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聚果榕を捥いで

 


 悠南市総合中央病院。


 カズマがリハビリで通っている病院にユキオとルミナは連れ立ってやってきた。


 人気の無い病院の外れのロビーの低いテーブルを挟んでユキオとルミナ、車椅子のカズマとマサハルが座っている。


 「ってわけで……悪いんだけどカズマの仇討ちをすぐに出来そうにない……」


 頭を下げるユキオにカズマは呆れ顔で言い放った。


 「別にいいよ……っていうかお前そんな事一生懸命やってたのか」


 「そんな事って……!」


 口調が荒くなりそうになるユキオをカズマが手で制する。


 「仇なら、お前があの時アイツの頭を吹っ飛ばして逃げ帰ってったじゃねぇか。とりあえずはそれでいいさ。今度会ったら俺がボコボコにしてやるよ」


 ハッハッハと笑うが、車椅子姿のカズマは依然痛々しい。心配そうな顔でルミナが


 「リハビリ……順調なの?」


 「まぁな」


 カズマが気楽そうに答えるのを聞いてルミナがホッとしてユキオと顔を見合わせた。そんな二人を見てカズマとマサハルもニヤニヤとユキオ達を見る。苦手な、所謂リア充独特の視線に居心地の悪さを感じユキオは嫌そうに口を開いた。


 「な、なんだよ……」


 「お前ら、デキてんだろ」


 単刀直入にツッコミを入れるカズマ。ユキオとルミナは目を見開いて驚愕した。


 「な、なっ、ななな」


 「なん、なんで……!?」


 顔を真っ赤にしてうろたえる二人の腰の辺りを指差す。


 「そんなにケツくっつけて座ってりゃ一発でわかるって」


 「!!?」


 尻の筋肉だけでユキオとルミナが跳躍して離れて座りなおす。バックからハンカチを出して慌てて汗を拭くルミナを見ないようにしながらユキオは呼吸を整えようとした。


 「全く、今頃かよって気もするが……あまり人前でイチャイチャするんじゃねーぞ」


 「し、しねえよ!」


 慌てて否定するが、その言葉もカズマとマサハルの大笑いにかき消される。ロビーの横を通りがかった婦長が、これ見よがしに、ゴホン!と咳払いをしながら通り過ぎていった。


 「それはそうとユキオ、ルミナちゃん」


 マサハルが急に真面目な顔になる。その少し申し訳無さそうな口調がルミナには気にかかった。


 「聞いているかはわからないが、パンサーチームに新人が来る」


 「ああ、話だけは聞いてる。歳は、一個下だっけ?」


 「実は俺達はこの間会って来たんだが……まぁあんまいいヤツって感じじゃなくてな」


 マジか……と眉根を曇らせながらユキオは腕を組んだ。ルミナも心配そうにその顔をうかがう。


 「ま、二人のラブラブぶりを前にしたら少しは大人しくなんだろ」


 「だからしてねぇっつの!」


 「とにかく、頑張ってくれよな。俺達もワタル達の指導や試作機の開発サポートちゃんとやってるからよ」


 努めて明るく話すカズマは、今まで通りだった。歩けないという事以外は。


 ユキオはその事実だけをもう一度心に刻んだ。今はカズマ達の分までしっかり戦うしかない。無闇に仇を追うだけではカズマの期待には応えられない。


 「わかってるよ」


 カズマが差し出した手を握る。その上にマサハル、ルミナの手も重なり4人が目で強く誓い合う。


 チームは未だ健在だった。












 「なぁに、これ?」


 レイミは<組織>から送られてきたファイルを見て呆れた声を出した。


 「何、って新型のマシーンだろう」


 後ろからモニターを見てそう答えるヒロムも半ばそのマシーンの形に呆れている。


 見た感じ、およそ戦闘マシーンとは思えないようなファンシーな姿と色使いである。シールドと思しき大型のパーツがそう見えるだけでその裏側の火器などはそれなりに禍々しい姿をしているが、それでも今まで使ってきた機体に比べるとどうにも頼りない。


 「いけんの?コイツ」


 「スペック上は『バルパッタ』と以上には戦えそうだ……スペックを信じるならなぁ」


 「ホントかしら」


 半信半疑、というかほとんど信じていない顔でデータロードを進める。乾ききっていないマニキュアがタッチパネルに付いてしまい、舌打ちしたレイミの指が除光液に伸びた。


 「一人用なんだ……じゃ、今度はアタシの番ね。シート直しとかなきゃ」


 「大丈夫か?なんか難しそうだけど」


 「片目しか見えてない人よりは大丈夫よ」


 「好きで片目隠してるわけじゃねーよ」


 ヒロムもまた左目の視神経は回復していなかった。薬の副作用か、ユキオが放った一撃のダメージによるかは不明ではあったが今のところ回復の目処は立っていない。

 もうすっかり片目での生活には慣れていたが、たまに物を掴み損ねたり道で看板にぶつかりそうになることがある。四方に気を配り一瞬も休む暇の無いウォールドウォーではそれは命取りになりかねなかった。


