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Passionflower




 「ヒロムー、こないだ使った『新型』はー?」


 ヒロムがレッスンから帰ると、リビングの棚を手当たり次第に引き出しているレイミの姿があった。床には書類からお菓子から様々なものが散乱してフローリングがまともに見える所が無い。


 帰って早々大掃除かと思うと、頭痛がして奥歯のあたりで苦い味がしはじめた。


 「どうする気だ、あんなモノ」


 「私もそろそろカンを取り戻しておかなきゃって……それにヒロムのカタキも取らないと」


 この薄情な同居人がそう言ってくれるのは意外というかくすぐったいものがあったが。


 「お前にユキオ君が撃てるのか?友達なんだろう」


 「ただの知り合いよ」


 ドライに言い放つ。レイミは本気なのだろう。


 「どっちにしろ駄目だ。欠陥機だったから<本部>に送り返してやった」


 「欠陥?」


 捜索の手を止めてキョトンとヒロムを見るレイミ。ヒロムは、ああ、と言いながら冷蔵庫を開けて中の牛乳パックを取り出しそのまま口をつけた。


 「ニホンの牛乳はホントうめえよな」


 「……欠陥ってどういう事よ」


 「反応が過敏すぎてな、反射神経を上げる専用の薬を飲まないとロクに操縦できない。その効果も時間制限つきでオマケに副作用アリだ。いくら強くてもアレじゃ量産しようがねえよ」


 「実験台にされたってワケ?」


 苛立たしい、と言わんばかりのレイミを落ち着かせようと両手を広げる。


 「<本部>と俺達の関係を考えれば、そんな風に扱われても仕方ないさ。それに俺だけじゃない。ロシアでは何人もアレのテストをさせられているらしい」


 「ロシアじゃ人間がジャガイモくらいありふれてるんでしょ」


 「人種差別な発言は控えろよ」


 唸りながら、しぶしぶと散らかした物を棚に戻してゆく。


 「ありがとうな、気ぃ使ってくれて」


 「別に、大したことじゃないわよ」

 

 「心配しなくても、自分の借りは自分で返すさ」


 「できんの?その目で」


 「やるさ、男だからな」


 







 ユキオが自分勝手な出撃を繰り返すようになって一週間が経過した。総出撃回数は21回。深夜であろうと早朝であろうと構わずウォールドウォーに乱入し、目的の新型『スタッグ』が現れないと判断し次第撤退する。イーグル、シャークチームとの連携もあったものではなく、味方でありながら無駄に気を使わせるその行動は悠南支部最大の問題となりつつあった。


 しかし、ダメージの修復と弾丸の補給だけは悠南支部のメンテナンスルームで行うしかない。


 ギィィィ……。


 深夜二時。こっそりと扉を開けメンテルームの中を覗く。照明はついておらず常時立ち上がっているコンピューターの電源ランプだけが暗い部屋に無機質に並んでいた。


 足音を殺しそっ……と踏み入れたその瞬間、首根っこを掴まれて持ち上げられる。


 (!!?)


 驚きで大声が出そうになるのを両手で押さえたところに容赦なく懐中電灯の光が浴びせられた。眩しさにそのまま目の前に手を回す。


 「そろそろ補給が必要になる頃と思っていたわ」


 「マ、マヤさん……」


 部屋の照明がつけられる。明るさの変化に付いていけず、瞬きを繰り返すユキオの前にマヤが仁王立ちになった。


 いつものお茶目な悪戯っぽい視線ではない。明らかに怒りを込めた目でユキオを見下ろしている。


 「渡しなさい」


 「で、でもっ!」


 「ソレは<センチュリオン>の物よ。命令の聞けない人間に預けては置けないわ」


 「……俺がいなかったら……」


 「図に乗るんじゃないわよッ!!」


 今までの人生で浴びせられた事もない声量の怒号が鼓膜を貫いた。


 「みんな連携も取らないアンタの事なんか、もう味方とも思っていないわ!オマケに定時明けからこっち、毎日何時間もこんな所でバカを待ち続けて、タダ働きなのよ!部下の指導不足だってね!!アンタ一人の為に!」


