蔓に集いて紡ぐれば
結局、その日はマイズアーミーの部隊は現れなかった。お陰でパンサーチームとオルカチームのWATSは補給を整備を万全に整える事ができた。
特に先日の戦いで失ったワタルのジャケットアーマーが届いたのが大きかった。マサハルとホノカの機体にもミサイルを充分に補充する事ができたし、ルミナの『St』も各種のマガジンを装備し、さらに『ヘラクレス』戦で有効だったクォレルランチャーを『ゼルヴィスバード』に搭載していつでも受け取れるように準備をした。
ヴィレジーナの『フランベルジュ』の破損した脚部も交換して新品同様の状態に戻っている。
唯一、重ガトリング砲をPMC砲に換装させられたユキオだけが不満そうな顔をしているが、ルミナに言われたとおり火力に物足りなさを感じているのも正直なところだった。
これまでに現れた『スティングレイ』や『マーマン』クラスなら通用するが、『ロングレッグ』のような大型機や『ヘラクレス』並の規格外のマシン相手にはPMC砲をもってしてもまともに戦うのは厳しいのだ。
(あきらめるか)
言うほど、PMC砲も嫌いなわけではない。前衛のザコ相手の対空防御は考えなければなるまいが。
丸一日を補充に費やした。オルカチームはマサハルやカズマ、ヴィレジーナ相手に訓練の締めということで模擬戦をしている。先程心身ともにボロボロになって出てきたところだ。
テストモードで『ファランクス』、『サリューダ』各機体の最終チェックを終えて、ユキオもトランスポーターから出てきた。
陽はすでに山陰に落ち月や一番星が輝き始めている。そろそろ飯の支度をしなければいけない。
「今夜は、簡単に済ませようか」
洗ってきた野菜を持ってやってきたルミナに提案する。
「そうだね、最後の夜だし、ぱーっとやりたいけどそんなに食材も無いし」
「なんかいいアイディアある?」
そう聞いてくるルミナの顔を見て、ユキオは彼女がワニの手に続く怪しげな食品を隠し持って無い事を確信してホッとした。
「そうねぇ……一応最後まで取っておいたパスタがあるから、バジルソースと野菜のスパゲティならできそうかな」
「あ、イイね!玖州シェフの腕前に期待します」
「え、て、手伝ってよ」
「うーん、どうしようかなー」
悪戯っぽく笑いながら炊事場の方へ行くのを見送っていると、今度はレジーナが声を掛けてきた。
「ハイ、ユキオ」
「あ、お疲れ様」
「頼みがあるんだ」
レジーナは単刀直入にそう言った。頼み?とユキオが聞き返す。
「ホノカと向こうのシャワーを借りに行きたいんだが、いつも一緒に行ってもらっている米軍のウェーブが見つからない。悪いがボディガードしてくれないか。15分でいい」
「なるほど」
基本的に女性陣が少ないため、仮設シャワーは時間を決めて、米軍スタッフも合わせて一緒に行く事にしていた。しかし最終日も明日に控え調査隊が深く探索している為向こうもバタバタしているのだろう。
15分くらいならいいかとユキオは快諾してすぐにシャワーの前に行くよと返事をした。火の準備を近くにいたワタルとハルタに任せて二つのキャンプエリアの間にある、山側の茂みに設置されたシャワーボックスへ向かう。
よく海の家なんかにあるような、簡単なボックス型のシャワーだ。二つ併設されていてキャンプ場の水を引き温水器で過熱して使用する。それほど温度は上がらないがこの島では充分だ。
「おまたせです、ごめんなさい玖州さん。すぐ済ませますから」
Tシャツ姿のラフなホノカとレジーナが程無くやってくる。訓練明けのホノカはだいぶ疲れているようで足取りにも元気が無い。
「いいよ、ゆっくり入ってきて」
「ありがとうございます」
「すまない」
運よくシャワーは空いていた。二人がそれぞれボックスに入っていく。
歳の近い女子がすぐ傍でシャワーを浴びているというのは奥手な高校生のユキオにはそれだけで充分興奮するシチュエーションだが覗ける様な隙間は全く無い。
逆に覗こうという気も起きないのでユキオはその設計に感謝した。
(下手に穴とか開いてたら覗きたくなるもんなぁ)
スマートだが引き締まった体躯と、異国の美しく白い肌を持つヴィレジーナはもちろんだが、多少ぽっちゃりとは言えグラマーなボディライン(特に胸)を持つホノカの肢体は、包み隠さず本音を言ってしまえば是非にでも拝んでみたい。なにかしら合法的に見れる方法があるならルミナに殴られようとも見てしまうと思う。
(カズマ達ならなんかいい方法を知ってるかもな)
そんな事を考えながら腕時計をぼんやり見て、二人を待つ。
何分か立ち、月が僅かに昇ったように見えた頃、唐突に背後から甲高い二人の悲鳴が上がった。続けて、簡易な作りのドアが蹴破られた。
「なんだ!?」
振り返ったユキオの前には、白いバスタオルに包まれ、サクラ色に上気したボリュームのあるバストが急接近し……。
「むぎゅう」
事態を把握する前にユキオは、飛び出してきた柔らかく魅力的なホノカの体の下敷きになった。バスタオル一枚向こうのその感触に幸せを噛みしめようにも、錯乱気味のホノカが叫びながらユキオを締め付けるためにそれもままならない。
「こ、声、声が!なんか!」
「白藤さん、おち、落ち着いて、苦し……レジーナ、なんなんだ!」
頭の上のほうに立っている、これまたバスタオル一枚のレジーナに問いかける。バスタオルの裾からきわどい部分が見えてしまいそうなアングルだったが、レジーナはユキオの方を一度も見なかった。ただ怯えながらシャワーボックスの奥の方から視線を外せないでいる。
