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島薊と南風と




 「ふうっ」


 ポッドから出てきたレイミが重いヘルメットを脱いでカーペットに投げ捨てる。今の戦闘でポッドのCPUが出した熱がファンで排出され、暖房も付けていないのに部屋の中は汗ばむほどの温度になっている。続けて、ピンク色のセーターも脱ぎ捨ててタンクトップ姿になったレイミは足でポッドのドアを蹴っ飛ばして閉めた。


 そこで、玄関のドアが開けられる音がした。乾いた冷たい外気が流れ込み、火照ったレイミの肌とポッドから急速に熱を奪い去ってゆく。


 「ただいま……なんて恰好してんだ、この寒いのに」


 ヒロムがリビングの電気をつけながら声をかけた。やれやれとコートを脱いでハンガーにかけてから、食卓の上のカバに手を合わせる。


 「また散らかしやがって……ホントにお前メイドの仕事してんのか?」


 「うっさいわね!一週間も遊んでたくせに!」


 苛立ったレイミが今度はヘルメットを蹴り飛ばす、がメットは予想外に重く、爪先をひどく痛めたレイミは悶えながら蹲った。


 「なにやってんだお前」


 「~~~~!!!」


 よろよろと壁に手を当てながら涙目でレイミは立ち上がった。


 「で、うまく行ったのか」


 「うまく行ったらこんなにイライラしてないわよ!」


 フラッシュグレネードを受けた瞬間に勝負は決したと思い、レイミは電脳世界から離脱していた。どの道許された介入時間は残り10秒と無かったのだ。慣れていないウォールドウォーとは言え、手持ちの戦力を全て投入したうえで強大なスペックを誇る新型機を破られるなど思いもしていなかった。


 怒りの収まらないままドスドスと足音荒くリビングに戻り、棚からスナック菓子の袋を掴みとると乱暴に開けてそのまま小さな口に流し込む。こぼれたお菓子がぽろぽろと床に転がって行くのをヒロムが諦観の面持ちで見ていた。


 「途中までうまく行ってたのよ!でも性悪の優等生女に邪魔されて失敗したわ!まったくもう!」


 「性悪って……お前ほどじゃねーだろーに」


 うっかり呟いた一言にレイミがあんですって!?と激昂したオオカミのような形相を向ける。


 「ああ、スマンスマン、お前は頑張り屋で努力家のいいオンナだよ……で、どうなんだ?」


 「そうねー」


 続けて冷蔵庫から紙パックのジュースを取出し直接ぐびぐびと飲み干してから、やっと落ち着いたのかレイミは意味深な顔を見せた。


 「確証はないけど、手ごたえはあったわ。もし本当に悠南支部に<いる>のなら、間違いなくアレね」








 




 戦闘が終わると同時にポッドから引き出され、ユキオは脳波検査を受けた。多少の乱れはあるがひとまずは問題無いようだ。


 「良かった……」


 泣きそうになっているルミナに無理して笑顔を見せるが、実の所今すぐトイレに駆け込んで吐いてしまいたいくらいには気分が悪かった。


 「じゃあ、明日と一週間後、病院まで検査を受けに行くように」


 「わかりました」


 <センチュリオン>専属の担当医がそう言って救護室を出て行った。それを見送ったアリシアがマヤに目配せをする。


 「ルミナ、悪いんだけどユキオ君に水を買って来てくれないかな。あとあんまんとか、何か甘い物」


 「あ、うん……ちょっと待っててね」


 マヤが投げて寄こした財布を受け取って、少し不思議そうな表情をしつつもルミナが部屋を出て行く。


 救護室にはユキオとマヤ、アリシアが残された。ナルハはメンテルームでスクラップになった愛機のデータを涙ながらにまとめているはずだ。


 「気分が悪い所申し訳ないんだけど、聞かせてもらうわね」


 アリシアが顔にかかった髪を耳元に戻しながらユキオの前に座る。いつもの色気と優しさを同居させた雰囲気とは違う、感情を感じない、まるで機械と言っていいほどの冷静な表情だ。


