萌芽(前)
『サリューダ』
<センチュリオン>静岡支部謹製
簡易換装システム実装型戦闘用WATS(ウォールド・アーミング・トルーパ・システム)
最高速力 122Km/h(通常装備時)
武装
Mt19小型シールド
Kk38大型タワーシールド
対重装甲用ヘビーメイス
51型対空用チェーンガン
中・長距離用ホーミングミサイル各種
その他、『ファランクス』シリーズの使用する各重火器を使用可能
<センチュリオン>悠南支部・パンサーチームで運用されている専用機、『ファランクス』で得られたデータを解析し
より堅牢かつ量産性を高めた次世代型戦闘用WATS。
全身を胴体部、両腕、両脚(下半身)の三つにユニット化し破損部分を迅速に交換し戦線に復帰できるよう設計されている。
未だ実戦での実績は無いが、戦闘中にパーツを差し替えて前線に再投入する事も不可能ではない。(ただし複数の僚機によるオペレーションとその作業をカバーできる防衛が必要とされる為現実的ではないが)
脚部にはWATS史上初の四脚タイプやホバータイプの設計も進められている。
外見上の特徴としては、ジャケットアーマーと呼称される上半身追加装甲が上げられる。任務により重装甲タイプ、火器内臓タイプ、格闘戦用タイプが用意され簡易に脱着が可能である。
基本出力も『ファランクス』と同等以上であり、これは世界的に見ても量産ベースでは最高級のスペックと断じても過言ではない。静岡に拠点を置くメーカーがライセンスを取り、海外に向けて生産販売を進めている。
それぞれの挨拶が終わったところで、タイミングでも図られていたのかユキオ達のリストウォッチが一斉に警報を発した。飛羽も真面目な表情でボヤくように言った。
「まったく、コーヒー飲むヒマも無いってか」
そうだな……と少し悩むようにして、素早く学生達を見回した。それからその中の四人に指を差す。順にカズマ、マサハル、ロン毛のワタル、そして異国の軍人、ヴィレジーナ。
「まずは四人に出てもらおう。どうせはぐれ部隊だ。カズマに指揮を任せる、恥ずかしく無いようにしっかり決めて来い」
「わかったよ」
少なからず異論はあったが事に敵襲となれば、指揮官の指示には速やかに従わなければならない。カズマは後々の事も考え素直に応じた。他の三人も頷いてトランスポーターへ駆け出す。
「残りはこっちだ」
飛羽がユキオ達を連れてトランスポーターの横に併設された箱型タイプの天幕に向かう。中にはパイプ椅子に折りたたみの机、それから戦況表示用のディスプレイと簡易コンソールがあった。
東海林に促されてホノカがディスプレイの前に座る。パイプ椅子には「御蔵島役場」とマジックで書かれていた。島の役所から借りたものらしい。
「来ました。大型の『フライ』5機、それから水上支援タイプの『スティングレイ』3機です。接敵まで451秒!」
「『スティングレイ』?」
聞いた事の無い名前だった。ユキオの声にハルタが説明する。
「海上や沿岸部の都市で見られる中型の飛行タイプです。スピードと支援射撃をしてくる面倒な相手です」
「なるほど」
戦場のリアルタイムグラフィックが表示された。カズマ達の『ファランクス』、それから『5Er』の様に大型の盾とハンマーを構える新型機、それに白い飛行タイプのWATSが足首まで浸かるくらいの遠浅の海に陣形を組みはじめていた。
(溺れるほど深くは無いだろうが……立ち回りに気をつけないといけなさそうだな)
「白いのは少尉の『フランベルジュ』だ。ドイツ製、飛行型の試験生産用のデータ収集用で『As』のデータが元になっている。妹みたいなもんだな。前に出ている盾持ちは静岡支部謹製、『サリューダ』。『ファランクス』よりも頑丈だって話だ」
「あちこちで新型のトルーパーを作っているって事ですね」
「そうだな、『ロングレッグ』に『ヘラクレス』みたいなのが次々来るようじゃウチの自慢の『ファランクス』だって厳しいのはお前達が一番わかっているだろう」
ルミナの言葉に飛羽がそう現実を突きつける。いつかは愛機、『5Fr』も乗り換えなければいけないのかと思い憂鬱になりながらもユキオはディスプレイから視線は外さなかった。
「戦闘エリアに入ります」
ホノカの声に、緊張が走った。
鮮やかなブルーがモニターを染めている。
