マングローブ(後)
(自分で大事なトコ決めるのもプレッシャーだけど、他人任せにするのも結構しんどいもんだなぁ……)
ハルタには悪い事をしたなと思いながらユキオは『テンペスト・フログ』の前面に躍り出た。
正直、ハルタに任せたのは危険な賭けでもあった。自分が後ろ足破壊に向かった方が成功率は高かっただろう。
しかし、ハルタには囮はまだ任せられない。万が一機体を大破させられて南雲と同じ目に合わせてしまっては……。
(吉と出るか……凶を吉に変えられるか……!)
『テンペスト・フログ』は徐々に島との距離を詰めている。ルミナとホノカの攻撃をバリアで防いでいる間は前進を止めるが、それを解除すると前進を再開してしまう。二人はバリアを解除させないように効率的に攻撃を重ねているが、それでもいつ竜巻砲がサーバーを捉えるか、状況は敗北直前まで追い詰められている。
運任せではあるが、全力は尽くそう。
「こっちだ!落としてみろ!」
ハルタの『サリューダ』に攻撃が向かないよう、ビームガンで挑発しながら『テンペスト・フログ』の前を挑発するように派手に動き回る。
シールドをハルタに渡したせいで酷く心もとない。相手の攻撃はどれも一発でもまともに喰らえば大ダメージを受けるものばかりだった。着水地点に向けて発射された大型魚雷にマシンガンを撃って爆発させた。水柱の中、着水した『ファランクス5Fr』に降り注ぐレーザーをスライド機動でギリギリで避ける。
バリアの向こうで『テンペスト・フログ』の巨大な口部が開くのが見えた。無理やりにバリア越しに竜巻砲を放とうというのか。
「させるか!」
左腕に抜き身で持っていたバニティスライサーを投げつける。必殺の光輪は唸りを上げ二枚のバリアを叩き割り、その先の口内の砲口へ向かう。
ガキィィィィィン!!
間髪。巨大カエルの口は発射をキャンセルして閉じてしまい、スライサーはその装甲に弾かれた。分厚い唇のような部分に人相を悪くするようなな傷跡が残る。竜巻は防げたものの、タイミングさえ図れば相手にはまだ次弾発射のチャンスがあるが、それに引き換えユキオは奥の手を失ってしまった。
(もう、ホントにハルタに任せるしかないな)
バリアはまた展開されてルミナのライフル弾やホノカのミサイルを防ぎ続けている。ユキオもPMC砲でバリアにダメージを与えて『テンペスト』の進行を阻止する事に専念した。
(頼んだぞ、ハルタ!)
レイミがイラつきを隠そうともせずキーボードを激しく叩いている。
「もう!いい加減に誰か落ちなさいよ!」
太陽は完全に昇り切り、容赦ない日差しと熱が木の葉越しでも肌を焼く。さすがにメイド服は着ていられず、袖の短いTシャツにホットパンツ姿の彼女はどんどん焼かれる肌に焦りを感じていた。いや、それだけではないだろうが。
「ヒロム!まだ決められないの!」
「あと数メートルで確実に射程なんだが……さっきからバリアを張らされ続けていて……クソッ!」
普段根城にしているマンションの設備なら、サポートAIが随時適切なコントロールをしてくれるのだが、この市販のノートパソコンのみではそれもままならない。バグを避けて簡単なコマンドしか打てない為、前進・バリア・砲撃を単調に実行するしかできないのだ。
虫除けのスプレーを大量に噴いたにもかかわらず、何箇所かを蚊に食われているのも二人のストレスを上げていた。操作に集中できず、ケアレスミスが続発する。
「あー、もうやだ!早くかえりたーいーーーーーーー!」
「頼むからもう少し堪えてくれ!こんな島まで来て頑張ってるのに失敗して怒られたくないだろ!」
「怒られるのはヒロムだけだもん!」
「ンなワケに行くか!一蓮托生だ!」
「やだぁぁぁぁぁぁあああ!!」
喚きながら手持ちのマシンを必死に操作する二人だが、判断力、注意力共にさすがに低下している。
