表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/119

マングローブ(前)




 「どーお、そっちは」


 「いつもどーり、がんばってるねえ」


 高くなった太陽からの日差しが、木の葉の合間を縫って座り込んでいるレイミとヒロムに降り注ぐ。レイミは汗と湿気で閉まり始めた前髪をかき上げてから、ぬるくなったミネラルウォーターを少し飲んでノートパソコンのキーボードに指を戻した。


 ヒロムも持ってきた何かのバインダーを団扇代わりにしてばたばたと首筋を扇いでいる。持ってきた大容量のモバイルバッテリーは二台のPCに電力を供給し続けている為に気温以上に発熱していて、それも二人の不快指数を上げている。


 呑気なように見えるが、二人もかなり真剣な眼差しだった。直接コントロールしているわけではないがカズマ隊、ユキオ隊を相手に一人ずつで戦っているからだ。限られた持ち駒を可能な限り撃破させないように運用しサーバー破壊を目指さなければならないが、さすがに歴戦のパンサーチーム相手では量産型の小中型機は手も脚も出ない。


 「<切り札>、早かったんじゃないか?」


 「こっちにエース任せておいてそんな事よく言えるわね」


 カズマ達の相手をしているのがレイミだった。予想以上に次々と戦力を削られた為に、護衛機が残存しているうちに本命を投入せざるを得なかったのだ。オルカチームの盾持ちが思ったよりしぶとく耐えているのがこちらに不利になっている。


 「こっちだって楽じゃないぜ、カワイコちゃんがバカスカ落としてくれるからよ……うわ、命中率98%越えてる。ちょっと引くなー、これ」


 「マジで?こわー。ユキオ君よくこんなのと付き合えるわね」


 「そんな事言ってやるなよ……」


 受け答えしているヒロムにしてもそれほど余裕は無い。損耗率は45%に達しようとしている。サブウィンドウを開けて、自分の持つ<切り札>の準備を進めているが、戦闘が激しすぎるせいで仮想メモリを食われてデータロードに時間がかかりすぎている。


 ローディングバーが、ゆっくりみっつ数えたところで1目盛り進んだ。


 「まいったな」


 「間に合うんでしょうね」


 「そう願いたいが……くそ、あっという間に5機も落としやがって。あのメガネっ娘、いいおっぱいしてるけど憎たらしいな」


 「なんか言った?」


 「なんも言ってねぇよ」


 崩れた防衛線を塞ぐ為に五機の『ブラーウァ』をクリックで捕まえて進路変更させる。この操作の面倒さがより指揮を難しくしている。『ファランクス5Fr』はいつも通り鉄壁を誇っているし、ミサイル装備の『サリューダ』自身も装甲が厚く数発の被弾ではビクともしない。もう一機の遊撃型『サリューダ』も攻撃は控えめなものの他三機のフォローが上手くチーム全体の防御力を底上げしている。


 「ええい、しぶといな!」


 「さっさとキメちゃってよ。もう虫はいるし暑いし早く帰りたいんだから」


 「わかってるって」


 






 水面ギリギリに迫り来る魚雷の一群を避けながら、ユキオはインフォ・パネルに表示される新しい情報を睨んだ。


 「強化型『スタッグ』に新型の『リザード』か……」


 カズマ達の戦線に現れた強敵の報に慄いて声が擦れる。援護に行きたいがルミナやハルタ達を置いてはいけない。今の戦力比なら三人でも辛うじて耐えられるかもしれないが、それが向こうの目論見だとすれば……。


 「マサハル、すまない。耐えてくれ」


 「大丈夫だ。そっちこそ油断するなよ。同じのが行くかも知れないんだからよ!」


 「ああ!」


 マサハルの声にはまだ張りがある。楽観は出来ないが信じていいだろう。


 (!)


 曳光弾混じりの機関砲の斉射が、暴れる光のムチのようになって襲い掛かってきた。シールドで弾き返しながら接近してきた『マーマン』にビームガンで反撃するが『マーマン』のホバーが巻き上げる大量の水飛沫がビームを減衰してしまう。


 (PMC砲も減衰するし……まだ温存させたい……また来る!)


 背後から銛を突き出して突撃してくる『マーマン』に気付き、左脚を引く。


 「できるか?……シータ!」


 「了解」


 瞬間、自問してからAIの名を呼ぶ。反射神経を機体制御に流用しているWATSの操縦システムは、簡単な思考であればAIも拾うことが出来る。ユキオの閃きに反応したシータが、ユキオの思うように『ファランクス』の操縦をアシストした。


 「当たれ!」


 ドガッ!


