摘蕾(後)
静岡からの帰り道。リニューアルされた1100系の新しいシートに身体を預けながらカズマが疲れた顔でケータイを
つついていた。それを隣からマサハルが覗く。
「お、レジーナからか」
「ああ」
御蔵島での任務以来、ロシア軍人の少女ヴィレジーナとカズマは飛行型WATS乗りのよしみで意見交換など時々メールのやり取りをしていた。
「なんて?」
「こないだ、結構面倒な連中とやりあったらしい。それで動画を送るから意見をくれってよ」
「面倒?」
興味を持ったのか、マサハルがレポートを書く手を止めて聞きなおした。カズマがケータイからWi-fiをマサハルの端末に繋ぐ。二人はシートの真ん中にタブレット端末を置いて動画を再生した。
戦場は懐かしい黒に染まった暗いスタンダードなものだった。ロシア軍の誇る陸戦用重WATS『シャシューカ』を中央に楔陣で敵へ突撃してゆく。レジーナの属する『フランベルジュ』隊は右翼から遊撃をかけるように弧を描き飛行していた。
対するマイズアーミーは『ビートル』や『フライ』に突撃砲台の異名をとる『クロウラー』が主な構成だった。数は多いが精鋭揃いのロシア軍を撃滅できる量ではない。
『クロウラー』の砲撃が戦闘の火蓋を切った。光の尾を引く弾道射撃の雨が『シャシューカ』部隊に降り注ぐ。最前線の『シャシューカ』隊はユキオの『5Fr』の様に大型のシールドを装備しており、それを密集体系のまま天に掲げ部隊を守った。
時折、見覚えのある紅の長距離ビームが戦場を切り裂くように奔る。『ホーネット』も後衛に控えているようだ。不幸な何機かが強力なビームに貫かれ落伍するが部隊全体の勢いを止めることはできない。盾持ちの『シャシューカ』の後ろから、お返しとばかりに迫撃砲を持つ部隊の一斉射撃が始まった。たちまち『クロウラー』達が火の海に包まれる。
「さすが、あちらさんはやることがハデだな」
「今のところ、優勢のようだが……!」
正面からのぶつかり合い。ロケットの他、ミサイル、レーザー、火炎放射など多彩な武器が入り乱れる混戦と化し始めた戦場に変化が現れた。
蒼い、閃光が走ったと見えた。
その軌跡の跡に火球がいくつも咲く。それは『シャシューカ』が爆発した光だと気付くのにカズマ達は数秒時間を要した。
「なんだ!?」
閃光は複数現れた。その筋が戦場を無造作に、無軌道に駆け抜ける度にWATSが次々とロストしてゆく。その高速機動する敵機に『フランベルジュ』隊が立ち向かうのだが、数で勝るにも関わらず牽制の射撃で動きを制限するのが精一杯で弾を当てるのもままならない。
一機の『フランベルジュ』が体当たりするようにその蒼い機体に組み付く。それはレジーナのマシーンだった。ウィングが脱落しなけなしのアーマーカウルも破損してしまっているが、構わずに手と右脚を絡みつかせながらショットガンを零距離で連続でガンガンとぶっ放す。束ねた花火が一気に燃えたように大量の火花が散り、その謎の新型機がバラバラになって暗い世界に落ちていった。
「相変わらず無茶をする女だぜ……」
カズマは心底やれやれと言った声を漏らした。しばし呼吸も忘れていたらしい。
「そうだな……下がってゆく?」
一機が爆散したのを見てか、新手の閃光達は急に軌道を翻して下がってゆく。ボロボロの『クロウラー』部隊もそれに従うように引いていった。残されたのは6割がた稼動不能となった『シャシューカ』部隊。戦場のいたるところから灰色の煙が上がり、短時間の間に恐ろしい破壊の爪痕が刻まれた事を物語っていた。
「どう思う?」
動画をもう一度再生しながらマサハルが聞いた。カズマは腕組みしながらふん、と鼻息も荒く。
「さっぱりわからん」
「おい」
「うっせー!つーてもお前だってワケわからんだろが!」
「まーそうだけど」
閃光が現れた所からマサハルがスーパースロー再生をかける。
「『スタッグ』に……似てるな」
装甲は鮮やかなブルーに染まっているものの、そのシルエットは何度と無く激戦を繰り広げた『スタッグ』のものに似ている。閃光の尾が延びているのはその機体が噴出している推進剤の炎のようだ。
