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姫石楠花の鎖(前)



 「チクショウ!あの野郎……!!」


 左目を抑えながらポッドから転がり出るヒロムにレイミが駆け寄る。


 「ヒロム!?ヒロム!どうしたの!!」


 床にのたうつ相棒は、全身から尋常ではない量の汗を垂れ流し、右目は真っ赤な血管が何本も浮いている。それ以上に異常なのは抑えている左目なのか、ブルブルと震え、転がりまわるヒロムを抑えられずレイミが狼狽する。


 「目が……目が……!」


 「目!?左目、どうしたの!?」


 ヒロムが左目を抑えながら立ち上がろうとするが、片膝を着いたところでガクガクと脚が震えまたも床に崩れ落ちる。薬の副作用で神経が疲弊しているせいだったが、レイミにはそれはわからなかった。


 「ハァ……ハァッ……!目が……左目が……見えない……ダメージが……フィードバックで……クソッ!!!」


 「ウソ!?」


 レイミが立ち上がり電話を取りに走る。『専門の』医者を呼び出すためだった。しかしウォールドウォーで受けた身体障害を回復できた事例は少ない。治るとしても何年かかるか。


 ヒロムはそれを考え、苛立ちで床を殴りつけた。


 (アイツ……あんな土壇場で!!)


 実のところ、機体の超性能についていくための反射神経強化薬の持続時間は限界を迎えていた。残された数秒で止めを刺そうと焦ったミスもあるが、まさか残弾があったとは……。


 今までヒロムはパンサーチーム、特にユキオには敵意も憎しみも持ち合わせていなかった。憎からず思っているカナの兄のような存在である。何度も話を聞いていれば、その人柄もわかり悪い人間ではないのだろうと思えていた。


 むしろ悪なのは仕掛けた自分である。しかし手ひどく傷つけられた憎しみはそれで済ませられはしない。


 「クソッ!チクショウ!!」


 床を殴る力がどんどんと抜けていく。薬の反作用でヒロムの五感は薄れつつあった。とても立ち上がることも出来ない。遥か遠くで、レイミが誰かに怒鳴っているような声を出しているのをボンヤリと認識しながらヒロムの意識は途切れた。












 「カズマ……」


 悠南市中央病院。通された個室病棟でユキオはカズマと再開した。


 「そんな目で見るなよ」


 カズマは入り口で立ち尽くしているユキオに、いつもの飄々とした表情を返した。


 「でも……俺の、せいで……」


 「ちげーよ」


 ユキオはベッドの上で寝たきりになっているカズマを見ていられず視線を落としてしまう。


 カズマのダメージは深刻であった。本来であればWATSがダメージを受けた衝撃は、過度にトレーサーにフィードバックがかからないようにフィルターがかかる。しかし、そのフィルターのセーフティー処理性能よりも過大なダメージを一度に受けた場合、ダメージがオーバーフローしトレーサーの神経が傷ついてしまう事例が発生していた。南雲も同じ理由で長期入院を余儀なくされている。


 カズマが神経に受けた傷は、下半身の運動機能をほぼ全て喪失させていた。運が良くて、車椅子生活を送れるかどうかとユキオは医師から説明を受けてここに来ていた。


 「まぁ、こっち座れよ」


 「あ、ああ……」


 力無く、虚ろな顔のまま勧められた小さな丸い椅子に座る。顔だけを少しこちらに向けたカズマがフン、と鼻を鳴らした。


 「なんだよ、気にするなって……お前のせいじゃねぇって。俺がもう少し早ければ、無事に助けられたんだから」


 「でも、カズマが俺を庇って……」


 「ばーか」


 ハッハッハと力無く笑うと、腕に刺している点滴が揺れる。


 「試作機で、あの外人連中相手にして、そのあとマイズアーミーも相手にしたんだろう?慣れてない飛行型で。お前はよくやったよ」


 「……」


 「むしろ謝るのは俺の方さ……あの機体は、ヴィレから聞いていたんだ。まさかこんなに早く……わかっていれば……」


 そこまで話してカズマが口を閉じたかと思えば苦しそうに身をよじろうとした。眉間には深く皺が刻まれ、その上に汗が浮いている。


 「!」


 ユキオは立ち上がり枕元のナースコールのボタンに手を延ばした、が薄目を開けたカズマがそれを押し留める。


 「大丈夫だ……定期的にな……痛みが来る、だけだ……」


 「カズマ……」


 「<メネラオス>の連中は……?」


 話題を逸らそうとしたのか、カズマがそのような事を言った。マイズアーミー迎撃戦からすぐに病院に担ぎ込まれたカズマはまだ顛末を聞いていないらしい。


 「ああ……無事に追い出したよ。無茶をしたけど飛羽さん達、みんなクビにならないで済んだ」


 「そうか、良かったな」


 <メネラオス>は悠南支部においてスパイ行為を働いていたのみならず、違法に銃火器類を国内に持ち込んでいた事が明るみになり、<センチュリオン>本部としても彼らの罪を追求する事態となった。

