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雨の樹(中)


 五日目。


 雲一つ無い、青い、青い空から容赦なく日差しが降り注ぎ体を焦がす。南から吹いて来る風すらも肌から水分を奪っていくようだ。


 「あちい……」


 カズマの、グロッキー気味な声が漏れた。ユキオもマサハルも同感である。


 見渡しても、ひたすら海面のみであり、遠くに島影がぼんやりと見えるのみで日差しを遮るようなものはない。


 (だまされたな……)


 上機嫌で舵を取る飛羽の顔を見ながらユキオは内心でため息をついた。


 次の日は日曜だった。


 だからという訳では無いのかもしれないが、調査班には休日が与えられた。サーバーとWATSのメンテナンスの必要があったからだ。


 サーバーを電脳世界にリンクさせていないという事は、ユキオ達がそれを守る必要も無いわけで、若者達も一日任務から開放される事になった。オルカチームには3時間ほど自主練が課せられたが。


 それで、手の空いたユキオ達が、「気分転換しようぜ」という飛羽に引きずられて乗せられたのがこの洋上に浮かぶ小さな漁船である。


 彼らが知らないうちに、夜な夜な港近くの小さな呑み屋に通っていた飛羽がそこで意気投合した元漁師の老人に船を借り、釣りをすることになったのだ。


 「なんで俺達まで連れてきたんスか……」


 「お前らだって肉ばっかは飽きたって文句言ってたじゃねーか」


 「そら言いましたけどぉ」


 「自分の食い扶持くらい、自分でとっ捕まえようと言うハングリー精神が無いといざって時生きていけないぞ」


 「俺達まともに釣りなんかした事無いんですよ」


 船酔いで多少気持ち悪くなっているマサハルがブーブー文句を言い続けるが、飛羽は全く気にしていない。


 「本土のケチな釣り場と一緒にするんじゃない。こんなトコ腐るほど魚がうじゃうじゃしてるんだ。針さえ垂らせばバカでも釣れるぞ。じゃんじゃん釣って持ち帰ってやろうぜ」


 ガハハといつもの脳天気な笑いに、学生三人は諦めて釣竿を握った。







 飛羽の言う事に偽りは無く、初心者のユキオ達にも次々と魚がかかった。約一名、カズマの竿を除いて。


 「どーなってんだよ……」


 「まー、見るからに釣りに向いてない性格だからなぁ、お前」


 「性格の問題かよ!」


 カズマがキレて声を張り上げるが釣竿は手放さなかった。負けず嫌いゆえにボウズで帰るのは耐えられないのだろう。


 ガンバレガンバレとやる気の無い応援をするマサハルの横でユキオが背を向けて仕掛けを作っている飛羽に問いかける。


 「そっちの、調査の方はどうなんです?」


 「ああ、今は7層くらいか。やっと半分抜いたところだが、この先はおそらく狭くなる一方だからな。スケジュール目一杯に使ってなんとかってトコかな」


 「なんか収穫はあったんですか?」


 その言葉に飛羽も珍しくため息をついて肩を落とした。


 「元々廃棄されてたからな、期待はしてなかったんだが今ンとこロクな手がかりは無い。この先になにかあるかも知れんが、ちょいちょい残されたマイズアーミーが起動して邪魔してきてな」


