雨の樹(前)
四日目。
「大部隊だな」
ポッドの中でマサハルが呟く。他の三人もその言葉にそれぞれ頷いた。
昼飯にハンバーガーを齧っていたカズマ達がレーダーからの警報を受け出撃準備に入った時には、マイズアーミーの先行隊は警戒ラインギリギリまで迫ってきていた。直線的に島に向かってきている。今までに無い動きだ。
「『フライ』15機、『スティングレイ』6機……後方から増援接近中、だ」
上空のレジーナがカズマ達に告げる。ワタルが唾を飲み込む音が続けて鳴った。
「緊張してんのか?」
「ンな事無いっすよ」
カズマの笑いにワタルが平静を装う。マサハルはそれでとりあえず安心した。とにかくこの仕事、度胸と負けん気が大事である。それから、コンディションパネルを再確認する。
『2B』の右腕には手首をすっぽりと覆うようにマウントされている直方体のシルエットを持つ火器が装備されていた。マルチガンランチャー、ユキオがテストした複合型の大型火器。ユキオの提出したデータ(と苦情)を活かしその欠点を改修したセカンドバージョンを今度はマサハルが運用してみる事になったのだ。
(ユキオはめたくそに評価していたがシミュレーションではそれほど悪い使い心地ではなかった……スタイルの問題か?)
視線を上げて配置を見る。計らずとも最初に出撃した4人が揃う事になった。が、これはこれでバランスがいい。前衛1、遊撃2、火力支援1。これがワタルの代わりにルミナ、ホノカ、ハルタが来てもフォーメーションが不安定になるだけだ。
「ワタル、教えたとおりのフォーメーションでいい。出過ぎず、壁を張ることを考えろ。多少漏れても俺達がカバーする」
「了解です」
『サリューダ』がシールドを構えなおし、腰を落とす。カズマの『As』も上空へと飛び上がった。
「仕掛けるぞ!」
ワタルの『サリューダ』がバーニアを吹かす。戦闘空域に侵入しようとしていたマイズアーミーの出鼻をくじくように楔陣形をとって接近していく。不意をつかれた様に敵の部隊が左右に別れるがワタルが数の多い右側の編隊の前に立ちはだかった。
「いいぞ、左は俺がやる。マサハル達はワタルのサポートを!」
「おう!」
ワタル機に足を止められた『フライ』と『スティングレイ』がレーザーとロケット砲の弾幕を浴びせかけた。シールドで機体を守るワタル機の周囲に巨大な水柱が次々と立ち昇る。
(ワタルを先に片つけるつもりか!)
マサハルは心持ち前に出てホーミングミサイルで『フライ』達の動きを乱した。ユキオならあそこまで囲まれる前にグレネードやガトリングで数を減らせただろうが、ワタルにはまだ荷が重かったようだ。その分自分達が補うしかない。
機動力はそれほどでもないが装甲に優れる『スティングレイ』には小型ミサイルやショットガンは効果が薄いようだった。
「チィフ!」
レジーナが悪態と共にもう一方の手に持たせたパワーライフルを構える。銃身からビーム粒子が漏れ出し、その輝きが高まったところで、強力なビーム弾が射出された。見事、ピンク色のビーム弾をモロに受けた『スティンレイ』に風穴が開き海面に向かって落ちてゆく。
「いい武器じゃないか」
「連射ができればな」
レジーナの面倒そうな声に、カズマとマサハルがちらりと『フランベルジュ』を見る。今しがた『スティングレイ』を一撃で屠った大型銃は後部から排熱ガスを盛大に吹き出していた。冷却が終わるまでは次弾が撃てないようだ。
そんなやりとりの間にもワタルの『サリューダ』に攻撃が集中し火だるまになっている。
「シールドに頼ってないで、もう少し左右に動け!」
「わかってますけど!」
「敵は言い訳なんか聞かないんだぞ!」
『2B』の腕の対空ミサイルとガンランチャーのレーザーを放つ。『フライ』をまとめて三機ほど爆発させると、ようやく包囲網から抜けられたワタルが回避行動に入った。ほっと息をついてから、マサハルは戦友の方に視線をめぐらす。
「カズマ!」
「大丈夫だ!」
三人が右手の部隊ばかりに手を取られて『As』は孤軍状態であったが、さすがに雑魚に遅れを取るカズマでは無い。速射ライフルで『フライ』を落としながら器用にレーザーブレードを振り『スティングレイ』を叩き斬ってゆく。
