ファイアー・クラッカー(後)
『フライ』14機、『スティングレイ』8機が南側に現れたマイズアーミーの布陣だった。おそらく程無くして更なる増援も来るだろう。
「残弾管理は各自こまめに!無駄使いは厳禁だ。あとは焦らずに周囲をよく見るように」
「了解です」
「わかりました!」
ユキオからの接敵前の最後の指示に、ホノカとハルタが答える。
(やっと、リーダーっぽくなったかな?)
リーダーという素質で言えばユキオはカズマ、レジーナ、マサハルには残念ながら追いつけていないが、少なくともこの四人のチームであれば引っ張っていける程度に成長したようだ。ルミナは小さく笑みをこぼしたが、すぐにスコープを振り、戦場を目視確認する。
『スティングレイ』の横列編隊に、左右に分かれた『フライ』編隊が付いている。『スティングレイ』の放った中距離ロケットの炎が見えた。
「玖州君、ロケットランチャーが!」
「前面に出る!『St』は『スティングレイ』、『サリューダ』は左右に分かれて『フライ』だ。手間取るなよ、敵はすぐに来る!」
三人からの返答を受けてユキオは重いペダルを踏み込んだ。扱いにくいがどの位踏み込めば思い通りの機動ができるかという按配はもう掴んでいる。水面にホバーで水柱の壁を巻き上げながら、軽く弧を描いて『スティングレイ』へと突撃する。
「シータ、二人の戦果を音声アナウンスで教えてくれ」
「了解。現在ホノカ機ハ一機撃破。両機トモ被弾無シデス」
「やるな」
二人まで目視で確認する暇が無い。この程度なら心配することはないが、知らないうちに落とされるのだけは避けなければならない。
悠南支部から送られた追加武装、右手に持たせたヘビーマシンガンのトリガーを引く。ガトリング砲よりは破壊力は劣るがより濃密な弾幕が最前部の『スティングレイ』の装甲を引き裂いて爆発させた。続けてその右隣の一機も同じ目に合わせる。
「!」
背後に一機、回りこんできた『スティングレイ』に気付くが、振り返った時には火だるまになって海面に墜落していた。『St』がまた一発ライフルを発砲する。陽光を弾いた弾丸の、シルバーの細い光条がかすかに見えた次の瞬間、また一機が火球に姿を変えた。
(奈々瀬さんも腕を上げてる)
負けられないな、と次の獲物を定めようと視線を巡らせると南の海上に見覚えのある大きな水飛沫の群れが見えた。『マーマン』の編隊だろう。その上には長距離強襲仕様の『ビートル』も付き従っている。
(本命は、どっちなんだ……?)
北側と南側、どちらも同じ戦力を投入してくるとは思えないが……と唸りながら、ユキオはマシンガンの残弾を確認した。
北側の防衛線は乱戦に近い様相を示していた。撃破総数は33。普段ならとっくに戦闘が終わっている数だが、更に次の増援部隊がレーダーに映り始めている。
「ンンン……ダォラァッ!!」
ワタルの振るヘビーメイスが『マーマン』の推進器に振り下ろされる。バランスと制動力を失ったその『マーマン』は水面を側転するように激しく跳ねながら爆散した。
その末期を見届けてから、右手に持つメイスを見る。純粋に打撃用として強固に設計されたはずのその武器はあちこちに小さな凹みや剥離があり、メイスそのものも少し後ろに曲がってしまっている。愛用の得物の姿にワタルは戦いの激しさを再確認した。
ビーッ!
