クラッシュ・キャロット
振り下ろした剣を、『ファランクス5Fr』が、斬り落とされたツノを拾い受け流す。そればかりか、逆手に持ち替えたそのツノで右肩口を狙おうと突きを入れてきた。
その一撃を後退して回避しながら、再度電撃とビームを放つが『ファランクス』は最小限の動きで避けて見せた。明らかに見切られていると感じ、ポッドの中で『J』は唇を噛み千切らんばかりに食いしばる。
虎の子の『ディアルヴァラン』はたった三機の『ファランクス』の前に敗れ去り、自分が操縦する新型の『ジレーン』の性能を持ってすら、一機の『ファランクス』も仕留め切れていない。おまけに秘密裏に稼動させていた工場プラントまで破壊されてしまった。
本部に帰ったとして、間違っても特別報酬や異動が要求できるような戦果とは言えない。
「クソガキどもが……」
モニターの向こうでツノを構える『ファランクス5Fr』を憤怒の形相で睨みつける。重ガトリングにシールドも失い満身創痍の状態だが、『J』にはあと一歩、止めを刺せない理由があった。
限界時間。システムの生みの親の目を盗みこの世界に介入できる持ち時間が尽きようとしているのだ。
残り28秒。この時間でこの戦いにケリをつけてから<ベイルアウト>するのは危険すぎる。まんまと高校生相手に撤退する無様さに酷くプライドを傷つけられたが身の安全には代えられず、『J』は脱出ボタンに手を伸ばした。
(いつもそうだ、俺の人生を邪魔するのはガキばかり……どいつもこいつも……!)
苛立ちながらボタンを叩くように押す、がシステムは脱出行程に移行しない。
「なっ!?」
慌てて二、三度とボタンを叩くが変化は無かった。
(バカな、調整は完璧のはず……誰かが外から……まさか!?)
脳裏に二人の子供の顔が浮かぶ。思わず立ち上がってポッドを出ようとするがハーネスがガッチリと肩を押さえつけ動かない。<ベイルアウト>しなければ今座っているシートから降りる事も出来ないのだ。
「おい!お前ら!そこにいるのか!?ポッドを触るなよ!戻れなくなる!」
感覚をマシンにリンクしている間は、現実世界の音や振動は感じられない。しかし『J』には二人が<そこ>にいるのが確信できた。
「聞こえているのか!絶対にやめろ!もし何かケーブルを抜いたのならすぐに戻せ!」
非情にも、インフォ・パネルのカウントダウンはその数字を減らし続ける。12、11……。恐怖で『J』の全身の毛穴が開き、喉が張り裂けんばかりの絶叫が迸る。
「やめろ!出し抜いたのは謝る!俺がいなければお前らも困るだろう!大人しく言う事を聞け!」
目の前が真っ暗になりそうだった。頭髪の根元からは粘り気のある汗がとめどなく漏れ出る。両目には血管が浮きガクガクと振るえる手足がグリップを、ペダルを闇雲に殴り蹴り飛ばす。
何度も叩かれた脱出ボタンがひび割れて砕け散った。身悶えする『J』の目の前で数字がついに0を刻み。
「カ、ブゥァッ!?」
脳の奥に、真っ赤に焼いた鉄の棒を捻じ込まれたような酷い熱さを感じながら、『J』は絶命した。
武器の大半もシールドも無く、手のうちようの無くなったユキオが疲労で肩で息をしながら睨むモニターの向こうで、新型の『スタッグ』が ピンク色の光に包まれ始めた。
「!?」
新たな攻撃か、もしくは自爆か。その見たことも無い現象に怯んで『5Fr』を後ずらせる。スキあらば右手に握らせた『スタッグ』のツノを投げつける準備をしながら、ユキオは敵の挙動を見逃すまいと流れる汗もそのままに目を見開く。
やがて『スタッグ』の姿が光の粒子に変わり細かく散り始める。
(なんだ……?)