だが、その先からさらに敵の部隊が波しぶきを上げながら接近するのがモニターに映る。その中には、見たことの無いシルエットが並んでいた。大きさは『ファランクス』に近い。『スタッグ』クラスが来るのであれば、それなりに苦戦もするかもしれない。
「なんだありゃ」
「……『マーマン』か!」
望遠モードでカメラを覗いていたレジーナが声を上げる。
「なんなんだ?」
「イギリスで最近見かけるようになった海戦用のマシンだ。格闘能力も高い、持っている銛に気をつけろ」
「了解……っと!」
アドバイスに感謝しながら、飛来してきた敵ロケットの弾幕を避ける。加速Gに耐えながらカズマは苦々しく新手の編隊を睨んだ。
『マーマン』のスペックを見てユキオが眉の間に皺を作った。
「水中用『スタッグ』って感じかな」
「そうですね」
ホノカが振り返りながら答える。
「白兵戦に強く、装甲も『ビートル』級以上です。銛の貫通力も侮れませんが、推進器上部の垂直発射ミサイルや爆雷など、海戦においては強力なスペックを誇っています」
「それが六機……」
「カズマ」
ユキオがマイクを掴み戦闘中のカズマに通信を開いた。
「援護に出るか?」
「ああ……いや、別働隊がいても困るしな。待機していてくれ」
「わかった。頑張ってくれ」
マイクを切り渋い顔のままライブモニターを見る。ルミナが横に寄り添うように近付いた。
「いいの?」
問いかけながら、横顔を覗く。ユキオのこめかみには汗が流れていたが、それが暑さのためなのか緊張のものなのかはわからない。
「カズマ達を……信じよう。白藤さん、悪いけどレーダー監視、続けてよろしく」
「わかりました」
三人とも援護に出たい気持ちはあったが、ユキオの苦渋を汲み取った。飛羽達はもう深い階層まで潜り始めている。退避要請を出してもすぐには戻ってこれない距離だ。サーバーの防衛には万全を期さなければならない。
(この増援で打ち止めならいいが……)
更に来るようなら、自分だけでも出なければならないだろうか。そう考えながらユキオはライブモニターを注視し続けた。普段であればマヤが判断を下すような局面で自分達だけで動かなければいけないというのは、酷く重いストレスとなってユキオの胃を締め付けていく。
潜水艦に似た推進器に、人型の上半身を持つ新型機『マーマン』六機の動きは速かった。水上を滑りながら手に持ったサブマシンガンで牽制しつつ、隙あらば長い銛で接近戦を仕掛けてくる。
「クソァッ!」
左から突き出された銛を、半壊したシールドで辛くも跳ね除ける。そのままワタルは逆手に持たせたメイスを振り抜くがその時にはすでに敵機は離脱しており、死角の背面に他の『マーマン』からのマシンガンを浴びてしまう。
「ちくしょう!」
AIにオートで撃たせたチェーンガンが『マーマン』を追い払うが、そうすると更に別の方向から新手が来る。焦りが判断を、操作を乱しワタル機は完全に敵に翻弄されていた。
別段ワタルの技量は決して劣っているわけではない。致命傷を外しているだけでも十分にやっている方だ、と褒めたい気持ちもあったがマサハルは舌打ちだけを残し、ポジションを上げてワタル機の背面を回遊する『マーマン』に迫った。
「ちょこまかと!うっとおしいんだよ!」
マルチガンランチャーのロケット砲、レーザー、バルカンを一斉に放つ。派手な火線が推進基部に突き刺さり『マーマン』が炎上した。ワタルを包囲する陣形が崩れ、余裕が出来るがそれはこちらにも同じことが言える。
(マサハルが上がったか)
カズマは敵の動きが変わったのを感じ取った。こちらのフォーメーションの歪みを狙おうと言うのか。自分を取り囲んでいた空戦部隊が距離を離し始めるのを見て速射ライフルをバーストした。
ギィン!
耳障りな金属音を立ててライフル弾が機体を抉る。次々と炎上する『フライ』の中、一機の『ラム・ビートル』がマサハル機の背面に回りこむのが視界の隅に見えた。
(間に合わない!)
今の位置からでは遠すぎる。『2B』の装甲は『ラム・ビートル』の突撃に耐えられるほど強固ではない。青ざめて叫ぶ。
「マサハル!」
同時に、迫る敵機にマサハルも気付き旋回したが、回避運動には入れなかった。カズマの脳裏に南雲の時の事が思い出され、顔を背けそうになったその時、白銀の影が空を裂いて『ファランクス2B』の前に割り込んだ。
ガキィィィィィィン!
