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ドライフラワー(前)

 六 ドライフラワー(前)



 「ユキ兄ぃ、最近ニヤニヤして気持ち悪いね」


 部屋にコーヒーを飲みに来たカナが藪から棒にそういうのでユキオはぶーっと口に入れたコーヒーを吹き出した。


 「もう!汚いよユキ兄ぃ!」


 「汚いよじゃねえよ! なんだいきなり気持ち悪いとか!」


 自分の吹き出したコーヒーを慌ててティッシュで拭きながらユキオは小さなカナに怒鳴りつけた。


 「だってぇ…こないだ温泉から帰ってきてから、いつも気が付いたらニヤけてるよ」


 「べ、別にいいじゃんか! 何もないよ!」


 何も訊かれていないのに思わず否定の言葉が出たユキオに、ニヤァと笑みを浮かべ、カナが話を続ける。


 「やっぱ何かあったんだー、ユキ兄ぃは昔から隠し事が下手だねぇ」


  ユキオがカナから目をそらすとその先に、自分の育てている鉢植えがあった。窓際の鉢植えは寒さで枯れないようにいくつか枝を落としていて小ぶりにしている。

ベリーもすっかり実を落とし、物寂しげな様子だった。


 温泉の一件から約一週間、土曜の午前中、ユキオは久しぶりにゆっくりと羽を伸ばしていた。


『ファランクス5E』は未だ修理中で出撃要請もほぼ来ないことになっている。昨日メールでメンテスタッフから武装の見直しを図るかもという話が来ていたが、ユキオはあまりその必要性を感じていなかった。


 確かに『リザード』にはギリギリまで追い詰められたが、あれはレアケースで基本カズマ達との出撃するかぎりは、『5E』を武装強化するまでもない。出来るだけ早く直ってくれれば御の字だ。


 「で、結局何があったの?」


 カナのツッコミに、うっと言葉に詰まるユキオ。


 イイコトは、確かにあった。美少女の裸を一瞬でも見れたのだから、非モテ人生を邁進してきたユキオにはおそらく人生で三指に入る幸運になるだろう。


 あの時驚きと焦りでその姿をはっきりと目に焼き付ける事ができなかったのが返すがえすも悔やまれる。


 それはそれとしてユキオには楽しみな事があった。先日の温泉と焼肉の詫びにマヤが悠南市に新しく出来た植物園の入場チケットをくれたのだ。チケット自体はそれほど高価では

ないが、ルミナから一緒に行きたいと言う申し出があれば舞い上がってしまうのが今のユキオである。


 「いや…大したことは…」


 「嘘! こないだの温泉より楽しみな事があるんでしょ!」


 今度こそ連れて行け、と言わんばかりの剣幕のカナに、彼女と同居して以来最近何度ついたかわからない溜息が出た。とにかくイベントが好きなこの親戚はなにかというと一緒

に出掛けたがる。


 「そんな事より、ほらレッスンとかの時間じゃないのか?」


 「え!?」


 ユキオの声に時計を見たカナが飛び上がってドアに向かう。


 「急がなきゃ! でもユキ兄ぃ、こんど出掛ける時は置いてかないでよね!」


 勝手なことを言って走り去ってゆく小さなカナの姿を見送って、ユキオはバタンと丁寧にドアを閉める。残ったコーヒーに口をつけていると、ドア越しに早くもカナが階段を駆

け下りていく音が聞こえた。


 随分と熱心にレッスンをやっているようだが、カナは無事に声優になれるのだろうか。それ程詳しくないユキオでも、プロの声優になるのは難しいと聞いている。


 カナは明るく良く通る声を持っていると思うが、演技をやる、というのはまた別の話だろう。


 カナの将来も心配だが、自分の進路も不透明だ。


 今はなりゆきで<センチュリオン>に所属し小金を稼いでいるが、ウォールドウォーがユキオの定年まで続いているとは思えない。


 そうなればユキオだってまっとうな仕事につかなければならないのだが、成績も良くなく、これといった特技も無い自分に向いている仕事なんかあるのだろうか。普通に大学を出れ

