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シクラメン・ペルシカル



 メールは、ナルハからだった。そういえば少し前にメアドを交換させられた気がする。まさかこうしてメールを送ってくるとは思わなかったが。


 『はろー♪ 夕方ちょっとヒマになっちゃってさー、アタシの家でゲームでもやらない?ユキオ君ゲーム上手いんでしょ?』


 特に深い意味も無い遊びの誘いらしい。一瞬ルミナを連れて行くことを考えたが、ナルハはアレでガチなゲーマーの恐れがある。ゲーマー二人の隣で特にゲームに興味も無いルミナがどんな視線を突きつけて来るか、一瞬想像しただけで背筋にいやなモノが走ったユキオは黙ってナルハの家に行く事にした。


 (正直、どのくらいの腕前なのか気になるし)


 相手の性別に関わりなくその腕前が気になるのは、ゲーマーの性である。


 「確かこのあたり……これか?」


 メールに添付されていた住所には、何年前に建てられたのか判然としないほど古臭いアパートがあった。ユキオの家からもそう遠くないし通学中しょっちゅう近くを歩いているはずだが、その小ささと古さからまったくと言っていいほどその存在を意識していなかった建物だ。

 とても若い女性が住んでいるとは思えないが、他にそれらしき建物も見当たらないためユキオはおそるおそる門をくぐり敷地に足を運んだ。


 二階へ続く階段は簡単な鉄板と鉄棒だけで組まれていて、ところどころ腐食で穴が開いている。


 (まさか壊れて落っこちたりはしないだろうな……)


 まるで廃墟探検に来た気分で慎重に階段を昇る。ギィギィと耳障りな音を立てながら二階に上がり通路に出ると、ドアが三つ並んでいた。手前のはドアポストにガムテープが厳重に貼り付けられ人の住んでいる気配はしない。奥二つは玄関の横に洗濯機が置いてあるが、真ん中の部屋の窓にはガラスの代わりに板が打ちつけられており、これまた人が住んでいるのかどうか怪しいものだ。


 (203って言うから、奥なんだろうケド……)


 ユキオは一番奥のドアに向かった。インターフォンのボタンを押そうとして……それらしきものが見つからないため、ノックをしようとしたが塗装がはがれまくって、代わりに埃がこびりついている木のドアに気後れした為、声を掛ける事にした。


 「あのー、草霧さんー?」


 返事は無い。人の気配すらも。


 「すいませんー、玖州ですー!」


 もう一度、声を上げて呼びかける。と、そのドアの向こうからドタバタと音が聞こえた。足音らしきその音がだんだんと大きくなり近付いてくる。


 「ユキオ君?」


 「うお!」


 勢い良く開け放たれたドアに跳ね飛ばされないように慌てて飛びのく。その向こうから現れたのは少しだらしない部屋着姿のナルハだった。


 「こ、こんにちわ」


 「いらっしゃい、ごめんねー。ツルツルマンが倒せなくてさー」


 「ツルツルって……VVGO2のラスボスですか?」


 入って入ってーと促されるままに玄関に入る。部屋は六畳間が二つ並んでおり意外に広いものの外からの印象と変わらず、非常にレトロ……というか正直ボロイという他の表現が思いつかない物件だった。一応、ピンク色のカーテンやベッドが女性らしさを感じさせるが天井からぶら下げられた裸電球がそういった装いをぶち壊しにしている。


 奥の部屋にはこれまた古い分厚い液晶テレビが置かれ、その画面にはユキオが小学校に上がるかどうかの頃流行した格闘ゲームのコンティニュー画面が映し出されていた。テレビ台の前にはかなり日焼けして変色したゲーム機が苦しそうな回転音を上げている。どうやらエミュレーターなどではなく実機で遊んでいるようだった。ディスク式のゲームなど最近ではほとんど見ていない。


 「懐かしい!昔良く遊びましたよ」


 「先週フリーマーケットで買ってきたんだー。今遊んでも面白いよね、コレ。で、ユキオ君これのラスボス倒せる?」


 「ええ……?昔も随分苦労しましたから……とりあえずやってみますか」


 細かい事は気にせずゲーム機の前に座り込む。子供の頃に友達の家に遊びに来たような、ノスタルジーな気分になりながらユキオはコントローラーを握った。記憶とは違い、コントローラーが随分小さく軽く感じてしまった事に軽くショックを受ける。


 スタンダードな空手使いの主人公を選択し、全身がメッキになっているかのような男と対峙する。ファランクスのスティックを握る時と同じ、普段の学生生活とは全くレベルの違う集中力と反射神経がユキオの脳から指先まで漲り始めた。


 (!!)


 中段蹴りがギリギリ届く位置で構える。すかさずリーチの長いストレートパンチを放ってきたボスに対し、ガードキャンセルからのキック、怯ませた隙に回りこみスタン値の高いエルボーを叩き込む。


 「上手い!さっすがー!」


 ナルハの歓声に油断したわけではないが、長年のブランクがユキオの反応を鈍らせていた。その後に入れなければならない回し蹴りが遅れてダウンを取りきれなかったせいで、逆に出の速い下段を逆に食らい転倒する。起き上がりに削りの激しい専用技を繰り出され、一気に体力ゲージは逆転されてしまった。


 「ああっ、惜しい!」


 「ンの野郎!」


 そこから先は泥試合だった。集中しているものの小学生の時の異常な反射神経と勘は取り戻せず、お互いに必殺技での削りに終始し最終的には禁じ手とされる『めくり投げ』と呼ばれたハメ技でメッキ野郎をマットに沈める。