 「戦闘になってるんですか?」


 「ああ、大した数じゃないけどこの先の下層は増えるかも知れない。主に『スタッグ』が出て来るんだが……狭い通路内では数に任せて叩き潰すわけにもいかなくてな」


 それなりに苦労してるわ、と言う飛羽の顔には多少の疲れが見えた。神経を張りながらWATSで調査活動をすると言うのは想像以上にしんどいものなのかもしれない。 


 「!」


 その時、風に吹かれる以外一向に動きもしなかったカズマの竿が激しくたわんだ。釣り糸がせわしなく海面を走り始める。


 「かかったか!」


 一同が色めき立つ中、カズマだけが油汗を流しながら立ち上がった。小さい漁船がバランスを崩し傾く。


 「おい、どうした!?」


 さすがに様子がおかしいと気付いた飛羽が声を掛ける。


 「いや、なんだか知らないけど……めちゃ……引っ張られる……!!」


 腰を踏ん張り、しなる竿を必死に握っている。あきらかにそれまでユキオ達が釣っていたようなイシダイなどとは違う様子だ。


 その時四人の前に海面に幅広の特徴的な、鮮やかな色を持つ背ビレが現れた。派手な水飛沫を上げて高速で潜ってゆく。


 「バショウだ!」


 飛羽が叫ぶ。


 「カズマ、竿を放せ!素人が釣れる相手じゃない!」


 「ンだとぉぉぉぉぉ……!」


 バショウカジキは体長3メートル以上。体重は100kgで最高60ノット近くを出す水中で最速を誇る生き物の一つだ。飛羽の言う通り釣りの経験がほとんど無い高校生が力づくで相手出来る魚ではない。


 しかしその素性を知らないだけにカズマはみすみす負けを認めようとはしなかった。このまま一匹も釣れずに竿まで持っていかれてどんな顔で島に帰ろうというのか。


 「カズマ、頑張れ!」


 「!?」


 ユキオが立ち上がりカズマの腰を支えた。一瞬カズマが驚きの表情を見せるがすぐに歯を見せて気合を入れる。


 「よし、頼むぜユキオ!」


 マサハルもカズマに組み付いて協力する。三人は一体となって右に左に暴れる大物と激しい勝負を続けた。飛羽も固唾を呑んで若者達の戦いを見守っている。


 二分が過ぎ、三分が過ぎた。地震かと思う程荒れる船で踏ん張りながら細い釣竿を引き寄せるのは、それだけで加速度的に疲労する。そこに僅かにカズマ達の隙が生まれた。


 「!!」


 海面から勢い良く、巨大な黒い影が飛び出した、長い槍のようなシルエットを鼻先に持つ、美しく力強いカジキの姿に4人が見とれる。大量の水しぶきを浴びながら一瞬、ユキオ達の動きが止まった。


 「踏ん張れ!」


 飛羽が硬直から立ち直り、叫ぶがしかし遅かった。


 カジキが再び、水柱と共に海に潜るのに引っ張られ今度は三人が宙に舞う。


 「うぁああああああああああああああっ!」


 めいめいに悲鳴を上げながら、ブルーに染まる世界の中で男三人が海面に落下した。


 「大丈夫か!」


 さすがに焦って漁船の縁から海面を覗きこむ飛羽の前で、ユキオ達は順番に顔を出した。服がびしょぬれになり動きが鈍くなっているが、溺れるのは免れたようだ。


 三人はしばし顔を見合わせていた、が。


 「フッ、フフフッ」


 「ハハッ、ハハハハハ!」


 ずぶぬれの頭をお互いに見て、カズマが、次にマサハル、ユキオが堪えきらなくなり笑い声を上げる。三人は暫く波間に漂いながら久しぶりに心の底から笑いあっていた。







 戻ってきた漁師達、もといユキオ達の釣果はかなりのものだった。イーグル、パンサー、オルカチーム総勢16人に充分に行き渡るほどである。飛羽に船を貸した老人もその量とシワまみれになった服の三人に驚いていた。


 「それでこいつらが見事にカジキに遊ばれてよ!」


 学生組の狭いキャンプサイトに笑い声が上がる。カズマだけは不機嫌そうな顔を戻さない。


 「いやー、あれは絶対釣れたわ。もう少しだったのによ!」


 「ムリムリ、修行が必要だよ」


 飛羽の部下、イーグルチームの砲撃担当の鹿島が刺身にしたイシダイを両手の皿一杯に持ってくる。元板前という異色の経歴を持つトレーサーだ。射撃の腕も良くユキオやルミナも何回か指導を受けた。


 「肉食で獰猛なんだ。木造の船なんか底に穴開けられるんだぞ。お前ら見逃してもらって感謝しなくちゃ」


 また笑いが起きる中、火の番をしているユキオの目の前でダッチオーブンから泡が吹きこぼれ始めた。鹿島から先に取ってもらったイシダイやキンメの骨や頭を出汁にして炊き込みご飯を作っている。久しぶりの米に一同のテンションも高い。