身構える『ファランクス5Fr』の前で、新型『スタッグ』は頭を抱えるような姿勢のまま、全身を輝かせながら粒子となって、消えた。幻のように、幽霊のように。
信じられないものを見て、ユキオは呆然と硬直していたがすぐにレーダーに目をやった。
今消えた『スタッグ』の反応は全く無くなっている。また地上で暴れていた『ギガンティピード』の反応も消えていた。『ファランクス』三機と『St』の周りを周回する小さな青い光点を確認して安堵の息を吐く。<プレゼント>は間に合ったようだ。
しかしレーダーは地下から地上に湧き出る敵機の存在を表示してもいた。ユキオが破壊したポッドからあぶれるように出てきた『フライ』の集団か。思ったより数が多い。
「シータ、地上に戻るぞ!」
「了解」
戦いはまだ終わっていない。ユキオは疲れきって休息を求める身体にムチを打ち、シータに地上への最短ルートを表示させてから『ファランクス5Fr』を走らせ始めた。
「みんな、無事か?」
地上に『As』を下り立たせ、カズマが仲間の無事を確認する。ウィングと左腕を失った『As』の姿は酷く痛々しい。全身にレーザーを浴びて装甲が穴だらけになった『2B』や左脚を失ってスナイパーライフルを杖代わりにしている『St』も似たようなものだ。それでも、三人とも無事に生き残っている。
三人は疲弊した顔でそれぞれ戦場を見回した。降り積もった雪の上に散らばる『バリスタ』と小型『フライ』の残骸。その上に長く横たわる『ギガンティピード』の躯体。そこらじゅうに開けられた地下への大穴。そしてその中から姿を現す『フライ』の部隊……。
「どうするか……な」
そう言っては見るものの、三機の『ファランクス』には全く継戦能力は残されていなかった。最早一機の『フライ』を撃破する弾丸も残っていない、掛け値なしの<無力>な部隊だ。
だが、三人が引けば電力管理施設のコントロールは破壊され、悠南市のライフラインは大きな被害を被るだろう。決死の戦いで『ギガンティピード』を葬っても街を守れなければそれは敗北でしかない。
三人が撤退の一言を言えずに押し黙る中、雪柱と共に地表を割ってユキオの『ファランクス5Fr』が飛び出してきた。
「玖州君!」
「ユキオ!無事だったか!」
チームメイトの無事を喜ぶ仲間の声に、ユキオは早口で応えた。
「みんなも、よく無事で!」
「ルミナが、仕留めてくれたからな」
カズマの言葉に、ルミナが照れくさそうに、そして少し申し訳無さそうにユキオの顔を見る。
「玖州君が送ってくれた、この子のお陰だよ……ありがとう」
ユキオも通信モニタに頷いて見せる。
「間に合ってよかった……。カズマ、ここからは撤退戦だ。『St』を連れて下がってくれ」
「え!?」
驚くルミナの前で、『ファランクス5Fr』がバーニアを吹かし、編隊を組む『フライ』に向かう。
「ユキオ!無理すんな!」
「まだビームガンがある、一度戻って、『バリスタ』を送ってくれ!持ちこたえてみせる」
射程の短いビームガンを当てるために、空中戦をしながらユキオは三人にそう言った。しかしその最後の武器のビームガンも二つある砲身の一本が破壊され、残る一本の心もとない射撃で応戦するのが精一杯という状態だ。
カズマ達が帰還し、代わりのWATSで戻ってくるにしろ、『バリスタ』を送るにしろ、それまで『ファランクス5Fr』が持ちこたえていられるのか、ユキオの腕を信頼している三人にもわかりはしなかった。
「でも、お前、その状態じゃ……!」
「やるしかない!ここで逃げたら、何もかもが無駄になる!」
そう強がりながら、ビームを乱射する『ファランクス』の全身にレーザーがヒットしてゆく。シールドの無い『5Fr』の装甲が、バーニアが徐々に剥がされて行くその姿を見て、ルミナの中でなにかがプチン、と切れる音がした。
「姉さん、『スコール』を送って」
「ルミナ?Exg-04はまだ調整が……」
「早く!玖州君が!」