 そのため実力を持って支部に殴り込み暴れまわった飛羽達の行動については深い追求を避けられ、監視付きではあるが現場復帰する事が出来た。脚に傷を負った飛羽はリハビリしながら指揮を取っている。あと一週間もすれば普通に歩けるだろうと言う診断だった。


 「タフなオッサンだな」


 「ああ……でも、リック大尉やレジーナ達がいなければ危なかった。俺達が刑事罰を避けられたのはリック大尉の手回しもあるようだし」


 「ヴィレな……俺が寝ている時に見舞いにちらっと来ただけで帰っちまったんだって?」


 「仕方ないさ、元々帰還中に無理やり手伝いに来てくれたんだし」


 「そうだけどさー」


 肩もすくめられず、カズマは酷く窮屈そうに見える。ユキオはまた気を落とし床に視線をやってしまった。


 「気にするなって言ったろ」


 「けど、俺がもっと上手く使えていれば……!」


 「無理だったろ」


 あくまで、ドライに言い放つカズマに、ユキオは反論の言葉を封じられた。


 「いきなりスペックの知らないマシンを渡されて、いきなり戦闘に巻き込まれて、どうしようもなかったじゃねぇか。予備で連れて行くなら飛羽さんも俺を連れて行けばよかったんだ。陸戦専門のユキオじゃなくてよ」


 「……」


 「だからさ……いいんだ。それにリハビリすれば歩けるようになるかもしれないって医者も言ってるしよ」


 僅かに、そよ風が吹いたのを床に映るカーテンの影が揺れた事で知った。窓が少し開いていたのだ。


 顔を上げると、窓辺の一輪挿しに入れられた白い花が風に吹かれているのが目に入った。


 「ユキオ……」


 「ん……?」


 「街を、頼むな」


 カズマの瞳は穏やかだった。しかし、真剣にユキオを見つめていた。痛みを与えないように、そっとカズマの手に自分の手を重ねる。


 「ああ」



  


 


  









 <センチュリオン>悠南支部・設計室。


 アリシアは何度も温めなおしすっかり苦くなったコーヒーに仕方なく口をつけながら、マヤの持ってきたピクチャーシートに目を通した。


 部屋には、アリシアとマヤの二人しかいない。例の騒動が落ち着いた悠南支部は特に大きい襲撃も受けず、無事にイーグル、シャーク、パンサーチームの受け入れを終えている。アリシア達メンテチームは定時で仕事を終え皆帰宅していた。


