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コンサバトリーより(後)



 顎の痛みが引く頃には、もう夕方だった。さすがにルミナもその一撃については素直に詫びたが、こんなに破壊力のあるアッパーがあの細い腕のどこから繰り出されるのかは永遠の謎になりそうだった。


 ヴィレジーナが腫れた顎を見て驚き、持ってきていたロシア製の痛み止めをくれたがそれほど効かなかった。打撲に関しては、そんなものかもしれないが。


 薬を貰いながら、いくつか質問をされた。ユキオが怪我をしたことが話す機会に丁度良かったのかもしれない。


 「ロングレッグ戦の記録を見せてもらった。再戦したらまた勝てると思うか?」


 「いやぁ……、あの時は『バリスタ』も投入したけど、結局カズマが『サンライト』で突撃してくれなかったら負けていたと思う。パンサーチームの4機だけでは、どうだろうね」


 「そうか……カズマは、絶対負けるわけ無いと言っていたが……」


 判断に悩む顔を見せながら、短く切りそろえられた夕陽を弾く薄いブロンドを耳の上にかき上げる。出会ったばかりでまだ真面目な軍人というイメージしかなかったが、そういう仕草は年相応の少女に見えた。


 「死ぬ気でやれば、勝ちは拾えるかもだけど。レジーナなら、どうする?」


 「そうだな……やはり脚を折って移動を封じたいが、その場合3本は必要だろう。本体の装甲を抜ける火器があれば迷わず使いたいがなかなか我が軍にもそういった使い勝手のいい兵器は無くてな……我が国でも前に一度襲撃を受けた事があったが、酷い戦いになったようだ。支援部隊の戦車隊を100両も投入してなんとか撃退という話だからな」


 「戦車隊?」


 ユキオは驚いて聞き返した。ウォールドウォーでWATS以外に、偵察機などが使われている事は聞いていたが攻撃用の兵器、しかも戦車が使われているとは思いもしなかった。


 「ああ、トレーサーは乗り込まず、オペレーターがまとめて遠隔操縦するものだが。昔は物量戦の不利をごまかすためによく使っていたが最近はもう敵の新型についていけなくて出動もほとんど無い。それでも大事に備えて5000両、予備役として確保してある」


 それからレジーナは『ロングレッグ』や『ヘラクレス』との戦闘について質問を重ねてきた。一通り答えてからミネラルウォーターで喉を潤し、今度はユキオが口を開く。


 「そうなんだ……俺も、訊いていいかな」


 「構わない」


 夕食の用意の為、火熾し用にユキオがナイフで薄く削った木片を集めながらレジーナが答える。


 「レジーナは……ウォールドウォーが無かったら、何かやりたい仕事とかあった?」


 ユキオの問いに、しばしレジーナはきょとんとした。その様子も同世代らしく、軍人らしさを感じさせない。


 「意外な質問だ」


 「ご、ごめん。言いたくなければ、別に……」


 おどおどするユキオにクスリと笑ってかぶりを振る。


 「いや、構わない。そうだな……私の父も軍人で、それなりの地位に就いている人物だ。だからドクターマイズとかいう奴が居なくても軍籍に入るつもりでいたし、そういう教育もされてきた。兄弟がいなかったからな」


 「そうなんだ、大変……だね」


 「私だけが辛い思いをする訳でもないしな。子供の頃から周りもそういう人間が多かったから、大して悩みもしなかった。こうして同世代の一般市民と話すのも珍しいくらいで、刺激的だ」


 レジーナが微笑みながら自分の拳ほどもある金属製のオイルライターで火を付ける。ユキオもすかさず枝を足し、団扇を掴みながら薪に火を移す準備をした。


 「そうだな……もし軍人にならなかったら何になっていたんだろうな。ウェイトレスや花屋なんか、子供の頃は憧れた思い出もあるが」


 「花屋なら、俺、今バイトしているよ」


 聞きなれない、おそらくロシア語で驚いたような言葉を漏らしつつレジーナがユキオを見る。


 「本当?いや、ウラジオストクにも花屋で働いている男はいるが……驚きだな、少し」


 「そ、そう?」


 「面白いか?仕事。聞かせてくれ」


 サプライズでプレゼントをもらった子供のように瞳をキラキラさせてレジーナが顔を近づけてきた。一瞬、今朝のルミナを思い出して思わず上半身を引いてしまいそうになる。そうでなくても、レジーナのように美少女が近くにいるのは慣れず緊張で汗が余計に噴き出る。


