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葉が染まる頃


  三 葉が染まる頃



 十月であっても、日中はまだ暑い日が時折名残惜しげにやってくるのだが、発汗性能に不必要に優れるユキオには迷惑なことだった。憂鬱な定期テストも終わり、日陰を伝い伝い早く帰ろうと歩を進めている所に、ゴツいデジタルの腕時計から都合悪く<センチュリオン>からの出動要請が知らされる。


 (どうせ呼ぶならテスト中に呼べよ!)


 と苛立つが、ユキオの担任はテスト中のウォールド・ウォーへの出撃を許しはしても、後日改めてしっかりと再テストを課す無慈悲な人間であった。


 「俺はみんなの為にこうも頑張っているってのにさ…」


 過去何度呟いたかわからない小さなボヤキと共に踵を返す。今の位置からだと、出撃できるポッドは本部のある学校か、もしくはヨネばあさんのやっている駅に程近いタバコ屋

のどちらかしかない。少し迷ってユキオは学校へ向かうことにした。ヨネばあさんの店へ行けば、ねぎらいにお茶の一杯は頂けそうだが(代わりに肩叩きしながらばあさんの愚痴を小一時間聞く事になるが)、タバコ屋の奥に設置させてもらっているポッドは一台しかない。


 運悪くカズマかマサハルが近くにいてバッティングするかもしれないし、何よりタバコ屋までの道は見通しが良く日陰が少ない。ユキオは一切の風も無く照り返しの厳しいアスファルトに憎しみの視線をくれてやりながら、重い体に鞭打って一生懸命走り出した。

 

 薄暗いコクピット・ポッドに入り、起動ボタンを押す。ブゥ…ンと機械が始動音を伴い各モニタが灯ってゆくのを確認してから、ユキオは内ポケットに入れてある専用メモリキーを取り出した。


 複雑な形状を成し、中に膨大なデータを内蔵するカギをイグニッションスロットに差し込むことで、ユキオの専用アーミング・トルーパー『ファランクス5E』が使用可能になる。


 このキーが無くてもウォールド・ウォーに参戦することは出来るが、その場合は一般的に使用される汎用型トルーパー『バリスタ』等を使用する事になる。それ程戦闘能力に劣る機体ではないが誰にでも使いやすいマイルドな設定の為、それぞれ操縦スタイルに個性のあるユキオ達では使いにくいのだ。


 程無く『ファランクス5E』がウォールド・ウォーにアクセスする準備が整った。単なるプログラムの羅列だったデータが可視化され、力強い体躯を持つロボットが闇夜の電脳都市に姿を現す。『5E』の代名詞とも言えるその機体とほぼ同等の大きさを誇る重厚なシールドを前面に構え、ユキオは『ファランクス5E』をゆっくり前進させた。


 背後には防衛対象、敵の攻撃ターゲットである民間放送局のデーターサーバがある。人命には直結しないだろうがもし破壊されればニュースなど報道に支障をきたす為、放置するわけにも行かない。レーダーをワイドレンジにしてユキオは敵影を探った。


 (『フライ』が…三機?)


 ワイドレンジの為敵機の特定はしかねるが、そのスピードから小型マシン『フライ』と思しき敵影が三機映るのみだった。さらに三秒待ったが新たに侵入してくる敵影も見えない。偵察隊か、と判断してユキオはオペレーターにカズマ達への召集コールを切って貰った。

 このくらいなら一人で対処できる。念の為AIで防衛戦闘を行う自立型トルーパー『チャリオット』を三機呼び出して、データサーバー周囲に配置する。これで仮に増援が来ても時間が稼げるだろう。当面はこの三機を片付けてさっさと戦闘終了させるのが目的だ。


 フットペダルを踏み込み一気にジャンプで距離を詰める。放送局が自前で設置している防衛障壁よりもかなり前面の開けた空間へ着地して、シールドで正面をガードしながら強気に敵機へ接近して行く。やがてモニターに見慣れた小型マシンの姿が顕わになってきた。


 「やっぱり『フライ』か」


 物足りないな、と勝利を確信してターゲットスティックに親指をあてる。敵が弱ければ短時間で被害も少なく処理できる為、襲われるターゲットも<センチュリオン>のメンテナンスチームも歓迎すべき状況である。しかしユキオ達若いパンサーチームには、不穏当ではあるがわざわざ弱い敵の為に出動するのは肩透かしを受けるような感覚だった。


