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ピーナッツ・デイ


 「やっと来たかー!」


 夜中の二時。暗いマンションで眠い目を擦りながらモニターとにらめっこしていたレイミが歓声を上げた。両隣どころか、上も下も無人の部屋なので騒音を気にする必要も無い。『J』がそういう手配をしたためだ。


 すでにレイミの頭には『J』の記憶などほとんど消えかかっていたが。


 「ほんじゃ、こっからアタシがキレーにデコレートしてぇ……明日の夜にはみんな帰ってきちゃうからその前に一発お礼参りに行かないとねぇ。あぁ忙しい忙しい」


 端末に届いたデータを展開する。モニターには『J』の使った強化型『ジレーン』よりも更に巨大で凶悪なシルエットを持つ機体が表示された。その装甲は白に近いグレー一色で、いかにも生まれたてといった状態だった。


 両肩には可動式主推進器と一体型になった拡散ビーム砲。右手には刃の長い鉈のような形状の大型アックス。各部に短距離追尾ミサイルや火炎放射器も備えている。単純なマシンパワーでもノーマルの『ジレーン』の8倍に近い出力がある。


 マシンの開発には全く詳しくないレイミにも、相当開発に難航したのではないかと想像できる。


 「さぁ、アタシのデビュー戦に相応しいようにおめかししてあげるからねー」


 レイミの瞳には戦いに取り付かれた狂気も、使命感に燃える闘志も無かった。

 

 ただ、面白そうな事を見つけた年頃の少女のそれそのものである。









 


 ナルハの<センチュリオン>悠南支部での契約最終日。今夜にはカズマ達が東京から帰ってくる。このまま何も無ければ晴れてお役御免なのであるが……。


 「世の中、そうは甘くないか……」


 戦術モニターに目を配りながら、マヤは独り呟いた。


 敵はすでに第三波まで確認できている。第一波の接触まであと10分。学校から呼び出した(昼休みのど真ん中で、ユキオはほっぺたにケチャップをつけたままだった)二人はポッドの中で出撃準備を進めている。あとはナルハが間に合ってくれれば、『フライ』や『ビートル』の混成部隊を抑えられそうだが……。


 「草霧さん、到着です。そのままコクピットルームへ向かってもらいます」


 アルバイトのオペレーターの女の子が、よく通るいい声でマヤに報告した。


 「オッケー。状況を口頭とマップで説明しておいて。『バリスタ』先行展開!防衛対象の衛星通信アンテナから半径6000に全方位配置で」


 今朝からの市内の中央非常発電区画と大学病院サーバーへの侵攻を撃退するためにイーグルチームは出払っている。


 それらよりは数が少ないこの襲撃にユキオ達パンサーチームを当てたのだが。


 (こういうの、最近の悪いパターンなのよね)


 『ロングレッグ』や『ギガンティピード』が出現した時も、同じように小規模戦闘から始まった。今回はそれよりも数が多いが、それでまた大型の強敵が現れないという保証にはならない。


 もし新たな大型兵器が出現でもしたら、カズマ達の抜けたパンサーチームでは対処は不可能に近い。『5Fr』の強化の為に『ヴァルナ』に搭載した『グロウスパイル』も未だ実用化できていない現状では……。


 (ドクターマイズにいいように演出されている、か……)


 先日の国府田の言葉を思い出す。しかし、仮に彼の懸念が当たっていたとしても今の自分達の仕事は何も変わらない。


 「パンサーチーム各機を戦闘域へ」


 せめて義妹達が無事で帰れるよう、最大の努力をしようとマヤは一人気を引き締めた。


 




 


 「いやあ、こないだはサボっちゃってごめんね二人とも」


 通信モニターが開かれ、ナルハがぺこぺこと頭を下げる様子が二人のポッドに届いた。


 「大丈夫ですよ、大した数でも無かったですし。それより、風邪大丈夫ですか?」


 ルミナとナルハがいつもと変わらぬ、いやいつもより『完璧』な穏やかな笑顔を交わすのを見て、ユキオはまた軽い頭痛に襲われた。


 (俺、やっぱり恋愛とか向いてないかもしれない)


 「もうすっかり!前の分まで今日は頑張るから!……ユキオ君元気無いけど、なんかあった?」


 「へ?」


 女心の奥深さに眩暈を感じているところに話題を振られて、ユキオは焦り言葉に詰まった。


 「また変な武器を持たされてふて腐れているんですよ。ね、玖州君」


 すかさずルミナの澱みないフォローが入る。依然変わらない『完璧』な笑顔の裏に何を考えているのかなど、ユキオには知りようもなかった。


 「そうなん?何持ってきたの?」


 「え、ああ……またくだらない試作武器ですよ。重いだけで役に立つんだか立たないんだか……」


 深呼吸して落ち着きを取り戻しながら、今日も渡された新しい試作武器のデータをナルハのインフォパネルへ転送した。


 マルチ・ガンランチャー。巨大な箱状の砲身カバーの中に、ガトリング、レーザーガン、ロケット砲が一緒くたに詰め込まれた見た事もない手持ち火器だ。


 コンセプトとしては、三つの特性の火器を纏める事で常に全火力が敵機の方向を向くようになり、敵機や状況に応じて火力や弾体を選択できるというものらしい。


 つまり、『フライ』のように装甲が薄く多数で攻めてくるものにはガトリング、スピードがそれほど速くはないが装甲の厚い『ビートル』にはロケット砲、『リザード』のように装甲、破壊力に優れる強敵には短期決戦を狙い全火力を同時射撃する……という使い勝手に優れる(設計者の脳内では、だが)一品らしい。


