テラコッタ(後)
午前8時。
今日の防衛対象は悠南市の7つの小学校に給食を配送する給食センターだった。
コール音に呼び出され<センチュリオン>悠南支部に走ってきた義妹を見てマヤが意味ありげに微笑む。
「どうだったのよ、昨日は」
マヤは結局朝帰りになり、昨夜は顔を合わせていない。
「もう、それどころじゃないでしょ!」
マイズアーミーの迎撃に入らなければならないのにと焦るルミナのに近寄り、マヤは肩に手を回した。
「少しなら大丈夫よ♪楽しかった?ん?」
「……」
楽しそうな姉の顔を見るルミナの表情は、いつもの面倒そうなそれではなくどこか苦しそうだった。
「どしたの、なんか失敗しちゃった?」
「ううん……楽しかったよ」
そう言うものの、妹の顔は一切晴れやかではない。
「いきなりだったけど、ご飯、誘ってもらえて嬉しかった。玖州君の家に行けて嬉しかったよ……でもね」
(ああ、そうか……)
姉の胸に額を預けるようにして口を開いたルミナは、ようやく昨夜から募らせていた辛さの正体がわかった。
「寂しかった」
「……ハブにされたの?」
見当違いな姉の言葉に俯いたまま首を振る。
「私、今の義父さんや姉さんのこと、大事な家族だって思ってる。でも……ゴメンなさい。羨ましかった」
「そう……」
マヤは肩を狭める小さな妹を軽く抱き、頭を撫でた。
せっかく意中の男子の家に行けたのに、その境遇と繊細さから思わぬ痛みを与えられ帰ってきた。テーブルの上に置かれていた夜食、あれはどんな思いで作られたものかそれを考えると軽々しくご馳走になってきなさいと言った事を後悔したくなる。
「じゃあウチはみんなで旅行行きましょ。そうね、草津とか!」
明るくそういう姉の顔を、いつもの少し呆れた笑顔で見上げながらルミナが答える。
「姉さんは何かって言うとすぐ温泉に行きたがるんだから」
「いいじゃない、日本人なんだから」
エレベーターホールの方から、到着音とドアが開く音が聞こえ、続けて騒がしい若い女の声とドタドタという聞きなれた重い足音が響いてきた。
ルミナが目を伏せながら義姉から離れる。
「じゃあ、行って来ます」
「気をつけてね」
「うん」
正直給食センターがコンピューター制御で給食を作っているという事実は予想外だったが、そんな所を狙うマイズアーミーも意外といえば意外である。
しかしこれを排除しなければ市内4000人近くの小学生が昼飯抜きになってしまう。ルミナは、このままでは育ち盛りの子供達が給食が食べられないと聞いた時、どんな悲壮な顔をするかと想像して気を引き締めた。とかく、食に関わる事については人一倍真剣な性格である。
一方ユキオは、愛機にまたも見慣れない装備を乗せられて不満げな顔を隠そうともしていない。
それでも、昨夜思いがけずルミナと一緒に夕食を楽しんだ記憶が、まだ彼を前向きにしていたが。(ただ、いきなりあのやかましい家族を長時間披露しなければいけないのは恥ずかしくもあり申し訳なくもあった)
肩口には前回と同じPNC砲。これは前回のユキオの意見を反映して弾速や発射数を改善してあるらしいが、実際に使ってみなければ解った物ではない。
右腕には、散々に虚仮にした二連装バズーカの代わりにクジラ漁にでも使うような巨大なモリのような矢がセットされた奇妙な形の銃が握られている。対重装甲用のクォレルランチャーと名付けられた代物で、『ロングレッグ』等の強固な外装を持つマシンに対抗する為の試作武器との事らしい。
その意図はわかるが、実際使い勝手となると不安の残る武装だった。クォレルと呼ばれる巨大な矢は一発ごとに装填が必要で、その予備弾は背面につけたリボルバー式の弾倉にあり一射ごとに銃身を近づけてセットしなければならない。その数も6発。貫通力はあるとして、仮に『ロングレッグ』に遭遇したとしてこの弾数は充分とは思えない。
『フライ』や『ローカスト』相手には全く向いていないだろうその武器を一瞥してユキオははぁ、と溜息をついた。
(テストはいいんだけど実戦でこういうの、ホントやめて欲しいよな)
あるいは、前に対峙した黒い『スタッグ』になら通用したかも知れないが……と考える。あの時この武器を持っていたとして、自分は撃てただろうか。
「敵機、戦闘エリアニ侵入シマス」
シータの声にレーダーを見る。今回の戦場は戦い慣れた真っ暗な空と大地のフィールドだ。味気無いがその分不安要素は消える。
「構成は?」
「『ビートル』と『ラム・ビートル』の混成部隊……併せて15機程。後方から『フライ』多数と『スタッグ』4機が来ます」
スコープと、偵察中の『ゼルヴィスバード』のカメラで敵陣を確認したルミナがユキオとナルハに報告しながらスナイパーライフルを構える。
「大所帯ね」
『エストック』に戦闘態勢を取らせたナルハが慎重にそう言った。普段は気楽な性格に見えるが、戦績自体はルミナ以上、累積戦闘時間もユキオやカズマに匹敵する。前回の共同戦線でも、ナルハの戦闘力は信頼できるものだった。
どうするか……と悩み始めたユキオの視界、正面から少し右に外れた方向に急に紅く灯る光点が現れた。
「回避運動!」
