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伶人草(後)




 インフォパネルに表示されていた出撃制限のメッセージが前触れ無く消えた。それを三度、瞬きして間違いが無いことを確認してから急いでルミナは出撃ボタンを押した。


 (飛羽さん達、成功したのね!)


 右肩に『ゼルヴィスバード』を留めた『ファランクスSt』が電脳世界に出現する。レーダーは順番にカズマ達やシャークチームの機体も出撃した事を示していた。


 マイクに拾われないように、一つ深呼吸をするが緊張は取れない。諦めてルミナはオープンチャンネルで全隊に通話回線を開いた。


 「聞こえますか?こちらパンサーチーム、『ファランクスSt』の奈々瀬です。これから今作戦の指揮をさせて頂きます。不慣れではありますが、よろしくお願いします」


 「硬いなルミナ、もっと気楽にやれよ」


 笑いながらカズマがツッコミを入れてくる。茶化されるのは困るが、少しプレッシャーが抜けたことをルミナはありがたいと感じた。


 「こちらシャークチーム喜田島。各員了解だ。焦らなければうまく行くだろう。よろしく頼むぜ」


 「はい!ええと……西部発電施設方面に集中した敵影が見えます。シャークチームA班B班はそちらに向かって下さい。C班はそこから北、衛星通信施設の防衛をお願いします!」


 「了解した、各機移動開始!」


 シャークチームの『チャリオット』が全機、バーニアを吹かして跳躍してゆく。機体の数はこちらが上回っている。『フライ』や『ビートル』相手に遅れを取る彼らではないだろう。マヤの指揮が無くても撃退は成功するはずだ……この戦力なら。


 「俺達はどうする?」

 

 マサハルはのんびりとした声で訊いてきた。もう少し緊張感を持って欲しいと思ったが、彼なりの気遣いなのかもしれない。


 「南側に『リザード』らしき影が見えるわ、二機くらい……『バリスタ』が接敵。苦戦すると思う」


 「オッケーオッケー、ちょっくら片付けてくるわ」


 「増援監視、よろしくね」


 カズマとマサハルも連れ立って移動を開始した。市の中心に一人残ったルミナは『ゼルヴィス』を市の防衛ライン沿いに周回させながら情報を集めた。


 (支部の方に反応……『フライ』が数機だけど……)


 そこには飛羽がいるはずだ。インフォパネルで試作機の状態を確認すると、『Nue-04x』は稼動しているものの全身にダメージを負っていた。メインスラスター一基も停止している。


 (この状態で迎撃を頼めるだろうか……)


 「飛羽さん、聞こえますか?奈々瀬です」


 ザッ……とノイズの後、通信回線が開いた。聞こえてきたのは、疲労で息切れを起こしている聞き慣れた声だった。


 「こちら、『Nue-04x』、玖州です……奈々瀬さん?みんな出撃できた?」


 「玖州君!?」


 何で!?と驚くルミナに、ユキオはモニタ越しに笑顔を作って見せた。


 「まぁ、いろいろあって……こっちに何機か来ているの、俺のレーダーでも見えるよ。これから迎撃に行く」


 「で、でも、スラスターが!」


 「大丈夫、『フライ』タイプみたいだし……気をつければ何とかなるよ」


 ウォールドウォーでは依然ユキオの方が先輩である。異論はあるがルミナはその言葉を止められなかった。何より、今は戦力が余っているという訳ではない。


 「気をつけてね……」


 「うん、行ってくる」


 通信モニターが閉じられ、『Nue-04x』が移動を開始した。レーダー上の敵でも、味方機でもないマシンを示すパープルの光点が『ファランクスAs』クラスのスピードで敵に向かってゆく。


 (『Nue』……ヌエ)


 それが、平安時代に人々を恐怖に陥れた妖怪の名である事は知っている。鵺。猿の頭に虎の脚、蛇の尾を持ち邪悪な鳴き声で病をもたらす……。


 関係は無いだろう、あくまで開発上の形式番号でしかない。制式採用されれば外されるはずであった、かりそめの名前。


 嫌な予感がする。しかし、作戦はほぼ成功し、後は事後処理だけのはずだ。何も起きはしないだろう、自分がしっかりと戦場を見張っていれば……。


 ルミナは余計な考えを振り払いレーダーに集中した。カズマ達が敵の部隊と交戦を始めたようだった。







 「パンサーチームが出た?」


 いつものマンション。シャワーから上がってきたヒロムがバスタオルを頭に乗せてトランクス一枚で出て来る。程よく引き締まった日に焼けた体躯に、痛々しい銃痕が残っていた。見慣れているレイミは、それを気にもしていないようだったが。