ヒロムは、致命的にも一機のWATSが『テンペスト・フログ』の影に隠れながら背面に回り込もうとしているのを見落としてしまっていた。
何発かレーザーが打ち込まれるも、その数はユキオへのものとは比べ物にならないほど少なかった。ハルタはそのレーザーを借りた『ヴァリス』で弾き返しながら、死角になるようなポイントを走り『テンペスト・フログ』の後ろ足へ接近してゆく。
(これが終わったら、チームを抜けるかどうかもう一度ちゃんと考えよう……)
その言葉を精神安定剤代わりにしながらペダルを踏み込み続ける。上空から排除の為に迫ってきた『フライ』達に、これも借りたスプレッドボムを投げつけ蹴散らした。
残っているボムはハイパワーグレネードのみ。あとは貫通力に優れているクォレルランチャーしかない。
レーザー弾幕と魚雷をすり抜けるようにして、ようやく前脚の横をパスする。脇腹から吹き荒れる排気ダクトの熱風が海水を蒸発させながら巻き上げて視界とバランスを奪われながらも『サリューダ』は前進を続けた。
と、唐突に強い衝撃が走り『サリューダ』が転倒する。
「なんだ!?岩!!?」
モニターが殺されている所に、水面から少しだけ頭を出していた岩に引っかかったらしい。その岩礁地帯で勢い良く二転三転したため、センサーやバーニア、間接にダメージ警報が出た。
「くそっ!」
機体を起き上がらせるが、膝下にガクッという揺れを感じる。思ったより酷いダメージを受けたようだ。
(こんな簡単なミスで……なんてドジなんだ!)
「大丈夫か、ハルタ!」
あまりの情けなさに自分へ苛立ちをぶつけている最中にユキオが安否を聞いてきた。
「大丈夫です!」
ムキになって答える。実際、任務遂行は難しくなったがここまで来ればもうヤケだ。無理にバーニアを吹かし、ジャンプで一気に目的の後ろ足に向かう。
(あれか!)
破壊目標の後脚部はガッチリと装甲に包まれていた。その下からホバー気流が嵐のように吹き出ているのだがその吹き出し口に攻撃を加えるのは不可能そうだ。脚部を覆っている装甲板を排除してフレームを破壊するしかない。
ウェポンセレクターを臨時スロットに回しハイボマーグレネードをセットする。上空から振りかぶって間接部と思しき部分に投げ込むが、『サリューダ』の下半身のバランサーが追従せず、狙いがずれてモロに装甲部分にヒットしてしまった。
「しまった!」
それでも『ファランクス5Fr』の誇るグレネードは、ハルタの鼓膜を痺れさせ一瞬聴力を奪うような巨大な爆炎を巻き起こし、装甲を破壊する事に成功した。が、装甲表面は焼き尽くしたものの僅かに穴を開けた程度で関節部や動力パイプがその奥にかすかに見える程度だった。
(あの、間接を破壊できれば……しかし、当てられるか!?)
穴はあまりに狭い。AIのアシストがあっても直撃させられるかどうか……。
そこに、最後の支援部隊の『スティングレイ』が迫ってきた。ロケット弾を乱射しながら特攻同然に突っ込んでくる。
「邪魔するなぁ!!」
温厚な性格も引っ込んでしまったかのような形相で叫びを上げてシールドを投げつける。『スティングレイ』は正面から巨大なシールドをぶつけられて、左右の僚機を巻き込みながら爆散したが、『サリューダ』も無理な姿勢で攻撃をしたせいで完全にバランスを崩したまま落下を始めた。
(!?着地を?)
『テンペスト・フログ』の側面レーザー砲台が一斉に水面を向いた。『サリューダ』の着地(このまま落ちれば背中から墜落するのだが)の硬直にレーザーを叩き込もうと言うのに違いない。シールドを失った『サリューダ』がこの集中攻撃を浴びれば大破にまで追い込まれるだろう。そうしたら作戦は全てパーだ。
「どうせ失敗するなら!」
コントロールスティックを一杯に引き、空中で姿勢を反転させる。最後に残った武器、クォレルランチャーを構えグレネードがあけた小さな穴に照準を合わせた。
(一発だけでも、どうか!!)
