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晩白柚


 



 『エストックE51』


 ユノー社製 換装型多目的戦闘用WATS


 最大速力 108km/h (装備オプションにより増減)


 武装(草霧ナルハ機)

  複合型外装白兵用ナックル 二基

   (拡散ビーム弾発射装備内装型)

  ショルダータックル用アタック・ラム 二基

  ニーキック用アタック・ラム 二基

  脚部斬撃用追加外装 二基

  前面胸部軽量型追加アーマー



 『エストック』シリーズはウォールドウォー勃発に当たり、ユノー社が開発した戦闘用WATSの一つである。

 初代の『A10』は汎用型を目指しマルチレンジに対応した射撃武装と運動性を兼ね備える設計だったが、間もなくマイズアーミーのマシンに性能で見劣りするようになり受注が取れなくなりはじめた。 

 

 ユノー社の首脳部はこれに対し、基礎能力の高い本体に戦闘距離に応じて武装を選択できる新型機の開発を命令。10ヶ月の開発陣の努力により、左右腕部をマシンガン、対空砲、有線ミサイルなどに交換できる『エストックG23』を開発しリリースした。


 『G20』シリーズは一定の高評価を獲得し、諸外国でマイズアーミーに対抗する中小団体や個人に販売され始めた。これを機にユノー社は『エストック』シリーズのレンタル業を開始。トレーサーに安価でマシンをレンタルし、その修理費用と戦闘データを回収するビジネスを開拓した。

 これはWATS開発メーカーとして予想以上に効果が得られ、ユノー社は引き続き『S31』『D44』等の名機を開発する。


 『E50』シリーズは『エストック』タイプとして初めての全身オプション装備を採用した『D46』に引き続き、実に54箇所もの装備換装システムを装備している。これによりオーナーは武器、装甲を多数のパターンから選択し装備する事で重装甲近距離型から遠距離支援火力型、高機動遊撃型と自分の好む戦闘スタイルにマシンをカスタマイズできるようになった。 


 現在では2000台ほどの『エストック』シリーズがリースされているが、ユノー社は更なる需要拡大のため『E52』型の開発を発表している。










 「まとめるとライフル弾の使い方はいいが、リロードタイミングはもう少し図った方がいいな。あとは回避をもう少し勉強するとだいぶ良くなる。この、『ゼルヴィスバード』を貰ってから少し頼りにしすぎているきらいがあるな」


 ズバッと痛いところをつかれルミナが言葉を失う。南雲の指摘は相変わらず的確だ。


 「わかりました……」


 「ま、貰ったものを活用しないのもユキオに悪いからな。難しいところだな」


 いつもの少し意地悪なウィンクをする老人の前で居心地が悪そうにモジモジとお尻の位置を直す。


 外を見れば空はゆっくりと黄色と紫が混じり合う夕暮れに差し掛かるところだった。見とれるようなピンク色に染められた雲がゆっくりと東へ流れていく。

 カラスと思しき鳥の黒いシルエットが三つ、その空を西の方へ飛んでいった。


 いつの間にかルミナと共に、そんな空模様を見ていた南雲が振り返り口を開いた。


 「時に、最近のユキオの様子はどうかね」


 「え?あ、いや特に……学校では少し明るくなった……かもです」


 同級生の、しかも密かに思いを寄せている男子の事を聞かれてもルミナのような年頃の女子には中々答えにくい。その様子を見て南雲が笑う。


 「いやすまん、昔教師だったせいもあるのかああいう少し不出来なのほど気になって仕方なくてな」


 「先生をされていたんですか」


 「体育教師だったからな、あまり情操教育とかそういうデリケートなのは苦手で避けてたが今になって思えばもう少し真面目に取り組むべきだったと思うよ」


 今度は白髪混じりの頭を掻きながら苦笑する。確かに、物の教え方には長けていると思っていた。威厳がある人物だが時々こういう無邪気な顔をするのがギャップで、かなり年上ながらも親しみやすさをルミナは感じている。


 「そうだな、君のお陰もあるだろうが大分とっつきやすくはなったな」


 「そうなんですか」


 胸をなでおろすようにして表情を緩める。


 「アイツは……どこか冷めたところがあるだろう。神谷達みたいな連中の事をガキっぽいと思って、自分は努めて冷静な大人ぶっていようとする。しかしそういうのに限っていざ大人になってから自信が無くなって迷ったりするもんでな」


 「そういう……ものですか」


 ルミナには全く実感が沸かない話だった。南雲は窓を少し開け、内緒な、というジェスチャーをして懐からタバコを出し火をつける。


 「若い時は若者らしく楽しんでおけばいいのさ。周りと自分を比較して、冷めた態度で生きていたって得るものは少ない……これを年寄りが若者に教えるのが難しいんだが、困った事に歳を取らないと解らない……」