 ルミナとホノカはマリネやサラダを作っているらしい。もうすぐだな、と思ってたら大人達が勝手にビールを開けて刺身を文字通り肴に乾杯を始めた。いつの間にか混じってるリック大尉まで上機嫌で笑っている。


 激務続きだったトレーサー達は、無数の星空の下で短い宴を楽しみ始めた。

 

 






 

 食事の後は、めいめいに休みを取りに解散した。明日からはまた緊張を強いられる任務が待っている。未だ成果の無い事に大人達は口には出さないものの、焦りを覚えているのが彼らの足音から感じられるようだった。


 (でも、何も解らなければ、それは仕方ないよな……)


 火の始末をしながらユキオは一人思った。当然、ドクターマイズの手がかりを得て、可能であればこのウォールドウォーを終わらせる事が出来れば言う事は無いが何しろ相手は天才と呼ばれる男だ。こんな所に尻尾を掴まれる何かを残しておくとは思えない。


 (ワナなんじゃないか……)


 そう思うが、その程度の危険は飛羽もリックも折り込み済みだろう。それでも、やっておかねばならないのが大人の仕事なのだ。


 ふと、カズマがユキオの方に歩いてきた。


 「お疲れ、さっきはサンキューな」


 「さっき?」


 ユキオはカズマが何に礼を言ったのかピンとこなかった。火で炙っていた残り物のウィンナーを渡す。


 「カジキの時だよ」


 「あ、ああ。いや、大したことは無いよ。釣れなくて残念だったけど」


 「なんで手伝ってくれたんだ?」


 不意にカズマはそんな問いを投げかけた。


 「だって、釣りたかったんだろ?」


 「そりゃ、そうだけどよ」


 「それに、まぁ、チームだからさ」


 フッ、とカズマが笑みを漏らす。


 「な、なんだよ」


 「いや、ユキオがそう言ってくれるのは、初めて聞いたような気がするからさ」


 「そうか?」


 「ああ」


 バリッ、と音を立てて油の滴るウィンナーを齧る。


 「うまいな」 


 「ああ」


 一緒に火にかけていたコッヘルのお湯でコーヒーを淹れて、二人で飲む。今まで、ユキオはこんな風にカズマと二人でくつろぐ事など想像もしなかったが実際そうなってしまえば意外なほど自然な事だった。


 「カズマは疲れ、出てるか?」


 「ま、多少はな。ユキオ達より多く出撃してるからよ」


 「ご、ゴメン」


 「冗談だよ」


 カズマがヒラヒラと火に照らされながら手を振る。その表と裏でだいぶ色が変わっていた。昼間の釣りでだいぶ焼けたようだ。ユキオも結構焼けてしまったのかもしれない。


 「この程度の連中ならあと何回かは撃退できるさ。デカブツや『ヘラクレス』みたいなのが来ない事を祈るばかりだな」


 「カズマは……」


 「ン?」


 受け取ったカップにもう一杯、コーヒーを注ぎながらユキオは問いかけた。


 「ずっと、トレーサーをやるのか?高校や、大学を出ても、ずっと」


 「うーん……」


 カップを受け取るながら珍しく歯切れの悪い唸り声を出してカズマが腕組みする。


 「ユキオは、いつもそんな事考えてるのか?」


 「いつもじゃないけどさ、でも気になるだろ。今ちょうど進路希望調査とかしてるし」


 「そうだなぁ……」


 腕を伸ばしながら仰向けに芝生に寝転ぶ。間一髪潰されるのを免れたコオロギの様な虫が跳ねて逃げていった。


 「やってもいいな、くらいかな。退屈はしねぇしドクターマイズの野郎に好き勝手させたくはねぇし。ユキオは?」


 「俺も……辛い事もあるけど『ファランクス』を降りようって気はないよ。でも終わるなら終わったほうがいい。こんな戦争は……」


 「けど、終わるかねぇ……」


 「?」


 意外なカズマの一言にユキオは動きを止めた。


 「終わらせられないって、カズマも思うか?」


 「んー、これは南雲のジイサンの話でもあるんだけどよ」


 よっこいしょ、とカズマが上半身を起こした。


 「人間は何度も争いを繰り返してきた。争い、戦う事は生き物の本質で、そうしなければ滅びてしまうからだ。トラも、サイも、シマウマもカバも、戦い生き抜くためにあの姿になった……ってな」