勝ち目の低いギャンブルに全財産を投げ込むような心境で、6発のクォレルを連射する。太い金属の矢が独特な轟音と共に『テンペスト・フログ』の脚へ襲い掛かった。
その行く末を見届ける間もなく、デカイ水柱を上げて『サリューダ』が水面にぶつかりその背中にレーザー弾がふりそそがれた。
しかしその攻撃は覚悟していたよりも弱い。
(!?……狙いが、定まっていない……!)
見上げると『テンペスト・フログ』がゆっくりと自分の上に倒れこもうとしていた。狙った穴に一本だけクォレルが深々と突き刺さりスパークと小爆発があちこちで起こっている。
「う……うわぁぁぁああああ!!」
ハルタは歓声を上げる間も無く、慌ててバーニアを吹かしその場から脱出した。辛うじて『テンペスト』の下敷きになる羽目を免れる。
「やったね、ハルタ君!」
息の荒いホノカから賞賛が届く。ハルタもようやくホッとして笑いながら深呼吸しようとした。よくもまぁ、あの困難な作戦を成功させたと思う……。
「待って、『テンペスト』の口が!」
ルミナが息を飲むように叫びを上げた。四人がその方向を見ると、『テンペスト・フログ』が横転しながらも砲口を島に向けている。
「ま、まさか……!!」
完全に想定外の攻撃だった。まさか転ばされながらも砲撃を実行するなどとは。ユキオはサブモニターの時計を見る。調査隊に撤退要請を出してから、12分51秒。
これ以上は、こちらも限界だ。ユキオは四人のリーダーとして苦渋の決断を下した。
「全機、緊急撤退!電脳戦場から強制離脱しろ!」
四人が慌てて保護カバーがかけられた強制離脱ボタンに拳を振り下ろす。4機のWATSがノイズ混じりに戦場から消え去った瞬間、超巨大な竜巻が島全体を飲み込んだ……。
赤く、眩しい夕暮れの中ヒロムとレイミは島の西側にある岬に立っていた。直ぐ下は崖になっており波が荒々しく打ち付けている。
「ギリギリ、勝ちってところかしらね」
「どうだかな。任務は成功したが、正直勝ったって気分じゃねぇな。あの新人、気弱な動きしてたクセにまさか『テンペスト』を転ばせるなんてよ……」
はぁぁ、とため息をついて、ヒロムは眼下の荒波の中に持っていたノートパソコンを投げ捨てた。小さく、ガシャ、とPCが岩にぶつかって砕けた音が聞こえてくる。
続けて、レイミが持っていたもう一台も。
「何にせよ任務は果たした。サーバーは破壊したしイーグル、パンサーチームも充分に引き止めてある……なんだか上手く利用された感はあるけどな」
「そう?」
「ああ、まぁその辺は帰ってから探りを入れないとわからないが……とにかく疲れた。帰ろうぜ。さっさと行かないとフェリーに乗り遅れちまう」
「そうね、帰ったらちょっと休みが欲しいわ。温泉行かない?温泉!」
「このクソ暑いのにか?」
「いいじゃない!そういうのもフゼーだと思うわ、アタシ」
「おいこら荷物持てよ!」
「やーだでーす」
アハハと笑いながらメイド服姿のレイミが夕暮れの赤い景色に溶けるように坂を駆け下りてゆく。それは少し幻想的にも見えたが、ヒロムにはそれどころではなかった。
「いやー、今回ばかりはダメだと思ったぜ」
飛羽が残っていた最後のビールを飲み干しながら豪快に笑う。リック大尉やイーグルチームの面々、それに大勢の米軍人に囲まれながらユキオ達は盛大な賞賛を浴びていた。
「ホントに、よくやってくれた!お陰で無事全員帰れる。なんと言っていいか……オイ、ユキオ。絶対に俺の部隊に来いよ!」
「か、考えときます」
感極まったリックがバンバンに背中を叩かれてユキオはゲホゲホとむせた。
『テンペスト・フログ』が放った最後の一撃は、調査隊のサーバーを破壊したが飛羽達はその寸前に脱出に成功していた。調査データの約7割が、サーバー破壊に伴って消失してしまったが、人的被害はゼロ。襲ってきた部隊の規模から言えば金星と言っていい結果だ。