 「お、オッケーオッケー」


 慌てて周りに目をやる。どうやらルミナには見られていないようだ。やましい事をしている気はないが、ルミナの場合何がきっかけで機嫌を損ねるかわからない。いまだ彼女の怒りの沸点を見極められていないユキオは慎重にならざるを得なかった。


 ゴホン、と一つ咳払いをして普段フラワーハスノでの仕事ぶりを話す。とは言えユキオがやらされているのは力仕事や水仕事ばかりでそんなに面白い事もない。しかし頑固な店主のおかげでバイクの免許を取らされて、もうすぐ配達をやらされそうだという話さえもレジーナはニコニコして聞いていた。 


 「楽しそうだな」  


 急に後ろから声を掛けられる。振り返るとマサハルが疲れた顔で立っていた。今日も訓練が終わったのだろう、声も少し嗄れている。


 「盛り上がってるとこ悪いけど、レジーナ、飛羽さんとリック大尉が呼んでる。向こうのキャンプに顔を出してくれって」


 「わかった。わざわざありがとう」


 ユキオにもありがとうと言って、椅子代わりにしていた丸太からスマートに立ち上がる。すぐ隣、顔の傍を通り過ぎてゆく小ぶりながらも丸みのある魅力的なお尻のラインをつい目で追ってしまった。


 「そんな目つきしてると、ルミナちゃんがまたキレるぞ」


 「そ、そんなつもりないよ!」


 「その言い訳が通じればいいけどな」


 半ばからかいを込めて、マサハルが持っていた缶ジュースを開ける。


 「まったく、人にモノを教えるなんてガラじゃねーのによー」


 「あまり、うまくいってないのか?」


 「いや、順調って言っていいんじゃないか。レベルアップはしてるが……今ここにこないだの『ヘラクレス』とか『ロングレッグ』が来たらアウトだろうな」


 「そっか」


 「そうならないようにもっと鍛えておきたいんだけど、焦って強い敵とシミュレーションさせても、疲れるだけで効率悪そうだし。まずは基礎をがっちりとだな。その後はアイツら次第さ。トレーサーとして上を目指すのか、今だけバイト気分でやり過ごすのか……ってなんだその目は」


 ぽかんとマサハルを見ていたユキオが、はっと正気に戻ったかのように目を瞬かせる。


 「い、いや。マサハルも真面目なんだなって」


 「どーいう意味だよ」


 バツが悪そうにぽりぽりと頭を掻く。


 「マサハルやカズマは、てっきりモテたいから<センチュリオン>にいるのかと思ってさ」


 「お前って時々ハッキリ過ぎる言い方するよな」


 わ、悪りぃと縮こまる丸い体のチームメイトに、ヤレヤレというジェスチャーをして見せながらマサハルは苦笑した。


 「最初はな。ガッコー行くだけの毎日とか飽きてたし面白半分ってのもあったさ。でもこんだけ自分の街にメーワクかけられてさ、そんなん気を悪くしない奴なんかいないだろ?」


