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ファイアー・クラッカー(前)

 

 七日目、最終日。


 海からの独特の香りと抱擁感に満ちる風が吹いて、通り過ぎてゆく。

 

 まだ白む空と何処までも広がる黄金と紫にグラデーションされた海、鮮やかに咲き乱れる南国の花々を見下ろしながらユキオとルミナは散歩を楽しんでいた。


 「綺麗……」


 「そうだね。いい所だね」


 「こんなにきれいな景色があるなら、もっと早く来れば良かった」


 うっとりと、そして惜しむように海を見渡しながら呟くルミナの横顔からユキオは目を離せないでいた。カズマに言われた言葉が脳内で渦を巻くようにリピートしている。


 (いや、でも、どうやって……肩を抱くとかなのか?いやそんな事できるのか?嫌がられたりしたら……)


 隣で汗をかきながら顔を青くしたり赤くしたりしているユキオにルミナがさすがに心配そうに声をかけてきた。


 「玖州君、調子悪いの?大丈夫?」


 「そっ!そんなことない!大丈夫!問題無い!」


 ぶるぶると首と掌を高速で振るわせて必死に否定する。自分の下心だけは見透かされたくはない。


 (もう、どうすりゃいいんだよ……)


 いっそのことカズマに金を払って女性の口説き方を学ぼうかなどと考えても見る。実際のところ綺麗な景色などユキオの網膜を上滑りしていた。


 (実際、ここに来て二発も殴られてるのに……)


 嫌われてないという確信が得られない悲しい思考回路は、ユキオの非モテ人生の経験によって醸成されたものだった。


 そのユキオの前で、ルミナがそれまでの穏やかな目をスッと細めた。瞳に差す光が冷たい物になったのを見て、ユキオも長い悩み事から現実に引き戻される。


 「来ると、思う?」


 「来るね」


 断言する。


 「ずいぶん、ハッキリ言うのね」


 ルミナもそうは言うが否定する気は毛頭無いように見えた。


 「この前の戦闘。マイズアーミーは二段構えだった。戦力も強化されていたし、この島で俺達が何かしている事を察知したのは間違いない……という理由付けしか、具体的に出来ないんだけど」


