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チョコレート・コスモス(前)



 合宿先からの帰りのバスの中、カナはケータイが震えた事に気付いてポケットに手を入れた。


 「どうかしたのか?」


 隣に座っているヒロムが深刻そうな顔をしているカナに気がついて声を掛けた。


 「ユキ兄ぃ……お兄ちゃんが戦っているって言うから、パンサーチームのライブチャンネルに登録したんだけど、今出撃したってメッセージが来て……」


 「マジか?」


 カナの震える手を握りながら、ヒロムが小さなケータイの画面を覗き込む。そこには悠南市の通信アンテナにマイズアーミーが侵攻を開始し、その阻止の為にパンサーチームが出撃した旨が書かれていた。


 カナはいつになく真剣な顔で、ライブカメラ視聴のタブに触れた。


 画面が一瞬で戦場の映像に切り替わる。そこには敵機の猛攻の中奮闘するグリーンの大型ロボットの姿があった。


 「これに……ユキ兄ぃが……?」


 不恰好な箱状の武器で狙いをつけ、『ファランクス5Fr』が次々と『フライ』を叩き落していくが戦場に飛び交う火線は一向に減る様子は見られない。

 そうしている内に、『ファランクス』の右肩アーマーにロケット砲弾が直撃し爆発を起こした。


 「ああっ!?」


 カナが顔を真っ青にして小さく悲鳴を漏らす。バスの中がその声にざわめいたが、ヒロムが周りに笑顔で大丈夫大丈夫を手を振ってその場を収めた。


 それから、カナの震えを抑え付けるように胸に抱いて耳元で囁くように言い聞かせた。


 「だいじょうぶだ。カナの兄ちゃんはこの程度じゃやられはしない」


 「ど、どうして……」


 わかるの?と言うカナの唇に人差し指を当てる。


 「俺も時々パンサーチームの戦いは見てたんだ。まさかカナの兄ちゃんが戦ってるとは思わなかったけど……だからわかるよ。このくらいの敵に負けたりはしないよ」


 「本当?」


 「ああ」


 それを聞いてひとまずは落ち着いたのか、カナは黙ってケータイに視線を戻した。生気の無い顔に、さすがにヒロムも悪いなという負い目を感じる。


 (まったく、妙な事になったな)


 戦闘は始まったばかりで、マイズアーミーのマシンは続けて編隊を組んで襲い掛かろうとしているがこの数ではユキオ達を倒すことは出来ないだろうという事は、ヒロムにはよくわかっていた。


 (アレはまだ出ていない……レイミの奴、手持分を全部使って戦力を削る気か)


 カナを安心させる為にその肩をぽんぽんと叩きながら、ヒロムは微妙な立ち位置に気まずさを感じていた。








 二十一機の『フライ』、九機の『ビートル』で形成された第一波を排除して、ユキオは状況を確認した。

 

 『ファランクス』二機及び『エストック』、防衛対象のアンテナも健在。ルミナ達も多少の被弾はあるが装甲に問題は無いようだ。『5Fr』もバリアツェルトは失ったもののダメージは軽微。


 続けて残弾……今回持ち込んだマルチ・ガンランチャーはロケット砲弾が残り二割、レーザーが三割強、使い勝手の良かったガトリングが一割弱残っている。次の第二波で使い切ってしまおうとユキオは決めた。三波が来る前にマヤに武器を転送してもらえばなんとかなるだろう。なにより心底重くて腹立たしい程使いにくい。


 『St』はライフルをまだ半分以上残している。『ゼルヴィスバード』にも余裕を持たせているようだ。『エストック』は四割といったとこだが、あの機体は格闘戦メインなのでさほど困る事もないだろう。


