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姫石楠花の鎖(中)



 ユキオとルミナが再会したのは、あの出撃から1週間が経ってからだった。二人とも<センチュリオン>本部と当局から取調べを受けていたため学校にもロクに登校出来ない日が続いていたからだ。未成年とは言えイーグルチームの強行に加担した事実は黙殺する事が出来なかったのだろう。特に試作機を駆り書類上は味方である<メネラオス>のマシンを三機も撃破したユキオへの追及は手ぬるい物ではなかった。


 だが、ユキオの心を疲弊させていたのはそのような大人達との事務的なやりとりでは無く、どこまでも終わりの無い自責の念だ。


 眠れず、疲れきった身体を引きずって教室に向かっているところでユキオはルミナの姿を見つけた。


 「おはよう、奈々瀬さん……」


 「玖州君……」


 久しぶりに見るルミナの顔は酷く憔悴していた。それも取り調べのためだけでは無いだろう。


 ユキオは黙ってルミナの手を取って歩き出した。もう間もなく授業が始まる時間だったがルミナも黙ってついていく。


 二人は、人気の無い校庭の角のベンチまでやってきた。


 「大丈夫?寝てないんじゃない……?」


 「私の……私のせいで神谷君が……」


 あの時、カズマをユキオの支援に向かわせたのはルミナだった。位置的にも他に良策があったわけではなく、誰の目にもそれが最善であったと言い切れるものであった。


 しかし、結果として『As』は大破し、カズマは甚大な怪我を負ってしまった。


 一生、治らないかもしれない怪我を。


 「奈々瀬さんのせいじゃないよ……」


 「でも、でも……」


 ルミナの両肩に手を置く。間近で見るルミナの顔は白磁の如く、まるで血が通っていないような白さだった。足元もおぼつかなくこのまま手を離したら倒れてしまうような気さえする。


 「私が、玖州君の方にもっと戦力を回しておけば……もしかしたら……!」


 「奈々瀬さん」


 涙が、こぼれる。ルミナの頬をつたうその雫を見て、ユキオは無意識に彼女を抱きしめていた。


 「奈々瀬さんは悪くない。カズマも言っていたよ。奈々瀬さんは精一杯やったって……何も悪い事なんかないよ」


 「玖州君……」


 「カズマの怪我も、もしかしたら治るかもってお医者さんも言ってるし……」


 その時、ユキオのリストウォッチから無機質な音声が割り込んだ。シータの合成ボイスだった。


 「悠南大学サーバーヘマイズアーミー接近中」


 「わかった」


 ユキオがゆっくりと、ルミナを見つめながら離れる。


 「玖州君……?でも、私達には……」


 ルミナの方には出撃要請は出ていない。むしろ今のは聞いた事の無いメッセージだった。正式な<センチュリオン>からの通信とも思えない。


 「行って来る。奈々瀬さんは授業に出て……大丈夫、すぐ帰ってくるから」


 「待って、玖州君!!」


 しかしユキオは一切振り返らずに支部の方へ走ってゆく。ルミナは事情を整理できないままそれを見送る事しかできなかった。












 「どうしたの?グラサンなんかして」


 「あー……」


 無駄にデカイサングラスをかけてデートにやってきたヒロムに、カナは不審そうな顔を隠しもせずに訊いた。さすがに似あわなすぎて不評を買ったようだ。


 「実は、ちょっと目の具合が悪くてさ……」


 軽くグラサンをずらして左目に貼ってあるパッチを見せる。カナは目を見開いて、大声が出そうになった口を慌てて塞いだ。


 「どうしたの!?大丈夫?」


 「ちょっと……知り合いの車に乗っていたときに、事故でな。ま、大した事無いと思うんだ」


 「酷い!ちゃんとイシャリョー取れた!?」


 「ああ、大丈夫だよ。心配させてゴメンな」


 カナが珍しくしんみりと、いたわる様な優しい顔でヒロムの左の頬を撫でた。


 「早く、治るといいね」


 「ああ、サンキュー」


 その手を握り返すと、カナはニッコリといつもの笑顔に戻る。


 「じゃ、行こ!今日はアタシのオゴリだよ!」


 「お、さすが売れっ子声優だな!」


 「もー、人前ではお仕事バラさないでってば!」


 カナの温かい笑顔が傷ついた左目に沁みる。


 その彼女の家族に抉られた左目に。


 (何だかな……)