 「三人だけみたいだけど・・・」


 オートで襲撃部隊を指揮しているレイミの横に来てモニターを覗き込む。火照った身体から暑苦しい湿気が迫りよってくるのを、レイミがパタパタと手で扇ぎ返した。


 「ふぅん・・・なんか知らない機体もいるな」


 「『5Fr』が出てないから、お兄ちゃんこれに乗ってるかもね」


 タオルを椅子に掛けて、代わりにハンガーに干してあった黒いTシャツに頭を通す。それからレターケースの中にしまってあった、ルーセントブルーのメモリーキーと小さなプラスチックのケースを取り出てくるくるとメモリーキーを回して見せた。


 「よし、せっかくだし試してみるか」


 「え、それアタシ乗りたいのに!」


 「お前はこないだ一人で暴れただろ、順番だ順番」


 レイミが『フライ』達を操っていて機材の前から離れられないのをいい事に、ヒロムが勝手にポッドの中に入り込む。


 「えー!そんなの関係ないよー」


 「まぁまぁ、また今度乗らせてやるよ」


 バタム!とドアを閉めてもなおレイミの文句は聞こえてきた。やれやれと肩をすくめてからメモリーを挿してメットを被った。


 (ロシアではそこそこ使えたらしいが……どうなのかね)


 新型機はまだ正式に採用された機体では無いらしい。強力ではあるがピーキーで乗り手を選ぶとの事だった。マイズアーミーのマシンはすべからくドクターマイズの手で設計されているが、この機体は協力している民間会社によるものらしい。


 (そんなもんまで出てくるようになって……世の中どうなっちまうのかね)


 とは言え、自分達もマイズの直属ではない。世界はすでにドクターマイズ対人類という図では無くなってきていた。底に発生するビジネスの臭いを嗅ぎつけた企業や富豪といった金の亡者達は、あえてドクターマイズ側につくことすらあった。それが、自らの安全すら脅かす事も考えずに。


 そのような連中の事を非難できる立場ではないが、ヒロムはますます金持ちが嫌いになっていた。アイツらはただ金を使って他人を奴隷として使っている。中世期よりその認識を未だ変えられない腐った連中だ。


 そういう奴らに一泡吹かせられるなら、自分の命も無駄ではないのかもしれないと思ってこの国までやってきたが……。


 出撃準備をしながらケースから錠剤を一つ取り出して飲み込む。この試作機の反応についていくためのドーピング剤と聞いている。


 (こんなモノ、アイツには飲ませたくないからな……)


 機体チェック終了。各部に問題は無い。ヒロムは唾を飲み込んでスロットルペダルを踏み込み、漆黒の電脳世界に飛び込んでいった。










 不調のスラスターを抱えながらも、ユキオは接近してくる『フライ』の編隊を退ける事に成功した。不安定ではあるが、なんとか飛行型の操縦にも慣れてきたところだ。AIパネルが点灯しシータがメッセージを発した。


 「パワードカノン、残弾4。リチャージヲ行イマスカ?」


 「いや、いい。まだ何か来るかもしれないしな」


 パワードカノンのチャージには数十秒ほど必要になる。増援部隊の事を考えてユキオはチャージを一旦差し控えた。


 (!)


 目の上辺り、脳の先端でなにかが弾けたような感覚がした。意味はわからない。しかし腕が反射的にグリップを引いた。何も認識しないままペダルを踏む。


 『Nue-04x』がユキオの操作に従ってバックダッシュをかけた直後、その寸前を真紅の閃光が駆け抜けた。


 「!」


 避けられたのは勘でしかなかった。冷や汗を拭う間も無く周囲を見る。レーダーギリギリに新手が侵入するのが見えたが、信じ難い事にその機影は瞬きした次の瞬間には距離を半分まで詰めていた。


 (『ホーネット』じゃない!!)


 回避行動を取る。ランダム機動をしながら敵機との距離を確保しようとするが、新手は俊敏に追尾を続けてきた。


 「シータ!なんだアイツは!」


 シルエットは『スタッグ』系に近い。しかし例の強化型『スタッグ』とは段違いの速度だ。全身のスラスターから常時蒼い噴射炎を噴出していて、まるで冥界の幽鬼のように見える。新型機は『Nue-04x』よりも更に上空を飛び回りプレッシャーをかけながら高速のレーザーで攻撃を仕掛けてきた。


 「機種不明、シカシ遭遇報告ニ酷似スルレポートアリ。超高速近接戦闘機ノ可能性大。該当機体ハ被撃破率0.7%」


 「0.7!?」


 データが少ないとは言えそんな性能を持つマシーンがいたのか。焦燥に駆られない様に冷静さを引き止める。敵機はレーザー攻撃をやめ、両手に十字型の奇妙なレーザーソードを構えた。接近戦が来る。


 (ブレード!)  


