サークリング・ガーデン(前)
更に数日が過ぎた。
ユキオとルミナは今までどおり『ファランクス』で<センチュリオン>のトレーサーとして出撃する日々に戻っていた。マイズアーミーの数は急激に変動する事はなかったが、それは二名の欠員を出した悠南支部には楽な状態ではないという事でもあった。
そのせいで『5Fr』と『St』の二機だけでの出撃も余儀なくされる場面もあり、そういう時のユキオは前にも増して紳士的に、精力的にルミナを手厚く護衛するのだが。
(何か違う……)
ヴュゥゥゥゥゥッィィィィイィィン……!!
接近してくる『ビートル』が真っ赤に輝く圧縮流体の矢が貫いた。前にいる『ファランクス5Fr』が振り返って最大射程で放ったPMCだ。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう。大丈夫」
『5Fr』はまた前を向いてマシンガンで対空弾幕を張った。二人を包囲しようと狭まってくる『フライ』編隊を散りぢりに追い返す。
(今の攻撃くらいなら、私に自分で対処してくれって前なら言ってた)
カズマと同じ目に合わせないように、というユキオの気持ちは解るがそれにしても過保護だと思う。
そして、それ以上に不自然なのは学校での距離感。
(今日も挨拶しかしてないし……休み時間はいつも私が行く前にどこかにいっちゃってるし)
今日だけではない。ユキオがちゃんと学校に来るようになってずっとだ。今日もルミナはお弁当を手渡しそびれてしまった。
(避けられてる……ならこうやって助けてくれたりはしないだろうし)
モヤモヤとした気持ちをトリガーに込めて貫通弾をぶっ放つ。ライフリングが刻まれた合金の弾丸が雑に直進する『ビートル』の腹部を突き破った。
ガシャン!
廃棄したライフルの弾倉が黒い地面に落ちて耳障りな音を立てた事で、ルミナは自分が無意識にリロードを行っていたのに気付いた。普段でもほとんど反射的に出来るようになっているがここまで自覚が無かったのは初めてだ。
(いけない……戦闘中は集中しないと)
照準にブレは無い。『フライ』が立て続けに二機、火花を噴き出してバラバラになった。
レーダーを見ると敵はほぼ撃破したようだ。イータに任せておいた『ゼルヴィスバード』が残る『ビートル』を追い払っている。ユキオが7機、ルミナが6機。二人だけの部隊としては上々の戦果だった。
戦闘終了のメッセージを受け、モニターに映る『5Fr』が手を上げて振った。電脳世界からログアウトする時の合図だ。ルミナは放課後<センチュリオン>支部のポッドから出撃していたが、ユキオはバイトがあるとだけ言ってバイクでそのままフラワーハスノに向かっていった。出撃要請を受けてヨネの店あたりから迎撃に出たのだろう。
「ふぅ」
神経接続を切り緊張を解いた。締め切って蒸し暑くなったポッドから出て胸元をパタパタと開ける。
「お疲れ、さすがね」
姉のマヤがスポーツドリンクを持ってきてくれた。礼を言ってストローに口をつける。マヤはユキオやカズマの件がひとまず落ち着いたと考えているのか、ここ数日は穏やかな表情だった。
「まぁ、ね」
「どうかしたの?最近浮かない顔してるけど」
「顔に出てる?」
うん、と首を縦に振るマヤにまいったなという仕草を返してルミナはほっぺたの筋肉をマッサージした。
「ユキオ君とはまた話せるようになったんでしょ?」
「うん……でもなんか……よそよそしいというか……植物園、リニューアルしたから一緒にどうかなって聞いたんだけど断られちゃったし」
「なんて?」
「バイトさぼってた分と、妹さんの勉強見るので忙しいって」
マヤがそれを聞いて不審そうに眉を寄せて腕を組む。
「あの子が妹さんをダシにしてルミナの誘いを断る?なんか引っかかるわね」
「べ、別に疑ってるわけじゃないけど!」
慌てて手を振る。嫉妬深いみたいに思われるのは、家族であっても絶対に避けたい。
「妹さんと仲いいのよね?」
「え、あ、うん」
ユキオとカナの仲の事かと思ったが、自分の事らしい。
「聞いてみたら?それとなく」
「う、うーん……」
それはそれで一方的に気にしているようで何だか悔しい。自分は純粋にユキオの態度が変わった訳を知りたいだけで……。
「あんまり拗らせない様にね……なんだったら、アタシが聞いてもいいわよ」
「や、やめてよ!そんな恥ずかしいの!」
マヤの脳天気な笑い声を聞いても、ルミナは一抹の不安を拭う事はできなかった。
「んー、何があったかはよくわからないけど、最近は顔色もいいしちゃんとご飯も食べてるから大丈夫じゃないかな?」
「そうなの?」
「うん、少し前なんかユキ兄いらしくないほど思いつめてておばさんと二人で凄く心配してたんだから」
結局その夜、ルミナはカナに電話をした。悔しいが自分だけで考えていても答えは出なさそうだったからだ。このままだとこっちがノイローゼになるかもしれない。
「そっか、良かったね」
