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スノードロップを添えて



 「別にお前がいなくても困りゃしねえよ」


 手に持った太いケーブルをガコンと無造作にフローリングの床に落としながらヒロムが呟くように言い捨てた。その前でポッドのハッチを開いて中を覗いたレイミがうえっ、と不愉快そうな声を出す。


 「ヒロム、中血まみれだよう……くっさぁ」


 呑気な口調でそう言いながらドアを閉めるレイミ。


 「お前もいい性格してんな」


 「別に、死体なんて珍しいモンでもないでしょ。アタシたちにはさ」


 口笛を吹きながらリビングに戻ってゆく少女の背中を見ながら、やれやれと肩をすくめてケータイを取り出す。


 「どうすんの、ソレ」


 「さすがにこの国の人間には見せられねえだろ。騙くらかして人を手配しないとな」


 「ヨロシクー。アタシはご飯買ってくるわー。せっかくだからフライドチキンにしよーっと」


 レイミはちょん、と食卓の上に置いてあるカバの額をつっついてからコートを手に玄関を出た。


 雪は、更にその勢いを増していた。







 最近、よく病院に担ぎ込まれていると思うのは気のせいではないだろう。


 ユキオはベッドの上で目を覚ますと、冷静にそう考えた。


 「随分のんびり寝ていたな」


 隣から声を掛けられて首を向かせ……ようとしたが痛みでそれは叶わなかった。仕方なく目だけをそちらに向かせると、そこには南雲がベッドの上で半身を起こして本を読んでいた。

 つまりは、南雲の病室に担ぎこまれたのだろう。

 

 居場所がわかり、ひとまず落ち着いて息を吐く。


 「ご無沙汰しています」


 「今回はさすがに肝を冷やしたようだな」


 「毎回ですよ、そんなのは」


 あいたた、と呻きながら同じように半身を起こそうとしたが、フィードバックで受けたダメージのせいか脳がびりびりする感覚以外は痺れた様に四肢の自由が効かなかった。

 

 「よせ、薬が効いている。ワシと同じようになりたくなかったら大人しくしていろ」


 コクリと頷いて南雲に従う。


 窓の外からは眩しい陽光が差し込み温かさを感じる。せっかくのいい天気にこうして寝込んでいるのは少しもったいないが、根は引きこもりのユキオは別にいいかと外出は諦める事にした。


 それからゆっくりと気絶する前に繰り広げた、激戦の事を思い出してゆく。


 「先生、俺……声を聞いたんです、多分、敵の……」


 「らしいな」


 南雲もまた、マヤから戦闘の一部始終は聞いていた。『ギガンティピード』という驚異的な新型機、いつの間にか作られていた地下工場。強化された『スタッグ』……対策を要する新たな要素が山積みになっていたが、<センチュリオン>のスタッフも南雲も一番気にしているのはその<声>の正体についてだった。


 「あの『スタッグ』には、人間らしい操作を感じました。攻め方も、動作と動作の間の躊躇も……アレは、何者かが……」


 「仮にそうだとして」


 南雲はユキオの方を向きながら、パタンと手にした本を閉じた。


 「どうする?『ファランクス』を降りるか?」


 ユキオは黙って考えては見るもののすぐに答えは出てこなかった。自分が背負っている、簡単には投げ出せないモノの重さをユキオは知っている。


 「お前の気持ちや心配はわからんでもない。しかし……我々は一方的に、理不尽な侵略に防戦させられている身だという事は、忘れるなよ」


 「先生……」


 「あとな、あの可愛い嬢ちゃんは、『絶対に降りません』とよ」


 ニヤリといつもの意地の悪い笑いを見せる南雲の顔を見て、ユキオは自分でも不思議なほど自然に口を開いていた。


 「なら、俺も降りれません」


 「そういう事だな」


 ユキオの返事に満足して頷く南雲の奥、病室のドアがノックされる。


 「どうぞ」


 「失礼します」


 丁寧な挨拶と共に花束を持って入ってきたのは、ルミナその人だった。


 「奈々瀬さん……」


 「玖州君、大丈夫?」


 心配そうに近寄ってくるルミナにユキオは難義しながらも微笑んで見せた。


 「なんとかね」


 安心して少し笑みを見せるルミナの顔を見て、ユキオは先程までの迷いが消え去った理由を知った。


 (俺は、守らなきゃいけないんだ。相手が誰であっても)