 やっかいな事だ、と煙を窓の隙間に向かって吐き出す。白い吐息が空に薄く溶けていった。


 「すまんな、愚痴っぽくなってしまった。歳は取りたくないな」


 「いえ」


 「とにかく、奈々瀬のお陰でアイツも大分マシになった。これからも頼むな」


 正直頼むとおっしゃられましても……という気分だが、ルミナはとりあえず頷いておく事にした。


 「そういえば、あのメイドさんは……」


 「ああ、今日は家の方の片付けを頼んでいるよ。思ったより入院が長引きそうで不要な物を処分してもらう事にした」


 「あの人に任せて大丈夫なんですか?」


 思わず不安を隠せずに訊いてしまうルミナに南雲は仕方ないさという顔を見せる。


 「歳を取るとなんでもかんでも取って置きたくなってしまってな、いっそあの勢いに任せてしまったほうがスッキリするさ」


 タバコは、すでに半分くらいになってしまっていた。ルミナはその煙の先から空に視線を移す。暮れかけている空は美しい色合いを見せていたが、ルミナは腹の下あたりで疼く言いようの無い不安を感じていた。










 南雲のマンションはしばらく主が不在だったせいで大分湿っぽくなっていた。何度か掃除には訪れているものの、今日こそは我慢が出来なくなり全てのカーテンと窓を開け風を通す。


 「とは言っても、この部屋ではなんも手がかりは見つからなさそうなのよねー」


 メイド服のスカートをふわりと広げながら翻り、部屋の中を見渡しながらレイミは面倒臭そうに呟いた。一人暮らしのマンションはそれほど広くない。高齢の男性にしては驚くほど整理されていて、依頼された不用品の処分など、逆に何を捨てればいいのか聞きたいくらいだ。

 適当に仕事は済ませよう……と思いながら慎重にスツールの類を覗き始める。


 (元<センチュリオン>のスタッフだからって、自宅に重要機密なんか置いておくようには見えないのよね。特にアナログなやつなんかはさ……)


 元より期待はしていないが『仕事』である以上格好だけでも済ませておかないと立場が無い。


 「いくらユキオ君たちの先生だからってさ……ん?」


 意外と引き出しの浅いところで、関係のありそうな書類の束を見つける。『パンサーチーム教育進捗状況』。白い薄手の手袋をつけた細い指で恐る恐るめくってゆく。


 予想通り大した内容は書かれていない。玖州ユキオをはじめ、パンサーチームの初期メンバー三人が<センチュリオン>に集められて以来、その戦闘テクニックと連携の上達度の記録をまとめてあるだけの物だ。求めていた情報とは程遠い……。


 (最初から『ファランクス』に乗せられていたんだ……)


 南雲の人となりは知っている。元教育者として厳しくも、親身に立った位置から三人の成長を見守っている事がわかる記録だった。


 (それでも、まぁ恵まれているわよね……)


 自分の生い立ちと比べるべくも無い。比べたところでそれに何の意味も無い事も痛いほどよく知っている。自分への憐れみなど、やり方すら忘れてしまった。


 特に感傷も無くその記録を辿っていくが、やはり期待する情報が無いという確認が出来ただけだった。が、一つだけ気になる記述が目についた。


 「『サポートAIの格差は特に戦力差としては現れていないが、これは三人の技量が高いためだと推測される。これを改めて経験の浅いトレーサーに回す事に対しては有用な可能性があるが、今は必要であるとは言い切れない。予定されている新型『ファランクス』への実装が予定されているサポートAIへのフィードバックについても問題ないと思われる』」


 (実装が予定されている……か)


 確証は無いが上からの情報の裏づけの一つになりそうな予感はする。レイミはその書類を慎重に元の位置に戻し、引き出しを閉めた。

   










 進路希望調査を書かせる事になんの意味があるのか。その事についてユキオは納得の行く答えを求めたかったが、やる気の無い担任からはどうせ適当にはぐらかされる返答しか得られないだろうと諦めて、配られたプリントを鞄にしまった。


 「ユキオは何て書くんだ?」


 後ろからガリことケンイチが声を掛けてきた。ユキオが面倒そうに太い身体を捻らせ振り向く。


 「まぁ、進学じゃねえの。無難にさ」


 「そっか」


 「ケンイチはどうするんだよ」


 「うーん」


 意外にもケンイチが額を人差し指で押さえ真面目に考え込んだのでユキオは少し期待して後ろの机に寄りかかった。


 「ジェンガ世界一を目指すってのはどうか」


 バランスを崩し、マンガのようにすっ転びそうになるのをなんとか堪える。


 「……書いてみろよ、先生のリアクションが見たいからな」


 「冷たいな」


 前に向き直り、一度は閉まった進路調査用紙を取り出す。空欄は三つ。三つも進みたい進路があるものなのだろうか。


 (……あれも、結構前の事だったな)


 植物園でルミナが涙混じりにユキオを問い詰めたあの日。真っ赤な夕陽の色と共に胸を刺すような痛みが脳裏に去来する。それは結局ルミナの気分の問題ではあったが、ユキオも将来に向き合うと約束した。


 だが結局まだ具体的なビジョンは何も見えてこない。

 大学に行ったとして、何か就きたい職種が明確に決まったわけではない。ルミナの手伝いをできればと考えたりもするが、自分の将来をそんな事で決めていいのかという冷静な自分もいる。