ユキオの声に呼応してルミナ機とナルハ機が跳躍をする。ユキオも『ファランクス』を飛び上がらせ、丁度真下を通りすぎながら防護壁にぶち当たるビームと、その先にいるだろう敵機に目を凝らす。
「『ホーネット』まで!」
「奈々瀬さん!『ゼルヴィスバード』は『ホーネット』に向かわせて!直援は俺がやる!」
「了解!」
『ゼルヴィスバード』はイータのコントロールの元、発光するウィングを展開して飛翔してゆく。そもそも超遠距離から狙撃してくる『ホーネット』対策からユキオは『ゼルヴィスバード』の設計を決めた。
「アタシもアレ、欲しいなぁー。可愛いし」
おねだりするように言うナルハに、まだ試作品なものでとユキオは返事を濁す。
「いつか量産できるようなデータが揃ったら、一台お譲りしますよ」
「やった!ユキオ君いい男!」
「『ビートル』、来ますよ」
ナルハのはしゃぐ声にルミナが冷たい声を挟む。
(やりにくいなぁ)
ヤキモチなのだろうなとは鈍いユキオにもわかる、が戦闘中はドライな感覚でいたいという男のワガママがその感覚を反発させた。
私情を挟むルミナをちょっとだけ疎ましいと感じてしまうが、そもそも軽い気持ちで大事なプレゼントと同じものを他の女にもあげると言ってしまったユキオに非がある。
「草霧さん、前衛頼みます」
「おっけ、背中、面倒見てね♪」
ユキオに少し色っぽい声音で返事して(それがルミナにまた冷たい視線をさせた)ナルハが飛び出す。加速した機体は高速で『ラム・ビートル』の下面に飛び込み、巨大なナックルを唸らせて重いアッパーをぶち込む。
凶悪な打突兵器がついた拳に殴られて、『ラム・ビートル』はフレームを歪ませながら上空に吹き飛んでそのまま光の粒子となって霧散した。
(一撃か)
いい破壊力だ。アレなら『スタッグ』も簡単に撃破できるだろう。ルミナも冷静に『ビートル』を撃破している。いつも以上に無口なのが胃に悪いが。
ユキオもPNCを散弾モードにして『エストック』と『ファランクスSt』に接近する『フライ』を追い払う。自然と立ち位置的にはカズマの『As』のポジションに収まろうとしていた。普段はあまり後方を見ていないユキオには忙しく感じる
(カズマも結構、大変なんだな)
普段とは違う立ち回りをする事で戦友の苦労を体感して、ユキオは感心した。マサハルにも火力を一任させてしまっているが、彼なりの苦労があるのだろう。
「早く帰ってきて欲しいな」
「そうだね」
独り言にルミナが相槌を打つ。彼女も、いつもより気疲れしているのだろう。
「二人とも、私の事邪険にしてる?」
「違いますよ」
「その言い方も冷たいなー」
ナルハがそう言いながら踵落としからの回し蹴りで接近してきた『スタッグ』の一機を吹き飛ばす。さすがに即撃破扱いはされなかったものの、キックの当たった右腕はひしゃげ、そのまま脇腹にめり込んでゆく。
それで、『スタッグ』の戦闘能力は封じたようなものだった。
そのナルハ機の背中を、一機の『ビートル』が狙う。
(試してみるか)
ユキオはウェポンセレクターを素早く回した。『ファランクス5Fr』が姿勢制御しながらクォレルランチャーを構える。
「当たれ!」
ブゥ……ウィィン!
『ファランクス』の指二本ほどの太さを誇る凶悪な<矢>が、リニア加速で空を切り裂いて射出される。『ビートル』の強固な外装甲はクォレルにあっけなく貫かれたばかりか、その勢いのままに遠くへ飛ばされて行った。
「すごい……」
「ああ、予想以上だ……」
思わぬ威力に唖然とするルミナにつられ、ユキオも呟いた。
(いちいち背中の弾倉でリロードをするのは手間だけどな)
一応ケチを付けてみるが、それでもこの威力には見るべきものがある。この貫通力があれば『リザード』相手でも苦労しないだろう。
「上空、『フライ』三機編隊」
「!」
シータの警告に、『ファランクス』を後方にジャンプさせながらセレクターを戻す。改良されたPNC砲で対空防御をする。前回よりも一発一発の弾丸は小さくなり威力は僅かに下がったものの弾速は向上しており、ユキオの期待通りの弾幕が発射される。無数の派手なアンズ色の散弾が『フライ』を一掃しながら闇に溶けて消えていった。
これらの武器を開発したのは同年代の学生と聞いているが、意外に優秀なのかもしれない。ユキオは前回のバズーカで抱いていた開発者への印象を多少改めてやる事にした。
「増援は……来ないみたい」
冷静に『ビートル』達を処理しながらルミナが二人にそう告げる。ナルハもあっさりと三機目の『スタッグ』の胴体をサバ折りでへし折ったところで、残る『フライ』と『スタッグ』はあっさりと退却をしていった。
「いつもより逃げ足速いわね」
「おかげで子供達が昼ご飯食べ損ねずに済むわけですね」
ユキオが使用したPNCの残量をチェックする横で、ルミナも安堵してスコープを戻した。
「よかった……じゃ、私達も学校に戻りましょうか」
「うええ……せめて午後からじゃ駄目かな」
「まだ10時にもなってないよ」
学生の本分である授業の事を思い出させられて一気にユキオは陰鬱になった。ちょうど数学の時間に戻る事になる。急に腹が痛くなったと言ってみるかと不真面目な考えをおこしたが、ルミナにそんな猿芝居が通用すると思えず諦めてポッドを出る事にした。