 どうせ戦うなら強敵と戦り合いたい。最初はその責任感から参戦を敬遠していたユキオだが、ゲーマーとしての性分が徐々に勝りそんな風に思わせるようになっていた。 並列して飛行する『フライ』の左の一機に照準を合わせトリガーを引く。『ファランクス5E』の右肩の重ガトリング砲が、ガガガガガガガガガガ!とけたたましい爆音を上げ、高速連射された赤熱の弾丸が波打って『フライ』を襲う。一秒の間に十数発の直撃を浴びて穴だらけになった『フライ』があっけなく散った。


 そのままガトリングを回しながら残りの二機に照準を移すが、『フライ』は軽やかに回避行動に入り被弾を避ける。ユキオもその動きは想定しており、ガトリングを撃ちながら片方の『フライ』の進路を塞ぐように回りこんでいた。敵機からのレーザービームの反撃をシールドで楽々と跳ね返し、接近した『フライ』にそのままシールドを叩きつける。ガキャン、と少し間抜けな金属音と共に『フライ』の機体が地面に転落し、すかさずその上に勢い良く『ファランクス』の右脚を振り下ろしバラバラに踏み砕く。


 (あと一つ)


 残る一機が回頭するそぶりを見せた。想定通り偵察任務ならデータを持ち帰る為に撤退を図っているのだろう。このまま逃がしてみすみすここの防衛能力を知らせても利は無い。ユキオは重いシールドを捨て身軽になった『ファランクス』にダッシュさせながら右腕の二連ビームガンパックを斉射させた。計六発、イエローの光条が空を奔り、その内の一発が全速力で逃げる『フライ』のウィングをえぐる。哀れ『フライ』は地面に墜落、爆発を起こした。


 「お疲れさん、一人で大変だったな」


 オペレーターの一人、ジョウの労いにまぁね、と言葉を返して、コクピットポッドから降りたユキオはいつものようにメンテナンスルームへ入った。戦闘自体はものの四分弱で終了してしまい拍子抜けしたがこれでバイト代もまた入るのだからツイていると言える(普段なら三人で等分する手当が総取りになる為)。


 ユキオの経験では最小の戦闘部隊だったが、早朝や深夜にはこのような小規模の構成が時折見られるらしい。


 (こっちのトルーパーも手作業で組み立ててる分、アイツらも生産スピードに限りがあるのかね)


 プログラム上のデータにそんな制限を設けるだろうか。ウォールドウォーには何かと現実的というか、面倒臭い制限が多すぎる。マッドサイエンティストのやる事はわからんな、と頭の片隅で思いながら、ユキオはコーヒーを片手にいつものシートに腰を下ろした。


 「あら、ユキオ君、今日は私もいるし上がっても良いわよ?」


 弾薬の補充から始めようとしていたユキオにスタイルの良い、ブロンドの女性が後ろから声を掛けた。振り返ると<センチュリオン>悠南支部のメンテナンスチーム副主任、霧峰アリシアがニコニコと微笑みかけていた。母親がイギリス産まれのハーフで、ユキオをスカウトした奈々瀬マヤの大学時代からの知り合いらしい。


 美しい美貌を持つだけでなく、プログラムの腕も優秀で、大破したアーミングトルーパーも三十時間程度で完全修復してしまう才媛である(一度その作業を覗き見したが、仮に修復方法がわかっていても、ユキオがやればいつ終わるか想像もつかない程のコード量だった)。


 外見にコンプレックスのあるユキオにもフレンドリーに話しかけてくれる希少な女性でもある。マヤも気さくだがどうにも彼女には女性らしさがあまり感じられない…とは口が裂けてもユキオの口からは言えないが。


 「いや、弾薬だけでも入れときます。アリシアさんは新型の調整でずっと大変じゃないですか。少し休んで下さい」


 ユキオはそういってやんわりとアリシアの申し出を断った。悠南支部に新人トレーサーが入るので、その為のトルーパーを一機新しく用意しているのをここ一ヶ月横目で見ていて、その大変さがよくわかっているからだ。アリシアはパン、と両手を打ってわかりやすいリアクションで喜んで見せた。


 「ユキオ君優しいのねえー。じゃタマだけ甘えちゃおうかな。装甲と基礎チェックは私がやるからね」


 「はい、お願いします」


 ありがとー、と喫煙ルームに消えてゆく美女をステキだなぁとユキオは見送った。まだ独身で彼氏とかの話も聞いたこと無いけど、きっとすごいモテてるんだろうなぁ、と高嶺の花に思いを馳せる。むしろレベルが違いすぎて間違っても告白したいとか考えるのもおごがましいなといつも思っているのだが。