 (なるほど)


 理解できる話だ。南雲から聞いた話とはいえ、今まであまり考えなかった意見を、女の事しか考えてない(と勝手に思っていた)カズマから聞くのは新鮮だ。そういえば、似たような話を飛羽としたような気もする。あれはいつの事だったろうか。


 「おもしろそうな話をしているな」


 不意にレジーナが二人の下にやってきた。寝起きなのか髪がクルクルと踊ってしまっている。何か少し不機嫌そうな顔で二人を見つめていた。


 「オッス、どうしたんだ?」


 カズマが起き上がって畳んであった小さな椅子を引き出してレジーナに勧めた。スムーズで自然な動きだ。なるほど、さすが女への気遣いが違うとユキオが感心する。


 「温泉に行く事になっていたのだがちょっと、ウトウト?軽く横になっていたら置いていかれた。ルミナは意外に冷たい」


 「だってよ」

 

 「す、すまない」


 とカズマにも話を振られユキオはつい、勢いで謝った。乗せられたと気付いた時にはカズマは大笑いしていて、ユキオは顔を赤くした。


 「いや、いいんだ。まだ機会はある」


 気にしないでいい、とレジーナは小さな椅子に座り飛羽のコーヒー豆に手を伸ばした。慌ててユキオが新しいカップとドリッパーを出してペーパーをセットした。


 「それで、カズマはマイズアーミーと戦って行こうっていうのか?」


 レジーナが話を戻した。


 「まぁ、戦争は良くねぇと思うよ。でも少なくとも、俺は戦っている時、充実って言うかな神経とか筋肉を張り詰めさせてさ、それを全部駆使して戦って勝つ事に……満足っていうのか?別にふざけてるわけじゃなく、それは本能的なもんなんだろうってな」


 ユキオとレジーナが頷く。それは戦士として共有できる感覚だ。


 「だから……上手く言えないけどこの感情?欲求か。これを人類全体に抑え込め、平和に暮らせって言うのは難しい事なんじゃないかとも思うんだよな。物騒な事を言ってるとは思うが」


 「カズマも真面目な事考えてるんだな」


 「お前最近酷いこと言うよな」


 素直すぎる反応をしたユキオをカズマが半眼で睨む。


 「カズマの言う事には私個人としては全面的に同意だ」


 レジーナがカップの上のドリッパーにお湯を少しずつ注ぎながら深々と頷く。が、すぐに、しかしと続けた。


 「それでも、戦いたくない人間もいる。それに戦う意思も力も無い人間が争いに巻き込まれて傷つき死んでいくのは正義とは言えない」


 きっぱりとしたその物言いに今度はカズマとユキオが頷きを返した。


 「悔しい話だが、ドクターマイズはこの人類文明に根ざす根幹的問題をかなり理想的に解決していると言わざるを得ない。しかも、各国を互いに争わせるのではなく自らが人類全てに対し敵役となっている。一般人の生活を脅かしているという問題は無視できないが」


 「レジーナはどうするんだ?」


 カズマの問いにレジーナも渋い顔を見せた。


 「私も残念ながら頭のいい方では無くてな。ドクターマイズの引き起こした問題の解決は学者連中に任せるしかない。しかし最近はこのウォールドウォーにかこつけて私欲のために電脳戦争に参加しているような連中がいる」


 「そんなのがいるのか?」


 「ああ、マイズの理念に共感して活動しているとか言っているが実態は只のテロリストや武器商人の類で、余計な争いを引き起こしているだけだ。他人の不幸など気にすることもなく私服を肥やす事しか考えていない。まずはそういう連中を駆逐するのが私の仕事だと思っている」