水平線を境に、青空とそれを映す海が広がっている。流れてくるちぎれ雲とところどころに黒い岩が突き出ている以外は、嫌味なほどに清々しい青の世界。
が、それに見とれている余裕のある人間はいなかった。
(あれが、静岡支部の新型か)
マサハルが正面モニターに映る見慣れないWATSを見やった。人型ではあるが、上半身に分厚いアーマーがかぶせられ頭部まで覆われている。可動に関してはそれほど阻害していないように見えるが実際操縦にどれほど影響するかはわからない。
左手には『5Fr』の『ヴァルナ』と同じサイズのシールドを持つが、全体的な厚みはそれほどなく純粋に物理的な盾以外の性能は無さそうだった。肩口には対空用のチェーンガン、そして右腕には大型のメイスをぶら下げている。特別な仕掛けは無く、純粋な打突武器のようだ。
その、ワタルの操縦する『サリューダ』の後にマサハルの『2B』が陣取り、二人の上空に青と白、飛行型のWATSが二機滞空していた。
片方はカズマの『ファランクスAs』そして。
「あれがヴィレジーナの、『フランベルジュ04gP』……」
白く華奢で、可憐とも言える流麗なラインを持つWATSだった。カズマの『As』の運用データを流用して造られたらしいが、見た目は羽がある事以外はほとんど違う。両腕に銃を持ち、ウィングにミサイルを懸架しているが『As』より火力があるようにも見えない。
なんにせよ、飛行型のWATSは未だ希少品だ。この『フランベルジュ』に到りようやく10機程度の数が揃えられたが、このシリーズもまた量産化へのデータ検証機でしかない。火力、運用コスト、操縦の簡易化……一般のトレーサーに流通させるためにはクリアしなければならない課題が山ほどある。
守るべきサーバーははるか後方、バックモニターに小さく映る島にある。自分達が抜かれても、島に配備されている米軍のAI操縦型WATS『パトリオット』が防衛をしてくれるだろう。当然、マサハルとてこの数を撃ち漏らすつもりは毛頭無いが。
「きたな」
カズマの言葉に一同が視線を移す。広域レーダーに敵機を示す赤い光点が8つ。いずれも巡航速度で入ってきた。それを確認して飛羽がマイクを取る。
「各員聞こえるか。敵は巡回中の編隊かはぐれ隊だかわからんが、ここでの調査活動はまだ知られたくない。全機撃墜しろ、いいな」
「了解、全機撃墜だな」
カズマの若干機嫌の悪い返答と共に、四機が前進を開始する。
「ワタル……だったっけ?」
「はい」
マサハルの通信にワタルが前進を続けながら応えた。
「実戦経験は?」
「3回、ですけど」
「充分だ。メンバー構成から前衛を張れるのはお前の機体しか無い。悪いけどやってもらうよ」
「了解です」
返事は飄々とした感じにも聞こえるが、その足取りには緊張が感じられる。
(まだ修羅場を潜ってはいないんだろうが……この程度で緊張されちゃ困るんだけどな)
若干ヤンキー風の外見に、根性は座ってるんだろうなと期待していたマサハルは少しばかり落胆していた。上を見上げれば、カズマが突撃を我慢してウズウズしているかのように小刻みに『As』を動かしている。
(アイツはアイツで、ロシア娘にライバル心丸出しだしさ……早くうまく噛み合ってくれないと、ヤバい事になりかねないぜ飛羽さん)
「砲撃、来るぞ」
ヴィレジーナの警告と共に空に火線が走る。長距離飛行タイプの『フライ』がタンクを投棄しながらレーザー攻撃を開始してきた。続けて飛行支援機の『スティングレイ』が対地機銃をばら撒く。
「散開、迎撃開始だ」
カズマが短くそう言ってレーザーライフルを放った。青白い細い閃光が煌めいて先頭を飛んできた『フライ』を貫く。続けてバーニアを吹かし右手の編隊へ向かう。
反対に飛んだ左翼の『フランベルジュ』から牽制のミサイルが白い尾を引いて敵陣に迫る。陣形を崩されて、バラバラになった『フライ』のうち二機を、抜け目なくマサハルが小型の高速ミサイルで撃ち落した。
「アトゥリーチナ。的確な射撃だ」
マサハルへレジーナから短く通信が入った。ロシア語は分からないが褒め言葉だろう。軍人らしい固い口調だが、透き通る声音は耳に心地いい。
「そっちの牽制が良かったのさ。サンキューな」
(さて……アイツはどうだ?)