ば就職できる…などとは思っていないが、どうしたらいいのか答えも見つからない。


 カナがいなくなって急に静かになった時間を持て余し気味に感じ始めた。あれだけうるさいからさっさと出かければいいのにと思っていたが、自分も勝手なもんだなと自嘲して

ユキオもまた出かける支度を始めた。




 「あら、早かったのね」


 メンテルームに現れたユキオを見てアリシアが軽く驚いた。約束の時間まではまだ三十分もあったからだ。


 「ちょっと、家にいてもやることが無くって」


 上手い言い訳も思いつかず素直にそう言うユキオに、あらあらと笑うアリシアはピンクのタンクトップにツナギの作業着と言う珍しい格好をしていた。それだけ作業が大変だと

いう事なのだろうか。ユキオは『ファランクス』を大破させてしまった事を心の中で詫びながらもその無防備なセクシーさに見とれた。


 タンクトップごしにわかる存在感のある豊かな胸はユキオの視線を惹きつけるのに充分すぎる魅力があった。


 「若者はもっと時間を有効に使わないとダメよ」


 「よく言われますが…難しいですね」


 「そうね、実際若いうちは、その時間の貴重さが解らないものね」


 アリシアはユキオの視線に気付いてか否か、愛用のジャケットを羽織った。それから、ユキオの愛機『ファランクス5E』のキーをデスクの引き出しから取り出してユキオに渡す。


 「今日は武装だけのチェックね。重ガトリングの取り付け位置の調整と、ビームガンパックの威力を2%上げたからそのデータを取るわ。腰から下はまだ直ってないから動かし

ちゃダメよ」

 

 「わかりました。すいません、大変な仕事を増やしてしまって」


 申し訳無さそうにユキオは再度謝るが、アリシアは気にしないという顔微笑んだ。


 「いいのよ。あの戦闘のライブビューはここで観ていたけど、正直みんな玖州君が勝てるとは思えなかったみたい。あんな大変な戦いに一人で勝利したヒーローのためだから、

このくらいの苦労は大した事じゃないわ」

 さぁ、とテスト用ポッドに促されてユキオは一人ハッチを開けた。もう少し話をしたかったが、時間を有効にということなのだろう。


 スロットにキーを差込み、ユキオは愛機と久方ぶりの再会を果たした。


 武装調整をしたと言う話だったが、ユキオにはあまりその違いがわからなかった。適当な動きをする『フライ』や『スタッグ』の仮想データを射撃するのだが、確かに若干ガトリングは弾がまとまるような感じもするし、ビームもいつもよりダメージが通っている気がする、が実は前と同じ能力ですと言われても納得してしまいそうな、ささやかな違和感

しか感じられなかった。


 せっかく改装をしてくれたアリシアにそう言うのは憚られたが、率直に感想を言って欲しいと言う指示に逆らうことも出来ず、自分の感じたままを伝えるとアリシアは、やっぱりねと言いながらも少し肩透かしを食わされたような表情をした。


 「今の武装を調整して、なんとか性能アップを図ろうとしたけど厳しいわね」


 「『5E』はオフェンスラインの維持が仕事だから、これ以上の火力アップはいらないんじゃないですか?」


 「敵がより戦力を強化しなければね」


 アリシアに少し呆れた、という顔をされてユキオは恥ずかしくなった。確かに『リザード』以上の敵が投入されればそんな事は言っていられないのだ。


 「当然『As』や他の機体、イーグルチームの『チャリオット』だってもっとパワーアップしなくちゃいけないわ。だからといってユキオ君だけ今のままでいいって事はないわよね」


 「すいません、トレーサーももっと精進します」


 「そうね、あくまでこれは、戦いだから」


 「…この<戦争>、いつまで続くんでしょうね」


 そう漏らすユキオを、ん? という顔でアリシアが見た。そこにメンテルームのドアを開けて一人の中年が入ってきた。イーグルチーム二班の隊長、飛羽である。


 「お、悠南市のスーパーエースじゃないか、元気か?」


 良く日焼けした顔にニコニコと爽やかな表情を浮かべ、ユキオの頭に軽くヘッドロックをかける。飛羽の身長が高い為ちょうど技を掛けやすいらしい。使い込まれた太い筋肉にがっちりとホールドされ、ユキオはパンパンとその二の腕を叩いた。