「!!」
警告アラート。反射的にスティックを引き高く飛びあがる。すぐ足元を紫色の『ラム・ビートル』が高速で通過していった。一瞬でも回避が遅れれば大ダメージを受けていたかもしれない。
「よく避けた」
マサハルの言葉と同時に高速ミサイルがその『ラム・ビートル』の後を追う。『サリューダ』に突撃をかわされ、転回をかけていた『ラム・ビートル』はミサイルの直撃を受けウィングを失って海面に落着する。
「サンキュっス」
「疲れてるだろうけど、まだ気を抜くなよ」
平静を装っているのを見透かすような助言に、ウッス、と短く答える。
(よく見ているよな、ホント)
その上に、ヴィレジーナの『フランべルジュ』が制空の為に接近してきていた。着水するワタルの隙を突こうとしていた『フライ』や『スティングレイ』をショットガンとパワーライフルの二丁で撃ち抜いてゆく。
カズマ機はさらにそのレジーナをカバーし、背面から突撃しようとしていた『ラム・ビートル』にレーザーブレードを突き立てていた。
「順調か?ヴィレ」
「ああ、問題ない。助かる」
レジーナは、妙な愛称をつけた異国の少年に感謝を述べた。『ラム・ビートル』の動きは見えていたし、その一機位なら捌きながら戦える自信はあったがそれは更に予測外の事態が起きれば逃げ場を失う事に繋がる。トラブルは一個でも多く排除しておくに越したことはない。
(チームは、上手く機能しているように思える)
ユキオ達のチーム、シールド持ち、火力支援のミサイラー、遊撃機、後方支援のスナイパーに比べ自分達のチームはバランスが悪いように感じていた。純粋に破壊力があるのはマサハルの『2B』のみで、後は使い勝手の悪いレーザーブレードと自分のパワーライフルくらいしか目立った高威力の武器は無い。
が、カズマは予想以上の空中格闘機動で、そのブレードの破壊力を遺憾なく発揮していた。同じ飛行型に乗るトレーサーだからこそわかるが、あんな機動をすれば脳にも身体にも相当な負担を強いられる。現実にある戦闘機によるドッグファイト程では無いだろうが、軍人としての訓練を受けていないカズマが『フランベルジュ』のプロトタイプである『As』で敵機に食いついていくのは、実際に同じ戦場で見ていても半信半疑だった。
(同じ『フランベルジュ』を使っている部隊の仲間にも、あれほど激しい機動が出来る人間はいない……)
それは、ショックではあったが新たな挑戦が見つかった意義の方が大きい。
(それに、あの直情ぶりは多少気持ちがいい)
普段、大人の男性に囲まれ生活をしているレジーナにはカズマの子供っぽいところは逆に新鮮に感じた。つまらない任務だと思っていたが、来て良かったと思う。
「レーダーニ反応」
「データ照合」
サポートAIが増援出現を報告した。インフォパネルに新手の敵機の情報を表示させる。
「『フライ』17機に……中型機が二機……?なんだ?コイツは」
それぞれ、『スタッグ』と『リザード』に見えるが一回り大きく武装も違うようだ。『スタッグ』の方はデータバンクには登録されているが詳細なスペックデータは無く『リザード』と思しきマシンの方は全く記録が無い。『スタッグ』にしても、飛行タイプというのは初めて見る。
一方、カズマとマサハルはその『スタッグ』に見覚えがあった。
「ユキオを襲った奴か!」
かつて『ギガンティピード』による襲撃があった際、増援として現れユキオの『ファランクス5Fr』と激戦を繰り広げた強化型の『スタッグ』だった。あれ以来出現は無く、確認できる限りでは全世界で二回目に人々の前に姿を現した事になる。
それが、二度ともパンサーチームの前に現れたと言うのは偶然で片付けられる事では無いだろう。
(ユキオは有人操縦だと言っていたが……!!)
その脅威を知っているマサハルが長距離ミサイルを全発発射した。慎重派のマサハルのその攻撃に一瞬ワタルとレジーナが目を見張る。しかし、その12発の同時攻撃でも数が足りないだろうとマサハルは唇を噛んでいた。
逃げ場を囲むように襲い掛かるミサイルの包囲網に数機の『フライ』が体当たりをして『スタッグ』を守った。残る9本のミサイルを『As』以上の鋭角的な機動で翳し続けるが、一本だけが直撃し、その肩アーマーを剥いだ。機動力を奪えはしなかったが、左腕にダメージを負った様だ。
「カズマ!」
「ああ!3人は『リザード』を!」
二人はその動きで、『スタッグ』が有人操縦で無いと判断をした。有人ではあるかも知れないが明らかに前回より動きがシンプル過ぎる。スペックは高くても機械による操縦であれば、カズマは遅れを取らない自信があった。
(むしろ、有人で来やがれよ!)
ユキオより劣る敵を差し向けられて、多少不満を感じたカズマは速射ライフルで動きを牽制しながら『スタッグ』に迫った。動きを邪魔しようと立ち塞がる『フライ』はレーザーブレードで次々と切り捨ててゆく。
その下では、ワタルが『リザード』との一騎打ちに向かっていた。
(リベンジってヤツだ!)
シミュレーターで苦い一敗を喫した記憶が蘇り、闘志に火のついたワタルが盾を掲げ突っ込んでゆく。
「ワタル、気をつけろよ!普通の『リザード』よりも危険なヤツだ!」
「援護頼みますよ!」
(このまま、新人扱いで終わらせられるかよ!)
