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秋桜が咲いて


  四 秋桜が咲いて


 実父の死んだ時の事を、今でも夢に見ることがある。


 真っ黒な雨雲が一面に広がる空と、病室のベッドの上で息も絶え絶えの父の顔を見ながら、九歳のルミナは両手を合わせ必死に神様に祈っていた。

どうかお父さんを天国に連れてかないでくださいと。


 「…ルミナ…」


 父の痩せてカサカサになった手がルミナの小さく柔らかい手に触れた。


 「お父さん…」


 泣いてはいけないと、心配させてしまうからと思っていたのに、自然に目尻に熱いものが溢れてしまう。


 「ルミナ…すまない…。しかしお父さんは…研究に命を懸けることが出来た…その結末を見れないのは惜しいが…悔いは無い。だから何も悲しまなくてもいいんだ…」


 「おとぅ…さぁん…」


 苦しそうな息をしながら、擦れた声で父はそう言った。言っている意味はよく理解できない。自分はお父さんにずっとずっと生きていて欲しいのに。

来月には授業参観もあるし、その次の月には自分の十歳の誕生日だって来るのに。


 父の手が頭を弱々しく撫でる。お願い、もっと昔みたいにクシャクシャと少し乱暴にして欲しいの。


 「…ルミナ…思い切り生きなさい…自分のやりたい事を一生懸命やりなさい。…そうする事で必ず何かが残る…お前がいなくなって、何十年、何百年たったとしても…」


 父の呼吸は見る間に小さくなってゆく、時折思い出したかのように大きく息を吸うのだが、その度にむせて、それも間隔が開いてゆくのだ。


 何度か激しい咳をしたと思いきや、父の青い病室着に赤黒い血が散った。


 「お父さん!?お父さん!」


 慌てる幼いルミナの手を取った父が、信じられないほど力強くその手を握る。ルミナは驚いて目を見開き、涙をこぼしながら父を呼んだ。


 「…約束だ…お父さんは…ずっと…お前達を……」


 それが、大好きだった父の最後の言葉となってしまった。




 コクピットポッドの中、初の実戦で緊張しているのか、首筋にじっとりと汗をかいているのに気が付いてポケットからハンカチを出した。


 間も無くかなりの数の部隊と戦闘状態になるはずだ。レーダーの横に敵の接近スピードと、戦闘開始までの時間がカウントダウンされている。あと、四分弱。


 下校直前のルミナの通信用ウオッチに<センチュリオン>からパンサーチームに召集が入ったのが約十分前。

イーグルチームが対応出来ないマイズアーミーの小規模部隊を迎撃する為にユキオやカズマ達と共に悠南支部に駆けつけ、コクピットポッドに入ったところだ。


 元々ルミナはゲームで遊ぶ習慣が無かった。小学校の時から学校が終われば寄り道もせず家に帰って宿題や復習をする、まさしく絵に描いたような優等生である。


 中学では生徒会副会長、会長を歴任し、思春期の若者をかどわかす不健全なモノ(マンガですら)とは無縁に育ってきている娘だった。


 はっきり言ってこんな複雑な機械の扱いには自信が無い。それでも、義理の姉がどこかの勝手な科学者のせいで毎夜寝る暇もなくなるほど仕事に忙殺されているのを見る様になれ

ば、何か自分にも出来ることは無いかと考えてしまうのが真面目な性格のルミナである。


 幸運にも自発的に受けた脳波テストは高評価で、その目の良さと手先の器用さからウォールドウォー参戦者の中でも希少な狙撃ポジションが向いているのではないか、

と<センチュリオン>のスタッフに提案された。


 義姉のマヤは何度も考え直すよう話をしたが、同じ年の高校生を戦場に駆り出している負い目もあり、ルミナの決意は崩せなかった。


 が、いざ戦闘となればやはり恐怖を覚えるもので、ルミナもポッドに入ってから何度も生唾を飲み込んでいた。


 「奈々瀬ちゃん大丈夫?」


 マサハルが軽い調子で通信ウィンドウを開いて話しかけてくる。大丈夫です、と言いたかったが、


 「多分…行けます」


 となんとも弱気な返事をしてしまっていた。


 「まぁまぁ、力抜いて。数はそれなりだけど質はそんなでもないからさ」


 緊張を解そうとしてるのか、あくまでマサハルは緊張感の無い声だがそれで安心できるほどルミナも単純ではない。そのマサハルの顔の横にカズマもウィンドウを開いてきた。