 「パンサーチーム各機へ、敵第三波が加速しました。二波と続けてきます。警戒してください」


 一通り確認して呼吸を整えているユキオのポッドに司令所からオペレーターの声が届く。


 「『5Fr』了解。追加火器転送を要請頼みます。マシンガンとバズーカ、合う奴で。こないだの<二本差し>はいらないですよ」


 「了解。すぐ送ります」


 オペレーターがユキオの念押しに苦笑して通信を切った。あの欠陥バズーカに対してどれだけ文句を言ったか、悠南支部ではずいぶんと噂が広まったようだ。


 「さっきよりも多そうね……」


 ルミナが深刻そうに二人に通信ウィンドウを開いた。レーダー情報と、偵察飛行をする『ゼルヴィス』からの映像も回す。


 「『ラム・ビートル』に『ローカスト』かな……陸戦になるな」


 「ありがたいことで」


 ナルハが、ガン!と『エストック』の両拳を打ちつけた。ゆっくりと歩いて『5Fr』の前に出る。二機の足元に砂塵が舞い、流されていった。


 「フロントは交代ね。いっぱい守ってあげなさい」


 「……頼みます」


 今の戦闘で気疲れしていて言い返そうにもうまい言葉が出てこない。ナルハほどの役者に口で勝てるはずもなし、とユキオは諦めて前を譲る。ルミナに『5Fr』の左腕を上げて見せながら、気を抜かずに行こう、と言った。


 「了解」


 ユキオの言葉に短く答え、ルミナも通信を切りながら二人のジェスチャーを面白いなと思った。兵器でありながら、二人のマシンからはそれぞれの思いや性格が見て取れる。マシンの背中を見せたまま通信するだけで事は済むのに、わざわざ機体を振り向かせて見せるユキオの性格が、ルミナには心地良く思える。


 そのささやかな思いやりにもう少し浸りたいのだが、マイズアーミーの第二波が戦闘エリアに侵入してきた。ルミナはスコープを引き寄せ、多少の八つ当たりを込めてライフルのトリガーを絞る。


 (二波、三波も正面から来る……普段とは違う)


 防衛対象の周りにはいつも通り『バリスタ』を備えさせているものの、それらへ向かう部隊は未だ見られなかった。正面から来る部隊も、敢えて自分たち三機を<撃墜>してその先へ進もうとしている。いつものマイズアーミーの動きではない。


 姉も気付いているだろうが、他の防衛線の指揮も取っている以上こちらの分析は出来ていないかもしれない。


 (どうする?と悩んでみても……)


 ライフルの銃弾が『ラム・ビートル』の衝角ごとボディを貫通していった。全く意識せずにルミナの指はライフルのリロードを行っている。


 (私達三機じゃ、他に策は無い。全部倒すしかないんだから)














 「ユキオ達は大丈夫か?」


 飛羽が速射ライフルを『ローカスト』に乱射しながらマヤに回線を開く。荒野の上で二つの火球が咲いて、大量の土埃が飛羽の『チャリオット』を汚したが、構わずに次の標的を探す。


 イーグルチーム二隊の戦線は持久戦を強いられていた。激戦ではないが継続的に少数の高速機が侵入してくる。それも回避運動を重視するため撃退に時間を取られていた。


 「今のところはね……」


 そうは答えるがマヤの顔には苦々しいものが浮かぶ。


 「嫌なパターンだな」


 「何人か回せないの?」


 マヤはイーグルチームの戦場が鎮静化しつつあるのを見て問いかけた。


 「そうしたいのはヤマヤマだが、『バリスタ』は補給に戻したばかりで警戒網ギリギリだ。おまけにもう全員1時間以上戦闘してる。すぐにユキオ達の方へ回れるほど元気な奴はいない」


 「『バリスタ』は補給完了次第パンサーチームへ回すわ」


 「そうしてくれ……クソッ、またか!」


 増援で来た三機の『スタッグ』を見て飛羽が苛立った声を上げる。マヤがもう一隊の方の戦況を確認すると、そちらでも同じような攻撃が再開されていた。

 飛羽の隊は素早く中距離バズーカを構え弾幕を張るが『チャリオット』との直接戦闘を避けるようにホバー移動する『スタッグ』はギリギリで直撃をかわしていく。


 「ちょこまかと!タマ付いてんのか!」


 (これで足止めと思わないような奴は、どうかしてるってことね)