 なるほどなーと言いながらカズマはコーヒーを飲み干した。


 「そういうのがいるんなら、俺も戦わないといけないよな」


 「近々、各国が連携してこういったテロ組織に対抗する特殊連合部隊が創立されるらしい。カズマの腕なら歓迎されるんじゃないか」


 「マジか」


 よっし、と左手に右拳を打ち付けるカズマにユキオが驚く。


 「カズマ、それに入るのか?」


 「まだわかんねぇけどよ。いつまでもアイドルもどきもやってられないだろ?それにやりがいありそうだし、モテそうだし」


 「そうかもしれないけどさ……」


 いきなりの話にすぐ乗っかれるその決断力は羨ましいと思う。ユキオはなにか置いていかれたような気分になって慌てたが、カズマは急に意味深な、それでいて何か企み事を思いついたような顔で近付いてきた。


 「な、なんだよ」


 「将来のこともいいけどよ、ルミナはどうするんだ?」


 想い人の事を聞かれて赤くなりつつも質問の意図が読み取れないユキオに、カズマは不満そうに続ける。


 「今はとりあえず友達面してるけどよ、いつまでもそういうわけにはいかないだろ?」


 「ぐっ」


 何においてもカズマの話は直球過ぎる。長々と密かに悩んでいる案件の核心を突かれユキオはたじろいだ。


 「ボヤボヤしてないで、しっかりしてやれよ。それとも誰かアイツを掻っ攫っていくのを待ってるのか?」


 「カ、カズマだって、奈々瀬さんに手を出すかもとか……!」


 「ん、ああ……あれ、はーお前にハッパかけようと思ってだな……」


 あんな性格だとは思わなかったし、とは言わずユキオの反論を制す。


 「お前だって、ルミナだって、別れたいなんて思ってないだろう?」


 「そりゃ、そうだけど……」


 いちいち正しい意見なのだが、これはプライベートな事だ。いくらカズマでもあまり踏み込んで欲しくないと言うのがユキオの本音だが、そう言ってくれる人がいなければ今のまま微妙な距離感を崩せないのもまた、確かだった。


 「ユキオはルミナの事、スキ、なのか?」


 意外そうに話に入り込んでくるレジーナにカズマがニコニコしながら肯定する。


 「そうなんだよ、もう長い付き合いなんだから付き合っちゃえばいいのに……」


 「カズマ!」


 大声を出して話を遮る。噂に尾ひれがついてルミナとの関係を下手な事にしたくない。


 「……わかんないんだよ」


 「何がだよ」


 「付き合うって……いうのがさ」


 唇をとんがらせながら冷めかけたコーヒーを飲み干す。少し冷えてきたようだ。思わずブルッと身震いした。


 「結婚とかさ、婚約は、わかるよ。目的がはっきりしてるし。でも付き合うとか、一緒に居てくれって告白するのは……イマイチ良くわかんないんだ。契約でもないのにさ」


 「堅いというかお子様というか……」


 ユキオは恥を我慢して正直な気持ちを言ったのに、カズマは心底呆れたようだった。隣のレジーナも目を丸くしてポカンとしている。


 (これだからリア充は) 


 「ルミナと一緒にいて楽しいんじゃないのか?」


 「そりゃあ……」


 「お前をほっといて、ルミナが誰かと仲良く出かけていったら、どうよ」


 「……面白くは無いよ」


 「じゃあ、そういう事だろ」


 ブスッとふてくされるユキオにカズマがニカッと笑ってバンバンと背中を叩く。レジーナもうんうんと微笑んだ。それは、とても軍人とは思えない、学校のクラスメートの女子達と同じ様な微笑みだ。


 「女はさ、男に捕まえていて欲しいもんなんだからよ」


 「ゴヘイ、があるぞカズマ」


 「まぁまぁ。とにかく女心を知る事だな。可愛い妹に聞いてみろ。あれ、イトコだっけ?」


 「アイツに女心なんかわかんねぇよ」


 「そうかー?しっかり彼氏捕まえてたぞ」


 「まったく……」


 ユキオは、とにかく疲れて立ち上がった。炭はすっかり火を失っている。空を見上げれば月も傾き夜も深まっているのが時計を見なくても解った。


 「まぁ……それなりにやってみるよ」


 「頑張れよ」


 カズマが右拳を出してきた。ユキオは、ちょっと戸惑ってからその拳に、コン、と自分の拳を合わせた。


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