節黒仙翁(前)
「よし……」
セッティングを終えた『エストックK4』が電脳世界に出現する。右肩には長距離砲撃用カノンの砲身が折りたたまれ懸架されている。さらにその横にスプレッドビームポッド。左肩には8連装マルチミサイル。背面には重い武装を帳消しにするためのアドバンスドブーストポッドが三基も増設されている。
右腕には大型のヘビーマシンガンが握られ、腰には予備マガジンが三つもぶら下がっていた。ユキオは左腕に持つオプションの強化シールドを持ちなおさせて戦場を進む。
(さすがにだいぶ貯金が減ったけど、仕方ない)
自前で揃えるのはこれが限界であった。あの『スタッグ』とやりあうには心もとないが、予算とラインナップからこれ以上のセッティングは組めなかった。
慣れない機体を左右に振り、リアクションを掴む。
(切り返し、グリップはやはり『5Fr』より弱い。加速は同じくらいだが……やっぱり違うな)
今更ながら自分専用にチューンされた機体の有り難さを実感する。市販品ではどうしても理想の機体にはならない。
「それでも、やるしかないんだ……」
弾薬の補充に関しては、逆に楽になった。自分の口座から引き落としさえされればすぐに満タンにしてもらえる。それも安いものではないが悠南支部にこっそり忍び込まなくていいというのは大きい。
「来たな……!」
レーダーに反応。『エストック』が『5Fr』と同程度のレーダー性能を持っているのは幸運だった。いつも通りの感覚で戦闘できる要素が多い方が助かる。
敵機は『フライ』5機、ノーマルの『スタッグ』が2機。ありがちな布陣だが気を抜くわけには行かない。
「敵機散開。接触マデ120」
「わかった」
AIのナビゲートに返事をする。AI用モニターには、『エストック』にプリセットされている汎用量産型AI・アルセーヌではなく、シータの名前が表示されている。
(予想はしていたが……)
『5Fr』を取り上げられたにも関わらず、ユキオのリストウォッチにはシータからのマイズアーミー襲撃の報告が届いた。ユキオが個人的にシータに頼んだ事ではあったがまさかメモリーキーを持っていなくても通知が来るとは思っておらず、さすがに戸惑いを隠せなかった。
そして個人的に購入した『エストック』のメモリーの中にも、こうしてシータが存在している。
(一体、何なんだ。コイツは)
慣れ親しんだサポートAIがいてくれるのはありがたい、がここまで奇妙な現象が続くとさすがに不信感が顔を覗かせる。サポートAIが何の指示もなく別の機体に移設される訳もない。
悠南支部から監視がついているのかと思ったがシータはそれを否定した。
(否定したから、それが事実と言うわけでもなかろうが……!)
何にせよ、自分はカズマの仇さえ取れればそれでいい。モヤモヤと渦巻く疑問を振り払おうとマシンガンのトリガーを引く。重い銃弾が唸りを上げて『フライ』の装甲を貫き、次々と機体を破壊した。
WATSの装備の改良速度は速い。もはや『フライ』程度のスペックでは時代遅れになってきている感はあった。物量で押されない限りはザコに過ぎないというのが、ユキオ達の評価だ。
『スタッグ』がレンジ内に割り込む。ユキオはすかさず肩のカノンを展開し照準を向けた。
「シータ、弾道補正!」
「了解、計測完了。ドウゾ」
「喰らえ!」
トリガー。カメラを覆うほどの白煙と共に大口径の砲弾が発射された。螺旋の煙を引きながら高速で空を切り、『スタッグ』の胴を見事に射抜く。徹鋼弾は『スタッグ』の背面すぐで爆発を起こしその全身を火球に沈める。
補正は完璧だ。間違いなく今アシストをしているのはユキオと共に戦い抜いてきたAI、シータだと思える。
今は悩んでいる場合ではないと思うが、疑問は脳の隅にこびりついて晴れなかった。
次の標的を追いながらユキオはセレクターをマシンガンに戻した。悠南支部から発進したイーグルチームの機体が戦線に届くまであと1分。あの『スタッグ』が現れなくても、今はこの機体に慣れておく必要がある。