 何度か考え直しているウォールドウォー関連への就職も、得意分野ではあるとは言え先行きが不透明だ。明日にでも、ドクターマイズが「止めた」とでも言えば即座に路頭に迷う仕事だろう。仮に定年まで働けるとしても、このあと30年も40年も戦場に出たり出来るのか……。


 そして、浮ついていた気持ちを落ち着かせて、ルミナとはまずは友人として接しようと戒めた心も最近は頻繁に揺らいでしまう(時々食べさせられる『健康食品』と称する食材がその度にユキオを冷静にするのだが)。


 目下この二つが、ユキオ個人の悩みであった。


 (要は、どっちも覚悟が足りないって事なんだろうけどさ)


 進路も、恋愛も経験が浅いから臆病になる。臆病だから自分から動けない。負のループを崩すために未知へと踏み出す勇気が必要なのは嫌と言うほどわかっているが、果たしてどこから持ってくればいいのか。


 「誰かに、相談してみるか……」


 「ん?誰にだ?」


 「ああ、いやバイト先の……」


 気だるそうにケンイチに返答するユキオの左腕のリストウォッチが不意に強く振動した。シグナルコードはP1。


 「仕事か?」


 「ああ、行ってくる」


 「気をつけてな」


 「サンキュ」

 

 笑顔で見送ってくれるケンイチに手を上げながらユキオは立ち上がる。恋愛にしても、こういう気兼ねないドライな人間の方が付き合っていて楽そうだよな、などと思いながら。







 十五分後、<センチュリオン>悠南支部・コクピットルーム。



 ナルハがパンサーチームのヘルプに入って初めての迎撃戦というのもあるが、それとは別にユキオは胃の痛い思いをさせられる事になった。


 (人数が減って、しかも一人は未知数って時にこんなものを試させないでほしいよな……)


 アリシアの無邪気な笑顔を思い出しながら恨めしそうにそう思う。


 胃痛の理由は『ファランクス5Fr』のバックパックを始め、各部に搭載された見慣れない武装の為だ。

 パンサーチームにはプロモーション活動の他にもいくつかの実験的な役割。その内の一つに新兵装開発の為のデータ収集任務がある。


 日々新型機を投入してくるマイズアーミーに対抗するためには、より強力なマシンや武器の開発は不可欠だ。これは現実世界においても電脳世界の戦争においても全く同じ事であった。

 新しい武器、新しい装甲、新しいシステム……そういった物の完成度をより高め、安定させるためには多数のデータが必要となる。ユキオ達パンサーチームはトレーサーとしての柔軟性の高さからこういった任務をたびたび受けていた。


 インフォパネルを丸い指で弾きながら、今回試験する武装のスペックを再度確かめる。

 まずユキオの気に食わないのは、最も使い勝手がよく信頼している強化型重ガトリング砲を外してまで乗せられた、PNCとかいう名を持つ超高加熱液体金属射出砲だった。


 要は高温に熱した液体金属粒子を圧縮して弾丸として射出し、敵の装甲を融解させるという武器なのだが、試作したてという事で射程も威力も不安定らしい。特性を利用して散弾状に射出したり、ビームの様に照射武器として使う事も出来るらしいのだが肝心の容量が少なく何度も撃てるわけではないというのがまた難点だ。


 それ以上に不安なのは右腕に携行火器として持たされている二連装パニッシュバズーカという代物だった。なんの捻りもない、中距離用のパニッシュバズーカを二本横に束ねるように繋げただけの子供が考えたような武器である。おそらく一回の射撃チャンスでよりダメージを与えるためにとかいうコンセプトなのだろうが、只でさえ重いバズーカを軽量化もせずそのまま二門にしたせいでおそろしく取り回しが悪い。


 グレネードや頼りのシールド『ヴァルナ』、バニティスライサーが残っているのがせめてもの慰めだが正直新型や大部隊でもやってきた日には頭を抱えるしかないなと諦めの心境でポッドのシートに座っていた。


 本来ならカズマもマサハルも居ないこういった時に実戦でデータを取るのは避けるべきなのだが、<センチュリオン>と取引をしている開発メーカーの強い希望という事で緊急に装備換装をさせられたのだ。


 「大丈夫、玖州君?」


 終始機嫌の悪い顔をしているユキオを気遣ってか、戦闘開始前にルミナが通信を入れてきた。心配そうな顔をさせてしまった事に罪悪感を感じて、ユキオが眉の間をほぐしながら明るい返事をしようと努める。


 「あ、ああごめん。大丈夫だよ……ただ、やっぱり慣れない武器だと不安で」


 「無理はしないでね」


 ああ、と頷くユキオの前のモニタにもう一枚通信ウィンドウが開く。


 「まぁまぁ、あまり思いつめないで気楽にいきましょ。肩凝っちゃってうまく動けないわよ」


 (気楽に言ってくれるなよ……)


 ナルハの無頓着な慰めに、一応口ではありがとうございますとだけ答えるが、なんだか余計にこの助っ人が信頼できるのか不安になる。ユキオはかぶりをふって戦闘に備える事にした。



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