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伶人草(前)









 「殴り込み!?」


 悠南市へ向かって爆走する車の中で、飛羽の言葉にユキオが目を見開いて大声を上げる。ルミナとホノカはある程度事情を把握しているのか後部座席で大人しくしていた。


 「そうだ。あのファッキン野郎共を支部から追い出す」


 「どうするんですか?」


 「そら力ずくよ。上の連中は当てになんねえからな。……そこは大した問題じゃない。リックたちが手伝ってくれる」


 「ま、マジですか……?」


 「マジだ」


 運転に集中している飛羽は助手席のユキオをちらりとも見もしない。車通りの少ない交差点にノーブレーキで進入した為全員が窓ガラスにはりついた。


 「問題はクソバカ共が仕掛けた制限ロックだ。これがある限り『チャリオット』も『ファランクス』も出せない」


 「どうするんですか?」


 「ロックをWATSで破壊する。そのために白藤に開発中の実験機を持ってきてもらった。これならどこの支部にも登録していないアンノウンだからな。出撃制限にひっかからない」


 その代わりに、悠南支部の自動迎撃システムから攻撃されますけどね、とホノカがすかさず補足を入れた。正気の発想とは思えないが、他ならぬ飛羽が言うのなら間違いない。


 「まず、イーグルチームが司令所を抑える。発煙弾とフラッシュグレネードでな。そのスキに俺がこの試作機で電脳世界に侵入して悠南支部のWATSに制限を掛けているロックシステムを破壊する。その後にパンサーチームとシャークチームが支部外の臨時用ポッドから出撃してマイズアーミーを排除する……って流れだな」


 「なるほど、頑張り甲斐がありますね」


 冷や汗を拭いながら無理に笑ってみせるユキオに飛羽が冷たい一言を浴びせた。


 「ああ、お前は出撃しない」


 「何でですか!」


 気合を入れていたところに出鼻を挫かれてガックリとつんのめる。


 「お前を待っている間に配置を決めていたら支部外にあるポッドが埋まってな。それと俺が使う予定のポッドは支部の最下層にある廃棄する予定だった初期型でな、メンテナンスの道具が結構多いんだ。白藤もそのメンテナンスで来てもらわんとあかんし、荷物持ち兼ボディガードだな。それにお前、散々追い回されて疲れてるだろ?」


 「それも結構ハードな気がしますが」


 「男の癖になまっちょろい事言ってんじゃねーよ」


 はぁ……と溜息を吐くユキオ。飛羽は構わずに後ろのルミナに視線をやる。

 

 「ルミナ、お前はパンサーチームとシャークチームの指揮をやってもらうからな」


 「えっ!?」


 相方の不運を慰めようとしていたルミナもその唐突な命令に目を見開いた。


 「何でですか!?」


 「お前ら夫婦か」


 市に入るバイパスのカーブを乱暴なハンドリングで駆け抜けながら、口に思わず手を当てるルミナに早口で説明を続ける。 


 「支部制圧中なら、支部のレーダーは使えない可能性が高い。そうなると部隊全体の目になるのはレーダー範囲が広く『ゼルヴィスバード』を持っている『St』しかいない。大丈夫、各前衛からの情報もリンクさせる」


 「で、でも……自信が……」


 「大丈夫だ、お前の冷静さと判断力は全員が認めている。この際攻撃は二の次で指示に集中すればいい」


 「……奈々瀬さんなら、大丈夫ですよ」


 躊躇しているルミナの手をホノカが握りながら励ます。後輩の前でこれ以上不安な顔も出来ず、ルミナは仕方なく腹を決めた。


 「わかりました、最善を尽くします」


 「頼んだぜ」


 飛羽からは軽口も返ってこなかった。車内が静かな空気に包まれる。


 雨は、止んだようだった。


 「すまねぇな、お前達みたいな子供まで巻き込んで」


 「飛羽さん……」


 いつになくしんみりした口調だ。余計に不安を掻き立てられるが、それだけ飛羽も自信が無いのか。口は悪いが面倒見は良く信頼の対象になっているこの大男にそんな態度を取られたら本気で心配になってしまう。