むしろ丁度いい所にきやがったとばかりに、白兵距離まで踏み込もうとペダルを一杯に踏む。そのワタルにより不気味なシルエットを持つ強化型『リザード』の口から火球が放たれた。
「シールド!」
焦らずに姿勢制御しながら、AIにシールドを構えさせる。この距離なら『リザード』の火炎放射は致命傷にならないはずだった。
が、火球は大きく膨れ上がり高速で『サリューダ』に襲い掛かった。AIが緊急回避を掛けワタルの身体が重い擬似Gに揺れる。
「なっ!?」
火球はシールドの左三分の一を消滅させて過ぎ去っていった。その後ろ側にあった左腕の装甲や肩アーマーも融断され内部フレームが露出させられている。
バランスを失って転倒した『サリューダ』を起こしながら、その半壊したシールドを見る。『5Fr』のヴァルナ程ではないにせよ強固な複合装甲で構成されている、世界でも屈指の防御力を誇る携行防盾がやすやすと貫かれワタルは一瞬恐怖を覚えた。
「大丈夫か!?」
ワタル機に迫ろうとする『リザード』の足元にロケットとレーザーが浴びせられ、無数の水柱が上がった。マサハルが動きを封じている間に距離を取る。
「……大丈夫っス」
「無理するな、やられるぞ」
「センパイは、倒せるんスよね、コイツ」
「悪りぃけど、全く自信は無いな」
この強化型『リザード』が有人操縦かAIなのかはまだ判断が出来ないが今の火球を見ても通常型より遥かに強化されているのは明白だった。カズマを『スタッグ』に取られ残る三機で優勢を取れるかは、マサハルには本気で自信が無い。
(ユキオと、ルミナちゃんがいればまだ心の余裕が持てるけどな……)
「じゃあ、ガムシャラやるしかないっスね!」
「!レジーナ、『フライ』の排除を頼む!」
「了解だ、気をつけろ!」
再び前に出るワタルの援護の為にマサハルが加速をする。レジーナも上空から邪魔な『フライ』を強襲した。
「喰らえ!」
マルチガンランチャーの全砲門を開放する。ロケット砲、ガトリング、レーザーが破壊の竜巻となって『リザード』の左半身に突き刺さるが、その厚い装甲を貫通する事ができない。
「なんて硬さだ!」
「これなら!」
懐に入り込んだワタルが必殺のヘビーメイスを全力で打ち込む、がこれも右腕の装甲に流され逆に左腕に備え付けられた三連の巨大な爪が突き上げられる。
ギィィィィン!!
上体をスウェーバックし、ギリギリでカウンターを避ける。嫌な音を立てて胸部アーマーに鋭い爪痕が刻まれた。
「ちくしょう!」
普段なら一旦距離を取るワタルだったが、怒りがその動きを拒否した。踏みとどまって逆手に構えなおしたメイスを突き刺すように振り下ろす。先端が引こうとしていた爪の一本を強打し、見事に叩き折った。
しかし、『リザード』も更に胸部ハッチを開き多数のマイクロミサイルを浴びせかけた。『サリューダ』のAIが自動判断でチャフを発射したが至近距離での無数の爆発に『サリューダ』の装甲が焼ける。
「うあああああああっ!?」
「ワタル!」
『2B』の各ミサイルが『リザード』を弾き飛ばすように次々と直撃した。さすがにバランスを崩した『リザード』がよろめきながら後退する。
(残弾が!)
マサハルが苦い顔をしながらコンディションパネルの残弾表示を見る。残弾把握には自信がある。表示されていた数字は自分の計算と寸分違わなかったが、今回ばかりはマサハルは自分のその特技をありがたいとも思わなかった。
残されているのは中距離用ミサイル3発、近距離対空用ミサイル6発、強化ホーミングミサイル2発、ガンランチャーの残弾も僅かだ。
今の攻撃で装甲が剥げないならレジーナのパワーライフルも通用しないかもしれない。これ以上の破壊力となれば、『サンライト』やユキオの『グロウスパイル』、辛うじてカズマのレーザーブレードか。
(『サンライト』は当然悠南支部からここまで飛ばさせるのは現実的じゃない……ユキオ達も……)
インフォパネルにはユキオ達四人が出撃している事が表示されていた。『5Fr』にこの戦線に来させるわけには行かない。
空を仰げば、高く聳え立つ入道雲をバックに青と黒の機体が何度もぶつかり合っていた。さすがにAI操縦であっても、カズマがあの『スタッグ』を一人で撃破するのは難しいだろう。
(クソッタレ!)
叩き込まれるガンランチャーの攻撃にビクともしない『リザード』を睨みながら、マサハルは必死に打開策を探し続けた。