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摘蕾(中)




 午後五時。


 「ひとまずはこれでいいが……、いつまでも居座れるとは思うなよ」


 <センチュリオン>悠南支部、薄暗いロッカールームでアレックスは隣に佇む痩せぎすの男に声を掛けた。男は、地味な眼鏡をかけなおし、『作業』を続けながら答えた。眼鏡は地味なもののその奥の目は異様に切れ長で、逆に初対面の人間にはアンバランスで記憶に残る面構えになってしまっている。


 「わかっています。彼らが帰還したのなら……データベースのハンガーからも手がかりは探せるはずです。可能な限り早く特定して見せます」


 「頼むぞ……しかし、本当にそんなものがあるのか?」


 「マイズが言うのなら、あるんでしょうな……」


 『作業』は終わった。バタン、とロッカーの扉を閉じながら男が言うのをデジタル的な事に関してはさほど詳しくないアレックスは素直に彼の言う事を信じる事にした。


 「デジタル上においてはほぼ万能と言っていい自律思考の……」


 「このデジタル全盛期においては、神と言ってもいいでしょうね」


 「神様なんてのは、昔からクソッタレなもんだって相場が決まっているが……」


 二人は周囲を気にしながらロッカルームを出る。外で入り口を見張っていた若い男を引き連れて足早にその場を去った。


 が、彼らもプロの訓練を受けた者では無いのが災いした。


 ガコッ……。


 しばしして、無人となったロッカールームの天井の点検ダクトが埃を落としながら開いた。その向こうからマヤと飛羽が汚れた顔を覗かせる。


 「……自分の根城で、クモの巣やらネズミの糞にまみれてこんな忍者ごっこをしなければいけない惨めさったら、ほんと筆舌に尽くし難いわね」


 ブチ切れ寸前のマヤを宥めながら飛羽がロープを部屋まで下ろす。マヤは嫌な顔をしながらダクトから身体を外に出した。点検口が狭すぎて飛羽では出られないからだ。顔と同様にそこそこ高いスーツも埃やらクモの巣にまみれているが、これ以上文句を言っている時間は無い。


 先程、アレックスの部下が開けていたロッカーにマスターキーを挿して慎重に開く。それは、イーグルチームの一人のロッカーだった。ペンライトを口に加えてロッカー内に取り付けられたダミーの天板をゆっくりと外す。


 「どうだ……?」


 飛羽の小さな声に手を上げて制止する。


 (やってくれるわね、全く)


 マヤがロッカー内を睨みつけながらデジカメの電源を入れる。ロッカーの天井裏に巧妙に取り付けられていたのは、高性能小型盗聴器に特殊センサーの類だった。







 


 「おじゃましまーす」


 ブロック塀でくみ上げられた古く、狭い門を通るのは二度目だった。前は突然の事だったし、夕立の降る暗い中だったので今日のこのまだ明るい夕暮れ空の下で見る様子とはまるで印象が違う。


 玄関までの短い庭の芝はそれなりに刈り込んであり、植えられた樹や塀の内側に並ぶプランターの花からは良く手入れされているのがわかる。ルミナはそれらを甲斐甲斐しく手入れしているユキオの様子を想像してクスリと笑みをこぼした。


 反対側には彼の父親が仕事で使う白いタクシーと、真新しいシルバーのシートが被された大きな物体が並んでいた。自転車かとも思ったがそれにしては大きすぎる。なんだろうと思っているところに、ドアが開かれる音が聞こえ、元気すぎる声が同時に鼓膜を震わせた。


 「いらっしゃい、ルミナちゃん!!」


 玄関から顔を出しているのは今日の主役、満面の笑みの那珂乃カナだった。いつもと違い長い髪を太い三つ編みにしてからアップにしている為印象が違う。少し大人びて見えるのは気のせいでは無い様に思えた。


 「こんにちは、この前はお疲れ様。今日は呼んでくれてありがとう」


 「ううん、来てくれて本当にありがとう!」


 駅前で買って来たケーキの箱を渡すと、お礼を言いながらぴょんぴょんと嬉しそうに家の中へ入っていった。その奥から普段聞かない、お兄ちゃんぶったユキオのたしなめる声も聞こえてくる。そういう声を掛けてもらえるカナが、ルミナには少し羨ましい。