それはそれで良い事だが、自分に対して距離をとっているようにしているのは何故なのだろう。頭を捻るルミナにカナがからかうように訊いた。
「ルミナちゃんとは、上手くいってるの?」
「うん……」
その本人の身内の前ではあからさまに否定も出来ず、ルミナは返事を濁したがカンの良いカナには感づかれてしまったようだ。
「そっか……なんか、ゴメンネ」
「えっ?」
「でも、大丈夫。ユキ兄ぃはルミナちゃんの事嫌いになったりしてないよ」
努めて明るく、カナがそう言う。あまりにも明るい口調だったからまるでアニメのキャラに励まされたのかと思うほどだった。
「なんか、根拠は無いけど……オンナのカンってヤツ?」
「ありがとう……フフフ」
ルミナの漏らした笑い声が、カナの目をきょとんとさせた。
「あれ、なんか変な事言った?」
「ううん、なんか今の、さすがプロの声優だなって。アニメの音が聞こえてきたのかと思っちゃった」
「えー、そう?照れるなぁ」
まるで片手で後頭部を掻くカナの無邪気な様子までも見えるようだ。
少し落ち着いたルミナは、改めて礼を言って電話を切り、勉強の続きに取り組む事にした。
(年下に励まされるなんて、まだまだ未熟なのね。私)
嘆息が自分の彷徨う感情を押さえ込む。
季節は、夏を終えようとしていた。
「もっと突っ込めっつってんだろ!」
マイクに向かって罵声を浴びせるカズマの裾をマサハルがちょいちょいと引っ張る。
「カズマ、TVの取材も来てるんだからもう少し……」
「アイツの飲み込みが悪いんだよ!」
「いや、まだ3時間くらいしか乗ってないじゃないか。さすがにワタルだって無理があるよ」
暗いモニタリングルームの二人の前にある、幅4メートルはあろうかという大型パネルにはオルカチームの矢井田ワタルが操る新型飛行タイプのWATSの試験の様子が映し出されている。
都内、<センチュリオン>本部直轄の新型機開発チームのラボに呼ばれたカズマとマサハルはマスコミのインタヴューを受けながらも、次期飛行型WATSの試作機についての評価とそのテストパイロットに選ばれたワタルへの指導で忙しい週末を過ごしていた。
『ビートル』のデータから再現した仮想敵機がロケット砲を連射しながら試作機に迫る。ワタルは必死にスティックを操ってそれを避けた。今まで飛行型に乗った事も無いワタルには、サポートAIの補助を受けても空中制御すらまだおぼつかないのだ。ペダルを踏み、推進剤を無闇やたらに撒き散らしながらバランスを取る。
「今背中撃てたろうが!」
「こっちは初心者なんですよ!」
アドバイスと言うか、もはや罵声に近い。たまりかねてポッドの中のワタルが言い返す。
ユキオも『Nue-04x』の操縦にに苦戦していたが、そもそも同じWATSとは言え陸戦型と飛行型では操縦感覚が全く違う。コクピットのパネルやコントロールスティックの配置こそ同じでも、それこそ戦車と戦闘機ほどの差があると言ってもいい。特に三次元戦闘を主とする飛行型WATSにおいてはまだマニュアルも未完成で基本的な移動や攻撃に慣れるだけでも10時間は習熟に費やさなければならないと言われていた。
怒鳴ってはみるものの、言い訳になるのは嫌なので無理に背面を向いてレーザーガンを撃つ。青白く細い針のような弾体が仮想敵機のウィングにかすめるが撃墜させるほどのダメージは取れなかった。
逆に姿勢を崩したワタルの試作機が失速して上半身を下に落下し始める。カズマが車椅子から腰を浮かしそうになるほど前に乗り出して叫ぶ。
「踏ん張れ!スラスターじゃない、ウィングで立て直すんだ!」
「わかって……ますけど!!」
じたばたと不器用にもがいた挙句、試作機は地表近くから上昇する事ができた。モニタルームの中にいる研究者が一斉に安堵の息を漏らす。カズマも思わず額にかいた冷や汗を腕で拭った。
「まったく……先が思いやられるぜ」
「もう少し浮遊のアシスト制御を強化しなくてはいけないか」
いつの間にかカズマの横に来ていた一人の青年、いや少年がそう独り言を呟いた。
身長は低く、ルミナよりも下だろう。几帳面に刈り揃えた髪とメガネ、そしてその奥の不遜な目つきが印象的な男子だった。
「……あのまま完成ですとか言うんじゃないだろうな」
「まさか」
嫌味を込めたカズマの声に少年が向き直り一言きっぱりと否定する。
「『Nue』どころか『As』まで運用不能になったせいで、飛行型の実戦データがもう取れないのが痛手ですが……まぁあと一週間で仕上げて見せますよ。自分も悠南市に行かなくてはいけませんし……では、自分はこの辺で」
メガネの端をくいっと上げ、レンズに光を反射させてから慇懃な態度でドアに向かっていく少年をカズマとマサハルが横目で鬱陶しく見送った。
「ユキオに面倒かけちまうな」
「まぁ、仕方ないさ。それにしても俺らより一個下だっけ?社長の息子ってみんなあんな感じなのかね」
「興味ねぇよ……ともかくこっちはワタルをちゃんと仕上げないと」
モニターの向こうでは、やっとの事で仮想敵機を破壊した試作機が全身を丸コゲにして地上に佇んでいた。