 「?」


 「いい加減こうもマイズと付き合いが長いとさ、わかるよね。何をしてくるかって」


 「そうね、あまり嬉しくない事だけど」


 ルミナは寂しそうに笑って、ユキオの隣に戻った。少し間を置いて、ポツリと呟く。


 「きっと、いっぱい来るんでしょうね」


 「守るよ、飛羽さん達も……奈々瀬さんも」


 「……うん」


 音も無く、強い風が二人の髪を波打たせる。 二人の指が、自然と繋がっていた。












 「のんびりできるっていうから来たのに、全然そんな事は無かったな」


 食い飽きた米軍支給のサンドイッチを喉に詰めながらカズマがぼやく。


 「そうっすね」


 ワタルも全く同じ様な表情で低い折りたたみチェアに座りそう言う。そんな気はしていたが、ホントに似たもの同士だなとマサハルはため息をついた。


 「それでも、だいぶ上達できたと思います。ありがとうございました」


 対照的に素直なハルタが淹れ立てのコーヒーを配りながら礼を言った。マサハルが立ち上がりそれを受け取る。


 「そう言ってもらえれば来た甲斐があるよ」


 「しかし、ハルタはもう少し攻撃的に仕上げたかったな。回避は上手いけど三人しかいないんだからポコポコ沈めていかないと帰ってから苦労するぜ」


 「え、あ、すいません……」


 カズマのコメントに恐縮して肩を狭める。マサハルは笑いながらパン、とその肩を叩いた。


 「ま、これからさ」


 そこにカーゴパンツにランニングシャツというラフなスタイルの飛羽がやってきた。まだ本調子じゃないのか気だるそうに声を掛けてくる。


 「目ぇ覚めてるかー、ミーティングするぞー」


 「すいません、お待たせしました」


 顔を洗っていたホノカとレジーナもちょうど良く集まる。ハルタは慌ててコーヒーカップを三人に配った。トレイに残っているカップは、二つ。


 「ユキオと……ルミナはどうした」


 「デートだよ、デート」


 飛羽の問いにカズマが面白がるように答える。しょうがねぇなとため息を漏らして腰に手をやる飛羽を仰いで続ける。


 「いいじゃねぇか。たまには二人きりにしてやってもさ。せっかくムードある島なんだから」


 「珍しく優しい事言うじゃないか」


 「俺はもともと優しいんだよ」


 そう言って、飛羽の横に立っているヴィレジーナにウィンクを飛ばしたが、彼女はきょとんとするだけだった。












 都会暮らしでは聞きなれない鳥の囀りが鼓膜を震わせる。


 (ン……)


 仙崎ヒロムは狭く薄暗いテントの中で目を覚ました。まだ重い瞼の間から隣を見ると、小柄な体の相方がパンツ丸出しで爆睡しているのが目に写る。


 「……」


 何も言わずにモゾモゾと狭いテントを出て立ち上がる。海から上がってきた太陽が、木々の間に美しい光のヴェールを作りながらヒロムの体を照らし、体温を上げ始めた。


 気持ちよく外の空気を吸っていると、しばししてレイミも顔を出してくる。


 「……スケベ」


 「何もしてねぇよ」


 「浮気症の男は、すぐそう言うんだから」


 レイミは一旦テントの中に戻り、ハーフパンツ(ヒロムの)を穿いてから出てきて、うーんと伸びをした。


 「わざわざこんな事しないと、ホントに妨害できないの?」


 「今更!?」


 呆れと驚きでアゴを外しそうになるヒロムに欠伸しながら、レイミは缶詰を渡した。コーンだ。


 「だって、最初聞いた時は面白そうだったから」


 「……『上』の連中が四日前に差し向けた部隊も、半数が進路を外れて行方不明。遠隔自動操縦じゃ無理があるって目に見えてわかっただろ」


 「だからって、こんなアナログなさー……何機持ってこれたんだっけ」


 「117機。お前にも手伝ってもらうからな」


 「ええー」


 文句を言いながらパキン、とレイミが缶詰を開けて箸をつけた。牛スジだった。


 ヒロムは泣きそうになりながら持ってきた古いノートパソコンを開く。既に時代遅れのガジェットだが、それなりのバッテリー、それなりの耐久性、そして打ちやすいキーボードとパッドを持つこの機械は、こういう僻地では便利な機械である。


 「問題は……この『デカブツ』をぶっつけ本番で操れるかって事だが……」


 悩んでいても仕方ない、とヒロムもコーンしか入っていない缶詰を開けた。


 





 



 疲れの抜けていない体を起こすのは一苦労だったが、カナは若さに任せてむりやりベッドを出た。


 (緊張で、体って疲れるんだ……)


 どういう因果か、先輩である(面識は無いが)人気声優の役を横取りする事になり、プレッシャー、練習不足、少しの罪悪感で自分がどんなアフレコをしたのかも記憶に無い。

 只でさえ初めての現場でなんとかモブキャラをこなしたばかりだと言うのに、まさかあんな事になるとは……。


 (恨まれなきゃいいな……ファンの人もガッカリしたり怒ったりしないで欲しいなぁ……)


 他人の目から見たら大きなチャンスを拾い上げたのかもしれないが、いざ自分がやってみると何か悪い事をしでかしたような思いで気分はあまり良くなかった。学校を休もうかと考えたが部屋に閉じこもっていても気は晴れないと思い制服に腕を通す。


 「ま、しょうがないよね。こんなラッキーなデビュー作無いよ。ネットで噂になっちゃうかも」


 口に出してポジティブな事を言うと、不思議と前向きになる。とりあえずご飯を食べよう。仕事を奪っちゃった先輩にあったら素直に謝ろう。ユキ兄ぃが帰ってきたらお祝いに遊園地に連れてってもらおう。ルミナを連れて行ってもいいかもしれない。


 ユキオの困り顔を思い浮かべると口元が緩んだ。髪を軽く梳かしてカバンを持って階段を駆け下りる。いつも通りニコニコしているユキオの母に、カナはおはよう!と元気良く挨拶した。




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