萌芽(後)
『フランベルジュXt-02』
飛行試験評価型実戦用WATS
最高速力 1512km/h (最大稼動時)
武装
中距離用ショットガン ナウルH-61
X1072試験型パワーライフル
対地攻撃用爆雷パックx2
パンサーチームで運用されている『ファランクスAs』の空戦データを買い取ったドイツWATSメーカーがこれを元にデータ収集機として開発した空戦用WATS。
スペック的には『ファランクスAs』と同程度の数字に納まっているが重要な対空時間においてはその二倍以上を誇っている。またセンサー、通信能力なども強化しており、指揮・偵察能力を重視して設計されている。
未だ空戦用WATSは技術的、コスト的な問題等から実用化の域には達しておらず、当機体の運用データが各国での空戦用機体開発の足がかりになるのではないかと注目されている。
「良いんじゃないかな、それで」
ようやく暖かくなりはじめた春の風が吹く街を、カナはヒロムと歩いていた。養成所にレッスンに行く前の寸暇をデートに当てるのはもう二人の日常になっている。
「うん……、でもやっぱり心配だよ」
「カナの兄貴が、カナの気持ちだけでトレーサーを辞めてくれるなら、それでいいんだけどな」
ヒロムの任務はそれでは終わらないだろう。しかし、無意識に本心からそう言っていた。
「ウチの一族、頑固だからね」
「カナを見ているとよくわかるよ」
「ひどーい!」
ぷうっとふくれて駄々っ子のように両手を叩きつけるカナを笑いながら制する。
「トレーサーは危険だけど、今となってはなくてはならない、消防士や警官並みに大事な職業だ」
どの口が言うんだ、とは自分でも思うが。
「それを続けているカナの兄貴の気持ちを、簡単に止める事は難しいよ。高校卒業とか、そういうタイミングで一度考えてもらうとかするしかないんじゃないかな」
「やっぱそうだよね……」
ヒロムの腕に捕まってだらだらと歩き始めたカナが空を仰ぎながらそう言う。
「カナだって人の心配ばかりしてられないだろ、声優科、そろそろオーディション受けてる連中もいるらしいじゃないか」
「そうなの!私の班はまだいないんだけど、何とかしてアピールしていかないと!」
グッ、と握り拳を作り気合を入れて姿勢を正す。扱いやすくて助かる、とヒロムは内心呟いた。
(しかし、俺こそ呑気にしてるわけにもいかないんだよな)
目標の手ごたえはあったものの(それだってレイミの言う事で自分が確証を得たわけでは無い)、任務は無傷での回収。実際に現地で動ける人間が二人しかいない状態では、どうにも作戦の立てようもない。
(世界中で俺達みたいな調査員が潜り込んでこんな事をしているんだろうなぁ)
はーあ、と自分の考え事で溜息が出る。そうしているうちに、もう養成所の目の前だ。
とにかく地道に行くしかない、とヒロムはカナを連れて自動ドアの前に向かった。
二日目。
朝6時には米軍の訓練の声が聞こえてきた。アメリカ人は意外に真面目なんだなと、偏見丸出しの感想を持ちながらユキオが眠そうにテントから顔を出したところで、ウォールドウォーの警戒センサーからの発報が届いた。
同時にうるさく鳴りだしたケータイを慌てて掴んで着信ボタンを押す。
「ユキオです、おはようございます」
「よし、起きてたな」
電話先の飛羽の声は眠気など微塵も感じさせない。意外だ、とユキオは先程と同じ感想を抱いた。
「メシ前で悪いが出動だ。出るのは昨日の待機組、指揮はお前が取れ。俺もすぐに行くから、急げよ」
それだけを矢継ぎ早に言って一方的に通話を切られる。低血圧でまだ本調子じゃないが、可及的速やかに服を着て一人用のテントを出る。
「お早うございます」
テントの前にはハルタと、眠そうなワタルが立っていた。ホノカはまだテントの中らしい。人に偉そうにするのは苦手だが、緊急事態ゆえにあまり言葉は選んでいられなかった。
「眠いだろうけど出動だ。俺とハルタ君、それから白藤さんにウチの奈々瀬さんが出る。矢井田君は二人を起こしてきてくれ、先にポッドに入る」
そう言ってハルタとトランスポーターに向かって駆ける。ルミナの寝起き姿をあのチャラい後輩に見せてしまうかもしれないという懸念はあったが、止むを得ない。
太陽はまだそれほど高くなく、寝起きの眼に低い角度で入ってくる日光が眩しい。朝露に濡れて瑞々しく光る下草に足を滑らせそうになりながらも、ユキオ達はトランスポーターへ入り込んだ。