 「『グロウスパイル』のプログラムをシータが解除した……間違いない?」


 「はい、俺の記憶に間違いが無ければ」


 「ユキオ君が指示したの?」


 「まさか!アレの封印解除が1分2分で出来ない事は俺も知っています。そもそも解凍プログラムだって持っていませんでしたし」


 アリシアがポケットから煙草を取り出す。細く長い煙草の先にライターで火を付け、目を閉じて深呼吸する様に煙を吐き出した。


 「シータが自分で、勝手に、しかも一瞬でロックを外した……」


 独り言のように呟くアリシアに、ユキオは酷く言いにくそうに口を開いた。


 「聞き間違いでなければ、シータはハッキングをかけると……」


 「ハッキング!?」


 予想だにしない発言にマヤが声を上げる。アリシアはマヤを制する様に手を伸ばした。


 「……『ヘラクレス』の攻撃でAIが緊急モードを立ち上げたのかもしれないわね」


 「シータにそんな事が出来るの?」


 「さぁ?」


 俯いたまま何回か頭を左右に振ると、アリシアは勢いよく立ちあがってユキオにいつもの微笑みを見せた。


 「ごめんね、気分悪い所。いろいろありがとう。シータは面倒見とくから、今はゆっくり休んで」


 「あ……ハイ。よろしくおねがいします」


 アリシアはユキオからメモリーキーを受け取ると、マヤを押し出すようにして連れ立って出て行った。その慌ただしさに妙な物を感じるが、気持ち悪さに耐えかねてユキオはベッドに突っ伏す。


 (いろいろあったけど、もう、何も考えるのも面倒くせえ……疲れた……)


 ルミナを待たなくちゃ……と自分に言い聞かせるのが限界だった。ユキオの意識はあっさりと深い暗闇の中に落ちていった。





 








 雲一つない青空……と言いたかったが、一辺だけ、そうはいかねえよと言いたげな小さな雲が浮いていた。


 (それでも、まぁ気分がいい事には違いが無い)


 少なくとも、昨日見たウォールドウォーの青空よりはやはり現実の方が良いと思いながら、病院帰りのユキオはルミナと駅前まで歩いていた。


 改札の前には巨大なトランクとキャリーバックを重ねているナルハがニコニコしながら手を振っている。


 「大丈夫?昨日はひどくやられたみたいだったけど」


 「お互い様ですよ」


 ナルハの嫌味にユキオもニヤっと笑って、拳を合わせる。ルミナはそれを隣で、ゲーマーって変なのと思いながらも笑顔で見ていた。

 

 「これ、支部の皆からです。お花が良いと思ったんですけど、電車で邪魔になるだろうって思って」


 ルミナも一歩歩み寄って持っていた紙袋を渡した。中には寄せ書きの入った封筒と、有名店のクッキーの缶が入っている。


 「ありがとう、こちらこそ楽しかったわ。おまけに良い物まで頂いちゃって」


 そう言ってナルハは持っていた真新しいメモリーキーのチェーンに指をかけてくるくると回して見せる。昨日の『ヘラクレス』との戦闘で大破した『エストックE51』は修理をメーカーから断りを入れられるほどの損傷を受けていた。途方に暮れていたナルハの敢闘を称え<センチュリオン>悠南支部は最新型の『エストックE52』を購入し贈呈したのだ。


 「いいですよねー、新型!しかも一般販売用じゃなくてマスターバージョンなんて、なかなか乗れるもんじゃないですよ」


 「そうだよね!これまだ世界でも10人も使ってないんでしょ?嬉しいなぁ~!」


 ナルハは子供のようにはしゃいでいる。心底嬉しかったようでユキオもルミナもつられて笑った。


 「でも、ホントに行っちゃうんですか?フリーのままでも一緒に……」


 ルミナは微笑みながら、惜しむように問いかけた。ナルハも寂しそうに傍らの荷物の山を見る。


 「ま、ね。そうしたいのはやまやまなんだけど、あの劇団あまり水が合わなそうだし……新潟で知り合いが新しいユニット立ち上げるっていうからさ」


 それから、振り返って屈託の無い笑みをユキオに向ける。


 「それに、ユキオ君にもフラれちゃったから」


 「ふぇあ!?」


 「!?」


 意表を突かれる言葉にユキオの声が裏返り、さらにその横顔にルミナの視線がナイフのような鋭い光を見せた。


 「ち、違う!いや、その、違わないけど……ええと、そうじゃなくて」


 「まぁまぁ」


 年下の二人の様を見てアハハハハと笑いながらナルハは二人をなだめた。


 「二人とも頑張りなさい、いろいろとね」


 それまで見たことの無い穏やかなナルハの表情に、二人が少し驚きながらも頷く。


 ホームから、特急の到着するアナウンスが聞こえてきた。ヤバっ、と慌ててナルハは荷物を持ち上げて、改札へ向かう。


 「また会いましょ、元気でね」


 「草霧さんも!またいつでも来て下さい!」


 ありがとう!と返事が返ってきたときには、もうナルハの後姿は無かった。


 「なんか……」


 「最後までバタバタしてる人だったね」


 見送った、という感慨も無く二人は駅前に立ち尽くしていた。空を見ると、いつの間にか雲も流れ消えてしまっていた。


 


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