 「こんだけ歳食ってこの始末だからな……」


 「言うほど、俺達だって子供のつもりは無いですよ」


 ユキオの返事に飛羽が意外そうな表情を見せた。ユキオも、その後ろのルミナもホノカも力強さを感じさせる視線を飛羽に返していた。


 「これは、私達の街の問題じゃないですか。任せっぱなしには出来ません」


 「そうですよ、私たちだって立派な<センチュリオン>のクルーのつもりですから」


 「お前ら……」


 さすがにそう言われては大の大人が湿っぽいツラを見せてはいられない。ニヤリと歯を見せて不敵な顔に戻る。


 「ま、この件で俺達全員晴れてクビになるかもしれんけどよ」


 「そしたら、みんなで会社建てましょう。飛羽組とか」


 「泣かせてくれるじゃねぇか!!」


 ドリフト気味に交差点を曲がると闇夜の中からヘッドライトに照らされて青看板が見えてきた。戦士達が古巣に戻ってきたのだ。


 


 


 


 


 

 



 深夜0時。静まった学校の前に、途中でルミナを降ろした飛羽の車が着く頃には他の隊員達も集まってきていた。支部の駐車場にはセンサーがあるため、この間近の高校の駐車場が最終合流地点になっていた。


 「全員、集まっているか?」


 「待ちくたびれましたよ」


 飛羽の確認に鹿島が意地悪そうに答える。


 「俺も腕が落ちたかな」


 「ま、本番はこれからですからね」


 若い隊員がピクチャーシートを持ってきた。無線端末とリンクしており、街の各ポッドでパンサーチームとシャークチームが出撃準備を進めているのが表示されている。デパートの屋上、駅ビルの地下、映画館の裏手など人が集まりやすい施設に併設されている臨時用ポッドは全て埋まっている。ユキオが覗き込むと、ヨネのタバコ屋にはルミナが行っているのが見えた。


 (ヨネばぁ、こんな夜中にとか文句言っていなきゃいいけど……)


 そんな心配もこれから始める大仕事に比べれば些細な事かとユキオは深呼吸をした。ポッド調整用の機材が入ったリュックを抱えなおし、ホノカとアイコンタクトを取る。彼女も随分緊張しているようだったが、怯えは無かった。


 (意外と、肝の据わった子なんだな)


 そうでもなければ、トレーサーなんかできないかと一人納得しながらイーグルチームの横に並んだ。


 「あと10分もすればリック達が来てくれるが、彼らを先行させるわけにはいかない。形式上はこの支部の暴動の鎮圧の為に派遣される事になっているからだ。よってこのまま我々は突入する。鹿島班を中心に司令所、主電源、制御ルームを速やかに制圧しろ。俺はユキオ達と最下層の予備倉庫にダクトから直行する……いくぞ!」


 雄叫びはさすがに上げなかったが、代わりに全員がブーツで力強く地面を踏んだ。鎮圧用の催涙弾やプラスチック弾頭のガス銃(違法改造だろう、恐らく)を持った隊員たちが非常階段へ向かう。予め細工してあったのか、かつてユキオがぶち破ったドアは再び蹴破られ、ヌーの大移動のように男達が地下へ駆け込んでいった。


 「俺達も行くぞ」


 「ハイ!」


 飛羽に連れられてユキオ達も階段に侵入する。途中のパイプシャフトの小さなドアを潜り、狭く埃だらけのバックヤードに入り込む。ほぼ真っ暗の狭いキャットウォークを3人は身体を横にして早歩きで進む。


 昼間から緊張しっぱなしのユキオの脳は、いい加減音を上げそうだったがなんとか気持ちを引き締める。とにかく自分の仕事をこなすしかない。先頭の飛羽のヘッドライト以外にはまともな灯りもなく、何度も通路を這うパイプに足を取られて転びそうになりながらユキオとホノカは必死に飛羽を追った。階下からは早くも、炸裂音や喧騒が聞こえ始めている。


 (上手くいけばいいが……!!)