 息も吐かぬ間に次々と苦言を突き立てるマヤ。その怒れる鬼のごとき剣幕に立ちすくんだユキオの手から『ファランクス5Fr』のメモリーが奪い取られる。


 「あっ!!?」


 「預かっておくわ……返すかどうかは今後の態度次第ね。しばらく家で頭を冷やして反省しなさい」


 「……ッ」


 悔しさといたたまれなさの織り交じる目でマヤを睨むが、その気迫は一向に彼女には通用しない。


 「無駄よ、そんな目をしたって。警察に突き出されたくなければ帰りなさい。ユキオ君の実績に免じて、ここまでの事は不問にしてあげるわ」


 ユキオの理屈は、全く通る気配は無かった。ここで無理に暴れてメモリーを取り返しても補給が出来なければ意味はない。<センチュリオン>のルールなど知ったことではないが、だからと言って揉め事を起こすほどユキオも愚かではなかった。


 ギリギリで理性が働いて、抵抗を諦める。


 無言でメンテナンスルームを出るユキオを見送るマヤの後ろで、二人の影が動いた。


 「やれやれ、お疲れ様だな」


 デスクの下に隠れていたのは飛羽とアリシアだった。狭いところに図体のデカイ飛羽といたせいでアリシアの首がおかしい方向に曲がって戻らない。


 「あんまり聞き分けないようだったら出て行って一発ゲンコツ入れてやろうと思っていたが」


 「未成年に体罰する所を見る羽目にならなかっただけでも、ここでサービス残業した甲斐があったってものね」


 深い溜息をついて両肩をぐるぐると回しながら、マヤ。


 「お疲れ様。明日から出張でしょ。早く帰って寝たら?」


 「もう今日よ……ここから帰って寝たら確実に寝坊する自信があるわ。空港に行ってロビーで仮眠する……送ってくれるわよね?」


 「仕方ねえな、早く上がって来いよ」


 飛羽もマヤのオーバーワークを知っているから、文句も言えない。一人先に駐車場へ上がっていく。


 「じゃあコレ」


 マヤが疲れた手を上げてアリシアに『5Fr』のメモリーキーを投げた。それほど重くない、乾いた音と共に機体と同じオリーブグリーンのキーがアリシアの両手に収まる。


 「AI、封印できる?」


 「やってはみるけど正直自信はないわ。コレをプログラムした人間は、正真正銘天才でしょうから」


 「そんな天才、ドクターマイズ以外にいるの?」


 「案外その本人かもしれないわよ」


 「だったら、アタシ達にはもうやることないわね。さっさと世界征服でも何でもやればいいのよあのクソジジイ」


 天を仰いで罵りの言葉をぶちまけるマヤに、笑いながらアリシアが小さなドリンクの瓶を渡した。目でありがとう、と言ってマヤがそれを一気に空にする。


 「……ユキオ君、諦めると思う?」


 「どうだか……ああいう一見聞き分けのいい子供ほど油断してると意固地になるものよ」


 「一応、気にしておくわ」


 「ヨロシクネ」


 プーッ、と外から小さくクラクションが鳴るのが聞こえて、二人がクスリと笑みをこぼす。


 「全く、せっかちなんだから」


 「仕方ないわよ、こんな時間までサービス残業してるんですもの。時間があるからって、ホテルなんか寄っちゃダメよ」


 「アイツの奥さん、おっかないわよ。知らないの?」


 「最近、夫婦ケンカしてるんですって」


 「まかり間違ってあんなのに言い寄られてみなさいよ、アタシの体ボロボロにされちゃう」


 「間違いないわ」


 アハハ、と声を上げて笑ったところで、さっきより微かに強くクラクションが鳴った。


 「じゃ、行ってくるわ」


 「気をつけてね」

















 ユキオが珍しく学校に来なかった。


 ルミナは気になって家に連絡を取ろうと思ったが、病欠とは聞かなかったのが気になる。あの両親に心配をかけるようなマネはしたくない。逸る気を抑えて放課後を待ちルミナは学校を出た。