 「大変だったね……奈々瀬さんは大丈夫だった?」


 ユキオは、戦場で泣きながら訴えたルミナの言葉を知らない。その事を半分感謝し、また恨みがましく思いながらルミナは歩み寄ってユキオの手を取る。びっくりしてユキオは頬を赤らめた。


 「大丈夫だよ、神谷君達も、私も。玖州君のおかげで……それより、ごめんなさい。私、私のせいで……」


 「い、いや、いいんだ」


 ルミナの手の柔らかさと温かさ、そして距離の近さに心臓がバクバクと鼓動を速める。あたふたしはじめるユキオを見て南雲がやれやれと苦笑いするが、二人は気付かなかった。


 「プレゼント、ありがとう……とっても嬉しい。すごく大変だったでしょう?」


 ルミナの美しい黒真珠のような瞳がユキオを見つめる。その熱い視線はある意味、女性に耐性の無いユキオにはあの『ロングレッグ』のビームよりも脅威であった。


 「や、役に立って良かったよ!でもまだ装甲や武装の調整が必要で……もう少し完成まで待って欲しいんだけど……」


 平静さを全く欠いて、汗だくになり始めたユキオの上で優しく首を左右に振ってルミナはその手をさらに強く握る。


 「名前……」


 「え?」


 「『ゼルヴィスバード』って、なんで名付けたの?」


 問われて、ユキオはさらに顔を赤く染めて、ルミナとその向こうでニヤニヤしている師から頑張って顔を背けた。


 「内緒にしようと思ってたんだけど……」


 「よかったら、教えて欲しいな」


 緊張で心臓が激しく動くせいで過剰に溜まった二酸化炭素を盛大に吐き出して、ユキオは諦めたように話し始めた。


 「XELVIS……XTRA・ELATE・VISITOR……『最高の歓迎すべき友人』」


 「え」

  

 ユキオの答えに、ルミナが一時言葉を失う。 

 

 「昔、そういう名前のバイクがあったんだって。ちょうどいいなと思って、使わせてもらった」


 「………」


 俯いて押し黙るルミナに、ユキオは向き直ってゆっくりと穏やかな口調で話しかけた。


 「これからも……よろしく、奈々瀬さん」


 俯いたままのルミナの肩が、小さく震えた。うん、と小さく聞こえたと同時に、ユキオの手に温かいものが落ちてきた。一粒、二粒。


 「奈々瀬、さん……」


 「お、お花!花瓶に入れてきます!」


 バッと立ち上がってルミナはユキオに顔を見せないように花束と花瓶を持って廊下へ駆けて行った。


 「……先生」


 クックッ、と堪りかねた様に笑いを漏らす南雲に、ユキオが迷惑そうな声を出す。


 「いい名前だったろう?」


 「含みのある言い方は止めて下さい」


 「いや、アレはいいバイクだった。当時はハイスペック全盛期のせいで売れなかったが、頑丈で乗りやすく、乗り手を支えてくれる素晴らしい一台でな。名車と言うのはかくあるべきだな」


 「先生!」


 「わめくな、身体に響くぞ」


 五月蝿そうに手をシッシッと振って南雲がユキオを黙らせる。そこに、今度はノックをせずに別の人物が来訪した。

 

 「こんにちわぁー!ユキオ君入院したんだって?大丈夫?」


 騒がしさがそのまま人の形を成したように現れたのは、南雲の雇っている家政婦、芦原レイミだった。トレードマークのクラシックなメイド服とポニーテールをふりふりさせながら近付いてくる。南雲は額に手を当てていた。もう注意するのは諦めたのだろう。