 感情の整理がつかない。リアリストでドライな性格だと思っていたヒロムには珍しい事だった。


 (傍から見たら、自業自得なんだがな)


 国家間の貧富の格差を是正するため、というのは言ってしまえば貧しい者達の勝手な言い分でしかない。人類文明が始まった頃には等しかったものが、交流があり、争いがあり、発展があり、その結果格差がついただけの事だ。


 弱肉強食は万物普遍の原理である。自らの理想を勝ち取るには強くなるしかない。それが力であるより、経済力であるほうが今の世では理想とされているだけで。


 だから、自分のこの怪我も弱者が無理を通そうとした結果でしかない。


 そう理解はしていても、感情はそれでおさまりようも無いのがヒロムの現実だった。


 「傷、痛むの?」


 黙りこんでいるヒロムを心配して、横を歩くカナが覗き込んできた。


 「あ、いやすまん。考え事してた」


 「もー、せっかく久しぶりに会えたのにー!」


 「いや、カナといつ結婚しようかなと思ってさ」


 「本気で言ってるの?」


 「俺はいつも本気だよ」


 「ウソばっかりー!」


 カナが笑いながら持っていたポーチでヒロムの尻を叩く。ヒロムは自分よりだいぶ低いその頭を優しく撫でた。


 「そうだねぇー、アタシもやっと仕事がちょこちょこ増えてきたところだからねぇ」


 アニメでレギュラーキャラを演じるようになって以来、カナには様々な仕事が舞い込み始めていた。ラジオ、雑誌のみならず一般の情報番組など同期の中ではダントツの出世頭となっている。


 その順調すぎるほど順調なカナの人生が眩しい。


 「ちょっと今は仕事に集中したいかなー」


 「大事だよなー、そういうの」


 「本気じゃないんじゃん!!」


 「本気だよー、愛してるよー」


 「やめてよもう!」


 このやりとりに癒されていると思う事自体自分が腑抜けになっていると感じた。ヒロムはこっそりと溜息をつく。


 (こんな調子でやっていけるのか、俺)


 むしろこのまま腑抜けになってしまった方が幸せなのかもしれない。ひっそりとこの国で人々に紛れて生きていっても。


 だが、それで自分の生き様に何かが残るのだろうか。そしてこの傷の借りも忘れられるのか。


 (そこまで、俺は老いちゃいない、と思えるな)


 ヒロムが知らずにカナの手を強く握っていた。














 <センチュリオン>本部・統括室


 関東方面責任者の席に座る国府田の前に一人の男がやってきた。前・室長の徳寺だ。


 他に部屋には誰もいない。設計ミスかと思うほど西陽が強く差し込むオフィスで、二人の影が長く壁にまで延びていた。


 「室長……」


 「止めたまえ、もう辞職した身だ」


 <メネラオス>の一件は国会にまで波及する問題となっていた。国内で大規模な発砲事件にまでなったのだから当然と言えるが、最終的には国家間にまで発展すると目されている。最終的に悠南支部に<メネラオス>の派遣を決定した徳寺は引責辞任となり統括室は今代行室長を選考しなくてはならない状況になっている。


 「何故、<メネラオス>派遣を受け入れたのですか」


 「今更な事を聞くな。私は組織の為により良い方を選択したつもりだったが……結局は君の青臭い実直さの方が正しかったという事だ。それで私も身を引くしかなくなった。老いすぎたということかな」


 冗談混じりに言ったつもりなのかも知れないが、目は笑っていない。


 「今後は君が室長になるのだろうな。重いぞ、胃に穴を開けるなよ。これが私が言い残せる最後の助言だ」


 「実際、荷が重過ぎます」


 「軟弱な事を言っていては誰もついて来ない。言動に気をつけることだ」


 そう言ってから、口が過ぎたな、と呟いて徳寺が背を向ける。


 「これからは、ただ戦力差だけでカタがつくような戦争では無くなってくる。よくよく気をつけることだ」


 「徳寺さん……」


 「しっかりやりたまえ」


 重い扉の閉じる音と共に徳永は去っていった。


 


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