以前、温泉宿の時に使ったトランスポーターとは一目でランクが違う事が知れる。コンテナの中に四つ、通常サイズのポッドを並べてまだ余裕がある。モニター類も充実しており、大型のハードディスク類も設置されていた。これなら転送武器等を無線中継せずに直接呼び出せるに違いない。
「じ、自分、コレ使うの初めてです」
「そうなんだ。でも中身はふだん使っているものと一緒だ。緊張しなくていいよ」
ハルタが固くなっているのは、トランスポーターに乗るのが初めてだからと言うわけでは無いだろう。純粋に出撃経験が足りないのだ。自分の、トレーサーになりたての頃を思い出す。あの頃はとにかく余裕が無かった。
「大丈夫、すぐ二人も来る。四人いれば小規模部隊に苦戦なんかしないよ」
「は、はい!」
メモリーキーを差して『ファランクス5Fr』をロードする。その間に新品の硬いコントロールスティックをなじませるようにぐるぐると回している所に、スピーカーからホノカの声が聞こえた。
「すいません、遅れました!」
「問題ない。奈々瀬さんも?」
「少し遅れます……低血圧みたいでちょっと辛そうでした」
知らなかった、と小さくつぶやく。それなりに短くない付き合いだがそういった生活の事は何も話していない。
(そういうの知っておかないとさ、付き合った後とかで気づかないとなんか喧嘩とかになりそうじゃん)
的外れな事を考えながら、コンディションを確認する。
「付き合うとか、そんな事できるとも思えないのにさ」
「なんですか?」
「いや、独り言だ……機体チェック!」
「は……ハイ!」
各関節、バーニアに異常は無い。エネルギー、推進剤も十分にある。右肩には久しぶりに愛用の重ガトリング砲が戻されて気分がいい。出張中であるため弾薬は思う存分使えないが、余計な試験武装も無い万全の状態だ。
「先に三人で出る。スナイパーは前線に立つ必要は無いから」
「了解です」
「わかりました」
二人の返事を受けて、ユキオは『5Fr』を戦場に出現させた。普段の硬い地表とは違う、浅い海とその下の柔らかい砂地が独特の感触となってユキオの尻を揺らす。
すぐに二人のWATSも左右に出現してきた。
両機とも昨日見たワタルの『サリューダ』の同型機だ。右手、ハルタの機体はワタル機よりも装甲の少ないジャケット・アーマーを着込みマシンガンを装備している。反対側のホノカ機は両肩に大型のミサイルポッドを積んでいる。マサハルの『2B』に似た運用目的の機体なのだろう。
「敵機は……『フライ』多数に、『ビートル』か」
「その後方から『スタッグ』も来ます。三機です」
(昨日撃破した部隊の捜索隊か……?)
そもそもこの付近を通過する部隊が何の目的で動いているのかはわからないが、あまり派手にやりすぎると大規模な攻撃隊を招きかねないのではないかとユキオは懸念した。けれども身を潜めていても設置したサーバーを発見されればそれで一巻の終わりだ。作戦が失敗すれば、これだけの人間と機材を用意した時間と金が無駄になる。
ユキオはため息をつくと手早く指示を出した。
「前衛に出る。白藤さんは支援、ハルタ君はそのまま右回りに側面から遊撃。いくぞ!」
二人の焦り混じりの応答を待たず、『ファランクス5Fr』を飛び出させる。重ガトリングにセレクターを回し、接近してきた『フライ』にロックを合わせる。
轟音。
高速回転する砲身からのたうつ大蛇の様に弾丸が連なって空を裂く。無数の凶暴な弾丸に貫かれ、『フライ』は抵抗する間もなく捩じ切られた金属の残骸となって海面に堕ちた。
「早い……」
「俺より、敵を見る!」
「はっ、ハイ!」
ホノカの呟きを窘めながら、レバーを引き機体をホバーさせるように水面スレスレを滑らせる。ハルタ機を囲みつつある『フライ』にスモッグボムをぶつけながらビームガンで『フライ』の動きを抑え込む。
その後ろを、一機の『ビートル』が通過するのに気づいていたが、あえてガトリングを向けなかった。
「白藤さん、左手一機、カバーよろしく」
「えっ!?は、はい!」
ホノカが応答して、すぐに高速ミサイルを発射するがタイミングが遅く、迫る『ビートル』を追尾できない。
「慌てなくていい、近距離対空!」
「は、ハイ!」
『サリューダ』の両腕から短距離用のミサイルが全弾斉射された。派手な火球が連なって中空に広がり、『ビートル』が爆圧と高熱に機体を焼かれ霧散してゆく。
(マサハルなら、言わなくてもやってくれたろうけど……)
フォーメーションも組んだ事の無いトレーサーにそこまで期待するのも酷か、と思いながらハルタ機の支援を続ける。わずか三機の『フライ』に追われているだけで、ハルタの動きは酷く分が悪く見えた。
(この程度で!)