 「奈々瀬の前にマサハルがカバーに入って、その前をオレとユキオが抑える。長距離攻撃が無ければ狙撃に集中していてくれ。自分で危ないと思ったら、構わず防護壁の裏に下

がってくれていい」


 「ありがとう、気をつけます」


 イケメンがイイ声でそう言えば、確かにときめいてしまうかもな、とルミナは考えた。


 少なくともマサハルよりは頼りになりそうだが、どうにも学校で女子を当たり前のように連れて歩いているのを見てしまって以来、あまり好きになれそうに無いタイプだという印

象を変えられないでいた。


 もう一人の仲間、ユキオからも一言あるかなと思ったが、こちらは召集されて顔を合わせた時に二、三言葉を交わしたきりだ。

学校でも何度かすれ違うことがあったが挨拶を交わす以外の会話は全く無かった。三人の中では一番真面目そうに見えるのだが、暗い雰囲気のせいかどうも何を考えているのかよくわからない。


 (嫌われてるのかな)


 会ったばかりで嫌われるようなこともしていないはずだけど。


 そんな事を考えているうちにカウントダウンが一分を切った。二人とのやり取りで少しは緊張が解けている。ルミナは何度もやったシュミレーション練習を思い出し、自信を持

とうと深呼吸をした。


 真っ暗な暗闇の中、大型マンションのような大きさのプログラム防護壁が五枚そそり立ち、ルミナの狙撃用にカスタムされた『ファランクスSt』がその内の一枚の上に待機している。


 防護壁の少し前にマサハルが、その更に前方にカズマとユキオの『ファランクス』がマイズアーミーを待ち構える。


 <センチュリオン>の警戒レーダーは総勢三十余りの敵影を捕らえていた。大半は『フライ』という小型のマシンだが、何体かは『ファランクス』の性能に匹敵する大型のマシン

もいるらしい。


 (安心しろって言ったって……見えた!)


 モニタを染める漆黒に、オレンジの光点がいくつか小さく滲み出るように浮かび上がるのが見えた。

飛行する『フライ』のバーニア炎に違いない。ルミナ機のメインカメラは高倍率ズームが使用できるので捉えられたが、前衛の二人にはまだ見えていないかもしれない。


 「見えました。十機程、横並びで来ます!」


 「了解!」


 「了解、前に出る」


 ルミナの通信を聞いてカズマがウィングを開き飛び立つ。ずっと黙っていたユキオも返答し前進を始めた。『ファランクス5E』が肩のガトリングを扇状にバラマキながら先頭へ

出る。その後ろからマサハルもマイクロミサイルによる援護射撃を始めた。


 三人ともよどみない動きだ。それを見てルミナも少し肩の力が抜けた。自分がいなくても恐らく防衛は成功するのだろう。


 余裕の出たルミナは『ファランクスSt』に狙撃姿勢を取らせ、天井に設置されているスコープを目元に引き寄せた。


 スコープの画面に『フライ』の群れが拡大して表示される。その内の一機に狙いを定めて、ターゲットスティックを細かく操作しマーカーを重ねていく。


 まだ警戒されていないのか、『フライ』は真っ直ぐにこちらに向かってきていた。


 大丈夫、いける。ルミナは息を止めて攻撃する意思を決めた。


 (…えい!)


 勇気を出してトリガーを引いた瞬間、『ファランクスSt』の構えたスナイパーライフルから電磁加速された徹甲弾が発射され、狙い通り『フライ』の中心部を貫通した。


 動力部に風穴を開けられた『フライ』が推力とバランスを失い、もがきながら地面に墜落していく。


 「すごい、ナイスショット!」


 それを最初に見たユキオが驚いた、という声でルミナの初撃破を褒めた。それに続いて、カズマも口笛を吹き、マサハルからもやったね、とそれぞれ賞賛が送られてきた。


 「あ、ありがとう」


 三人にお礼を言って、体内に溜めていた二酸化炭素を一気に吐き出した。


 大丈夫、シュミレーションと同じだ。落ち着けば出来る。


 ルミナは酸素を急いで取り込んでスコープで次の標的を探し始めた。長距離攻撃に警戒したのか『フライ』達が先ほどより俊敏に動き始めるが、地表からのユキオの弾幕に隊列を乱され前進するスピードは遅くなっているようだ。