 「丁度良かった、このスーパーエースが悩みがあるみたいで」


 「おう、いいねいいね。若者は悩んでこそだ」


 「それは…いいから離し…て下さいよ」


 なんとか太い腕から逃げ出て、クシャクシャになった髪を直すユキオの肩に再び手を回しウィンクしながら飛羽が顔を近づける。


 「じゃあ今時の若者の悩みを聞いてやるか。こないだの勝利の祝いにメシもおごってやらなきゃな。第二会議室で待ってるぞ」


 勝手に段取りを決めて颯爽とメンテルームを出て行った。


 「もう、あれで人の話を聞く気があるのかよ」


 小声で文句をこぼすユキオにアリシアが笑いながら諭すように言った。


 「話すだけでも何か解る事があるわ。私も聞いてあげたいけど、玖州君の大事な『5E』ちゃんを直してあげないといけないからね」


 そう言われてしまうと、これ以上無駄話をしている訳にもいかなくなった。ユキオはよろしくお願いしますと頭を下げて、メンテルームを出た。



 

 第二会議室、というのは<センチュリオン>悠南支部のスタッフが使う通称で、少し離れた幹線道路沿いにあるファミレスの事である。


 手ごろな近さと値段でよくメンテチームが使うため、いつしかそのような俗称で呼ばれていた。ユキオも家族と何度か来る事があった。ここのチョコパフェはファミレスのものにしては結構美味い。


 ユキオが店内に入ると、ウェイトレスが近付くよりも早く、ぬっと伸びる褐色の太い腕が目に入る。


 外食をする時に、あまりユキオはメニューで悩まずにさっさと決める性格だった。そこは飛羽も一緒らしく、二人はさっさとハンバーグプレートとカツカレーを注文しメニュー

を戻した。


 「肉にパインが乗ってるの、アレ苦手なんだよな」


 と笑う飛羽。自衛隊上がりで警察関係の仕事に就き、戦闘経験を買われたのか<センチュリオン>に配属されたこの肉体派の男はイーグルチームの切り込み隊長として日夜マイズア

ーミーと激闘を繰り広げている。


 一ヶ月あたりの撃破数はヘルプで入っているユキオの実に四倍で、ユキオとも過去二度シミュレーションで戦闘訓練をしたが結局時間内に決着はつかなかった。


 「俺は結構好きですけどね、酢豚に入ってる奴とか」


 「あー、あれな、止めろって言ってるのにカミさんとか入れるんだよな」


 ハッハと豪快に飛羽が笑うのを見て、ユキオはそのうち機会を見て聞こうと思っていた質問を投げかけた。


 「飛羽さんは…この仕事ずっとやっていくんですか?」


 「ん?」


 氷水をぐいと飲み干してからグラスを置いて、飛羽が少し真面目な顔をした。


 「まぁな、仕事だし、市民の平和が大事だし、金は稼がんとカミさんに追い出されるし」


 指折りながらそういう飛羽に、ユキオが質問を重ねる。


 「でも、ドクターマイズが死んだら、この変な<戦争>は無くなるんじゃないですか?」


 「そう思うか?」


 その短い言葉には、ユキオが今まで感じた事の無い重い雰囲気が漂っていて、知らずに身体が硬直した。


 「俺が自衛隊にいたのは知ってるな」


 「はい」


 「陸自に入ってすぐ、海外の内戦で発生した難民支援に向かわされた。酷いもんだった。子供を失った親、親を失った子供、地雷で脚が吹っ飛んだ女の子なんか珍しくもなんとも無い。テロリストにバズーカをぶち込んでやろうとして弾が暴発して右腕と顔の半分が滅茶苦茶になったガキもいた。とにかく戦争ってのは平和に生きたい奴の方が痛い目に遭うんだ」


