカールした黒髪を掻きながら。
「連勝、シテタラ何カ勘ニ触ッタミタイデ……」
その言葉に画面を見ると、放置してCPUに殴られ続けるキャラの上に21WINというカウントがあった。なるほどそれだけ負ければイライラするのもわからなくは無い。
「ついてなかったね……でも、強いんだキミ」
「ソウ、デショウカ」
「良かったら一回対戦してくれる?」
「ハイ、大丈夫デス」
助けられた義理で仕方なく、というわけでも無さそうな表情だった。ユキオは反対側に座りコインを入れる。
シリーズ物の新作ではあったが前作のマイナーバージョンに近い。新システムと調整に気をつければ何とかなるだろう。所詮ゲームだ。気楽にやればいい。
(だからって、むざむざ負けるつもりも無いけど)
胴着を着た主人公格のキャラクターを選ぶ。相手は竹刀を持った剣道のキャラクターを使っているようだ。ある程度の中距離戦は不利だが接近してしまえば勝機はあるはずだ。
対戦が始まった。一気に踏み込んで竹刀の通常技の内側に入ろうとしたユキオのキャラクターに対し、相手も迷い無く踏み込んできた。距離を取りながらジリジリと下がるというセオリーに反する動きに驚くが、今更引けない。
(くそ!)
間合いを計り損ねた。反射的に出し得と言われる立ち中キックで牽制を図る、がその蹴り足直前で止まった剣道使いは強斬りを放った。下から弧を描いて振り上げられる竹刀にユキオのキャラの体力ゲージが2割も持っていかれる。
「日和った!」
半ば反射的に出てしまったとは言え自分の迂闊さを罵る。ダウンキャンセルをかけて立ち上がった所に置かれた突進突きをガードして、しゃがみ強キックでカウンターを狙うがそれは冷静にジャンプで避わされた。
(対空!)
ジャンプから来る判定の強い空中斬りに対し無敵状態になるジャンプアッパーを入れるが、数フレーム遅く相打ちになる。ダメージ勝ちはしたがこちらの無敵状態になる前を潰された。
(大人しそうな顔してエグい攻めしやがる)
チキンではないがたしかにこんなガチで隙のない対戦ばかりしていたらキレるかもな、と先程の二人組の事を一瞬考えながらゲージ消費技の旋風脚で飛びこむ。対空カウンターはせずに堅くガードを決めこむところもなかなか嫌らしい。ユキオは構わずに弱中の通常技でゲージを回復しながらガードの切れる瞬間を狙う。
「来たか!」
振りぬいた中パンチに合わせて相手が投げモーションに入った。ユキオも投げ入力をして相手の腕を弾きにかかる。投げ相殺が発生すれば相殺した方が硬直抜けが早く有利になる。
しかし剣道使いはユキオのキャラの胸元に伸ばした腕を引っ込めて、画面をフラッシュさせた。
(投げキャン超必!?)
相手のゲージはギリギリ発動量に達していた。しかしこの優勢な状態で撃って来るとは予想出来なかった。ゲージを全部消費する超技は100%に近い方がダメージが上がる。この局面でわざわざ消費するのは無駄ではないが勿体無いと言えなくも無い。
だが、効果は高い。暗転した背景の中で多段連続斬りが次々とユキオのキャラを斬り刻み大ダメージを与えた。
一戦目はそれが決定打となった。そのまま防戦気味になったユキオはゲージを削り殺され、二戦目も少しは善戦したもののダメージレースに負け二本連取のストレート負けを喫してしまった。
ここまで正々堂々と負けたのは久しぶりだった。素直に乾杯を認めて筐体の向こう側を見ると、少年は爽やかな笑顔をユキオに返した。