 そんな中、隊列から大きく外れ、また侵攻ルートに戻ろうとしている一機が目に入った。ガトリングやミサイルをかわしながら大きく弧を描く『フライ』にマーカーを動か

して、再びトリガーを引く。


 バゥン!という重い射撃音と振動が脳内に響き、それと同時に再び小さな機体に見事な穴が開いた。グラッと姿勢を崩し被弾した機体がまた一つ落ちてゆく。


 「おいおい、カズマの仕事無くなるんじゃないのか?」


 マサハルがいつもの調子で軽口を叩き、カズマもそれに答える。


 「早くも失業の危機だな」


 「そうもいかない、十時方向から『スタッグ』二機、右手を抑える」


 レーダーに目を配っていたユキオがいち早く敵の増援に気付き二人に警告する。カズマも速射ライフルを構え直し手近な『フライ』を片付けに入った。


 「オッケー、じゃあオレは左だ。マサハルは前面の『フライ』をすぐに落とせ、奈々瀬は『スタッグ』と一緒に来た新手の『フライ』だ。任せたぜ!」


 「了解」


 「わ、わかりました」


 素早く指示を出し、ユキオの『ファランクス』と共に前に出るカズマに慌てて返答してルミナはレーダーを再確認する。


 二つの大きな光点が『スタッグ』でそれを取り囲むように『フライ』の小さな光点が五、六ほど射撃レンジに入ってきた。


 ユキオとカズマが『スタッグ』と戦うのを邪魔をされないように出来るだけ早く処理しないといけない。スコープを覗くと、増援で来た『フライ』はすでに回避行動を取りながら接近しているようだ。

細かく動く敵影に合わせて忙しくスティックを操作する。


 (落ち着いて…)


 ルミナはしっかりとマーカーを重ね射撃をした、が高速で襲い掛かる必殺の弾丸に『フライ』はギリギリで対応し、背面装甲に小さな火花を散らしただけでかわされてしまった。


 「外した!?」


 多少自信を持ち始めていたルミナが驚きの声を漏らす。それを聞いてユキオの声がルミナのポッドに届いた。


 「落ち着いて。動きを観察するんだ。ガッチリ照準を合わせるより、その先に置く様に撃つ方が当たる時も多いよ」


 「そ、そうなんだ、わかった」


 緊張して上擦った声でルミナはそう返事をした。もう少し丁寧な言葉で返事が出来たろうに、と自分が焦っている事に余計戸惑いと苛立ちが募る。


 再度スコープを覗き、言われた様に敵の動きを見て、なんとなくこう動くのかなと目星をつけた先にターゲットをずらしトリガーを引く、がカチン、という虚しい音がしたのみで弾丸は発射されなかった。


(!?)


 慌てて手元のインフォパネルを見ると画面に大きく注意マークが出ていて、要装填というメッセージが加えられていた。


 しまった、とルミナが内心呻く。この『St』の主兵装、スナイパーライフルはルミナの参戦に合わせて急ぎ用意された試作品で三発毎の手動リロードが必要と再三言われていた。


 出撃前はしっかり覚えていたが、最初の撃墜以来、緊張と興奮ですっかり頭の中から抜け落ちてしまっていた。


 (思った以上に緊張してるのね、私)


 全身汗でベタベタしている事にも今気が付いたが拭いている暇は無い。余計イライラしていると、急にサポートAIが若い女性の合成音声で「リロードヲ行ッテ下サイ」と指摘し

てきた。ルミナはちょっとムッとして、


 「分かってる、もう少し早く言ってよ」


 と小声で文句を言うと、イータと名付けられたAIが少し申し訳無さそうに


 「失礼シマシタ、以後改善シマス」


 と答えてきて、その反応にビックリする。


 (サポートAIって、すごいんだ)


 素直にそう感心した。今のやり取りのお陰か、大分落ち着きが戻ってきた気がする。


 射撃地点を変えようと思い、立っていた防護壁から飛び降りながらリロードを行って二つ横の防護壁へジャンプで飛び乗る。


 短く深呼吸をしてからスコープを再び覗いた。


 ユキオはスタッグと相撲をしているかのようにガッチリと組み合っているが、その間にも肩のガトリングが空中の『フライ』を攻撃している。器用な物だ。


 カズマの方はかなり優勢な様で、ライフルから持ち替えた幅広の輝くレーザーブレードで『スタッグ』の右ツノや左腕を切り落としていた。


 その上を旋回しながら二人を狙う『フライ』を落とすのが自分の仕事だ。


 スナイパーライフルを構えなおしスコープを同期させる。背後からユキオ機を襲おうと、こちらに背中を向けた一機に素早くマーカーを合わせ、その鼻先に当たるように少しズラしてトリガーを引いた。


 バウッ!