 敵に背面を見せるようにギリギリでその突きを避けつつ、柄の先を掴み逆の肘でエルボーを『マーマン』の脇腹に叩き込んだ。人間のように呼吸困難などにはならないが、重心に強打を受けた『マーマン』はたまらずバランスを崩し横転した。


 右手に残る三叉の銛を見て軽くコントロールスティックを振ってみる。『ファランクス5Fr』の動きに合わせて上下するものの、戦闘に使うプログラムが無い。


 「ダメか」


 「玖州さん!」


 諦めて銛を手放そうとしたユキオのモニターにホノカが通信ウィンドウを開いた。


 「『サリューダ』のポールウェポン用戦闘プログラムがあります。使ってみてください」


 次世代型WATS『サリューダ』は近接戦闘も主火力に含むような設計理念で作られている。ワタル機のヘビーメイスも初期の共通主力武装の一つだった。


 「AI経由で送ります。受け取って下さい!」


 「助かる、シータ!」


 ミサイルとマシンガンの弾幕に耐えながら指示をする。少しずつ削られる装甲メモリを見ながらユキオはホノカから送られた戦闘用プログラムをロードして『ファランクス』用にコンバートした。


 「データロード完了。イツデモドウゾ」


 「ン……わかった!」


 その話し方、口調に何か引っかかる、言葉に出来ない違和感を覚えたが無視をして右手スティックのマルチボタンを押す。握った銛をクルクルと武術の達人のように振り回してから『5Fr』は構えを取った。


 「よし!」


 上空から急降下をかけてくる『フライ』を横薙ぎに一閃し、その後ろから間髪入れずに機関砲を乱射する『スティングレイ』の中央部を突きで抉る。瞬く間に二機を火球に沈めたユキオは溜まっていた二酸化炭素を吐き出した。まるで最初から『ファランクス』に実装されていたかのように機体に馴染んでいる。


 「便利なもんだな」


 「うまくいって良かったです」


 通信モニタの向こうから笑顔を見せるホノカにありがとうと言う間も無く、それに被せるようにルミナがウィンドウを開いた。


 「南側、新しい敵機反応!大きいわ」


 「新手か!」


 不機嫌なルミナの顔を見ないようにしつつ望遠画像を呼び出す。遥か向こう、揺らめく陽炎の向こうに巨大な、山のようなシルエットを持つ戦闘マシンの影が見えた。








 「さて……、引き際ってヤツを見極めないとな」


 リック大尉がアサルトライフルのマガジンをリロードしながら自嘲気味に笑った。


 調査隊は現在最下層一歩手前。巨大な回廊の中で今しがた終わった戦闘によって残骸にされた『スタッグ』の破片が散らばり、順番に粒子となって消えてゆく。それらの動きが通常の『スタッグ』より鈍いのは、起動したてだからなのか不良品だからなのかは判別がつかないがあまりに数が多く調査隊の半数のWATSが損傷し帰還していた。


 この場に残った7機の機体もそれぞれダメージを受け、万全とは言えない。任務は最下層までの調査だがこのまま進むのは熟考が必要だと思われた。


 「イーグルチームにも、すまないな。だいぶ損耗させてしまった」


 「いつになくしおらしい事言うじゃないか」


 大尉のモニターに飛羽がウィンドウを開く。実際に登場しているトランスポーターが別の為、スピーカー越しでしかお互いの声は聞こえない。


 「これはそっちのお国だけの話じゃない。日本だって……いや、人類全体の問題だからな。それで俺達もこうやって頑張ってる」


 「お前こそ、似合わない事言いやがって」


 ニヤリと葉巻を咥えながらリックが笑う。火はつけていないが、咥えているだけで弾除けになるというジンクスを信じていた。


 (赤ん坊のおしゃぶりじゃあるまいしよ)


 飛羽はいつもそう思うのだが、さすがに本人の前では言わない。


 「隊長、カズマ達が新型『スタッグ』及び未確認型の『リザード』と交戦中です。ユキオ達もかなりの数の敵機に囲まれています」


 イーグルチームの飯田が飛羽に報告を入れる。チームでは一番若いが火器の扱いに長けていて撃破数もチーム5位につけているほどの腕がある。


 「戦況は?」


 「互角……とも言えますが、実際芳しいとは……」


 言いにくそうに答える飯田の言葉にいよいよ飛羽の眉根の皺が深まる。いつもと違い悠南支部のアシストが得られないこの状況下では何事も慎重に当たるしかない。なにせこの島にはまともな病院も無いのだ。脳にダメージを受けるような事があれば、それはそのまま生死に関わる。