目の前のメンテ画面に目を戻し、自分が撒き散らした重ガトリングとビームガンの弾を補充しながら別画面でその弾自体にも新たに再生産をかける。弾の装填は倉庫サーバーから機体へのデータの移動なのですぐに終わるが、再生産はバグチェックをしながら進める為少し時間がかかるだろう。


 まぁこっちはプログラム回しっぱなしで帰っても困らないしな、と思いながらぬるいコーヒーに口をつけた。一応付箋で、再生産のまま放置する件を残しておくかとデスクの引き出しに手をかけたところでまた別の聞き慣れた声がユキオに掛けられた。


 「ユキオ君お疲れー、テスト明けなのに悪かったわねー」

 

 軽い口調で労ってくるのはお馴染みの奈々瀬マヤだ。どうも、と振り返るとマヤの隣に見覚えのある黒髪の少女が立っている。ユキオが振り返るとその少女が微笑みもせずにお辞儀をしたのでユキオもつられて頭を下げた。


 (確か、こないだも本部で見たような…?)


 マヤがそんなお堅い二人の空気をほぐすように口を開いた。


 「まぁまぁ二人とも、これから戦友になるんだからもっとフランクに行きましょ?」


 「戦友?」


 はて、とユキオがきょとんとしていると、黒髪少女が一歩前に出た。ストレートだが柔らかいロングヘアがふわりと優雅に揺れて、また真っ直ぐにまとまる。


 「始めまして、奈々瀬ルミナです。今日からこの悠南支部、パンサーチームに加入します。よろしくお願いします」


 奈々瀬、という事は妹さんか?とユキオが一瞬考えているところにマヤが、ルミナと名乗った少女の方をゆさゆさとしながら再び話し始める。


 「ルミナー、フランクってばぁー」


 「姉さん、初対面で馴れ馴れしくなんかできません」


 しなだれかかるマヤをぴしゃりとルミナと名乗った少女がたしなめる。


 「妹さん、ですか?」


 「そうそう、ユキオ君と同級生よ、明日転校手続きを取るんだけどね。ルミナ、こちらは玖州ユキオ君。パンサーチームの影のエースよ」


 「玖州です、どうも…」


 マヤの一方的な紹介の後におずおずと頭を下げる。ルミナはニコリともしないで再びお辞儀をした。いわゆる委員長的なお堅い感じだが、同世代の女子とは縁遠い自分にはあまり関係無いなとユキオは思った。


 「じゃあ私、ミーティングあるから、ユキオ君も適当に上がってね~」


 バイバーイと手を振って気まぐれな風のようにマヤは去っていった。真面目そうな表情を崩さないルミナに一応、じゃあ、これからよろしく、とだけ挨拶してユキオはまた作業に戻ろうとする。見るからにゲームなんか得意そうでは無いけど実際どのくらいの腕なのかとか、どこから転校してきたとか、そもそもマヤと結構歳が離れてるみたいだけどホントに姉妹なのかとかいろいろ気にはなったが、コミュ障気味の性格が災いして自分からそれ以上の会話を続けることが出来ない。ああ、また一人俺と距離を取る女子が増えたな、と心中でかぶりを振っていると、ルミナが少しこちらに近付いて質問を投げかけてきた。


 「あの…玖州君はトレーサーって聞いたんですけど、メンテナンスもするんですか?」


 質問してきた事は予想外だったが、実務的な内容そうなのでユキオはホッとしてルミナの方を向く。仕事の話なら必要な事だからと割り切って話せる。プライベートな話や取り止めのない雑談は相手の気持ちとか空気とか読まなければいけないので苦手だった。特に気分の移ろい易い女子ならなおさら。


 「あ、うん…本格的な事は何も出来ないけど、弾薬補充と装甲板の交換くらいは」


 不思議そうな顔をしながらルミナが続ける。


 「この前も、一人で残って、しかも他の人のトルーパーも修理してましたよね」


 「ああ、うん」


 やっぱりこの前見かけた女の子か、とユキオは納得した。しかしあの距離と短時間でそこまで見えてたのならそれはすごい視力だ。


 「メンテチームの人がいるのに、しかも自分以外の機体の修理もするんですか?」


 ルミナには不思議に感じたらしい。確かにユキオより腕も知識もある専属スタッフに任せてしまったほうが時間も早く、確実だ。


 「うん、まぁ、変かもしれないけど、敵はいつ来るかわからないから。いざって時少しでもダメージを食ってたり残弾を気にして戦いたくないんだよね。予備のトルーパーもあるけど、三人とも自分達のスタイルに合うようカスタムされてるし、広報用のチームが一般機を使うのも…つまりは自分達のためって事なんだよね」