 「それは、そうだ」


 パチパチと爆ぜる音が鳴り始めた。真っ黒な炭が赤く色づき始めた。


 「だからさ、遊び半分にやるわけにはいかねーなって。いい加減な教え方したなんて聞いたらジイサンにまた怒鳴られるからな」


 「ああ……」


 南雲の事を久しぶりに、と言っても三日ぶりにだが思い出した。三人で厳しい練習を何度もした事。ユキオ達を庇いフィードバックで神経に傷を負った事。


 本人は仕方の無い事だと言ってくれているが、それは南雲の気遣いである。初陣だったとは言えユキオやカズマ、マサハルには無かった事に出来るような失敗では無い。


 「ま、あんま肩肘張るつもりはないけどさ。も少し頼りに出来るくらいには鍛えたいよな。そー言えば今夜はメシなんなんだ?」


 「ん、ああ、また肉焼いて……奈々瀬さんが何か用意してくれるみたいだけど」


 それを聞いてマサハルが露骨に顔をしかめさせた。


 「贅沢言いたかないけど、バーベキューもこう続くと……飽きるな」


 「まー、確かに」


 すっかり陽の落ちた山の方を見ながら、ユキオも頷く。なかなかバーベキューは普段楽しめるようなものではないが、一週間ずっと食えるかと言われると嫌気がさすかもしれない。


 「ちょっと何か考えてみるよ。食欲無いせいで負けましたなんて、洒落にならないしな」


 「おう、期待してるぜ」


 マサハルに火の番を頼み、腰を上げてルミナがいる炊事場の方へ向かう。エプロン姿で、長い黒髪を一つに束ねたルミナが包丁を振るっている音が聞こえてきた。


 最近はルミナを見るたびに、心が浮き立つが一方今朝のようなの事もある。浮かれすぎないように慎重に近付く。


 「奈々瀬さん、火、そろそろ準備できそう」


 「ホント?じゃあ悪いんだけど先に野菜焼いといてくれるかな。もう少しでこっちの準備も終わるから」


 「わかった」


 結婚したら、こんなやり取りをするのだろうかと都合のいい夢想に表情がニヤけそうになるのを悟られないようにユキオは続けた。


 「マサハルが、焼肉ばっかりは飽きるってさ」


 「そうだよねー。そう思って今夜はちょっと一品作ってみようと思って。向こうのメンテチームの人からパスタ貰ったんだ」


 「へー、すごいね!」


 振り返り袋を見せるルミナ。いつの間に、とユキオが驚くのを見てニッコリと笑った。


 「お魚とかあれば、なんか違うものも出来そうだけど……」


 「そっか……港には漁師さんもいるみたいだけど、市場とかは無さそうだし……?」


 そう言いながらユキオはルミナの手元に見慣れない肉の塊があるのに気がついた。見慣れないというレベルでは無い。生涯で数えるほど、実際に見たのは一度か二度位のモノだ。


 そのユキオの視線に気がついたルミナが慌てて後ろ手に隠して笑ってごまかそうとするが、その態度がその代物を立場を余計に危うくしている。


 「奈々瀬さん……」


 「い、イヤ!健康にいいの!元気も出るし……ちょっとお高めなんだよ!レア食材!」


 「でも……それ、ワニだよね、多分」


 「んぐぅ!」


 ルミナが言葉につまり額に汗を流す。その両手に持っていたのは、ユキオの指摘通りワニの前足だった。いかに見慣れないものとは言え、その独特の形状を持つ動物をユキオは他に知らない。


 「……ふ、ふふーん。遅れてるね玖州君。ワニはねー、オーストラリアじゃメジャーな肉なんだよ~。日本でもねー静岡なんかで養殖もしてるんだよ。良質なたんぱく質に低脂肪低カロリー!これはわざわざキューバから取り寄せたブランド物の……う、ウソじゃないんだから!」


 仕舞いには逆ギレしはじめたルミナを半眼で見る。どちらにせよ、このワニは今夜みんなの胃袋に入るのだろう。ルミナは、そういう料理人である。


 「せめて、形がわからないようにみんなに食べさせてあげてね……」


 「ま、任せといてください!」


 諦めて、変なテンションになり始めたルミナにため息をつきながら、野菜を持ってマサハルの元へ戻る。念のために食中毒の対処のサイトを見ておこうとユキオは心の中で呟いた。





いつもありがとうございます。

この度アドバイスを頂き改題する事にいたしました。

今後ともよろしくお願いいたします。

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