 むしろ引き際を見極めなければいけないのは飛羽の方であった。


 「どうする?」


 大柄な体躯に似合わず、心配そうな顔を見せるリックの問いにしばし黙り込んでから苦々しく飛羽は言った。


 「……あと、30、いや20分進行しよう。それがデッドラインだ」


 「了解だ」


 自機の右腕を上げ、リックが部隊を動かす。飛羽は殿につくようにマシンを進ませた。今の判断が正しかったかどうかなどわかりようもなかった。









 『ゼルヴィスバード』のカメラが捉えた映像がユキオ達四人のモニターに回る。


 「カエル……?」


 「カエルだな」


 「そうですね」


 戦場に新たに現れた敵機は、まさにカエルとしか形容しようの無い物体だった。大きく額にまで突き出した二つの目のようなものがあり、その下に左右に長く伸びる口がある。全高は『ファランクス』の数倍、おそらく『ロングレッグ』より少し小さい程度だろうがその動きは遅く、水上をノロノロとホバーで接近してくる。どうにもファンシーに見えてしまい脅威に感じられない。


 一瞬、毒気を抜かれたユキオ達にレジーナが釘を刺すように通信を開く。


 「気を抜くな。『テンペスト・フログ』は強敵だぞ」


 「『テンペスト』?」


 データを呼び出しながら、ユキオ。


 「先月、フィリピン近海に出現した新型だ。動きは遅いが強力な長距離武器を持っている、油断は……」


 真剣な顔でそう言うレジーナのウィンドウの向こうでカエル、もとい『テンペスト・フログ』が巨大な口蓋を開いた。


 余裕でWATSを飲み込んでしまいそうなその口の中に、巨大な扇風機のような機器があり、それが唸りを上げながら高速回転を始める。


 「まずい!」


 「!全員、『5Fr』の後ろへ!」


 挙動は読めないが、張り詰めたレジーナの声に反射的に反応してしまった。三人を後ろに下がらせて『ヴァルナ』を構える。左右のカバーが開き四本の支持器が伸びた。


 「バリアツェルト!」


 シールドからピンクに輝くバリアが展開する。直後、『テンペスト・フログ』の口内から、横方向に超巨大な竜巻が射出された。


 「ん、なぁっ!!?」


 地鳴りのよううな轟音。


 大量の大気と水を巻き込んで暴れまわる渦がユキオ達を飲み込む。ガクガクと機体が軋み、バラバラにされるのではないかというほどの強大なエネルギー。


 ユキオの張ったバリアは初撃には耐えた物の続く暴風に支持器がもぎ取られ消失してしまった。まるで大型台風を前に木造の小さな小屋に避難しているかのような心細さで4機は引き剥がされないようシールドの裏でお互いを掴み耐えた。


 何秒か、何十秒か、体感では数分にも感じられた大暴風が止み、空から大量の雫が雨のように降り注いだ。晴天に虹までかかっている。


 その場違いに呑気な風景を見ながらユキオは振り向いて、僚機の無事を確認しようとして……絶句した。


 四人の周囲から後方までゴッソリと地形が抉られて、それを埋めるように両側から水が流れ落ちている。あのモーゼもかくや、という光景だ。竜巻は防衛対象であるサーバーが設置されている島の沿岸まで削り取っている。


 (あと少し近付かれて撃たれていたら……)


 飛羽達に退避要請をかける前に調査隊が丸ごと全滅する所だった。


 ギリギリで幸運を掴んだ事を肝に命じ、冷や汗も流れるまま三人に指示を飛ばす。


 「これ以上進ませるな!白藤さんは全火力投入!奈々瀬さんは飛羽さん達に撤退要請!ハルタはついて来い!」


 焦りで乱暴な言葉使いになるが、全員そんな事に構っていられなかった。『5Fr』とハルタの『サリューダ』がバーニアを全開にして接近する。その後ろからホノカが長距離ミサイルを全射出し、ルミナも調査隊に緊急コールラインを開きつつスナイパーライフルを発射した。


 が、ミサイルとライフル弾は巨大カエルの前に突如展開したピンク色の光壁に阻まれ、爆散する。


 「あれは、玖州君の!」


 大きさは違うものの、光壁は先程ユキオが使ったバリアツェルトに酷似していた。それを見てユキオが苦い顔をする。


 「いや、バリア自体は元々マイズアーミーの技術なんだ……『5Fr』のはそれを転用しただけで……」


 ルミナが素早くマガジンを貫通弾に換えて射撃を再開する。


 ガキィィ……ン!


 耳障りな甲高い異音が鳴り響き、『St』の放った弾丸がバリアを貫いて光壁の破片を撒き散らした。


 しかし、一同が歓声を上げる前に貫通弾はすぐその先に現れた二枚目のバリアに阻まれてしまった。


 「二重なんて……」


 ホノカが恐怖と驚きを隠し切れない声音で呟いた。ユキオも接近する速度は緩めないものの、その光景と徐々に巨大な姿となって迫る『テンペスト・フログ』に威圧されてしまう。


 (撃破できなくても……せめて調査隊の撤退まではサーバーは死守しないと……!)


 絶望を感じるほどの危機は、もう数えるのも嫌になるほど味わったがそんな皮肉を言っても目の前の現実は変わったりはしない。 ユキオは太いコントロールスティックを壊れろと言わんばかりに握り締めて前進を続けた。




  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