金属同士がぶつかる不快な音が鳴り響いた。
ヴィレジーナの『フランベルジュ』が突進する『ラム・ビートル』を蹴り飛ばしたのだ。自由を失った紫色の機体がグルグルと回転しながら海面に落着する。
一方、蹴った『フランベルジュ』もタダではすまなかった。元々、ランディングギアの代わりでしかないような華奢な脚部である。その右脚は脛から下が醜く曲がり使い物にならなくなっていた。脚部の補助安定翼も今の接触で脱落してしまっている。
「レジーナ、助かった、大丈夫か!?」
「気にするな」
マサハルの礼に、クールにレジーナが応える。そのやり取りを聞いてカズマは久しぶりにかいた冷や汗を拭った。マサハルの無事も大事だが、そのせいであの女トレーサーになにかあれば……。
(いや、俺も負けてられねえ)
久しぶりにライバルと呼べる存在に出会えたのかもしれないという期待感が、先程の恐怖とは別に背筋をブルブルと振るわせた。レーザーブレードで残る『ラム・ビートル』を切り裂き、そのまま直下にいた『マーマン』も両断する。
「オミゴト」
妙なアクセントの日本語で褒めるレジーナに、モニタ越しにカズマがニヤリと笑う。それから、二人は左右に別れワタル機を挟撃しようとする『マーマン』を阻止しにかかった。
「よくやっていたよ。落ち込む事は無いさ」
火だるまになりシールドどころかジャケットアーマーの大半も吹き飛ばされ、フィードバックの衝撃もあわせてボロボロになったワタルをハルタとホノカが励ましている。
マサハルもユキオもそれには同意だったが、今後の成長に期待してあえて慰めに行ったりはしなかった。単純に、普段は自信過剰な、うすらでかい男子を慰めに行くのがめんどくさかったというのもあったが。
ユキオがトランスポーターを振り返ると、最後にカズマとヴィレジーナが降りてくる所だった。
「サンキューな!ヴィレ!」
「ヴィレ?」
呼ばれなれない呼び方に首を傾げる。
「ヴィレジーナだからヴィレでもいいだろ?」
「初めて呼ばれたが」
「いいじゃないか、名前が増えてよ」
次もよろしくな、と軽い調子で歩いてゆくカズマをレジーナが不思議そうに見送る。少なくとも気分を損ねた様子ではない。
「あの二人も、うまくやれそうだね」
ユキオ達の後ろに近付いていたルミナがニッコリと笑う。
「ああ、最初は面倒な事にならなきゃいいけどと思っていたけど」
「マサハルがキューピッドになったんじゃないか?」
「よせよ」
三人で軽口を言い合っているところに長い人影が伸びてきた。気がつけばまた陽が落ちようとしている。島風が、熱を残していた地面を冷ますように吹き始めた。
近付いてきたのはホノカだった。
「ご相談があるんですが」
「ん?」
言いにくそうにもじもじしているホノカから渡されたピクチャーシートを覗き込むと、パンサーチーム、オルカチームの各機の状態と推進剤、残弾数が表示されていた。
「なるほど」
『ファランクス』4機と、ホノカ、ハルタの『サリューダ』に甚大な損壊は無い。ワタル機もジャケットアーマーは全損したものの本体の機能には問題が無いようだった。しかし、最低限の外板しか持たない『サリューダ』がジャケットアーマー無しで前線に立つのは自殺行為だ。
そして、共用している推進剤や一部のミサイル、弾丸の残りも40%を切っていた。余裕がある残量とは言えないかも知れない。これらの消費はやはり慣れていないオルカチームの方が多かったが、それを隠さずに記載してきたホノカに感心する。
「ジャケットアーマーの予備は無いのか?」
「スミマセン……アーマーの外板ならいくつかあるんですが、フレームがこう破損していると……」
申し訳無さそうにするホノカに怒るわけにもいかず、ふぅむと鼻を鳴らしてユキオが腕を組む。マサハルも同じ様な顔をして考え込んでいたが、シートを返しながら口を開いた。
「しゃあねぇ。飛羽さんに相談して補給を要請しよう」
「どうやって?無線で送れるような量じゃないでしょ」
不思議そうに問いかけるルミナにマサハルは何かを隠し事をするような、悪戯っぽい視線を返した。
「そりゃあ、無線で送れなきゃ持ってきてもらうしかないだろ」