萌芽(中)
「まぁ、楽勝でしたね」
トランスポーターから降りるなり、そう言ってのけたワタルが額の汗を無意識に拭うのをマサハルは見逃さなかった。
「あんくらいでむしろ助かったとも言えるな」
どう言ってやろうか迷っていたマサハルの横から、冷めた口調でカズマが釘を刺す。
「俺が、半人前って言いたそうですね」
「そうだな」
自分の腕前に真っ向からキズを付けられて、ワタルが半ば睨むようにカズマの方を向いた。マサハルはその態度にヒヤっとしたがカズマは思いの他、普段の様子からは考えられないほど冷静さを保っている。
「操縦のスキル自体はイイ線いっている。けど、視野が狭すぎるな。背中を味方にカバーさせすぎだろ」
静かな口調の指摘にワタルの言葉が詰まる。少しは自覚があったらしい。
「盾持ちのフロントは、言わば全体の基点だ。後衛はお前を中心に動くことで陣形が成り立つ。そのお前がバットもってホイホイあっちこっちに敵に殴りかかっていったら、後ろの連中は連携も取れねぇ」
「……」
押し黙るワタルにカズマが続ける。
「対空のチェーンガンも活かしきれてない。自分で追えなければAIに任せるって手もある。あそこにいるユキオの『ファランクス』の動きが参考になるはずだ。後で戦闘記録、見ておきな」
「……わかりました」
機嫌の悪さを隠そうともせずにワタルが二人を置いて歩き出す。やれやれ、と肩を回してリラックスするカズマにマサハルが感心した様に話しかけた。
「いい事言うじゃないか。てっきり後輩の指導なんてやる気ないのかと思ったぜ」
「教師役と憎まれ役が必要だろ?」
「……おい」
マサハルにウィンクしてカズマがトランスポーターの方を振り向く。最後にレジーナが降りてくる所だった。
「後は、マサハルに任せるわ。アイツに俺の実力、ガツンと見せておかねーと」
「お前もワタルと一緒じゃねーか」
マサハルのぼやきを無視して、カズマはレジーナに手を上げた。
「よ、お疲れ。さすがにイイ腕してるな」
「ああ」
胸元のボタンを外しながら、レジーナが良く通る声で応える。
「そちらもな。予想よりいい動きと眼を持っている。頼りに出来そうだ」
ニコリともせずにそう言い残すと、薄いブロンドをかき上げながらそのままスタスタとテントの方に歩いていく。その後姿を頬をヒクつかせながら見送るカズマに、マサハルは再び胃の痛い思いをしていた。
<センチュリオン>本部・統括室。
国府田はこの統括室長であり、また関東各支部の責任者である徳寺を前に眉根を歪ませながら食いついていた。
「どうしてなんですか!」
「戦力的にはむしろ増強しているだろう。問題は無い」
窓の外、建ち並ぶビル群を半目で見降ろしながら、徳寺は突き放す。
「しかし、履行二日前での契約破棄など……納得させられません!今まで緊急時の対応も無理を言って受けてくれた大事な取引先です。これでは、今後……」
「そういう連中をコントロールするのが君の仕事だろう!」
徳寺の太い拳が、分厚い無垢材の机を叩いた。
国府田が駆け込んで二十分以上、納得が行かぬと一向に引き下がらぬ国府田に堪忍袋の緒が切れたらしい。
「所詮国家事業に乗っかって日銭を稼ぐ一企業だ。こちらの都合に合わせられないのなら海外移転でも転職でも好きにしろと言ってやれ」
「室長……」
絶対的、とはいかないまでもそれなりに信頼を置いていた上司の冷徹な視線に落ち着いていることはできなかった。
「君は最近あの支部に出入りが多すぎると噂になっているぞ。これ以上この件にこだわるのであれば部署転換も考え始めなければならん」
「そんな、私は……」
「決定事項だ」
徳寺はそれを最後に机に肘を組んだ。これ以上話すことは無いという意思表示である。
国府田もそれを承知していた。やり切れぬ顔を隠しもせず振り返り統括室を出て行く。
しばし戻ってきた静寂に身を委ねてから、徳寺は長く、溜め込んでいた二酸化炭素を吐き出した。
「いつまでもそんなだから、お前は出世できんのだ……」
テントを組み立て、夕食の支度を始める頃にはもう夕陽は水平線に沈もうとしていた。初日は深く考えずに肉と野菜を切って串に刺しバーベキューを楽しんだ後は、オルカチームの三人にパンサーチームの戦闘動画を見せながらマサハルがレクチャーを行っている。
「と、すっかりマサハルに任せてしまったけど、いいのかな」
皿を洗いながらユキオが呟くのにルミナが苦笑しながら答えた。
「意外と向いているみたいだし、私達がご飯担当になったんだから分担ってことでしょ?」
「俺だって料理が得意なわけじゃないよ」
「教えてあげようか?」
暗がりの中でそう悪戯っぽく笑うルミナの視線が子供をあやしているようにも見えて、恥ずかしくなってそっぽを向く。フフフ、とルミナが笑った。
「イチャイチャしてないで、早く寝る用意しろよ」
二人の後ろから、シャワーを浴びてきたらしいカズマが、ペットボトル片手にやってきた。
「シャワー、使わせてもらえた?」