「ああ、この前からちらほら現れている強化型の完成形がコレなのかもしれん」
「こんなの来たら、ワタル達じゃ一巻の終わりだぞ」
カズマが高速で走り続ける新幹線の窓から後ろを振り返った。今日は静岡でオルカチームと合同の取材を受けていたのだ。早くも知名度の上がったカズマ達に続く新たなヤングチームの紹介という番組だった。
取材の中で、天狗になって鼻を伸ばしながらインタビューに答えているワタルと、その後ろで縮こまっているハルタ、ホノカの姿が頭をよぎった。
「ワタル達どころか、俺達だって無事に済むかどうか……とにかく、ヴィレには後で電話するわ。なんか思いついたら
教えてくれ」
「ああ」
マサハルも端末を落とす。それから長く溜息をついた。
「ンだよ、オッサンみたいな溜息ついて」
「俺達さ……」
「ん?」
東京まであと三十分弱、少しでも寝とこうかと思っていたカズマが薄目を開けた。
「最初は地元の有名人くらいのつもりでやってたけど、いつの間にか<センチュリオン>の宣伝に使われててよ……」
「あのアラサー女の計略に引っかかってな」
「おまけに新人の指導やら、敵の最新鋭機ともやりあってて……いよいよ引けなくなってきたっていうか、もう将来決まっちゃった感があるなーって思ってさ……」
再び溜息。思わぬ深刻な話にカズマが身を起こして相棒のデコに手をやった。
「なんだよ」
「いや、熱でもあるのかと」
「ねーよ……カズマは無いのか、将来の不安とか」
「そうだなぁ」
ぬうーん、と両腕を伸ばすと、天井の荷物ボックスに手がぶつかった。ちっ、と舌打ちをして。
「俺は、もうずっとウォールドウォーに関わって行こうって言うか……約束も、しちまったし」
「なんだ!?レジーナとか!?手が早えーんだよお前はいつも!」
「そんなんじゃねーよ!」
マサハルのツッコミにキレてカズマがアイアンクローをかける。ぐおおおおとその右手をなんとか引き剥がして、マサハルがハアハアと荒い息をしているとこで、後ろに座っていた中年のリーマンが黙れとばかりにわざとらしい咳払いを繰り返した。
さすがに周りの視線も気にして小さく縮こまる。
「とにかく、俺はこの業界でやってくよ多分!リーマンも自営業も難しそうだし!芸能界はちょっとやってみたけどガ
チのアーティストとかの視線が痛えし!」
「あー、あの『俺らの業界荒らしに来るな』感凄かったなー」
「でも、マサはよ……別にいいんじゃないか?辛いならやめちゃっても」
「え」
マサハルが目を丸くする。どうせいつもの冗談だと思ってカズマの顔を何度も見るが、返ってきたのはいつになく真剣な眼差しだった。
「やりたい事とか、向いてることとか、マサはいろいろ有りそうだしさ……別に解散とかしたいわけじゃないけど、でもこのまま行ったら多分抜けられなくなる。俺達はもちろん、ユキオも、ルミナも……」
「ユキオ達か……あいつらには、向いてないよな、正直、性格的に」
「ああ、甘い奴らだからな……」
揃ってまた溜息をつく。連日の仕事のせいだろうか、柄にもない事を考えてしまっている。
だが、本心でもあるのだ。
「ウォールドウォーが落ち着くまで、悠南支部に人が充分揃うまで……そんな前提で続けてたけど、そんな日なんか来ないのかもしれないな、永遠に」
「おっかねぇ事言うなよ……」
と言うマサハルにも、カズマの言う事は否定できない。
窓の外をみやる。二人の予想よりも早く、横浜の街明かりが視界に入ってきてしまった。
カバを、見ている。
故郷では神様の僕として大事にされているその生き物が、それなりの広さしかない柵に囲まれたコンクリの上でゴロゴロと惰眠を貪っていた。
(まるで今の俺達のようだな……)
故郷のカバは、あんなではなかった、ように思うのだが。
「ヒロムは本当にカバ好きだねぇ」
ふと、後ろから聞きなれた明るい声が掛けられてヒロムはゆっくり振り返った。ソフトクリームを二つ持ってニコニコ笑っている那珂乃カナが早く、と言わんばかりに待っている。
「ありがと」
「ん」
ソフトクリームを受け取ると、カナは座っているベンチに腰かけてきた。
「カバのどこが好きなの」
「んー、全部かな」
「へんなのー」