 左腕のデジタルウォッチが10分を数えた頃、先を行く飛羽が止まり親指を下に向け床下を示した。そこには点検用ダクトのハッチがあり、下の通路から僅かに漏れた明かりが三人の顔を照らしている。


 「このパイプシャフトはここまでだ。一旦降りて10メートル走り別のシャフトに入りなおす。準備はいいか?」


 いいかと言われてもやるしかない。気持ちはともかく身体に問題の無い二人は冷や汗を流しながらも頷いた。よし、と飛羽が応えてフン!とハッチを踏み抜いた。けたたましい音を立ててハッチが通路に転がるのを見る間も無く飛羽が通路に下り立つ。


 続けてユキオも飛び降りる。着地の衝撃に足は挫かなかったものの通路にゴロゴロと転がった。急いで起き上がっている所に通路を走ってくる何者かの足音と、怒鳴るような英語の声が聞こえてきた。


 (マズイ!)


 天井のダクトの上、怯えているホノカに早く!と手招きをし、飛び降りさせてその身体を受け止めた。ルミナより少し重い肉感のある身体を抱きしめてそのまま通路の死角に走りこむ。足音は着実に近付いてきていた。


 「急げ!」


 飛羽も叫びながら庇うように前に出る。発煙弾を投げ込み通路をスモークで封鎖したが、同時に軽い発砲音が鳴り響いた。


 「ウッ!」


 「飛羽さん!?」


 乱暴に通路の角に二人を引き込んだ飛羽の顔が苦痛に歪んでいる。震える手が太腿を抑え、その下のジーンズが急に赤黒く染まり始めた。


 「大丈夫ですか!?」


 「大丈夫な……ワケあるか!!」


 苦しそうに言いながら射撃を続けてくる方向にガス銃で応戦するが、スモーク越しでお互いめくら撃ちになっている。直撃を受けたのは不運としか言いようが無い。


 そこに予期せぬ方向から何かが投げ込まれた、のが見えた瞬間激しい閃光が通路を侵食した。ユキオ達がもろに網膜を焼かれ目を抑えている間に短くまた発砲音が鳴り響き……唐突に静寂が訪れた。


 (!)


 駆け寄ってきた軽い足音に、視界を取り戻せないまま飛羽が銃口を向けるがその拳銃がぐっ、と握られ方向を逸らされる。


 「撃つな、ヴィレジーナだ」


 「レジーナ!?」


 目を擦りながら何で!?と問いかけるユキオの目の前でまたパンパンと短く発砲音がした。接近する<メネラオス>のスタッフをレジーナが狙撃したようだ。


 「そっちから呼ばれたから来たんだ。ユキオも冷たい事を言うな」


 「す、すまない」


 「助かった、ありがとう」


 不自然なほどに冷静なレジーナに涙をこぼしながら飛羽が礼を言い、立ち上がろうとしたが痛みで膝をつく。弾丸は貫通していないものの骨の近くまで埋まり神経や血管を傷つけたようだった。