 「まぁ、なんとか……無事です」


 周波数の高いレイミの声はユキオの鼓膜にも容赦なく響く。よく南雲は付き合っていられるなと感心しながらレイミの明るすぎる笑顔に苦笑いを返した。


 「今日はね、ユキオ君が倒れたって聞いてオカユを持ってきたんだよ。保温してきたからまだポカポカ!食べさせてあげるね!」


 「え、いや、悪いですよそんな」


 急な話に驚いて手を上げようとしたが痛みで言う事を聞かない。この場においては、ユキオは支え棒の折れた案山子も同然だった。


 「遠慮しないしない!さぁ~お口あ~んしてねー」


 「え、えええー!」


 差し出されたスプーンに乗っているお粥は湯気を立てて、確かにおいしそうだった。病院に担ぎ込まれてどのくらい経ったのかは知らないが間違いなくハラはぺこぺこだ。本能には逆らえずユキオはごくりと唾を飲み込んだ。






 「はーびっくりした……玖州君、いきなりあんなこと言うんだもん」


 花瓶に水を入れたルミナは呼吸を落ち着かせながら、持ってきた包みを解いた。中にはユキオの為に焼いたピザがある。給湯室のレンジでそれを温め直しながらさっきのユキオの言葉を鼓膜の記憶から反芻する。


 (『歓迎すべき最高の友人』)


 思い出すたびに耳たぶが振るえ、熱くなり、むず痒くなるほど体がざわめく。


 そんな風に思っていてくれたという感動がルミナの心を満たし他の事は何一つたりとも入り込める隙間は無い。


 火照ってオーバーヒートしそうな脳を冷やそうと整った小さい鼻から一杯に空気を取り込む。レンジから漏れて来るチーズの匂いが鼻孔に届いてきた。


 「おっとっと」


 慌ててレンジを切る。自分の家のものとは違い、古いタイプでどのくらい温めればいいかわからなかったのだ。ドアを開けると充分に加熱されたピザが大量の湯気を上げていた。

 チーズにトマト、体力回復に効く(特別な)食材も形がわからなくなるほど細かく刻んで混ぜたから大丈夫だ。味見もして、満足の行く出来だった。


 (はやく退院してもらわないと)


 入院の原因の一端はルミナのせいでもあるのだが、幸せですっかり脳内がふわふわしている少女はその事を思い出せる冷静さは無かった。


 花瓶とピザを乗せた皿を持って急ぎ足で病室へと戻り、ドアを開ける……。


 「じゃあもう一口、はい、あーん」


 「いや、もうホントお腹一杯で……」


 病室には、場違いと言っていいようなアニメキャラのようなメイドの格好をした女が増えていた。そこまではいい。


 ユキオが入ってきたルミナと視線を合わせるなり、何か弁解めいた事を言いだしたが、彼女はまず自分の目に入った情報を冷静に分析し始めた。


 女は前にも見たことがある。緊張感の無い脳天気な顔をしているが美少女と言えるレベルだ。重要事項。肌も白く髪もさらさら。重要事項。

 持っている大きなタッパーは安物で、お粥のようなものが入っていた形跡がある。ほぼ残っていなかったが、反対の手に握っているスプーンとユキオの口の周りの米粒を見ると、相当量食べさせられたのではないだろうか。重要事項。このメイド女に食べさせてもらったのだろう。重要。超重要。


 「……の、あの!聞いてる?奈々瀬さん?」


 大体の状況は把握した。これ以上の追加情報は要らないし聞きたくも無い。


 「なぁ~んだ、玖州君。そんなにお腹減ってたんだ。ごめんね気付かなくて。わたしも持ってきてあげたから、いっぱい、食べて、ね!」


 ルミナは熱々のピザの耳の部分を掴んで持ち上げた。相当に熱い筈だが不思議と温度を感じなかった。糸を引くチーズを切り離すように勢い良く、蒼白のユキオの顔面目掛け……。


 


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