スプレッドボムを投げて『フライ』を一掃する。その爆炎の向こうから煙を割って『ビートル』が飛び出してきた。
「うわわわわわっ」
「屈むんだ!」
さすがに、対応は無理だろうと思い重ガトリングの照準を向けたその時。
ギィィ……ン!
鋭い金属音と共に、ハルタ機に襲い掛かろうとしていた『ビートル』が空中で錐揉みしながら吹き飛んだ。
「奈々瀬さん!」
「ゴメン、遅れました」
後方、ホノカ機の後ろにライフルを構える『ファランクスSt』がいた。ルミナは続けて二発、軽い挙動でライフルのトリガーを引く。
それだけで近づいてきた『フライ』を二機、見事に真芯を打ち抜いて撃墜した。
「すごい……」
「ありがとうございます、奈々瀬さん!」
「こっちこそ、遅れてごめんなさい」
ハルタ達の称賛にそう応えるルミナの声はまだ眠そうだったが、目は冴えているようだった。
「玖州くん、『スタッグ』三機に護衛の『フライ』数機、これで終わりみたい」
「わかった。右側二機は俺が行く。左側の『スタッグ』を白藤さん達で対処、奈々瀬さんは『フライ』を二人に近づけさせないように」
「了解」
「わ、わかりました!」
多少緊張感のある返答と共にぎこちなく二人が移動する。
(これで二人の技量がわかるか……な?)
今回の任務はサーバー防衛だけでなく、彼らのスキルアップも兼ねていると聞いている。『ファランクス』より性能の高い機体を駆る二人なら『スタッグ』一機くらいは落としてほしいものだが。
水面に水煙を立てて接近する『スタッグ』の一機に急接近をかけてシールドで撥ね飛ばす。有人機であれば躱されただろうがAI操縦の『スタッグ』はモロに一撃を受けて天を仰いだ。
その間に、ウェポンセレクターを回して準備しておいたバニティスライサーをもう一機に投げつける。まばゆい光輪は唸りを上げて易々と『スタッグ』の胴を真っ二つにした。
やはり有人機とは動きが違いすぎる。このところ苦戦を重ねられた強敵との強さの差に肩透かしを受けたような気分になりながら、ユキオは起き上がってきた『スタッグ』を踏みつけ至近距離でビームガンを乱射した。上半身が穴だらけになり、間もなく撃墜された他のマシンと同じように粒子となって霧散する。
(こんなにも簡単だったか……)
「あざやかね」
僅かな時間物思いに耽っているとルミナから通信ウィンドウが開かれた。周りを見れば何機かいたはずの『フライ』が既に全滅している。
「そちらこそ」
ルミナの顔を見ると一瞬、出撃前に付き合うだのなんだの勝手に考えていた事を思い出す。恥ずかしくなって照れたような顔を見せながら機体を、肝心の二人の方に向けた。
二機の『サリューダ』は『スタッグ』を中心にくるくると回っている。鬼ごっこの鬼にされたような『スタッグ』がハルタ機に組みついていくのを暴れて引き離しては、また組みつかれといったところだ。それでホノカも援護のミサイルを撃てないでいる様なのだが。
(これは、思っていた以上に厄介な仕事かもしれない)
ユキオは軽く頭を抱えながら、通信ウィンドウの向こうのルミナにくいくいと『スタッグ』を指して見せた。ルミナも同じような表情を見せて頷く。
『ファランクスSt』が無駄の無い動きで静かにライフルを構え、一発、徹甲弾を放った。
それで、この戦闘は終了した。