普段の大人しいルミナの口から出たとは思えない、叫びにも近い要請に押し黙るマヤ。その間に割り込んで、アリシアが今送るわ、と短く通信を挟んだ。
「アリシア!」
「仕方ないじゃない」
口ではそう言いながらも、悪戯っぽく笑いながらアリシアが手早く戦場にキャリアーロケットを発射する。ロケットはすぐにルミナ達の上空へ高速で飛来してきた。
「イータ、もう一度『ゼルヴィスバード』に『St』を掴ませて!」
「了解」
待機していた『ゼルヴィスバード』が紅の機体を翻し、『St』の両肩を掴んで、推進器を全開にし空に舞い上がった。ゆっくりと降り続ける白雪の中、分離したロケットのカウルの中から投下されたExg-04を『St』が捕まえる。
Exg-04『スコール』は6門の巨大な砲身を備える機関砲。『サンライト』ほどの一撃の火力は無いが、広範囲を制圧する対空武器として開発が進められていた。性能テストどころか、排熱調整や6門の発射タイミングの同期も設定していない、試作品とすら言えない状態で、本来ならとても実戦に投入できる代物では無かった。
前にスペックデータを見せてもらっていたルミナもそれはよく理解している。
それを理解の上で、ロックの解除コードを入力し、グリップを握った。
「こ……のぉぉ!!」
『ファランクスSt』はその<危険物>を両腕で保持し、空中から『フライ』の編隊目掛けて嵐のような砲撃を始めた。赤熱した弾丸が暗闇と粉雪を吹き飛ばすかのような勢いでそれぞれの砲身から吐き出される。
「やべえ!ユキオ、後ろだ!」
「!?……んなぁっ!!」
カズマの慌てる声に振り返らせた『ファランクス』のカメラが、輝く流星群のような砲弾の群れを捉えた。怒りを背負わされた徹甲弾が易々と周囲の『フライ』を沈め……巻き込まれた『ファランクス5Fr』の外装にも穴を開けてゆく。
「イダダダダダダダダッ!?」
「やめろルミナぁっ!!」
『ファランクス5Fr』の機体に容赦なく突き刺さる砲撃の衝撃がユキオの脳内を揺らす。何発かは頭部にも当たり額のカメラカバーが割れた。カズマとマサハルが顔面を蒼白にしてチームメイトの凶行を制止しようとする。
ド……ォォオオオオオン
突然、『St』の手の中で、『スコール』が火を吹き爆発した。排熱が追いつかず焼けた砲身の熱が弾薬を引火させたのだ。真っ黒な爆煙の中から現れた『St』は『ゼルヴィスバード』に掴まれたまま、ゆっくりと『フライ』の残骸の中に佇む『5Fr』の前に下り立つと、その肩をがっしと掴み滅茶苦茶に揺らした。
「あばばばばばば……」
機体ごと脳内をガクガクと揺らされてユキオは目を回した。ルミナは構わず、揺さぶりを続けながら今までの鬱憤を晴らすように怒鳴りつける。
「なんなんですか!いつもいつも勝手に決めて、こっちの気持ちも考えないで!」
「………」
ルミナの豹変振りに、カズマもマサハルも、マヤ達<センチュリオン>のスタッフも唖然としてその光景を見る。
「私だって、まだまだ未熟かもですけど!助けられるし、心配だってしているんです!自分だけで考えてないで、話してくれたって、手伝わせてくれたっていいじゃないですか!」
静寂の中、目を真っ赤にして涙を流しながらルミナは大声で言い続けた。
「私の!私の気持ちだって……ちゃんと!考えてくれたっていいじゃないですか!!」
力無く立っている『5Fr』の肩を揺らしまくる『St』の腕を、ゆっくりと近付いてきた『As』の右腕が掴んで制止させた。
「やめろルミナ」
「だって……」
涙でくしゃくしゃになった顔を振り向かせて、抗おうとするルミナにカズマが見ろよ、とアゴをしゃくる。
「ユキオ、気絶してる」
モニターの光に照らされてシートに身体を沈めるユキオは、完全に白目を剥き沈黙していた。
いつもご拝読頂きありがとうございます
前の投稿から期間が開いてしまい申し訳ありません
出来るだけ早いペースを心がけますので今後ともよろしくお願いいたします