 「………」


 飛羽の目はいつもと全く違う、暗く澱んだ光を称えていた。彼の言葉よりもその瞳が何よりもその深刻さを物語っていた。


 「日本に住んでたら絶対に判らない実感って奴だな、戦争の悲惨さとか言うアレよ」


 「はい」


 「それに比べればな、ウォールドウォーはまだましなんじゃないか、っつーのがオレ個人の感覚だわな」


 手を上げてウェイトレスに水を催促する飛羽に、一応自分の意見も言っておこうとユキオは乾いた唇を開く。


 「飛羽さんの言う事は正しいと思います、けどこんな戦いで平和を守るとかなんか違うような…」


 注いでもらった水に口をつけて飛羽はそういうユキオを手で制した。


 「さっき、お前はマイズが死んだらウォールドウォーが終わる、と言ったな」


 「はい」


 「俺はそうは思わんな。いや、もしかしたら当のマイズはもう死んでるのかも知れん」


 「え!?」


 ユキオは全く想像もしていなかったその意見に驚き目を見開いた。


 「これは、イーグルチームやメンテチームともよく話すんだが…このウォールドウォーの規模の拡大は一人の人間が仕掛けているとは思えないレベルだ。奴が宣戦布告した年は年に二百の襲撃が確認された。それが去年は三十万以上だ。いくら大天才だからって、一人でそんな事が出来るか?」


 「じゃあ、マイズアーミーは組織として成り立っていると言うことですか」


 「そう考えるのが自然だな」


 つまり、ユキオが一人のおかしな老人が仕掛けているゲームに賛同している人間が多数いるという事になる。無意識にユキオは頭を掻いた。


 「じゃあ、ドクターマイズが死んでもこの戦いは終わらないって事ですか? 市民が兵器で傷つくよりはいいと」


 「俺だって奴らが正しいことをしていると思っている訳じゃない、ただ銃で自分の思うように物事を進めようとするバカと、そのバカに銃を売って儲けるクズがいる限りは、こっちの方がまだいいんじゃないか?」


 「そんな無茶苦茶な…」


 「割とお前、真面目と言うかピュアなんだな」


 意外そうに飛羽は言った。ちょうど注文した料理が来て、フォークとナイフを渡してユキオに食えよ、と促してから自分もカツカレーを頬張る。


 「ドクターマイズの奴も、こんな世界を作りたかったわけじゃないだろう、でも人間なんてのは、それこそ4千年の昔からお互いに争ってきたんだ。お前さんが実感できる時間なんかよりずっとずっと長い間な。恐竜だってライオンだってそうさ、同じ種族だからといって仲良く暮らせる生き物なんかいないんだ。それを、奴らはちょっとだけいい方向にシフトさせたんじゃないか」


 「ずいぶん、向こうの肩を持つように聞こえるんですけど」


 「そう言うな、これもメシのタネだからな。地味な書類仕事をしているよりはまだいい。五十も過ぎればキツそうだがな」


 ユキオは肉汁まみれの温かくなったパインの輪切りに噛り付いた。ソースと肉汁の混じった果汁が口の中を複雑な味で満たしてゆく。それは、まるで自分のモヤモヤした心境を表しているかのように感じた。


 「ゲームばかりやっているから、そうやって変に効率とか理想ばかり考えたりするんだ。身体を動かせ! よし、丁度いい。食ったらオレの通っているジムに行くぞ」


 「えええええええ!?」


 体育会系らしい急な発想にユキオは面食らった。どんなトレーニングをさせられるのかは聞かなくてもこの目の前の太い上腕二等筋が雄弁に物語っている。まともに着れるシャツが少なくて、春夏秋冬タンクトップを着ているような人物だ。


 「メシおごってやったんだからそれくらい付き合え」


 問答無用の理論を展開する飛羽に最後まで抵抗したが、それも空しくユキオは駅ビルのスポーツジムに拉致されていった。

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