 早足で向かったのはユキオのバイト先、フラワーハスノである。看板娘のサクラが常連のサラリーマンに笑顔で花を渡している所だった。


 (バイクは……置いてない)


 <メネラオス>のスタッフとチェイスをして破損したバイクはもう修理が終わっているはずだ。もしここにあればユキオが働いているはずだがどうやら今はいないらしい。


 (一応聞いてみよう)


 「あら、いらっしゃい奈々瀬さん」


 「こんにちわ……、あの、玖州君、来てますか?」


 少し息を切らしながらそう訊ねるルミナに、サクラが一瞬眉根を曇らせる。まるで返事に困るように。


 「?」


 「ええと、あのね……」


 「ユキオならいねえよ、クビにしたからな」


 困っているサクラの後ろから人一倍体格のいい店主、ダイキが顔を出す。不機嫌そうな顔を取り繕おうともしないその態度に気圧されつつも、ルミナは事情を尋ねた。


 「クビって……」


 「なんか知らねえけどよ、辛気臭え顔ばっかしてて手も遅いしよ。あんなんじゃお得意様のトコに顔出させるわけにもいかねえ。暫く反省しろって追い返した。もともと少し陰気なヤツだとは思ってたが、アレじゃ客商売に使えたもんじゃない」


 「お父さん……!」


 サクラが嗜めるように口を挟む。ダイキもなんだよ、と言い返しつつも本心でユキオを嫌っている様子でないのはルミナにはわかった。


 「とにかく、しばらくココには来ねえよ。向かいのヨネばあさんのとこにも顔を出してないから最近の様子はわからん」


 そう言って店の奥に引っ込んでゆく。


 「ユキオ君、どうかしたの?」


 「今日、学校休んで……病気と言うわけではないようなんですが」


 「まぁ」


 さすがに予想外だったのかサクラが口に手を当てて驚く。


 「見かけたら連絡するわ……気をつけて帰ってね」


 「はい、ありがとうございます!」


 そう言って駆け出すものの、心当たりもない。


 (どこにいるの……玖州君!)


 カズマ、マサハルに続いてユキオまでいなくなれば、とても戦える気もしない。


 それは自分の腕に自信が無いからではない。飛羽達と連携できない訳でもない。


 戦いに赴く勇気の拠り所が、ルミナにはまだ必要だった。












 



 仙台とは言え、夏の日差しは暑い。


 南国生まれではあっても、肌を順調に焦がす太陽にナルハは辟易していた。


 (アタシも歳取ってるってことかー)


 かぶりを振りながらバイト先へ向かう中、ポケットで震えるケータイに気付き足を止めてアーケードの影へ避難する。


 電話は、ユキオからだった。


 (ユキオ君から電話なんて、初めてじゃないかしら)


 「ハイ、ナルハでーす。ユキオ君?どうしたの?」


 「あ、ご無沙汰してます……いきなりすみません」


 電話越しのユキオの声は低い、というより暗い。もともと根暗気味の少年だがここまでテンションの低い状態で電話をされると対応に困る。


 「ううん、大丈夫だけど……なんか元気ないね。カゼ?」


 「いや、全然大丈夫です……ちょっとお尋ねしたいことがあって」


 「なによー他人行儀な言い方して。ワタシに答えられる事なら何でもいいよー、あ、最近ムネ大きくなったの♪スリーサイズ教えようか?」


 「あー、スイマセン。そうじゃなくて」


 (クソったれなスルーかますわねこのコ)


 多少イラっとしたがそこは年上、黙ってユキオの質問を聞く。が、その内容は意外なものだった。


 「え、『エストック』の購入?大して難しくないけど……うん、簡単な登録だけ。うん、うん……受け取りもすぐだよ。デジタルデータだし、在庫もあると思う……うん、じゃあURL送るね。でも、何で?」


 「あ、いや……友達が興味があるって……」


 歯切れの悪い返事だったが、そういう事ならとあとでメールを送る約束をして通話を切った。腑には落ちないが詮索している時間もない。急いでフランスのメーカーの直販サイトのURLを送りつつナルハはまた暑い日差しの中へ走りだした。





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