 「まぁまぁ、二人仲良く助け合って行きましょーよ」


 「なんか企んでるのか?」


 「……今月分の光熱費が足りなくて」


 目から光を無くし青い顔でそう話すレイミにヒロムが驚く。


 「なんでだよ!?」


 「いやー、うっかりこないだ美味い中華のお店見つけちゃって。嬉しくなって通ってたら財布がねー、軽くなっててねー、不思議ねぇー」


 「何も不思議じゃねぇじゃねぇか」


 べこん、と持っていたトレイでレイミの頭を叩く。レディになにすんのよ!と泣きながら喚く同居人をほっときながらヒロムはポータルパッドで電子通帳を見た。


 「……しょうがねぇ、今月は貸しにしてやるから来月お前払えよ」


 「てゆーか、アタシだけなんかずっと労働してる気がするんだけど!ヒロムなんか学校でカノジョといちゃいちゃしてるだけなんでしょ?」


 「バイトだってやってるし、そもそも学校だって仕事のうちだ!」


 「でもさー……」


 ふーふーとディスプレイに息を吹きかけながら、レイミがちょっとだけ真面目な顔を見せた。


 「このままでいいのかねぇ、アタシたち」


 「……今の任務で成果が出ないなら、他の副業を探すしかないな。例のジイサンのとこも、もう新しい情報はなさそうだろう?」


 「まぁ、それでもたまにユキオ君来るから無駄では無いンだろうけどね……それに」


 「それに?」


 らしくなく、重く言葉を選ぶように話す。除光液のボトルをテーブルに戻し、代わりに日に焼けて変色し始めたカバのプラモを手に取った。


 頭を細い指でゆっくりと撫でる。カバの頭がその度にキィキィと音を鳴らしながら頷くように上下した。


 「オジーチャンの世話を途中で投げ出すってのも、後味悪いじゃない?」


 「お前はもっとドライな奴だと思ってたよ」


 「アタシだって、人並みに優しかったりするのよ」


 


 








 「異動!?」


 放課後に<センチュリオン>悠南支部に呼び出されたユキオとルミナは、唐突にアリシアから別れの挨拶を受けた。


 「ごめんね、急な話で言う暇が無くて」


 少し申し訳無さそうな、いつもの優しい笑顔で二人にメモリーキーを渡す。


 「最後に、しっかり二人の機体をメンテさせてもらったわ。しばらくヨーロッパの方に技術交換で行くけど……頑張ってね。無茶はしないように」


 「そんな……」


 ユキオはショックを隠しきれなかった。カズマ達に加えメンテチームの要であるアリシアまでいなくなるとは。戦力的な不安もあるが、つい先日の逢瀬の事も忘れ切れていないユキオには辛い話であった。それを見抜いたのか、アリシアが嗜めるようにユキオの額を人差し指で弾く。


 「アイタ」


 「駄目よ、そんなことじゃ可愛いカノジョを守ってあげられないじゃない」


 「え!?」


 クスリ、と笑って今度はルミナの方に歩み寄る。ユキオに聞こえないように、耳元に顔を寄せた。


 「ごめんなさいね」


 その一言に全てを察して、ルミナは横目でアリシアに冷たい視線をぶつけた。


 「……謝るくらいなら、やめて欲しかったです」


 「世の中はね、競争なのよ。何においても」


 さすがに睨むような目つきになってしまうルミナにアリシアはゴメンゴメンとまるで義姉のようなリアクションをした。


 「安心して、ほんとに寝ただけで何もしてないから」


 「へっ?」


 「どんな格好で寝たかは秘密だけどね」


 硬くなっていた表情が一瞬弛み、瞬きしてアリシアの顔を見る。それから少し離れた所にいるユキオの顔も。


 「まぁ、もう心配ないみたいだけど」


 「な、ななな、何を……」


 「大人に隠し事するには、まだアナタ達は幼すぎるわよ」


 悪戯っぽい微笑みを残してアリシアがスーツケースの取っ手を伸ばす。


 「じゃあ、今までありがとう二人とも。みんなと一緒に仕事が出来て楽しかったわ。またいつか、会いましょうね」


 ガラガラとスーツケースを引いてミーティングルームを出て行く。そのあまりにもあっさりとした別れに現実感は無く、ユキオとルミナはしばし呆然とする他無かった。


 替わりにドアが開いて、マヤが入ってくる。


 「あら、もう行っちゃったの」


 「姉さん、アリシアさんの異動、なんで話してくれなかったの」


 呑気そうな姉にルミナが詰め寄る。


 「ごめんね、割と急な話で……でも、そのうち帰ってくるからユキオ君もそんなガッカリしないで」


 「べ、べべべ別にガッカリしてるわけじゃ……!」


 「あら、冷たいのね」


 「そういう訳じゃ……ああもう!それより、メンテチームの方は大丈夫なんですか?」


 ユキオもルミナも、メンテチームはアリシアを中心として仕事をしているという認識だった。飛羽達もそうだろう。それだけアリシアの知識と技術は卓越しており、彼女無しで悠南支部のWATSの運用が出来るとは二人には思えなかった。


 「代わりの人員は当然来るけど、正直なところアリシアより凄いかって言われたら微妙な……あ、これオフレコね」


 「姉さん……」


 頭痛を感じたルミナが額を抑えた。当のマヤはあっけらかんとした態度で笑っている。


 「さぁ、二人とも着いてきて。いろいろ忙しくてね」


 「?」


 「別れがあれば、出会いもあるって事よ」 



 


  


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