 「そう……カズマ君が……」


 「『As』は今のところ、トレーサーが不在になるけど……引き続き主力として扱いたいの。ユキオ君が……乗ってくれるかもしれないし」


 「乗ってくれるかしらね」


 「適正が無いって事?」


 珍しく、少しおどおどするマヤをアリシアが横目で見ながらタバコに火をつける。部下がいないところでは割とこういう事をする大人だった。


 煙を、ゆっくりと暗い設計室の中に流す。


 「……チームメイトをあんな風にされて、彼だってショックを受けているんじゃない?」


 「メンタルケアは……やるわよ」


 「慣れない事をして火傷しないようにね……で、メネラオスが何を欲しがってたかって話だけど」


 「わかったの?」


 身を乗り出して近付くマヤにアリシアが軽く首をすくめた。それからウォールモニタの一つを入れて調査報告書を並べてみせる。


 「結論から言うと、確定情報は無いわ。ただ連中が集中的に漁っていたサーバーから私が推測したところ……」


 最後に表示されたのは、よく知っている一台のWATS。


 「『ファランクス5Fr』……?」


 「『St』もだけど……アイツらはこの二機の情報を主に探っているようだったわ」


 「なんでその二機を……?」


 「繰り返すけど、私の推測よ」


 ピッ!とモニターの表示が変わる。そこにはサポートAI、シータのアシストデータが表示された。


 「これは?」


 「『Nue-04x』操縦時のシータのアシスト記録よ。そして、これが『As』のAIアルファの記録」


 二つのデータを比べると差は歴然であった。シータのアシスト履歴はアルファの5倍以上のログとなっている。ユキオが先に出撃し戦闘数が多いとは言えその数は異常であった。


 「『Nue-04x』の操縦システムの不備をシータがアシストしたから、こんなになったの?」


 「いいえ、ユキオ君も白藤さんも誤解していたようだけど通常、サポートAIが他のマシンに介入して機体バランスや推力コントロールのアシストをすることは出来ないの」


 「?でも……」


 「そう、この戦闘履歴ではシータが『Nue-04x』のシステムに侵入し操縦をアシストしている……」


 説明を求めるマヤの視線にアリシアが背中を向けた。


 「黙っていて悪かったと思うけど……『ファランクス5E』のサポートAIは私が……というより<センチュリオン>が用意したものではないの」


 「どういう事?」


 「私が設計を終えてそのままオートで出撃準備を進めていたらすでにプリセットされていたの。私は設計部の誰かが気を効かせて、アルファのコピーAIを入れておいてくれたと思ってたんだけど後から聞いても誰もやっていないって」


 「……」


 「それがわかったのが丁度『5E』が大破した時でね……いい機会だからAIをデリートして新しいものに差し替えようとしたの。でもシータは……消せなかった」


 「消せなかった?」


 文字通り、意味がわからないというマヤの声音にアリシアが振り返る。モニターを背にして、その顔は心なしか血の気が引いて青白い。


 「何度消去コマンドを実行しても消せなかった……サーバーに移動して『5Fr』に別のAIを搭載しても次の瞬間にはシータがそれと入れ替わっている」


 「……前に、シータが『ファランクス5Fr』の武装のロックを勝手に解除した事があったわね」


 「ええ、あの時私は『5Fr』をデータごと消去したの。今ユキオ君が使っているものは二代目なのだけど……シータはどういうわけだかそこにいたわ……今までの戦闘データを全て蓄積したまま」


 「なんでそんな事を黙っていたの!」


 「なんて説明しろっていうのよ!データが消しても消しても復活するって言えばいいの!?幽霊みたいに!」


 手元の資料を床に叩きつけてアリシアが叫び返した。小型のタブレットの液晶が割れて、散った破片がモニタの光を小さく弾く。顔を伏せて、肩で荒く息をつく。それは、付き合いの長いマヤが一度も見たことの無い姿だった。


 「アリシア……」


 「気が狂いそうだったわ……でも戦力は削れないし、他に問題も発生していない様だから仕方なくそのまま使うしかなかった。謝るわ、私の独断で……」


 「……いいわ、今のところ何も起きていないから……。でも、このAIの正体は……?」


 「推測ばかりでモノを言うのは嫌なんだけどね……」


 そう言いながらアリシアは乱れた髪をかき上げて屈んだ。散らばったピクチャーシートや液晶の破片を拾い始める。


 「シータを誰がプログラムしたかはわからない…少なくともここの人間ではないと思うわ。どこかの天才がシータをプログラミングして世の中に放ってしまったのかもしれない……そして今回の『Nue-04x』への介入から推測できるのはシータが自律判断に加え自律行動ができる事。それは、プログラムそのものがネットワークを介し、丸ごと移動が可能であるという事……」


 「どういう事……?」


 「彼女はネットワーク内であれば、自由に何処にでもいけるという事よ。オリジナルデータごと、それこそよその国の政府のサーバーにでも海底ケーブルにも、人工衛星にだって……」


 「そんな……そんなAI、作る事が出来るの?聞いた事無いわ」


 「私だって無いわ……とにかく、<メネラオス>はシータの事をどこかで知ってここに来た可能性が高いと私は考えたわ」


 「シータを使って何か悪事でも働こうっていうの?」


 「シータを従える事ができれば……あらゆるデータバンクにハッキングできる可能性が出てくる……大手銀行の預金を丸ごと頂くことだって簡単かもね」


 「そんな……」


 アリシアが拾った資料をデスクに乱雑においてその横に腰掛ける。疲れた顔で二本目のタバコに火をつけた。


 「そんな下衆な悪事なら可愛いものよ。国家機密だって<センチュリオン>のWATSデータだって破壊されるかもしれない……シータにそんな事を命じられる人間がいればだけど」


 「アナタなら出来るの?」


 「まさか。何も応えてはくれないでしょうね。人間に興味があるのかどうかもわからないのに……もしそれができる人間がいるとしたら」


 「したら?」


 「……ユキオ君だけでしょうね」






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