 実際メンテチームはイーグルチームのトルーパーの修理で手一杯な時も多いし、と付け加えて、ユキオはまとまりのあまり良くない自分なりの回答を終えた。ルミナもそれでひとまずの納得はしたようだった。


 「なるほど、わかりました…私も時間のある時はお手伝いできるよう少し勉強しておきます」


 「あ、うん…あり、がとう」


 少しどもってそう答えるユキオに、ルミナは初めて僅かに表情を緩めた。


 「作業の邪魔をしてしまってすみませんでした。これからよろしくお願いします」


 感じの良い爽やかな挨拶を残し、ふわりと舞うように黒髪をなびかせルミナはメンテナンスルームを後にした。その少女の雰囲気と甘い残り香と可憐な後姿にユキオはしばし心を奪われてルミナの後姿から目を離す事が出来なかった。




 二日後、ルミナはユキオの二つ隣のクラスに編入した。すでに挨拶は交わしているからわざわざ顔を覗きに行く事もないか、とユキオはいつも通り休み時間を園芸の図鑑を見たり机に突っ伏したりしながらやり過ごしていた。それでなくても季節はずれの転校生の美少女に学校中の注目が集まり休み時間ごとに彼女のクラスの入り口がごった返しているからだ。


 「おう、ユキオ、お疲れ」


 昼休み、母親が握ってくれたおにぎりとおかずを持って、いつも通りグラウンドの端の狭いベンチに向かおうとしていたユキオに、カズマとマサハルが声を掛けた。


 「ああ、お疲れ」


 正直社会人でも無いのにお疲れっていう挨拶もどうかとは思ったが、ユキオはそう返した。二人はいつも通りファンの女子を五、六人連れて中庭のテラスにでも行くのだろう。女子達が思い思いにでかいお弁当を持っているが、アレを二人に全部食わせようってのは無理があるんじゃないかとユキオは冷ややかに思った。


 「こないだは、一人で任せちまって悪かったな」


 先日の小規模な戦闘の事をカズマが詫びた。ユキオもカズマそういう所は好感を持っていた。ただ金持ちでイケメンで勉強もスポーツもそこそこ出来て年中常に可愛い女の子が傍にいて、悩みなんか何も無さそうに見えるのが憎らしいというユキオの僻みが距離を取らせているだけである。カズマにも無意識に尊大な態度が出てしまうところがあるが、要は偶然同じ所で働くことにはなったが、もともと相容れないカテゴリーの関係なのだ(と、ユキオは思っていた)。


 「いや、本当に大したことはなかったから」


 「そっか」


 そこにカズマの後ろにいたマサハルがニヤニヤしながら声を掛けてきた。


 「ユキオはもう話したんだって?噂のアノ子とさ」


 「ああ、うん」


 「結構可愛いよな、あんなんでホントにトルーパー乗れるのか?」


 「いや、俺もまだ乗ってる所は見て無いんだ」


 「なんだ、そっか」


 残念だなーと軽くそう話すマサハル。カズマも同じような調子で、


 「まぁ男三人でむさくるしい所にカワイイ子が来たんだから、いいじゃねえか」


 と言うものだから、取り巻きの女子達がヒステリー気味に文句を言い始める。


 「わかったわかった、そろそろ行こうか、じゃあな、ユキオ」


 ああ、と手を振ってカズマ一行をユキオは見送った。いつも通り女子達はユキオに一瞥もくれなかったが、それは彼女達に限ったことではないのでどうでもよかった。


 ただ、住んでる世界が違うよな…とだけ実感する。同じ学校に通う同級生という事以外は何もかもが違いすぎる。ドクターマイズは先進国にも途上国にもそれぞれの技術と人口に応じた攻撃を行い格差を是正する、とのたまわったが俺とカズマの格差は無くしてくれないのか…と理不尽な事を考えた。


 裏口から校舎の外に出ると今までとは違う肌寒い秋風が肌を撫でる。グラウンドの端になんとなく所在無げに置いてある小さなベンチに向かう途中、視界の隅で季節外れの朽ちかけたセミの抜け殻が、風に転がされているのを見ながらユキオは一人ベンチへと向かった。




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