 轟音と閃光がポッド内に響く。予想した形とは少し違ったが、弾丸は『フライ』の機体後部をえぐり取り、その戦闘能力を奪い取った。


 なるほど、こういう風に撃てばいいのかと納得し、ルミナは一人頷いた。


 「ありがとう!」


 「う、うん、ごめんね、射撃が遅くて」


 ユキオのお礼の言葉に、照れながらそう侘びを入れた。自分のアクションや敵の位置をしっかり把握しているのがすごいな、と思う。


 (当然か、戦いだものね)


 命は取られないまでも、自分達が負ければ日常生活に支障を被る人々がいる。ボランティアではなく国家活動の後ろ盾あって戦っているからには、最善を尽くす必要がある。


 どこか現実味の無い話だったが、ユキオ達を見ていれば、あのようにしっかりと戦わないといけないんだな、と実感できてルミナは彼らとチームを組んでいることに短く感謝をした。


 その時、ルミナの瞳に一条の赤い閃光が瞬くのが見えた。


 次の瞬間、ドウッ、という爆発音が響き、マサハルの「うおっ!?」と驚く声がノイズと共にポッドに響く。


 「どうした!?」


 「長距離からのレーザー攻撃? 左肩を殺された、クソッ!」


 カズマの問いに苛立たしそうにマサハルが答える。ユキオが初めてルキナにメッセージウィンドウを開いた。


 「奈々瀬さん、今の攻撃をした敵、こっちじゃ戦闘レーダーに引っかからない! 支部の広域レーダーのデータを送るから少し前進して索敵できる?」


 ユキオの顔が映し出されるウィンドウの下に大まかな戦闘域と、狙撃者の予測位置が表示されたマップが開いた。


 『ファランクス』のレーダーと<センチュリオン>の観測レーダーから割り出したデータのようだ。


 前進する、という事は防護壁への退避が出来ない地点に移動するということだ。すでに『フライ』はほぼ壊滅しているため、上空からの攻撃に悩まされることは無いが…。


 (私が撃たれたら、絶対に避けられない。でも、私のスコープじゃないと見つけられない……か)


 「わかった、やってみる」


 このままでは形勢逆転される恐れもある。ルミナは緊張と嘆息の混じった返事をし、覚悟を決めて防護壁からレーザーの飛んできた右手方面へ少しずつ移動を始めた。


 「奈々瀬、ジグザグにジャンプしながら前に進むんだ。難しければAIに任せてもいい」


 カズマのアドバイスに頷く。確かに回避行動は必要だが、今の自分じゃそれをしながら索敵なんか出来そうに無い。


 「ありがとう、イータ、出来る?」


 ルミナが急いで先程電子音声が聞こえてきたスピーカーのあたりに問いかけると、すぐに返答が返された。


 「了解、進行方向ヘオートデ回避行動ヲ取リナガラ前進シマス。回避行動デノ最大速度ト最大高度ノパラメータヲパネル表示シマスノデ、調整ガ必要デアレバ操作シテクダサイ」


 「お願い」


 ルミナがそういうと、『ファランクスSt』が滑らかに動き出した、不規則に斜めや横へのジャンプを取り混ぜつつ、前進を始める。ルミナはその動きのスムーズさに舌を巻いた。


 (これなら私が操縦しなくたっていいじゃない)


 その高性能さに何だか理不尽さを感じたが、ともかく自分の仕事に専念する事にした。スコープを覗いて目を凝らす。


 画面内には一面の漆黒が映るのみで敵の気配もしない、が唐突に鋭くレーザー光が輝いた。危ない!とルミナが身をすくめる前に『ファランクスSt』はジャンプでそれをかわしていた。


 「大丈夫!?」


 ユキオの少し焦った声が聞こえた。ルミナは少し震えて上擦った声で、大丈夫、と返した。


 「イータが、避けてくれたから」


 そう言ってイータが電子音声で話すスピーカーをちらりと見る。当然それはスピーカーでAIの本体があるわけではないのだが。機械が自動で補助をしてくれるのは何か不思議な感覚だった。


