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テラコッタ(前)




 「戦闘状況開始デス」


 サポートAI・シータの音声と共に、二機の『ファランクス』と、それより少し後ろにナルハの『エストック』が戦場に降り立つ。


 「これは……」


 「草原?」


 戦場は背の高い草が生い茂る草原の様になっていた。空もいつものような漆黒ではなく、夕暮れのようにかすかに赤みがかっている。風が吹いているのか草原は凪の海の様に静かに揺らめいていた。


 『ギガンティピード』との一戦以来、稀にこのような変わった風景を持つフィールドが出現するようになった。それもただ様子が異なるだけでなく砂漠であれば足を取られ機動力が落ち、高山地帯であれば斜面と強風に苦しめられるという影響を受ける。

 殺風景な普段のフィールドと違い気を付けなければならない特殊な環境である。


 「レーダー、センサーガジャミングサレテイマス」


 この草原はこちらの索敵を阻害するためのオブジェクトのようだ。イータの声にルミナは頷いて、『ゼルヴィスバード』を舞いあがらせた。高空から光学カメラで目視するためだ。


 左方向、ユキオ機の向こうに不自然に揺れる草の茂みが見つかる。それらは群れを成して近づいてくるようだった。


 「玖州君!10時方向、敵複数!」


 「!」


 シールドを構える為にグリップを切り返すと同時に、草むらから三つの影が飛び出してきた。葉巻型の胴体に長い脚部を持つそれらは草陰から一瞬で『ファランクス5Fr』を飛び越えるほどの高さにジャンプすると同時に、その腹部から無数の散弾を発射した。


 「『ローカスト』か!」


 合計百以上の細かい散弾はシールドだけで防げるものではない。全身に微細なダメージを受けつつもユキオは反撃するため右腕のバズーカを構えようとしたが、その挙動は遅く敵影は既に草の間に身を潜めていた。


 「くそっ」


 『ローカスト』は先月キューバ地域で確認された陸戦型の新型マシン。火力自体は『フライ』に毛の生えた程度のものでしかないがその機動力は比較にならず、飛行しないにもかかわらず俊敏な強靭な脚力でのジャンプ回避は馴れないトレーサーでは捉えるのも至難と言われている。

 『フライ』と同じように大量に投入され同時攻撃を行うのが特徴で、気を抜けば戦闘が泥沼化し敗北させられているという報告もあった。


 (戦るのは初めてだが、まさかこんな時に来るとは!)


 初見の相手は舐めてはいけない。ゲーマーの常識である。重いバズーカを投げ捨てたい欲求を押し込めてユキオはウェポンセレクターをPNCの位置に回した。太い砲身が回転しスタンバイの状態になる。


 先ほどとは別方向、右手側から今度は四機の『ローカスト』が強襲をかけてきた。宙に舞う巨大なバッタが『5Fr』に散弾を見舞う。ユキオはしっかりとシールドで防御をしつつ、攻撃を終えて草むらに逃げる『ローカスト』達にカーソルを当てた。


 拡散モード。アンズ色に輝く超高温の液体金属が重く濁ったような音と共に撒き散らされた。夜空に咲く花火の様に美しい軌跡を残すその弾丸は、しかしユキオの予想よりも速度が出ずに最後尾の『ローカスト』の半身を黒コゲにする事しかできなかった。


 「弾速が遅い!」


 「記録シテオキマス」


 苛立たしく声を上げるユキオに気を使ったようにシータが告げる。


 僚機の様子を確認するために周囲に視線を巡らせる。『St』は『ゼルヴィスバード』に守られつつ何機かの『ローカスト』を撃ち落しているようだ。ユキオは手塩にかけた贈り物が十分に機能している事に満足そうに頷いた。

 ナルハの『エストック』はと言えば、器用に散弾を躱しつつ『ローカスト』に追いすがりその脚を叩き折るという芸当を見せている。なるほどそれならもう自在に攻撃を仕掛けることは出来なくなるだろうが……。


 (思ったよりおっかないねーちゃんだな)


 そのアグレッシブな戦闘スタイルに気を取られたユキオにシータが呼びかける。


 「増援二機。『ラム・ビートル』と推測」


 「アタシが行くわ。デカい方が相手にしやすいから」


挿絵(By みてみん)


 言うと同時にナルハがジャンプで『ラム・ビートル』の前面に出る。その背中を追う『ローカスト』達にユキオは拡散弾に切り替えたパニッシュバズーカを発射した。


 ドドゥムッ!


