ブーゲンビレアの旅人(後)
普段戦場にしているウォールドウォーとは違う、ライトグレーの明るい空間。<センチュリオン>が新型機や武装のテストをするためのテストルームに、カズマの『ファランクスAs』とそれよりは強靭そうなシルエットを持つWATSが対峙するように出現した。
「『エストック』だ!」
ユキオがナルハのマシンを外部モニターから見ながら、若干興奮気味に声を上げる。
「なんだアレ」
マサハルの物珍しそうな声に、モニターを見ながらユキオが答える。
「フランスのWATSメーカーがフリーのトレーサーにレンタルしているマシンなんだ。『ファランクス』と同じように乗り手の要望によって武装や装甲をカスタマイズできる。あの人のは去年のモデルの『F51』モデルだ、シリーズの中でも堅牢性が抜群で長時間メンテナンスなしでも戦闘できるって評判なんだ」
珍しく熱っぽく説明をするユキオ。マッシヴな四肢を持ちそれを操るトレーサーとは対照的な男らしいフォルムを持つマシンを指差しながら解説するように言った。
「両手は格闘用の大型ナックルに替えてある。肘に膝……爪先もだ。打突用の追加パーツが付けられてる。完全に近距離白兵用だ」
「それなら、飛べる神谷君の方が有利なんじゃない?」
「まぁ俺も、そう思うけど……」
チームメイトの見ている前で、『As』はウィングを広げ舞い上がった。挑発するように二回ほどナルハの『エストック』の上を旋回する。
「レディファーストが信条だけどな」
カズマは『エストック』をロックすると、迷い無くレーザーライフルのトリガーを引いた。秒間6発を誇る高速のブルーに輝く光線が『エストック』に襲い掛かる。
しかし、その攻撃を読んでいたナルハはレーザー弾体の群れをステップを踏むように全てかわして見せた。
「やるじゃねえか!」
「紳士と思ってけど、意外と野蛮なのね」
「肉食系ってことさ!」
カズマは容赦せずに弾丸を撃ち続けた。が、レーザーは『エストック』を捉えられずに空しく地面に弾痕を残す。
「うまい……」
マサハルの呻く様な呟きにユキオが頷く。カズマは決して射撃が下手では無い。マシンガンや中距離ライフルの類の扱いはチームでも群を抜いている。『As』の攻撃をここまで完全に回避されるというのは、ナルハの腕と経験が底知れぬ事を伺わせた。
(口だけじゃねぇな……)
常に飛行移動しながら、様々な射角で攻撃を続けていたカズマは、弾丸を収束して命中率を上げる為に一瞬だけ動きを止めて両手にライフルを構えさせた。
しかし、その僅かな隙すらナルハは見逃さなかった。
「動きを止めなきゃ良かったのにね」
『エストック』の巨大なグローブをはめたかのような両手を広げ、『As』に向ける。その指先からショットガンの如くビーム弾が散弾状に射出された。
「飛び道具あんのかよ!?」
面食らったカズマの声が上擦る。戦闘兵器のWATSに射撃兵器が無いという事は普通に考えればありえないが、初見のあまり知らないマシンで手持ちの火器もなかった事から、カズマは完全に相手を格闘特化の機体だと思いこんでいた。
慌てて回避をかけたカズマだったが、散弾のいくつかがウィングに数個の穴を開けた。多少バランスを崩した『As』のライフルに第二波がヒットし速射ライフルが爆散する。
「くそっ!」
「!?ダメだ!迂闊に近づいちゃ……!」
カズマがブレードを抜いて急降下をかけるのを見てユキオが声を上げる。が、その忠告はカズマには届かない。
接地した『As』はレーザーブレードで接近戦を仕掛ける。ブレードの破壊力は折り紙つきで、ユキオの『5Fr』が誇る『ヴァルナ』すらキズをつけるレベルだ。多少装甲を増やしている『エストック』とて防げるものではない。しかも獲物のないナルハ機はブレードの刃の分だけリーチで不利だ。それでもナルハの顔には余裕がある。
「地上に降りた時点で、もう決まったわね」
ガキィィィィン!