 「急いだ方がいいな、マサ、片付いたならサポートへ」


 カズマの言葉に、マサハルはもう向かってる、と不機嫌そうに答えた。ルミナがレーダーを見ると、同じように回避運動を取りながら『ファランクス2B』がすぐ後ろに付いて来ていた。


 そのまま『2B』が『St』の前にカバーするように入る。『2B』の左肩にあったミサイルポッドが吹き飛び、だらしなく腕をぶら下げながらジャンプする姿を見てルミナは戦

慄を覚えた。


 (あんな威力なら、下手したら一発で…)


 喉が無意識にごくっと鳴る。急いでスコープを左右に振り敵影を探すと、僅かに『フライ』と同じオレンジのバーニア炎が小さく揺らめいて見えたような気がした。その蛍のように弱弱しい光が、急に赤く強く輝くのが見えた瞬間、弾かれたように叫ぶ。


 「攻撃、来ます!」


 言うや否や真っ赤な閃光が矢となって二機の『ファランクス』を襲った。ルミナの警告に反応したイータとマサハルはすんでのところで直撃を回避する。


 「あっちか!」


 マサハルは攻撃が来た方向へマイクロミサイルで弾幕を張るが、手ごたえは得られなかった。チッ、と舌打ちしつつ姿勢を立て直し再び前進を始める。


 「もっと遠くみたい…また来る!」


 再度レーザーが禍々しく輝く。二機の『ファランクス』が再びジャンプを行うが、その結果は予想外の物だった。


 ヂュイィ…ン!


 回避行動を取ったマサハルの『2B』の右大腿部をレーザーが耳障りな音を立てて貫通した。


 分断はされなかった物の、右脚は機能喪失し『2B』がバランスを崩し落下する。


 「あそこに当てて来るのかよ!」


 無念の叫びと共にマサハルは地面に転がった。ルミナもそれを見て表情が固まる。


 (あれじゃあ、回避運動してても当てられちゃう!?)


 と、そこにまた、オレンジの小さな光点に殺意の赤い光が灯るのが見えた。


 (着地を狙われてる!?)


 『ファランクスSt』はジャンプを終え着地体制に入っていた。大型のバーニアも無い『St』は一旦着地しない限り次の回避行動には移れない。イータが落ち着いた声で、


 「被弾ノ可能性79%、防御姿勢ヲ取リマス。ショックニ備エテ下サイ」


 と言うのに、何とかならないの!?と理不尽な非難を胸中でぶつけたが、残酷にも敵の高威力のレーザー光が消えることは無かった。


 (ダメだ!)


 ルミナが華奢な体を硬直させ、目をつむろうとしたその寸前、何か大きな影が急に目の前に割り込んでくるのが見えた。


 ヂュゥイイイイイイイ………ン


 先程より長くレーザーが照射される音が聞こえるが、被弾したような衝撃は感じなかった。


 ややあって着地の振動が体を揺らし、他に異常が無さそうな事に違和感を覚えながら恐る恐る目を開くと、自分の前に『ファランクス5E』がその巨大なシールドを構えどっしりと立ちはだかっていた。ロボットではあるが、ルミナはその堂々とした姿が力強く見えた。


 ポッド内にユキオの落ち着いた声が響く。


 「大丈夫?」


 「う、うん! ありがとう」


 すんでの所でユキオが庇ってくれたらしい。『5E』のシールドは伊達ではないようで、データ共有モニタを見ても、『5E』のシールド部分は健在を示すグリーンの表示のままだった。


 「攻撃はこっちで防ぐから、敵を探して。そろそろ捉えられると思う」


 「わ、わかりました!」


 急いでスコープを目の前に戻し狙撃者を探す。相手はもうはっきりと望遠スコープにその姿が映る位置まで近付いていた。


 『フライ』に似たフォルムだが一回り大きく、トゲトゲしたシルエットだ。大きく違うのはその下部に本体よりも長いレーザー砲が備えられていることだった。


 敵は蜂の様に円運動を描きながら、またその砲身を赤い光で輝かせ始めた。


 「玖州君、来ます!」


 「了解」


 あくまで落ち着いて『St』の少し前に出て防御姿勢を取るユキオの声が頼もしく聞こえる。今までとはずいぶん印象が替わったのをルミナは無意識に感じた。すぐに再びレーザーが照射されたが、『5E』のシールドはそれを難なく弾き返している。