 (私、元々妹気質なのかしら)


 お邪魔します、ともう一度言いながら客間へ向かうと前の時のようにコーヒーを淹れているユキオの姿があった。


 「いらっしゃい。ケーキ、ありがとう」


 「ううん、なんかお邪魔してごめんなさい」


 「いや、こっちこそわざわざ家まで……こないだも何か急に一緒に仕事をする事になったみたいで迷惑かけたでしょ?ごめん」


 そう言いながらユキオは大きいグラスに氷を入れたアイスコーヒーを渡してくれた。ブラックが好みだと知ってくれているからミルクだのなんだの余計なやりとりは無い。その距離感は少し家族にも近く、ルミナには嬉しいものだった。 


 「ううん、確かにちょっと慣れない事だったけど逆にカナちゃんに助けられて……凄いね、ちゃんとプロみたい」


 「それは、今日の出来栄えを見せてもらってからだな」


 三人分のアイスコーヒーを用意してから自分もドッカと重い体をソファに沈めるユキオに、カナが文句を言いながら皿にケーキを乗せて戻ってきた。


 「何よ偉そうに、ユキ兄だって私の仕事っぷりを見たらそんな態度取れないわよ……はい、ケーキ。ルミナちゃんどれにする?」


 「あ、ごめんね。手伝わなくて」


 「いいからいいから、あ、アタシチーズケーキ貰っていい?」


 「うん、どうぞ」


 「お前なぁ……」


 「いいのいいの、今日の主役なんだから、ね、カナちゃん」


 ふふーんと胸を反らせて偉そうにしてから、カナもソファに座った。ルミナが一口コーヒーに口をつける。多少酸味が利き過ぎている気もするが、不味いものではなかった。










 その日は、カナが先日偶然役を宛てられた、人気アニメのキャラクターが登場する回が放送される日だった。それを一緒に仕事した日に聞かされたルミナがお祝いも兼ねて一緒にユキオ達と観る事になったのだった。


 しばし歓談していうる地にユキオの両親が帰ってきて、ルミナは(恰幅と)気風の良い母親を手伝い夕食を用意した。

普段いろいろ作っているお陰で足手まといにはならず、結構褒めてももらい、また主婦らしい実用的な節約術も教わったりした。


 一家とルミナは料理を楽しみながら、カナの記念すべき出演作品を見た。まるで子供の学芸会を見るようなテンションのユキオの母親の横で、口数少ない父親とユキオが真剣に見ている。

 カナがキャスティングされたキャラクターは、本人とは少し違い優等生的な性格だったが自己主張が激しい所は似ていて、なるほど仕事を貰えたのも道理だなと思えた。何より若干15歳の少女がやっているとは思えない堂々とした演技は、知らなかったらカナとは気付けないほどのレベルでユキオも舌を巻いていた。


 番組はあっという間に終わり、巻き起こった拍手にカナは頬を染めながら誇らしげな、少しくすぐったそうな顔で頭を下げた。もう一回観ようという母親を止めながら、一家に混じってルミナは料理を楽しんだ。


 「カナちゃん凄かったね、玖州君」


 帰り道、駅まで一緒に行く事になったユキオにルミナが少し興奮気味に話しかける。


 「ああ、俺もあそこまでとは思わなかった……収録終わって帰ってきた日は、あれでも青い顔してご飯半分しか食べなかったんだよ」


 「そうなんだ。でも大丈夫だよ、あれなら自信持っていいと思う……アニメとか、よくわかんないんだけど」


 エヘヘ、とルミナが少し幼い少女のように笑った。しかし、ユキオはそんなルミナを見ずに少し俯いて深刻そうな顔で足元を見ながら歩いている。


 「どうか、したの?」


 「え、ああ、いや」


 心配したルミナの声に慌てて顔を上げて笑顔を作りながら手をブンブンと振った。それから、また真面目な顔に戻って歩き出す。


 「ホントに、正直あんなに上手く仕事をしてるなんて思ってなくて……なんか一気に先に大人になったような気がしてビックリしたんだよね。プロになるのなんて、まだまだ先だと勝手に思ってたから」