 発射された二発の弾頭は無防備な『ローカスト』の背面に接近し巨大な火球となった。爆風と衝撃波が『ローカスト』の群体を包み、歪ませ、関節やセンサーを砕きながら吹き飛ばす。

 効果はてき面だが、当のユキオは砲口から弾頭と共に噴き出た大量の灰色の発射煙にそれどころではなかった。『ファランクス』の上半身が見事に煙に覆われ、センサーも効かない中で全くの盲目状態となる。


 「ふざけたモノつくるんじゃねぇーーーーっ!!」


 ついにブチ切れてバズーカを投げ捨てる。ユキオはポッドの中で吠えながら乱暴にペダルを踏み込み、立ち込める発射煙の中から機体を飛び出させてナルハの後を追った。






 そのパンサーチームの戦闘の様子を黙ってモニターしていたマヤの横に、少し前に迎撃から帰還した飛羽が近寄った。


 「荒れてるな、ユキオ」


 「まぁねぇ、バカ真面目な性格の子だから」


 さすがのマヤも同情するような面持ちを見せた。


 「確かにあんなクソッタレなバズーカ持たされたら俺もキレるわ」


 「スペック上は悪くないんだけどね……やっぱ子供が作ったもんなら仕方ないんじゃない?」


 「子供?」


 飛羽は渡されたピクチャーシートに目を凝らす。


 「宋現重工の社長のお坊ちゃんがね……ルミナ達より一個下なんだそうなんだけど、最近開発の現場に顔を出すようになったらしくて」


 「宋現重工って言うと、最近弾丸の生産を受注した新参メーカーか」


 「そう。そこのお坊ちゃんのご自慢の試作兵器が出来たから是非現場でテストしてくれないかって。こっちも無理なスケジュールや予算をお願いしてるから断りにくくてねぇ……」


 「ヒデェ話だ。それでユキオはあんなガラクタをしょわされてるのか」


 「メーカーの人には、そんな風に言っちゃダメよ」


 悪戯っぽく笑うマヤの横で、飛羽が視線を移した。


 「助っ人ちゃん、なかなかいい動きしているな」


 飛羽の興味はそちらにあるらしい。手元のインフォパネルを勝手に叩いて『エストック』の情報を呼び出したりしている。


 「まぁまぁってとこね。流れのトレーサーであの若さにしては上物かしら」


 「ウチに来てもらえばいいじゃないか。いっそパンサーチームに入ってもらったらどうだ?」


 「もうフラれちゃったわ」


 もったいない、と飛羽が顔に片手を当て天を仰ぐ。


 「コレは生活費のためであって、本業の芝居を大事にしたいんですって」


 「芝居ねぇ」


 「あら、ご不満そうね」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、『エストック』の情報を見終えた飛羽は今度はトレーサーのナルハの戦績とプロフィールを見ている。


 「プロとしてやるならともかく、アマチュア劇団のあの、社会人サークルに命賭けてますみたいのがどーもな」


 「辛辣ねぇ」


 そこに、新たな敵機の接近を告げるサイレンが鳴り響いた。


 「やれやれ、久しぶりに千客万来って奴だな」


 「頑張って稼いでらっしゃい」


 マヤに後ろ手を振りながら飛羽がポッドへ向かう。モニターの向こうではユキオの『ファランクス』が『ローカスト』をスライサーで真っ二つにしているところだった。






 照射モードで放たれたPNCの光条が虚空を穿ちながら二機の『ローカスト』を焼き払って消えていった。

 そこで、PNCの残弾が無くなったようだ。


 「……何発撃てた?」


 「5発です」


 ちっ、と舌打ちが漏れる。自分でも意外なほどストレスが溜まっていたようだ。

 