飛羽は酔っ払いの顔でだらしなくオルカチームに近付いてゆく。
「お前達もな、よく頑張ってくれたよ!大手を振って静岡に帰れるな!」
「あ、ありがとうございます」
普段は態度のでかいワタルも飛羽に対してはさすがに下手に出る。元陸自のムキムキの筋肉中年にはさすがに適わない。そこにリック達から逃げ出したユキオやカズマも近寄った。
「いや、ラストはマジやばかったけどワタル達がいてくれて助かったぜ。ま、オレ達が鍛えてなかったらアウトだったろうけどさ」
「感謝してますよ、センパイ」
ワタルの皮肉混じりの礼に、コイツ、とカズマが小突く。
「いい経験をさせてもらいました。すごく……自信がついたと思います」
ホノカが丁寧にユキオ達に頭を下げた。一同が頷く中。ルミナがホノカとハルタに微笑みかける。
「これからも、トレーサー続けられそう?」
「……そうですね」
ハルタがほっぺたをかきながらホノカと、そしてワタルと顔を見合わせる。
「正直、実は辞めようかとも思ってたんですが」
なんだと!とツッこむワタルをホノカがまぁまぁと押しとどめた。
「自分に適正があって、今回ここまで育ててもらいましたし……最後に見せ場も作ってもらって自信もつきましたし……自分が辞めたら、また同じくらい手間やコストかけて誰かを育てないといけないんですよね」
少しの間俯いていたが、笑顔でユキオ達の方を見た。今までの臆病な顔とは違う、戦士の風格が僅かに見え始めている。
「それに、マイズアーミーの脅威も骨身に沁みてわかりました。今は……まだ辞められないし、もっと上達しようと思います」
「そう、よろしくね」
ルミナがニッコリと微笑んだ。ユキオが拍手をして、回りの人間達もそれに続く。
西日ももう、水平線間直まで落ちようとしていた。飛羽がパンパンと手を打って話を止める。
「名残惜しいが、俺達は最終便に乗らないといかん。リック達はここから報告の為にロスまで行かなきゃいけないからな。さぁ、荷物を持って撤収するぞ!」
イーグル、パンサー、オルカの各隊員が腕を上げて勝ち鬨を上げた。
「じゃあ、自分もここで」
埠頭に着いた日本チームを一人ヴィレジーナが見送った。端正な顔が沈み行く太陽が綴るオレンジと紫のグラデーションに染まっている。
「東京まで一緒に来た方が、帰り楽じゃないか?」
飛羽の言葉にレジーナが少し申し訳無さそうに首を振った。
「ありがたいお言葉だが、私はこれからオーストラリアの方にも技術交換で行かなければならない。もうすぐ高速ヘリが迎えに来て近くを南下している艦に合流する」
「そっか、残念だな」
カズマがそう言いながら右手を出した。レジーナも頷いて細く白い掌で力強く握る。
「同じ飛行型乗りに会えて、嬉しかったぜ」
「こちらもいい刺激を受けた。次に会う時はカズマより上手く飛べるように特訓しておく」
「負けねーぜ」
手を離し、グッっと握った拳を突き合わせた。続けてマサハル達とも握手を交わす。
「また、会いたいね」
最後に握手をしたルミナが微笑みながらそう言った。レジーナも、年相応の少女らしい笑顔で答える。
「会えるさ。こうやってトレーサーを続けていれば、な」
「じゃあな、ヴィレ!」
新しい呼び名にくすぐったそうに肩を少しすくめながらレジーナは手を振って、フェリーに乗るカズマ達を見送った。
(最後まで騒がしい連中だったな)
自分達くらいの歳ならそんなものなのだろうかと思いながら、オレンジに輝く波間をゆくフェリーを見つめる。確かに別れてしまうともう少し一緒にいても良かったなと惜別の念が胸の奥に訪れた。
(私もまだ子供だという事か)
その思いに恥ずかしさと僅かな満足感を覚えて踵を返す。遠くの空から、小さくローター音が響いてきた。