「ああ、飛羽さんが頼んでくれてな。でもむこうの兵隊さんのテントに結構近いぜ」
「それは……ちょっと恥ずかしいな」
ルミナが困り顔を見せる。
「ユキオにずっと見張っててもらえばいいんじゃないか」
「玖州君だって覗くでしょ?」
「覗かないよ!」
慌てて否定するが、ルミナの眼は半信半疑だ。前科二犯の許しはまだもらえていないらしい。ハッハッハと笑うカズマを向いてルミナが聞いた。
「女の人もいるんだよね」
「そんな事言ってたな。メンテナンスチームに5、6人くらいと、あとトレーサーにも何人か」
「その人達と時間合わせられればいいけど」
そんな話をしている内に皿洗いも終わっていた。
「矢井川君だっけ、神谷君から見てどうなの?」
「腕は悪くねえよ。思い切りがいい分昔のユキオより敵に圧力がかけられる。ただ雑だし周りが見えてないから、そこの矯正がいるんじゃねえかな」
「……」
少し眼を丸くしているユキオに、なんだよと不満そうにカズマが言う。
「意外と冷静な分析だなって」
「神谷君は人を見る目あるよ、意外と」
「うるせぇぞお前ら!」
地団太を踏みかねない勢いで怒鳴るカズマを宥めながら、
「じゃあ、ヴィレジーナさんは?」
ルミナの問いに、カズマが一瞬押し黙る。珍しく歯切れの悪そうに言葉を選ぶカズマにユキオとルミナは首をかしげた。
「……まだ一回しか見て無いからな、実際のトコはわかんねぇけど上手いんじゃないか?俺達より戦歴も長いんだろうし」
「いやに慎重なコメントじゃないか」
「まだ評価しようが無いって言ってんだよ」
持っていたスポーツドリンクを一気に飲み干してゴミ箱に投げ入れる。ペットボトルはカコン、と軽い音を立ててさび付いたゴミ箱の底に落ちた。
「ワタルにしたってそうだな……上手くなるか、あの程度で終わるか、俺達次第ってとこじゃね」
その呟きにユキオとルミナも緊張が戻る。自分達の仕事の責任を感じているからこそ、彼らの指導も充分に考えていかなくてはいけない。
「んじゃ、三時から当番だし俺は寝るわ。ユキオも早く寝ろよ」
「ああ、お疲れ」
背を向けて歩いてゆくカズマの背中にもやや疲れが見受けられた。ふと、吹いてきたぬるい風にユキオはブルッと身を震わせた。
警戒担当は二人組で三時間交代。空き時間はオルカチームの研修の他、出撃した機体の装甲補修、弾薬補給に炊事洗濯、合間に休憩というスケジュールだ。そのせいでなかなか8人が一斉に揃う時間が無い。
スケジュールの進行を任されたユキオは悩みながら暗がりの中テントサイトに戻ってきた。
テントは合計五つ。大きいのが三つ、それぞれカズマ・マサハル、ワタル・ハルタ、ヴィレジーナ・ホノカ組が使っている。小さい二つをユキオとルミナが一人で使う事になった。米軍の備品の余った物を使わせてもらっているのだが、結果的にいい配分になった。
自分に充てられた、『5Fr』と同じ深いグリーンの小ぶりなテントのジッパーを開けて中に入り込む。マイナス15℃環境まで使えるという寝袋が用意されたがさすがに4月頭とは言えこの南の島でそれに潜り込む気には慣れなかったので敷布団代わりに使う。
屋根部分の中央、ポールが交差しているところから吊るしている小さなLEDランタンを点けて、鞄の中からピクチャーシートと自前のタブレットを出してスケジュールの仮組みを始める。
(警戒担当は敵襲に合わせてあと二人起こしていい事になったから、オルカチームで組んでも大丈夫だな……できるだけ固定化せずにやりたいけど)
自分がそれぞれと組んだ時の事を考えてみる。よくわかっていないオルカチームの三人やヴィレジーナとの連携は、口で言うほどには簡単ではないだろう。
「三人の訓練だけじゃなくて、俺達との連携の練習もしなければいけないってことか……」
今日カズマ達が撃退したようなレベルの戦力なら問題ないが、仮に『ロングレッグ』や『ギガンティピード』なんかが来る事になれば、あのワタルの操縦技術から考えれば。
(下手すれば全滅、サーバー破壊で飛羽さん達や米軍の人もアウト……)
改めて、重要すぎる任務を背負わせた飛羽の事を恨みながら、後で調整できるようざっくりとしたスケジュールを組んでとにかく眠りにつく事にした。明日も早く起きなければいけない。
ランタンの灯を消して横になると、いつもとは違った感覚が周りに満ちているのに気付いた。
フローリングとは違う地面の上の感触、外から感じられる虫や生き物の気配。
夜風が、テントを揺らす。それを新鮮に感じたが、心細いとは思わなかった。
(昔の人間はみんな、こんな夜を過ごしていたんだろうな)
街とは全く違った環境だが、本来生き物としてはこの方が自然なのだろう。そういう考えが、ユキオの心を穏やかにしていた。
(寝よう、明日もきっと、忙しくなる……)
少し哲学的な事を考えようとしたユキオだったが、疲れも溜まっていた。自然に満ちた夜の島の気配をもう少し楽しみたかったが、そのうち静かに寝息を立てていた。