 (いつもは気にしないけど、やっぱりカズマ達がいないのはキツイな……)


 ルミナもナルハも充分に戦果は上げてくれている。それでも結果としてはかなり押された戦いになった。『スタッグ』クラスがいなかった事を感謝するのは久しぶりだ。


 (せめて、武装がいつも通りなら多少は違ったんだろうけどな)


 レーダーはジャミングが掛かっているが、敵機の気配は無い。上空の『ゼルヴィスバード』のカメラにもそれらしき動きは見られなかった。程無く帰還できるだろう。

 

 「奈々瀬さんも、草霧さんもお疲れ様でした、助かりました」


 「やーねぇ、他人行儀で。でもお疲れ様、見事だったわよ」


 「どうも…ありがとうございます。奈々瀬さんも」


 「お疲れ様でした」


 通信モニタを開いてきたものの、ルミナは何か少し不満そうにむくれている様にも見える。


 (また何か癇に障るような事したっけかな)


 ユキオもルミナのそういう所にはだいぶ慣れてきたのであまり深刻に受け取らないようにしていた。マヤが言うには「思春期の女の子なんてみんなそんなものよ」という事だ。実際女友達が皆無のユキオには他に頼るべき経験も助言も無く、姉の言葉に頷くしかなかったのだが。


 そうしているうちにモニターが暗転し、ポッドから解放される。ユキオは出来るだけ新鮮な空気を取り込もうと大きな深呼吸をしながら立ち上がった。










 アリシアに試験武器の所感(現状、全く使い物にならないと正直に)を伝えた後は、『ゼルヴィスバード』の運用についてアドバイスが欲しいと言うルミナに引っ張られるようにして<センチュリオン>悠南支部を後にした。

 空に立ち込める厚い雲の隙間、まだ足の速い夕日は街の西側に建ち並ぶマンションの影に早くも隠れようとしており、春がまだ遠い事を諭すように冷たい風が吹きぬけてゆく。

 

 ユキオはまだ葉の生えぬ殺風景な街路樹を見上げながら、出来るだけルミナの風上に立つように歩きつつ『ゼルヴィスバード』の説明を続けた。


 「ビームガトリングは火力を高めつつ軽量化するためにチャージ式にするしかなかったんだ。だから常に迎撃態勢を取っておくよりは、多少攻撃的に、先に敵機を減らす様な使い方の方が有利に働くかもしれない」


 「ふんふん」


 なるほどとメモを取るルミナの指は寒さで震えている。『ゼルヴィスバード』なんかより手袋の一つでもプレゼントした方が良かったかと考えるが、後の祭りだとユキオは思った。そう言えばルミナの誕生日をまだ知らない。


 聞いてみようかな、と思ったユキオが口を開きかける前に、ルミナはぱたんとメモ帳を閉じて振り向いた。


 「草霧さん、結構上手で助かるね」


 「あ、ああ。『エストック』自体もWATSとしては高性能だけど、あの人はよく使いこなしているよ。俺が同じ機体を受け取ってもああは戦えない」


 「そうなの?」


 ルミナが意外、という顔をした。


 「『ファランクスSt』だって上手く使えないよ。『バリスタ』くらい癖の無いマシンならともかく特化型のマシンは慣れないとね。でもそういうのを抜きにしても草霧さんは相当の腕だと思うな。出撃回数も俺たちと遜色無いし……あの人、どこでそんなに戦って来たんだろう」


 「あの人、役者さんでいろんな劇団を渡り歩きながらトレーサーの仕事をしてるみたい。沖縄生まれでちょっとずつ北に移りながら来たんだって」


 「へぇ……じゃああの変な挨拶も沖縄言葉なのかな」


 仕事の話から雑談に変わるとともに二人の雰囲気もいつもの柔らかいものになってきた。ユキオはほっとして会話を続けようとしたが、そのささやかでのんびりした時間はあっけなく聞き慣れた声に吹き飛ばされていった。