 「まさか、こんなに銃を持ち込んでいるとはな……」


 すかさず応急処置をしようとテープを取り出したレジーナの手を抑える飛羽。続けてポケットからメモリを取り出しユキオに握らせた。


 「この足じゃもうダクトを進めない。レジーナ、すまんがコイツらの護衛を頼めるか?」


 「飛羽さん……」


 「お前を連れてきてよかった。イヤな予感してたからな……ユキオ、ロックの破壊はお前がやれ」


 「そんな……!」


 「ここまで来てビビってんな!」


 飛羽の怒声に硬直するユキオ。その手にスペック表も渡してから、飛羽は自分で止血を始めた。


 「もう作戦は止められない。ここで止まってたらカズマ達は出撃できねえし、街はそれだけ被害を受ける!やるしかねぇだろうが!」


 ユキオが唇を噛みしめて頷く。メモリと紙を胸のボタンつきポケットに押し込んだ。


 「わ……わかりました。飛羽さんも、し、死なないで下さい!」


 「死ねるかよ、こんなところで。そこの天井ダクトだ、行け!」


 飛羽の言う通り、これ以上ここで時間は無駄使いできない。飛羽を置いていく事に後ろ髪を引かれるが、レジーナを肩車をしてダクトを開けてもらいそのまま順番に暗い通路に入り込んでいった。


 (まったく、最後の最後まで子供頼みとはな)


 苦々しく思いながら飛羽はそれを見送り、再度近付いてくる足音の方向へスモークを焚き始めた。








  


 「見えた、あそこだ」


 レジーナの声に前を向く。飛羽と同じ様に小さな光が漏れるダクトハッチを分厚いブーツでレジーナが踏み抜いた。軽やかに部屋に飛び降り、拳銃を構えながら倉庫の中の安全を確認する。


 「大丈夫だ、来い」


 手招きに従い、ユキオとホノカがドサドサと倉庫に落ちた。溜まった埃を吸い込んでゴホゴホ咳き込みながら暗い倉庫を見渡す。常夜灯の微かな明かりに照らされる無造作に積み上げられた段ボール、錆びたラック、立てかけられた鉄パイプ、ボロボロのポスター、そして一際存在感を放つ巨大なコクピットポッド……。


 「玖州さん、バック貸して下さい」


 「お、おう」


 ひったくるようにリュックを受け取ってホノカがポッドへ駆け寄る。中からラジオペンチやドライバー、レンチを取り出し壁際の端子ボックスとポッドを有線で繋ぎ始めた。その手際は見事で素人とは思えない。


 「凄いね、白藤さん」


 「元々こういう仕事の方が好きなんです」


 言葉だけで返事をしながら手を止めずに次々と配線を続ける。レジーナは射撃姿勢を解かないままそのホノカに問いかけた。


 「何分かかる!?」


 「起動チェックが終わればすぐです!玖州さん、ポッドに入って下さい。その試作機は操縦アシストに不備があります、『5Er』のメモリも刺してサポートAIを同調させて下さい」


 「わ、わかった!」


 ギシギシと鳴るポッドのドアを開ける。普段使っているポッドより古臭いモニターやコントロールスティックが並んでいるが実際の操縦には問題は無さそうだった。コンソールの下、メモリースロットに受け取った黒いメモリと自前のメモリを挿入しシステムを立ち上げた。


 「シータ、システム連動。アシスト頼む!」


 「了解、『Nue-04x』起動」


 モニターに光が灯る。シータの合成ボイスに少し安心しつつ、スペックをコンディションモニタで再確認する。


 「飛行型なのか……」


 武器は両腕に銃器を一丁ずつ。バリアブルパワードカノンにブレードガン。そして両肩のバインダー内部に二連装ビームランチャー。軽量化のためエネルギー兵器のみを装備している。総火力に関しては『5Fr』以上のようだ。

 ユキオは飛行型のWATSでの戦闘経験は無い。数時間、『ファランクスAs』での簡単な訓練をこなしただけだ。無理の無い飛行くらいならこなせるが『ラム・ビートル』や新型の『スタッグ』との空中戦で優位に立てるような腕前ではない。


 (『5Fr』が使えれば余計な心配をしないで済むのに……)


 無いものねだりだとはわかっている。それに『5Fr』の移動速度では間に合わないかもしれない。今はコレでやるしかないのだ。必死に機体情報を頭に叩き込みながらコントロールグリップを握りこむ。


 「起動完了。各部異常無シデス」


 「行くぞ!」


 電脳世界に出現したマシンに火を入れる。四枚のウィングを開きユキオは漆黒の戦場へ翔け上がった。 


 





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