 「そう……だね、私もビックリしちゃった」


 「俺もさ、進路の事とかいろいろ迷ってて……そんな時にああやって夢に向かって突き進んでるの見せられると、ちょっと焦っちゃって……アハハ」


 不安をかき消したいのか、無理に笑って頭をかくユキオの反対の手をルミナが取った。


 「……なんかやりたい事、思いついた?」


 「……そうだね……」


 目を閉じて、深く、深呼吸をする。ルミナも静かにユキオの言葉を待った。


 「ここんとこずっと、『ファランクス』に乗ってたからウォールドウォーの事しか考えて無かったけど久しぶりにふつーのバイトに戻って……やっぱ、楽しかったよ。お客さんが喜んでくれるのを見れるのって、いいなって思った」


 「うん」


 「だから、いい機会だと思ってちょっと<センチュリオン>以外のことも考えてみようかなって……のんびりしてるかもだけど、ちゃんと考えないと先の事決められなくて」


 「いいと、思うよ。玖州君はそれで」


 ニッコリとルミナは微笑んだ。その顔は先程とはまるで違い、なんだかお姉さんのような安心感や抱擁感に溢れていて、ユキオにはその変わりようが随分と不思議に思えた。


 「そう、かな」


 「うん。焦る事無いと思う。確かに、私もちょっとカナちゃんの仕事ぶりにビックリしちゃったけど……私達は私達だもん。大丈夫、時間はまだまだあるよ」


 「……そっか、そうだね」


 ユキオの顔に落ち着きが戻ったのを見てルミナも静かに頷き、その後は二人とも無言で駅まで歩き続けた。指先だけが僅かに繋がれていた。











 黙って観ていたアニメ番組が終わり、ヒロムは微妙な顔のままでリモコンの電源ボタンを押した。ブツッという音と共に画面が真っ黒になり、照明の下、テーブルに座っているヒロムとレイミの姿が映る。


 「なによ、せっかくの彼女のデビューなのにつまらなそうな顔しちゃって」


 「彼女じゃねーって言ってるだろ」


 「酷い!遊びなのね!可哀想!!」


 「うるせーよ!」


 珍しく苛立って席を立つ。レイミはそんな相方の背中を頬杖つきながら眺めた。


 「なによー、彼女が先にデビューしたのそんなに悔しいの?」


 「ちげーよ!そんな事じゃなくて、俺達の本業の進まなさを嘆いているんだよ!」


 ガーッ!と口から炎でも吐きそうな勢いでヒロムが振り返る。


 「そんな事言ったってー、まさかパンサーチームがクビになるだなんてアタシも思ってもいなかったしぃー」


 「あの妙な連中は本当に『アレ』を探してるのか?」


 「そうじゃないの?上の連中も気をつけろだの阻止しろだの言い始めたし」


 対して呑気にオレンジジュースをストローでちゅうちゅう吸いながらレイミが気だるそうに答えた。陽も暮れて外はネオンが輝き出しているが、いつものようにカーテンは閉めていない。レイミはこの部屋から見えるこの時間の景色が気に入っていた。


 「阻止しろったって……どうしろってんだよ」


 「<本部>からマシーン来てるわよ。びっくりするくらい早く。もう100台くらいストックできてるけど」


 「それで奴らを休ませないくらい働かせて、遅延させろっていうのか?そんなんじゃ結局排除できないぞ。壊滅させるくらいの戦闘を仕掛けるには俺達だけじゃ無理だ」


 真剣な顔で頭を振るヒロムを、レイミが意外そうな顔で見る。


 「アンタ、結構真面目なのね」


 「俺達が『仕事』しなきゃ、クニに金が送られないんだぞ。それとも帰りたいのか?ヴェティ……」


 「その名前で呼ばないでよ」


 猫のように愛嬌のある瞳が、キッと一瞬で獲物を狩る豹のそれに等しい程の殺意を孕んだ。ヒロムも気圧されて口をつぐむ。


 「……帰るつもりはないわよ、今のとこね」


 立ち上がって、裸足のままフローリングを歩き窓際に進む。街の明かりを冷たい瞳で見下ろしながらレイミは続けた。


 「助っ人が来るらしいわ、それまでは、適当に仕事してましょ。どうせ私たちにはそれしかやる事無いんだから」






  

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