 「どうだこのツルテカハゲ!」


 ハァハァと息を切らせながらコントローラーを投げ捨てるユキオをナルハが冷ややかな目で見つめた。


 「汚い、ユキオ君汚いなー」


 「こんなクソッタレ性能の奴に正々堂々戦ってやる義理なんか無いんですよ」


 俺は大人になってその事を知ったんです、と言いながらナルハが持ってきてくれたスポーツドリンクのペットボトルを開ける。


 「最近の、4とか5のシステムと違いすぎて全然勘が戻りませんでしたよ。投げ抜けやブリンクガードも無いし……新作やらないんですか?」


 「お金が無いんだよー」


 ナルハの口調は明るいものの切実にも聞こえる。ユキオは部屋の中を改めて見回すような事はしなかったが、目に付くものを見るだけでもそれほど生活にゆとりがあるようには見えなかった。


 (フリーとはいえ、アレだけ戦っていればそれなりに収入はあると思うんだけど……)


 知り合って間もない女性にそのあたりのことを聞くのはさすがに憚られる。ユキオは話題を戻す事にした。


 「ま、まぁ昔のゲームも結構楽しいですからね!」


 「そうそう!じゃコレやらない?せっかくだから」


 「あ、これ協力プレイできる奴ですね!やりましょうやりましょう」


 それからはゲーム好き同士、日も暮れて真っ暗になるまで遊び続けていた。ゲーム機が熱で動かなくならなければ朝まで続けていたかもしれない。


 「草霧さんはゲーム好きでトレーサーになったんですか?」


 帰り道、流れでユキオの家まで送っていくと言い出してついて来たナルハにユキオが訊ねた。


 「ん?あー、それもあるけど、不定期で働けて稼ぎもいいよって、結構芝居人の間で評判なんだよねこの仕事」


 「そうなんですか」


 「でもあたしくらいガチでやってるのはあまりいないかなー。結局コンビニとか配達の仕事の方が楽みたい。責任もあるしね。いや、他のバイトが責任が無いわけじゃないんだけど」


 アハハハハと笑ってごまかすナルハの横で、ユキオは、ざっくばらんな性格の彼女に相談をしてみようかと思っていた。


 「草霧さん……は何か役者を目指すきっかけとかあったんですか?」


 「ん?」


 「いや、実は今進路が決まらなくて……悩んでいるんです。もしよかったら参考に聞かせてもらえればと思って」


 真剣なユキオの顔にナルハは苦笑いを返す。


 「そうなんだ……いいよ。まあ参考になるかは怪しいけど」


 コホン、と話題の切り替えに咳払いをするのも、マヤに似ているなとユキオは思った。


 「アタシね、子供の頃は何も取り得なくってさ。テストも50点とかばっかだったし、足も速くないし逆上がりも出来ないしホントいいトコない子だったんだよね」


 足元に視線を落としながら、二人は歩き続けた。


 「そうするとさ、やっぱり羨ましいじゃない。勉強できる奴、運動できる男子、歌の上手い子……みんな褒められて人気者でさ。アタシもそうなりたくて、親にワガママ言っていろいろ習い事させてもらったけどどれも才能なくてね」


 ユキオが隣で黙って頷く。ナルハの気持ちは、よくわかった。


 「今思い返しても、冴えないヒドイ青春時代だったよー……でね、ワタシもユキオ君と同じように進路が決まんなくて悩んでた。勉強は嫌いだったし、かといってやりたい仕事もないしで。そんな時ね、たまたま見ちゃったのがアマチュア劇団の芝居」


 顔を上げて、穏やかで嬉しそうな笑みを見せる。初めて見るナルハの表情にユキオは少なからずドキッと一瞬心臓が跳ねるのを感じた。


 「始めて見たせいもあるのかな……凄かったよ。たかだか7、8人くらいの人数で時代劇をやってたんだけど、そこは本当に江戸時代みたいな雰囲気でさ。『あ、こんな少ない人数でも、刺激的な世界を見せられるんだ』って、衝撃だった」


 「……」


 「そしたらもう、あとは一直線でさ、『この世界ならアタシも輝ける!』って思って。それで実家を飛び出して、ちょうど知り合いの人がやっていた劇団を頼って……あとはもうずっとこんな生活。最近はやっと主演とか出来るようになって、そしたらやっぱお客さんの視線がぐーっ!って集まってくるのよね。これが緊張するけど気持ちよくってさ。大変だけど充実してる、かな」


 参考にならないでしょ?と笑うナルハにユキオは頭を下げた。


 「いや、羨ましいです。そんな風にやりたいって思える物に出会えて……」


 「ユキオ君にだって、そのうち見つかるかもしれないよ。見つからないかもだけど」


 「そんな……」


 からかわれたと思ったユキオは、少し恨むようにナルハを見たが意外とその視線は真面目だった。


 「みんなね、そんな情熱的にやりたい事があって生きてるわけじゃないんだと思うんだよね……ただ目的もなく生きてるってワケでもないんだろうけど。でも本当にやりたい事が出来ている人って少ないと思うよ。それでご飯を食べていける人はなおさら」


 「そう……なんですかね」


 「そうよ……きっとね」


 最後の言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのように感じられた。そうしている内に暗がりの道の向こうに自宅と、父親の使い込んだ古いタクシーが見えてくる。


 親父は、どうだったのだろう。やりたい事が他にあったりしたのだろうか。


 ユキオにはそれを聞く勇気はまだ無かった。




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