瞬迅。
二撃、三撃と振り下ろされるブレードの刃をかわした所で、『エストック』が『As』の右手首に稲妻のようなスピードで鋭い手刀を振り落とす。衝撃音と共に『As』はレーザーブレードの柄を取り落とした。
「くっ!」
「もう武器はないんでしょ?」
バーニアを吹かして緊急離陸をかけようとした『ファランクス』の細い脚をがっしりと太い五本の指で『エストック』が掴む。そのまま力任せに引き寄せて、驚くほどスムーズな挙動で細い『As』の躯体にコブラツイストをかけた。
「なにぃ!?」
カズマはおろか、見ていたユキオ達も目を剥くほどの鮮やかな関節技だった。続けて『As』にバックドロップをかけ、そのままサソリ固めを極める。
マシンに感覚をリンクしているカズマの全身に耐え難い激痛が走り、耐えかねて悲鳴を上げた。
「わかった!わぁかったっ!負けだ、降参!降参!」
その声を聞いて技を解き、立ち上がったナルハの『エストック』はみっともなく這い蹲る『As』を見下ろした。
「まぁまぁ、楽しかったわよ」
終わってみれば、一方的な試合だった。
「じゃあ、すいませんが留守をお願いします」
敗戦に予想以上のショックを受けたカズマに肩を貸し、マサハルが引きずるように帰っていった。マサハルも納得はしていないようだったが、あの実力差を見てはケチのつけようもなかったのだろう。
「はぁ~い、レコーディング頑張ってねぇ~」
それを手を振りながら笑顔で見送るナルハ。横では居心地悪そうにユキオとルミナが佇んでいる。ナルハは面白そうな顔で二人を見てから、ユキオの方にスタスタと歩み寄った。背はそれほど高くないものの、スラッとした歩き方のせいでモデルのような存在感がある。
「不服なら、キミもヤってみる?」
大人がからかうようなような笑みに、ユキオは苦笑いと戸惑いを混じり合わせたような引きつった笑顔しか出なかった。
「いや、充分わかりました……しばらく、よろしくお願いします」
「もー、やだ!しばらくなんてつれないなぁ。もっとフレンドリィにいきましょうよー」
バンバンとユキオの丸い背中を叩く。改めて性格までマヤに近いようだ。その様子をルミナが後ろから何かしらの呪いでもかけそうな目で見つめながら歩み寄る。
「玖州君、私達も……ほら、今日は数学の宿題たくさん出たんでしょ?」
「あ、そういえば……って奈々瀬さんA組の事なんで知ってるの?」
「そんなことはどうでもいいんです。じゃ草霧さん、二人の不在の間よろしくおねがいします」
口調はあくまで丁寧だが、言葉を挟ませない雰囲気をまといつつルミナがユキオを引っ張ってコクピットルームを出て行った。その二人も笑顔で見送ってから、ナルハがマヤの方を振り向く。
「面白いチームですね」
「でしょう?退屈しないわ」
苦笑いでやれやれという態度を取るマヤ。
「なんなら、パンサーチームに正式加入してもらってもいいのよ。今のリーダーは血気盛んだけが取り柄でね」
「おもしろそうですけど、悠南には本業で寄っただけなんで……ありがたいお言葉ですけど」
すいません、と軽く頭を下げるナルハ。
「そうだよねー、仕方ないか」
「人手不足なんですか?」
「そうねぇ」
マヤがコーヒーでもどう?と休憩室に促す。
「人手は、少なすぎるという事は無いけど多いにこしたことは無いわ。貴方のようなフリーのトレーサーは最近どうなの?」
「一時期のブームは終わって今は減少傾向ですかね。意外と儲からないし生活は不安定になるし、現実を知ってやめてしまう人も多いです。結構神経疲れますしね」
「フリーを囲い込むなら急いだ方がいいのかしら」
マヤは自販機の安物ではなく、給湯室に隠してある自前のドリッパーに手早くフィルターと豆をセットした。お湯を丁寧に円を描くように落とす。美しいこげ茶色の雫がポットに落ちてゆく。
「かも知れないですね。急増するマイズアーミーの影響で今までフリーでやってきたトレーサー仲間も企業に入る人が多くなっていますし。実際、この悠南市だって……」
『ロングレッグ』や『ギガンティピード』との戦闘は、パンサーチームの広報活動として一般市民にも知られていた。カズマがいつものふてぶてしい調子でインタビューに答えていたため住民の不安は抑えられていたが、慎重な人間は他の町へ引っ越す事も考えているらしい。
「仕事だからこんな事言うのもアレなんだけど、ホント困っちゃうのよねー。毎月何回、コレだけの戦闘を行いますって予め言ってくれればいいのに」
「アハハハハ、そりゃ楽ですね」
マヤはジョークめかして言うが、ある意味本音でもある。若いフリーのトレーサーに伝わったかどうかは解らないが。
「もし<センチュリオン>で働きたいって言う人がいたら是非紹介して。ささやかながらお礼もするから」
「わかりました。でも<漣防巡>や<クリスィアル>と同じくらいの待遇で無いと難しいかもですよ」
「<クリスィアル>っていくらくらい払ってるの?」
「聞きかじりですけど、それなりの腕の人で月の手取りで30くらいとか」
「そんなに!?」
マヤがコーヒーカップを手に目を丸くする。<クリスィアル>は海外に本社を持つ対マイズアーミー部隊派遣会社で、去年日本に参入してきた。元々がインターネット絡みの保険会社で結構な資産があり中小の同業企業を買収しながらシェアを広げている。
公務としてのイメージが強い<センチュリオン>とは違いCMや広告も多く使い、防衛を依頼する企業も多い。
<センチュリオン>のイーグルチームでも新人はそんなに給料を貰えていない。シャークチームとなれば言わずもがなだ。
「あー、頭痛くなってきた」
「できるだけ協力させてもらいますよ。じゃあアタシはこの辺で……なんかあれば呼んで下さい」
「ありがと、しばらくヨロシクね草霧さん」
あくまで気楽そうな雰囲気を崩そうとしないナルハがひらひらと手を振って帰っていくのを、マヤは少しだけ羨ましいと思った。