ワタルの駆る『サリューダJ-r』は後続の『スティングレイ』に狙いを定めたようだ。重装甲に任せ敵の攻撃を物ともせず突撃する姿はユキオの『5Fr』を髣髴とさせる、が。
(雑過ぎだ)
敵弾をシールドで弾きながら、速度の優位さのみで白兵距離へ飛び込みメイスを叩きつける。直撃を食らった『スティングレイ』は火花を上げながら派手に歪み、火を吹いて水面に墜落した。
ワタルは次の得物を見定め、再びブーストを吹かしてゆく。上空ではカズマがいつもより激しい機動で敵機を撒きながらライフルを斉射していた。それを見てマサハルは他のメンバーに聞こえないように小さく呟く。
「こりゃあ、ちょいと骨が折れそうだぜ、飛羽さんよ……」
「どう……ですかね?」
戦闘の一部始終を見ていた東海林が、恐る恐る飛羽の意見を求めた。自分の父親と同じくらいと思われる男が、まるで課題の出来を教師に聞く学生のようにしている光景は見ているユキオ達の居心地を悪くさせた。
「そうですなぁ」
ポリポリ、といつものようにアゴを掻きながら飛羽が言葉を選ぶ。この男がこういう仕草を取る時は、言いたい事は決まっているのだがそれをどれだけオブラートに包めるか迷っているという事だ。
「基本は出来てますよ。思い切りもいい。後は全体の戦況把握と連携ですかね。座学的な事になるので、彼次第ですがまぁいいトレーサーになるでしょう」
なんとか飛羽の捻り出した、当たり障りの無いコメントを真に受けて東海林がホッと息を吐く。よろしくお願いしますと言いながら額の汗をハンカチで拭った。
「ユキオ」
「はい?」
飛羽が急に自分の方を振り向くのでやや驚いて高い声を出してしまった。
「戦闘ももう終わるだろう。外に焚き火台があったな、火を熾しておいてくれ。いい豆を持ってきたからコーヒーで労ってやろう」
「わかりました」
「ルミナと……ええと白藤ちゃんだっけ?今の戦闘をダビングしていつでも見れるようにしておいてくれ。いい教材になる」
「了解です」
快活に応えるホノカの声を背にユキオは天幕を出た。戦闘の結末は気になるものの、あの分では問題無く全機撃破出来るに違いない。
「さてと」
先程のテントの前に戻ってきた。大きいテントが二つすでに組み立てられていて、その前に金属製の焚き火台がある。少し離れた所にはまだキャリングバックに入ったテントがいくつかあって、それがユキオ達パンサーチームが使う物だろう。
「アレも組み立てなきゃいけないが、まずは火熾しか」
呟いては見るものの、実際にはやったことはない。用意されていた新聞紙と細い薪を昔小学校の図書室で読んだサバイバル入門の本に書いてあったようになんとかピラミッド状に組み立てて火をつけるが、うまく木の方に火が移らずに新聞紙だけが燃え尽きてしまった。
「むむむ」
どうしたものか、と考えていると。
「難しいか」
「うわっ」
いきなり背後から声を掛けられ、驚いて振り向くとそこには飛羽が立っていた。手に持っていた袋を無造作にパスされて慌てて受け取る。見てみるとそれは、粗引きされたコーヒー豆だった。
「都会っ子だから、難しいかなとは思ったが」
「……初めてだったもんで」
遠まわしに、今時の子供はと言われているようでムッとしたがユキオの同級生だって焚き火が得意な人間はいない。むしろいたらそれは放火趣味を疑われるだろう。
「ま、見ときな」
焚き火台の前にしゃがみこむと、飛羽はポケットから大降りのナイフを取り出した。それで細い薪をさらに剥ぐように裂いてゆく。刺身のツマのようなものを一掴みほど作ると、それを焚き火台において火を着けた。
「意外とな、こういうのは燃えないもんでな。こうやって手間をかけないと逆に時間がかかっちまう」
新聞紙よりは粘り気のある炎に皮を外した薪をくべて火を移す。さらに二、三本の薪に火を移したところでその中に木炭を一つ置いた。さすがに言うだけあって手馴れたものである。
「コイツに火がついたら後は炭を置いていけばいい。充分に量はあるはずだが、一週間保たせなきゃいけないからな。大事に使えよ」
「……まさかと思ってましたけど、メシってこれで作るんですか?」
嫌な予感がして訊いたユキオに、ニヤッと飛羽が面白そうに笑う。
「昼飯はリック大尉にハンバーガーを回してもらうけど、夕飯は自分達でやりな。せっかくのキャンプだから楽しまないともったいないだろ」
「ええと、コンビニとかは……」
「港の近くまで戻らないと無いが……歩いたら二時間くらいかかるぞ?」
「……わかりました」
もとより反論や抵抗は無駄だった。ユキオが嘆息して頷くのを見ると、飛羽は楽しそうに使い込んだらしい真鍮のポットを取り出し、それからドリッパーにペーパーをセットしはじめた。
「ま、作れったって俺が用意できるのは肉と野菜だけだ。米もあるけど、基本焼くだけだろうし気楽にやれよ」
「了解です」
そのくらいならなんとかなるだろう。カズマやマサハルはやらないだろうが、料理の得意なルミナは手伝ってくれるに違いない。まさかこんな島まで変な(と言ったら本人は怒るかもしれないが)食材は持ち込んでいないだろう。
(……と、思うけど)
ルミナの持ってきたピンク色の大きなトランクケースを見て一瞬、嫌な汗が背筋を流れたがユキオは努めてその可能性を否定しようとした。
あたりに深い味わいのあるコーヒーの匂いが漂い始めた。少なくとも、ユキオの父が手がけるものよりは上質のものらしかった。