夕暮れ、学校の中二階から屋根のないテラスのようなエリアで手すり越しに沈む太陽を見ながらカズマは電話をしていた。
「ああ、残念だけど今のところ……な」
「そうか、本当に残念だ」
電話先は遠い異国。ヴィレジーナだった。耳に馴染まない独特の声音が優しく言葉を紡ぐ。
「これから、どうするんだ?」
「<センチュリオン>から完全に抜ける……ってのはあんまり考えていないな。後方の仕事は来るらしいし……俺を悲劇の英雄にしたいんだとさ。未成年に酷い話だよな」
「わかるが……本人にしたらたまったものではないな」
多少皮肉に笑ってくれるレジーナの気遣いが今はありがたい。
「飛行型WATSのトレーサーの育成も必要だろうしな、すぐお払い箱って事にはならないんじゃないか?」
「オハライバコ?」
「ああ……用済みってことさ」
なるほど……と電話の向こうでレジーナがペンを走らせているのがわかった。前に日本を旅行してみたいから少し日本語を勉強していると言っていた事を思い出す。
「もう一度、ヴィレと飛びたかったよ」
「もう一度、飛ぼう」
力強くそう答える少女の声に、カズマが一瞬呼吸を漏らす。
「いつか、叶うだろう。私達の願いは」
「……あ、ああ」
一瞬、不覚にも涙腺が緩む。カズマは慌てて左右のこめかみを強く抑えて堪えた。
「また電話する。体を労わってくれ」
「お見舞いに来てくれてもいいんだぜ」
「休暇がと取れたらな」
サラッとかわす辺りはレジーナもそれなりにモテるのだろう。カズマはニヤリと笑って、じゃあなと言って通話を切った。
夕暮れの風が前髪を撫でる。しばしの静寂の後、ゆっくりと親友の足音がカズマの耳に届いた。
「話は終わったか?」
「ああ、待たせて悪りぃな」
マサハルがいいさ、と言いながら車椅子のハンドルを掴む。まだ自分では車輪も上手く回せない。学校から帰るにはマサハルの補助が必要だった。
「まったくだぜ、長電話するなら家でしろっての」
「時差があるんだよ、時差が」
「ロシアなら大してないだろ」
笑いながらマサハルがエレベーターへ向かう。狭いカゴの中で向きを変えながら、少し遠慮がちにマサハルは訊いた。
「ユキオの話、聞いてるか?」
「無断出撃の事か?」
「何か言ってやらないのか?」
「俺からは、言いにくいだろ……」
どちらからともなくため息が漏れる。
確かに言いにくい。他の誰でもなく、カズマの為にやっている事なのだから。しかしそれが悠南支部の仲間に迷惑をかけている事となるとまた話が変わってくる。
「せめて学校に来てくれりゃあな」
「最近見てないな」
「ルミナも会ってないらしい。ありゃそろそろヒステリー起こすぞ」
「ルミナちゃんもメンタル結構アレだからなー」
怖い怖い、と言いながら一階に着いたエレベーターから降りる。校門にはそろそろマサハルが呼んだタクシーが来ている頃だろう。市内であれば何処にでも契約したタクシーで行けるようマヤが取り計らってくれている。
「とりあえず、フォローはしていこうぜ」
「そうだな」
出張から帰ってきたマヤは、自分のデスクにドッカと座り込みだらしなく天井を仰いだ。ここ数日の過労は間違いなく蓄積されている。連日落ち込んでいるルミナを電話で夜遅くまで慰めていたため、睡眠時間が減っているのも響いていた。
(ルミナがあんなに凹んでいるの……初めて会った時以来かしらね)
いや、初めて会った時は不安がっていたのか。どちらにせよ最近の落ち込みようは酷かった。そこまでユキオに好意を寄せているのは姉としては意外だったのだが。
(あのバカ……アタシの妹をあんなに悲しませて)
何かしてあげたいのに、何も出来る事が無いとルミナは泣いていた。あの気丈な義妹が泣くのを傍で慰める事も出来ずホテルで悔しい思いをしながら、何度も精一杯の言葉で励まして何とか眠りにつかせる日が続きさすがにマヤもユキオに苛立ちを抑えられなかった。