 バヨネットモードのままブレードを構えた時には、蒼い『スタッグ』はすぐ目の前まで迫っている。振り上げられた十字剣をブレードで受け止めながらスライディングをするように相手の股下を潜り背面に抜ける。慣れない機体で格闘戦は不利だ。


 なおも追いすがる『スタッグ』にレーザーダガーを立て続けに投げる。が、三本のダガーをあっさりと切り払い敵は再び懐に入ってくる。紅の十字剣が闇夜に不吉な血の色の尾を引く。


 (お前だけの……距離だと思うなよ!!)


 頭痛がするほど神経を集中させて、カウンターを放つ。ユキオは左手に戻したブレードで斬撃を払いながらパワードカノンを至近距離で発射した。


 (当たった!)


 と確信できるタイミングだったが、貫いたのは敵機の蒼い残像のみだった。次の瞬間、真横から強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。


 「ぐああああああああああっ!?」


 今まで受けた事もないレベルのGに脳と身体が翻弄され、何も出来ない。辛うじて両手はスティックから離さなかったが、機体の安定を取り戻したのはシータとオートバランサーだった。


 「はあっ、はあっ……クソッ……」


 「脳波、心拍数通常レベル外ニ近付イテイマス。撤退ヲ提案シマス」


 「しかし……!」


 近くには『バリスタ』もいない。いたとしてもこの『スタッグ』の相手は出来ないだろう。ここで自分が引けば、悠南支部のコントロール全てを失う恐れがある。ユキオは様子を伺うように滞空する蒼い『スタッグ』を睨んだ。


 「ダメだ!ここは引けない!」


 「シカシ……」


 「リソースはアシストに回せ!」


 三半規管をかき乱された不快感と苛立ちをぶつけるように散弾モードの粒子弾を連射する。が、当たらない。敵は上空を取り両腕を前に構えた。


 (レーザー攻撃か!?)


 回避行動。が、攻撃は予測外だった。両手の先から放たれたレーザーは途中で交差し、ぶつかり合ったレーザーがシャワーのように拡散して『Nue-04x』に降り注ぐ。


 「しまった!」


 避けきれない。無数の紅いレーザーの雨が半壊していた装甲カウルを次々と剥ぎ取ってゆく。ウィングは穴だらけにされ、ランチャーが沈黙する。そして。


 「スラスターが!!」


 空中機動の要、辛うじて生き残っていた左のスラスターも貫かれた。爆発を起こしウィングごと消滅する。支えの一つを失った『Nue-04x』がバランスを崩し、文字通り翼の折れた鳥となって彷徨い出す。


 『スタッグ』は無情にも剣を抜き接近をかけた。ユキオの苦し紛れに振り回すブレードを手首ごと切断しそのまま背後に回り込む。


 (当たりさえすれば!)


 不自由な機体を転回させ残された唯一の武器、パワードカノンのトリガーを弾く。しかし発するのは苛立たしい警告音のみだった。


 (弾切れ!!?)


 コンディションモニタに表示されているのは、リロード中という文字。迂闊だった。残弾管理をミスするとは。


 「敵機接近」


 メインモニタに目を戻せば、二本の剣を束ねて突撃する『スタッグ』の姿があった。


 「バリアツェ……」


 思わず愛機の武装を叫ぶ。だが、今乗っているのは『5Fr』ではない。ユキオは追い詰められて破綻している自分の判断力を罵りながらペダルを踏み緊急上昇を試みるが、まるで敵の攻撃範囲から逃げられそうも無い。


 (くそぉぉぉぉぉおおおおっ!!!)


 血の色の剣が、ユキオを貫くまで1秒。全身の体温が急激に失われたと感じた瞬間ユキオの鼓膜に叫び声が届いた。


 「ユキオォォォォォォォォ!!!」


 斬撃は、『Nue-04x』に届かなかった。


 目の前の、『ファランクスAs』が防いでくれたからだ。


 バラバラに四散する、『ファランクスAs』が。


 「カズ……マ……?」


 返事は無い。電脳世界のバグかとも思った。幻聴かとも。静かに、落下してゆく手足やウィング、そして貫かれ大穴の開いた『As』の胴体の映像は、まるで現実味が無い。


 あのカズマが、目の前で。まさか。


 「カズマ……カズマ!!」


 返事は無い。


 「リロード完了」


 シータの乾いたメッセージに前を向く。『スタッグ』は再び十字剣を構えユキオに振り下ろそうとしていたが、それを見ても威圧も恐怖も、感じなかった。あるのはただ、怒りだけだった。止めようもない爆発する灼熱の感情。


 「ウォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 最大モード。パワードカノンの砲口から、極太の帯となった粒子があふれ出し暗い戦場に眩く輝いた。勝利を確信していただろう『スタッグ』が寸前で回避に転じるが間に合わず、その頭部が飲み込まれ光の渦の中に消滅した。


 頭を失った『スタッグ』はスパークを漏らしながら機体を翻し撤退して行った。しかし、ユキオはその姿を見てもいなかった。


 何度も呼びかける声に、応答は無かった。




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