 「照射直後、狙えるかもしれない。用意して」


 「りょ、了解です!」


 ユキオの声に急いでグリップを操作する。『5E』の横から半身を覗かせてルミナがスナイパーライフルを構えた。確かに敵は照射中動きを止めている。


 レーザーが出ている間は弾丸がレーザーに焼かれてしまうかも知れないため、ルミナは機を待ちマーカーを敵に合わせ続けた。


 やがて暗闇を裂いたレーザーがか細くなり消えてゆく。敵は回避行動を取る為各部のバーニアを吹かせ姿勢制御をした。


 (そこ!)


 バランスを整え、スライドするように回避行動し始める寸前、当たれ!と念を込めて弾丸を撃ち込む。


 0.1秒で目標に到達するはずの、その狭間の時間がルミナには五秒にも十秒にも感じられた。呼吸が止まり窒息するのではないかと思う頃、スコープの中で敵の装甲に派手な火花が散る。


 被弾の衝撃でクルクルと回転しながら、新手の狙撃手は火を噴いて墜落し爆発した。


 「やった…?」


 マサハルの声が全員のポッドに響く。脱力しかけたルミナが広域レーダーを見たが他に敵影は残っていなかった。


 やがて『戦闘状況終了』の文字が表示され、四人の歓声が上がった。



 

 「いやー、凄かった、凄かったよルミナちゃん!」


 オペレーターのジョウが酔っ払ってるのではないかというテンションでパンパンと肩を叩くので、ルミナも対処に困り頬を引きつらせながら、ありがとうございます…と答えるしかなかった。


 ミーティングルームには、どこから出てきたのか大量のジュースやお菓子が出てきて、ルミナの初出撃と初勝利の祝勝会を<センチュリオン>悠南支部のスタッフが総出で開いてくれていた。


 モニターで観戦していたイーグルチームも集まって次々と賞賛と労いの言葉をかけてくれた。


 「いや、初出撃で四機撃破で、しかも一機は新型!凄いもんだよ」


 高笑いするジョウをメンテチームのスタッフが二人がかりでルミナからひっぺがす。テーブルをさらっと見たがアルコール類は見られなかったので酔っているわけでは無いらしい。


 「いや、玖州達のお陰で、私はただ撃ってただけですから…」


 そう何度も答えるのだが、大人たちはスゴイスゴイと言って、次々と入れ替わってくるので、ただでさえ初戦闘で緊張したルミナはいい加減疲れ果ててしまっていた。


 なんとか大人達の輪を抜けて、端の方にいたユキオ達パンサーチームの方へ逃げ込む。


 「大変な人気ぶりだな」


 カズマがそう言ってハハッと爽やかに笑った。


 「さすがにちょっと酷いな」


 とユキオが言うと、マサハルも


 「そうだよな、俺達の時なんかあんなにお祝いしてくれなかったぜ」


 とボヤいた。ルミナは改めて三人に頭を下げた。


 「ありがとう、みんながいてくれなかったら、私…」


 「いや、それはお互い様さ。ルミナがいなけりゃあの最後のヤツは落とせなかった。それを庇ったユキオや、『フライ』を面倒見たマサハル、全員が頑張らなきゃ勝てなかった」


 カズマがそう優等生のようにまとめる。マサハルがそれを聞いて恨めしそうにユキオを見た。


 「ユキオはオレのこと守ってくれなかったけどな」


 「悪い、間に合わなくてさ…」


 「『スタッグ』の始末も結局オレの方にまかせたしな」


 カズマもそれに乗ってユキオに笑いながら文句を言い、ユキオは頭をかきながら頭を下げた。その姿はやはりちょっと男らしさに欠ける、気弱な少年という感じだがルミナには、頼れる存在という対象になりつつあった。


 ユキオの方にルミナが視線を合わせると、ちょっと恥ずかしそうに顔を逸らせながら、凄かったよと小声で健闘を称えた。


 「まぁそれでルミナに花道作ってやれたから、今日のところはいいって事だな。とにかく、お疲れさん」


 そう言ってカズマがオレンジジュースの入った紙コップを前に出し、三人もそれに杯を合わせた。こうして、奈々瀬ルミナは無事ウォールドウォー緒戦を勝利で飾ったのだった。



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