 ますます国府田の推測が現実味を帯びてくる。しかしマヤ達現場にも、<センチュリオン>本部にもその懸念に対抗する術がないのだ。


 苛立ってコンパネに拳を打ち付ける。隣のオペレーターが驚いて一瞬マヤを見上げるが、レーダーからの警戒アラートにすぐ正面を向きなおした。


 「パンサーチームの方向へ接近する敵影有り!……未確認機です!」


 「来やがったわね……」


 マヤが上目使いに大型のメインモニターを睨みつけた。








 「増援か!」


 予測はしていたが二、三波の混成部隊は予想以上に数が多かった。マルチ・ガンランチャーは予定通り使い切って投棄していたが、さらに転送してもらったマシンガンにバズーカも撃ち尽くして、残っているのは残弾も心許ない二連装ビームガンにグレネード、スライサーである。PMC砲はあと一回撃てるかどうか。


 ガンランチャーを捨てたために左腕が自由になった。『ヴァルナ』を通常通り左腕に持ち替えるが、それで備えが万全とは言いがたい。


 後ろにいる二人も残弾は底を尽き掛けていた。二機とも使用する武器が特殊のため、転送武器で間に合わせる事が出来ない。『St』は『5Fr』と同じ様にバズーカやマシンガンを扱えるものの、トレーサーのルミナはそれらの扱いに慣れていないのが痛かった。


 戦闘時間は三十分を超え、撃墜数も総計百以上。若いとは言え三人の疲労は重い。


 「数は一機……『ロングレッグ』ほど大きくは無いけど、速い!」


 「こないだの奴か!」


 ハァッ、と息を吐き新鮮な酸素を吸いこもうとする。正面を見てシールドを構え襲撃に備えた。もし強化型の『スタッグ』なら三機がかりでも苦戦を強いられるはずだ。


 (それに、アレは人が操縦している)


 ユキオには、既に有人のマシンが相手であろうと攻撃する事に迷いは無かった(止めを刺す事に絶対の自信があるわけでもないが)。しかしそれを差し引いても、戦闘AIで動く量産型のマイズアーミーと有人機では動きの質が格段に違う。フェイントの挙動、踏み込みの方向、牽制と本命。


 ゲーマーとして、人を相手に格闘ゲームやFPSで戦った経験のあるユキオとは違いルミナはそういった微妙な敵の動きを察知して駆け引きを行うことは出来ないだろう。あの強化型『スタッグ』なら下手をすれば一撃で『ファランクスSt』を撃破しかねない。


 それ以前に、敵とは言えルミナに『人』を撃たせたくはないのだが。


 一気に胃が重くなるようなプレッシャーを抱えたままユキオは増援が向かってくる方向を見た。


 (……違う!)


 空はいつの間にか夕暮れの色に染まっていた。オレンジと紫が混じり合ったような幻想的な色の中に、推進バーニアの白光を背負った黒い影が浮かぶ。


 そのシルエットは、以前見た黒い『スタッグ』とは異なっていた。はっきりとした違いを確認しようと目を凝らしたユキオの体が、その敵機から放たれた真紅の光弾に反応してペダルを踏んだ。


 「させるかよ!」


 怒鳴りつつ回避するものの敵のビームは速い。嫌な予感が的中したユキオは苦戦を覚悟した。









 「さすがにユキオ君。当たっちゃくれないか」


 暗いコクピットポッドの中、レイミが呟く。悔しそうなそぶりはなく、ヘルメットの下でむしろ嬉々とした表情をしている。


 「……このまま飛んで行ってアンテナを壊しちゃえばこっちの勝ちだけど」


 今のレイミの攻撃で空いた大きなクレーターを取り囲むようにして上空を仰いでいるユキオ達のWATSを見て、レイミは握っている太いレバーを押し込んだ。機体が大きく旋回し、手に持たせた巨大な片刃斧を振りかざして急降下を始める。


 「今日は、違う仕事なのよね!」


本年最後の更新となります

毎度見ていただいている方々には感謝の言葉もありません

来年もよろしくお願いいたします

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