無邪気にケラケラと笑うが、悪い気はしない。あの憎たらしい同居人が同じ事を言えば蹴っ飛ばしてやりたくなるだろうが。
「カナはなんの動物好きなんだ?」
「んー、犬かなぁ。レトリバーとかセントバーナードとか、ああいうの!」
「そーいや、そういうのは動物園にいないよな」
「そうだねー、いてもいいと思うけど。あとはキリンかな、スマートだし。スマートと言えばチーターもカッコいいよ
ね。あとねー……」
本当にこの娘は何がトリガーでこんなに喋り捲るのだろう。彼女の兄貴の重ガトリングの弾幕だってもう少しは穏やかなものだ。
そう聞き流しながら、先日の御蔵島での戦闘を思い出した。あの時は、半ば撃破してしまってもいいくらいの勢いで仕掛けたが結局は引き分けに近い所までしか持っていけなかった。『ファランクス』の撃破は本来の目的ではないが、ヒロムとて戦士の端くれである。本気で戦えばどちらが上なのか、そろそろケリをつけなければならないと思っていた。
(勝てるのか、俺は……)
「ねー聞いてるのー!?」
「あ、ああ、うん、聞いてます」
最近ではお決まりのようなやりとりをする。ぷー、とむくれるカナの頭をよしよしと撫でてやりながら。
「そうそう、アニメ見たよ。スゴイな、プロみたいでびっくりした」
「もうプロですもーん」
プイ、っとそっぽを向いてスネたふりをするが、すぐにニッコリと笑ってキラキラした瞳でヒロムを見上げてきた。
「でも大変だったよー。キャラの性格とか全然知らないしさ、その役もらってた先輩からはイヤミ言われるし」
「病気でアフレコできなくなったんだから、自業自得だろ」
「うん、でもアタシが同じ目に遭ったら、やっぱりイヤミも言いたくなるかなと思って素直に『ごめんなさい、センパイ以上に頑張ります』って謝っといた」
「度胸あるなー、カナは」
えへへへへ、と得意げに笑ってカナはバニラソフトを舐めた。
悠南市の西側にある動物園。久しぶりに一日オフの取れたカナがヒロムのレッスンをサボらせてデートに連れて来たの
がここだった。空には雲一つ無く、若干暑いくらいの陽気はソフトクリームが一番美味しく感じさせるようだった。
「それにしたって情報番組の特番とかひっぱりダコじゃないか」
「ヒロムも早くデビューできるといいね。そしたらラーメン奢ってもらうから」
「ラーメンくらいならいいけどさ……食ってけるくらい稼ぐのって、難しいんだろうな」
「なに他人事みたいに言ってるのー。もっとハングリーに、ガツガツいかないと!駅前で弾き語りとかする?」
「俺ギター弾けないよ」
「もー、使えないなぁ」
何気に酷い事を言うなと思ったがヒロムは聞き流した。
(将来か……)
金を稼ぐ事以外に何も目標が無い。おまけにこのカナの生活すら踏みにじっている自分がこの先どこへ行くのか。ヒロムには皆目見当もつかない。つけたいともあまり思ってもいないが。
どこかで野垂れ死ぬような目に遭っても、後悔は無いだろう。あの貧困と紛争しかない故郷で一生を終える事を考えればここ何年かの自分の生活は天国のようなものだった。
しかし、こうして隣で『未来』に向かって進んでいるカナを見ていると、自分の命にも何か意味があったのだろうかと
思いたくなってくる。
故郷を出る時は、他の国を食い物にする先進国を荒らしてやるくらいの気持ちでしかなかったが、今ではそれすらも子供じみた考えでしかないとも思えてきた。
(世界の格差の是正……ここまで毎日ウォールドウォーを続けていても、マイズの理想が具現化できるとも思えんけどな)
カバが、寝返りを打った。
なんだか立ち上がる気も無くなってしまった。自分は一体何処へ行くのか。
「いいかげん、カバも飽きたよ」
「え?」
カナがやおら立ち上がりヒロムの腕を取る。
「行こ、あっちにホッキョクグマがいるって!」
「あ、ああ」
女に振り回されるのは慣れているが、カナのそれは気持ちのいいものだった。自分をグイグイと引っ張って行ってくれ
る彼女が、暖かい光のように見える。
(まぁ、今はこれでいいか)
悩むのは柄では無かった。カバを一瞬振り返ろうかと思ったが、結局はやめて立ち上がりカナと走り出した。