 「あー、ユキ兄ぃ!」


 「……」


 元気な愛嬌のある明るい声も、毎日聞いていればそんなに心地よい物でもない。ましてや度々ワガママや無茶振りをするような人間ならなおさらだ。


 ユキオが声の方を向く前にその発生源は勢いよく走ってきた。長いポニーテールを風に乗るようになびかせながらあっという間に二人の前にやってくる。


 「カナ……」


 「やっほ、ってあれ。デート中?お邪魔だった?」


 セリフとは裏腹にまったく悪びれた様子が無い。上目づかいに下から半ばからかうように覗き込んでくる。先日買ったとかいう赤いチェックのベレーがずり落ちそうになるのを慌てて押さえながらエヘヘと笑っていた。サイズが大きすぎるのに、この柄がLサイズしか残っていなかったからとか言っていた。


 「違うよ……あ、ええと親戚のカナです。声優の養成所に通うからって家に居候しに来て……。カナ、こちらは奈々瀬さん。学校の同級生で、あと<センチュリオン>でも一緒に働いてる」


 「ええと、初めまして、那珂乃カナです!ユキ兄がいつもお世話になっています!」


 視線をピョンと正して深々と頭を下げるカナに気圧されるような感じでルミナも頭を下げた。


 「こんにちわ、奈々瀬です。こちらこそ、お兄さんにはいつも助けてもらっていて」


 (親戚……ってのはウソじゃないでしょうけど)


 あまりに似ていない、しかもやや幼いとはいえ新たな美少女の登場にルミナはまた陰鬱な気分になった。この鈍感男はとんでもないフェロモンでも出ているのではないだろうかとルミナはくだらない疑いを持った。


 「ほんとですかぁ?悪い人間じゃないですけどごらんの通りちょっとのんびりしたところがありますから、ご迷惑かけていなければいいんですが」


 そのフォローの仕様もない言いようにルミナが言葉を継げずにいる前で、カナがいつものマシンガンの如き速さで話し始める。


 「てゆかユキ兄ぃ遅いよ、今夜は私の壮行会なんだから」


 「なんで壮行会なんかやるんだ」


 「もう!合宿に二週間も旅立つ私を元気付けようとか、そういう思いやりはないワケ!?」


 二週間の合宿と聞いてハッとしたルミナに、ユキオがこっそり目配せする。カズマ達の合宿理由はまだ機密扱いだ。ルミナも視線で返事をして口をつぐんだ。


 「あー、わかった。寂しい寂しい。で、何をするんだよ」


 「えーとね、コレ!焼肉用のお肉を……」


 手に持っていたスーパーの袋を持ち上げたカナの手首にポツン、と大きな雨粒が当たった。


 「あ」


 という間にバタバタと叩きつけるような勢いで冷たい雨が三人を襲いだした。折り悪く道は住宅街で雨宿りが出来そうな所は見当たらない。

 

 「ユキ兄ぃ!」


 「仕方ない、走るぞ!奈々瀬さんも!」


 「う、うん!」


 ユキオは二人を率いて雨の中ドタドタと走り出した。普段から天気予報を気にしているルミナも予報に無い季節外れの夕立の為に折りたたみの傘を持ち合わせてはおらず、ハンドタオルを掲げてついて行く。


 「玖州君、どこに行くの!?」


 「ウチが、もうすぐなんだ!」


 「えっ!?」


 走り出しては見たものの、まさかユキオの家に連れて行かれる事になるとは考えておらず、ルミナは驚きで歩調を乱した。

 しかし空を見ても雨は止むどころかさらに強さを増すようだった。自宅もまだ遠く、マヤに迎えに来てもらうにもタクシーを拾うにもまずは屋根がある所まで行かなければならない。

 雨宿りだけなら……と思いルミナは大人しく二人に従った。




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