「な、何か、イル。シャワーの裏、奥、茂みの方……」
「いるって、猫かなんかじゃ……」
「違う、声が、なんか……」
レジーナの顔は怯えで青白くなっている。首をめぐらして茂みの方を見ようとするがホノカが邪魔で見る事が出来ない。とりあえずホノカを下ろして立ち上がりながらシャワーの横に置いてあったパイプ棒(シャワー室の土台で余ったものらしい)を手に取る。
「おおおおお、お化けですぅぅぅぅ」
ユキオの腰に後ろからしがみつきながら、ホノカ。興奮を落ち着かせ冷静さを取り戻し、若干面倒になりながらもホノカを腰にへばりつかせたままユキオはその声の正体を確かめる事にした。幽霊なんかは信じていないが、部外者がこんな所にいるとも思えない。
「レジーナ、軍人なんだからそんなにビビってないで一緒に来てくれよ」
「わ、ワタシはゴーストの類は専門外だ。聞いているぞ、ニホンのゴーストは世界でも最もタチが悪くしつこいと!一人で三百人はノロイ殺すのだろう!?首が何百キロも飛んで必ず復讐すると!」
「そんなわけあるか……」
発狂しそうなレジーナをほおっておいて尻ポケットをまさぐると、都合よくペンライトが入っていた。それで暗闇を照らしながら茂みを棒で探る。
何か、手ごたえを感じた。
「あいた!何するのよ!」
予想外にあっさりと、茂みの中から声がした。三人が何だ?と身を硬くしていると、その中から予想外の人物が葉っぱまみれになりながら姿を現した。
「うぁああああ!……って、えと、レイミさん?」
「あ、やっほーユキオ君……なによそんな格好の美女を二人もはべらせて、やーらしー。カノジョに怒られちゃうゾ☆」
「いや、これはその……」
そこに立って、ニヤニヤとユキオ達を見ているのは間違いなく南雲の所でメイドとして働いているレイミだった。どういう理由でここにいるのか検討もつかないがこんな山の中でいつものメイド服を着ているせいで見間違えようが無い。
「お知り合い……ですか?」
ホノカが恐る恐る確かめるように聞く。
「あ、ああ俺達の先生の所で働いている……いや、そんな事より、なんでこんな所にいるんですか!?」
「いやー、ちょっとプライベートで遊びに来たんだけど……迷子になっちゃって」
テヘ♪と舌を出してテレ笑いして見せるレイミ。
「そ、そうなんですか……でも……」
「あ、なんかギャラリーも増えてきちゃったから退散するね。なんかコワ~い人もいるし」
面白そうな表情を残して、それじゃねとレイミが闇と藪の中に消える。振り返ると確かに米軍兵士達が集まってきていた。そして、その中から背にキャンプ場の明かりを浴びて逆光でずんずんと歩いてくる少女の影。
「え、あ、これは、その」
眩しい光がユキオの目に刺さりその影が誰なのかは見て取れなかったが、何よりユキオはその殺気に馴染みがあった。周囲の視線から逃れる為、バスタオル姿のホノカとレジーナはユキオの背中に隠れている。それも、彼の立場を一層危ういものにしていた。
「ご飯の準備もしないで、こんなところで、ナ・ニ・を・し・て・い・る・ん・で・す・か・ね・ぇ・!・?」
あまりの気迫に言葉が出ない。背後の二人が助け舟を出してくれるのではないかと甘えた事を考えたがホノカはおろかレジーナさえも震えて出てこない。
「ええと……つまり……ですから……」
釈明のために与えられた時間は終わったようだった。人影が何か四角い板状のものを振り上げる。
まな板だ、とユキオはバカみたいに冷静にそれだけを理解した直後、顔面に強い衝撃を受けて気を失った。
「おっす、お疲れ」
ガサガサと茂みをかき分けてヒロムが合流場所に帰ってきた。体中にレイミと同じ様に葉っぱやら小枝をくっつけている。
「遅いわよ、クズ」
「なんだよ。俺だってちゃんと頑張って仕事してきたのに」
ユキオ達のキャンプ地から30分程歩いた所。道も無く完全に山の中の、辛うじて平坦で藪も無い所に背の低い簡易テントを張っている。テントの柄はダークグリーンに茶色のスプリットパターンが入ったものでどう見ても一般のレジャー用品ではない。
文句を言いながらも二人はその中に入ってゆく。
「で、首尾はどうなの」
「ちゃんと着けて来たよ、中継器。メインサーバーの車の下にさ。そっちにも人結構行ったんだろうけどさすがに無人にはならなかったから大変だったんだぜ」
「こっちだって発炎筒やメガホンも無しにキャンプ場の人間の気を引くなんてどんな大仕事だったかわかってんの!?」
反論すれば十倍の罵詈雑言がぶつけられる。よくわかっていることだった。口答えした愚を涙と共に噛みしめて食料を詰め込んできたバックに手を延ばす。
「これから、24時間ちょっと。こんなところで缶詰生活か……」
いや、食にせよ住にせよ缶詰生活なのはまだ耐えられる。子供の頃の生活はもっと酷かった。しかし、子供の頃は何かというとすぐキレて暴れるような気分屋の女はいなかった。その点においては自分の子供時代もそう悪いものではなかったのかもしれない。
ヒロムは隣で何食べようかなー、と嬉しそうに缶詰を並べている同士をため息と共に見やりながらサンマ缶を開けた。
(持ってきた駒でパンサーチームと、どう戦うか……やりすぎる程の戦力では無いけど、兄貴を苛めて泣かせたくは無いな)
鳥缶を美味そうに突きはじめた相方を眺めながらもヒロムはいつの間にか異国の生活の中で大きな存在となっている少女の顔を思い浮かべていた。