 ユキオとてそのコンセプトを真っ向から否定するつもりは無い。火力をコントロールしたり使い分けられる武器があれば、いちいち別の箇所にある武器の照準をつけないで済むと言うのは魅力的な話だ。


 しかしこのマルチなんちゃらは、そのメリットを全て台無しにするような欠点が備わっていた。


 すなわち、デカく、重い。


 それぞれの弾薬まで内蔵しているため、手持ち火器としては致命的なほど重くなってしまっている。その大きさのため、右手のみならず左手でもサブハンドルを握って運用しなければならない。その為命綱である大型シールド『ヴァルナ』は左肩アーマーの仮設ラックに接続されて、普段どおりの使い方が出来ないばかりかそのアーマーに内蔵されている姿勢制御用のバーニアさえ塞がってしまっている。


 (おまけに、全門斉射しない時は、他の使ってない火器がデッドウェイトになるってことじゃねーか)


 「はー、こりゃなんとも、使いように困る武器だねぇ」


 ナルハがざっくりとしたコメントを返す。さすがにゲーマーのためか軽くスペックに目を通しただけで大体の利点と問題点を理解したようだ。


 「そうなんですよ。この肩に乗ってる変なエネルギー砲も同じ奴が作ったんですけど、ホント、思いつきで作ってるというかなんと言うか……」


 「でも、試作品なんて、最初はみんなそんなもんじゃない?」


 「わかりますけど、こっちは真剣にやらないと……」


 「間モナク、戦闘エリアニ侵入シマス」


 文句を言い続けるユキオの声を遮るようにサポートAI・シータのアナウンスが入った。不満が解消できずに肩をすくめながら、よろしくお願いしますというユキオに二人の女性も苦笑いして通信モニターを閉じる。


 電脳世界に出現した三機のWATSは低空から順次着地をした。


 「うわ……」


 ルミナが思わず雲ひとつ無い青空を見て声を漏らす。ウォールドウォーで戦闘エリアが青空と言うのはごく稀にしか見られない。デジタルの世界と言えど、それは戦場には似つかわしくない晴れ晴れとした空。

 一転、地表は荒野のようだった。砂漠というほど砂だらけではなくごつごつした岩がいくつも転がっている。多少だが細々と植物が生えているのも見えた。


 ユキオは視線を上げて敵機が来るであろう方向を見たが、陽炎が揺らめき大地と空の境界すら判然としない。


 「ロックオンに影響があるのか……シータ?」


 「擬似光学ロックヲ阻害スルヨウデス。アル程度ノ補正ハ可能デス」


 「頼む」


 「第一波、来ます!」


 シータに指示を出してからレーダーに目をやろうとした矢先に、ルミナが鋭い口調で告げた。


 急いで正面モニタを見ると、一斉に敵機の弾丸や細いレーザーが横一線に並んで飛んできた。この陽炎の影響で遠距離での敵機の照準にも問題があるのか、通常とは違う水平爆撃のような派手な攻撃だ。シールドの無い二人が無傷でやり過ごすのは至難だろう。


 「バリアツェルトを使う。二人とも、俺の後ろへ!」


 『ファランクス5Fr』の左肩を前面に向けシールドの下端を接地させた。トリガーキーの下にあるボタンを押し込むと、『ヴァルナ』の左右のパーツが上下に開き細長いアームが横方向へ延長される。


 「バリアツェルト、展開!」


 敵の一斉射撃がユキオ達に着弾する寸前、シールドの両端から伸びるようにして細長いアームの間に、ピンク色に輝く光の壁が形成された。広範囲を緊急防御する『ヴァルナ』の特殊装備だ。


 次々とシールド本体やバリア部分に突き刺さる攻撃の衝撃がユキオの脳を揺さぶった。


 「く、ううううっ!」


 レーザーやロケット砲が何百と尾を引いて襲い掛かる。スコールのような激しい射撃が終わる頃には、バリアも粉々に砕けシールドの表面にも多少のダメージを負っていたが、ユキオ達のマシンへの被害は避けられた。


 (さすがに、もう使えないな)


 バリアツェルトを発生させていた、ボロボロに折れ曲がったアームをパージしてシールドを元に戻す。優秀な装備ではあるが耐久性までは望めないようだ。後ろの二機の無事を確認してから。ユキオはペダルを踏み込んだ。


 「前面で侵攻を鈍らせます!二人はアンテナへの攻撃を防いで下さい!」


 「了解、気をつけて」


 いつになく大部隊が相手だと言うのに、ルミナの返答は落ち着いているばかりか自信すら感じられる。ユキオは安堵して肩のPMC砲を照射モードで発射しながら前進を続けた。







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