「今会ったら投げ飛ばしてやりたくなるわね」
「おだやかじゃないわね」
「うわぁ!?」
背後からいきなり話しかけられて物思いに耽っていたマヤが驚きで床に転落する。アイタタと腰をさすりながら上を見るとそこには長い付き合いの女技術者がいた。
「いきなり話しかけないでよ」
「別に忍者の真似をしたわけじゃないんだけど」
心外そうに、アリシア。マヤの落下の振動でデスクから雪崩れ落ちた書類の束を拾い集めて尻をさすっている友人に手渡す。
「お帰りなさい。少しは国府田さんとデートできた?」
「そんな時間無いわよ」
そっけなく答えるあたり、事実なのだろうと思わせる口ぶりだった。
「向こうはアタシよりお忙しいようでしたから」
「実質室長ですからねぇ」
宥めるようにそういうアリシアの言葉を聞き流して座りながら端末を立ち上げる。時計の針は深夜一時を指していたがまだ仕事をするつもりなのだろう。
「帰らないの?ルミナちゃんが寂しがってるわよ」
「言わないでよ。アタシだって早く帰りたいんだから……あのぽっちゃりヘタレ野郎がしっかりしてくれないどころかルミナまで悲しませるから、ホント困っちゃうわ」
「ユキオ君だって辛いんじゃないの」
「そんなんわかってるわよ」
持ち帰ったデータを支部のメインサーバーにダウンロードしながら、クイクイっと手招きするような仕草をするマヤにやれやれとアリシアが持ってきたピクチャーシートを渡す。
「どれどれ……」
ペラペラとシートをめくる、その指がだんだんと加速しマヤはムムムと唸りながら最後まで一気に読み終えた。
「結局シータは封印できなかったと……」
「結果だけを言えばそうなるわね。少しは過程とか苦労とかを察して欲しいけど、まぁ何を言っても言い訳になってしまうわ」
「苦労は偲ばれるけど先に結論を聞きたいわね。結局、なんなの?コイツ」
「今わかっているのは、<センチュリオン>外部からこのAIがやってきたこと。プログラムが組まれたのは三年前だという事、ここに来るまで様々な国のネットワークを経由してきたという事。そして私が出来うる限りのプロテクトを易々とすり抜けて今またどこかへ行ってしまったという事……」
何度目かの深い溜息と共に、マヤの隣のデスクに座り込む。アリシアも相当疲労が溜まっていた。許されるなら二人ともここで眠ってしまいたかった。
ピクチャーシートを返し、マヤがリクライニングに悲鳴を上げさせるほど仰け反った。
「なんだかよくわからないけど、スゴイヤツって事だけはわかったわ。そら<メネラオス>があんな大掛かりな事して探すのもわかるけど……シータがここに来たりいなくなったりした事で実害はある?」
「あのAIがスパイなら、ここのデータは全部吸い出されたでしょうけどその可能性は恐らくないわね。まぁ実害があるとしてもそれは私達が手に負えないような事よ。この支部が遊園地になっちゃうとかそんな感じ」
「その心は?」
「まず、こんなプログラムを組める人間ならシータを送り込まなくても自分でここのデータを取りに来れるわ。痕跡も残さずね。そしてシータによるデータ改竄やハッキングは『5Fr』の封印とレーダーデータ以外には今のところ見られていない……」
爪を噛みながら独り言のように呟く金髪の美人を眺めながら、マヤはこう結論付けた。
「シータがここに来た目的がわからないって事?」
「情けないけれど、ホント、お手上げ」
アリシアもマヤに倣ってだらしなくシートに体を預けた。
「AIが自意識を持って動いてるようにも思えるけど……何か悪い事でも覚えたらどうしようもなさそうね」
「一応本部に現象を報告して拘束プログラムの設計を頼んだけど、向こうも半信半疑だし実際そんなもの組めるのかどうか……」
「なんでシータはここに来たのか、というか居ついたのかしらねぇ……」