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ポインセチア・レッド(後)

 

 漆黒の空は降りしきる雪と、ゆっくりと動く『フライ』のテールブースターの光に彩られある意味美しいとも言えなくは無かった。それをロマンチックと思うほどルミナは余裕も無いし非常識でも無かったが。


 「これで……ラスト!」


 スナイパーライフルに最後の徹甲弾のマガジンを装填する。新型の爆装弾も電磁縛弾もすでに無く、対空用のガンパックはとっくに弾切れで投げ捨てていた。群れ寄る『フライ』達には有効な攻撃手段は無く、『St』はそれらのレーザー攻撃から逃げ惑いながら『ギガンティピード』を狙うという過酷な状況に晒されている。


 それでも、ユキオとカズマから受けた特訓の成果はしっかりと出ており、ルミナは致命傷を避けられていた。


 (訓練を頼んでよかった……けど、このままじゃ……)


 コンディションパネルに目をやる。弾薬だけではない。『ファランクスSt』は被弾によりバーニア推力60%、装甲も四割強が削られて推進剤も残り27%という有様だった。


 カズマにマサハルも同じようなものだ。『As』は最後の武器となったレーザーライフルの弾が尽き掛けているし、『2B』や『バリスタ』もパルスミサイルは撃ち尽くし残ったMRMで『フライ』と『ギガンティ』の格納ミサイルとロケット砲を削るのが精一杯だった。


 『ギガンティピード』から斉射されたロケット砲弾をイータが自動操縦でジャンプ回避する。上空から見る地平まで無数に並ぶ敵味方の機械の残骸と、その上を遠慮なく踏み荒らしてゆく『ギガンティピード』の巨体という破滅的な光景ににルミナは気が遠くなりそうになった。


 (!)


 不意に衝撃が機体を揺さぶる。ジャンプしていた『St』の左膝関節に、『フライ』のレーザー弾が直撃したのだ。


 「いけない!」


 「着地シマス。ショック体勢ヲ取ッテ下サイ」


 しっかりとグリップを握り、口を閉じて着地の振動に備える。『ファランクス』はなんとか地上に戻ってきたものの、その衝撃で左膝が折れて稼動不能になった。


 (!!)


 脚を引き擦っての歩行すら出来ない。このままでは間違いなく『ギガンティピード』の攻撃を受けてしまう。『St』の装甲ではひとたまりもなく破壊されてしまうだろう。


 諦めの悪い人間である事に、多少の自覚とプライドがあったルミナだがいい加減覚悟の決め時かと感じ始めていた。


 (もっともっと、たくさん練習しておけば生き残れたかな……)


 物思いに耽る時間はそうは無さそうだった。レーザー銃口を輝かせながら群れを成して近寄ってくる小型『フライ』の集団、その向こうから地響きを立てて『ギガンティピード』の尾部が死刑執行人の如くゆっくりと迫り来る。


 距離的にも、火力的にも、機動力的にも、カズマ達が助けに来れる状況では無い。泣きそうになりながら唇を噛みしめ、モニターから目をそらして下のコンディションモニタを見……。


 (?)


 モニタには見覚えの無い画面が表示されている。いくつかの起動コード、スペックデータ、ローディングバー。


 (何……パス…ワード、入力……?)


 モニターは14文字のパスワードを要求していた。そのスペースに少しずつ文字が入力されていく。


 (M、E……R……)




 「間に合えぇぇぇぇぇ!」


 新型『スタッグ』が連続で放つ高圧電流をかわしながら、ユキオはモニターキーボードで一つずつ文字を入力していた。用意した戦闘プログラムは、このパスワードを入力しなれば動作しない。急がなければ『ファランクスSt』が、ルミナがやられてしまう。


 『スタッグ』が突き入れてきた剣がついにシールドを『ファランクス』の左腕からもぎ取った。重いシールドがグルン、グルンと二、三転し音を立ててタイル張りの床へ転がった。

 

 だが、ユキオにはそれすら気にしている場合ではなかった。『スタッグ』の頭部を激しく蹴り、大きく距離を取りながらまたモニターに丸い指を伸ばした。


 「頼むぞ!!」





 <MERRY CHRISTMAS>

   

 ルミナの見ている前でコンディションモニタにその一文が完成した次の瞬間、『ファランクスSt』にレーザーの雨を降らせようとしていた『フライ』達に青いビームの弾幕が注がれた。十機以上いた小型『フライ』が一瞬にして一掃されてゆく。


 「!?」


 何が起きたのか。周囲を確認する間もなく『ギガンティピード』の尾部パーツが『St』を踏み潰そうと何本もの脚を振り上げるのが視界に入る。


 (やられる!!)


 片足しかない『St』ではジャンプもできずその巨体からは逃げられない。ルミナは覚悟を決めて目を閉じた。


 だが、彼女の身体に訪れた感覚は、潰されるような衝撃でなく急スピードで持ち上げられる独特の浮遊感だった。


 (!!?)


 目を開けば遥か下を、雪煙を上げながら『ギガンティピード』が過ぎ去っていくのが見えた。

 状況が飲み込めず、思考回路が混乱する。


 「空に……、飛んでるの、私?」


 頭上から聞き慣れないジェット機のような音が聞こえてくる。恐る恐る上を見やると、見たことも無い飛行機械がそこにいた。


 「!?」


 鷲や鷹のような、猛禽類に近いシルエットを持つ鳥型のマシンだった。


 鮮やかな紅のフェアリングと胸元に三連装のビーム砲口を備え、左右に広げられたウィングからは輝く半透明の翼が伸びている。尾翼からはバーニア炎を吹き出し、高速で飛行している。その力強い脚部が『ファランクスSt』の両肩を掴んでいた。

 その頭部にある金色の目は、鋭くも包み込まれるような優しさを感じさせる。


 「私を……運んでいるの……?」


 独り言のように問うルミナにマヤの声が届いた。


 「『ゼルヴィスバード』。ユキオくんからルミナへの、クリスマスプレゼントよ」


 「えっ!?」


 思わぬ話に言葉を失う。


 「ユキオくんが、近距離の苦手な『St』の護衛用に、毎晩夜なべして作った新型のサポートマシンよ。コントロールはイータがやってくれるわ」


 (こんなマシンを……一人で!?)


 このところのユキオの寝不足、忙しい理由。ルミナの抱えていた疑問と不審が氷解し、耳たぶが一瞬でじわっと熱くなる。画面の向こうで義姉がウィンクするのを見て、なぜか恥ずかしさで顔が真っ赤になり、またも俯きかけたルミナにイータが変わらぬ無機質の声で報告する。


 「『セルヴィスバード』ハWATSヲ飛行サセル設計デハアリマセン。二秒後ニ上昇ヲ終エ、以降約十秒滑空ニ移行シマス。注意シテ下サイ」


 「え!?」


 予想外の報告に慌てて状況を確認する。かなり上空まで運ばれて、下を見れば眩暈がするほどだ。カズマ達の『ファランクス』もほとんどその姿が判別できずあれほど巨大に見えた『ギガンティピード』もそれこそまさに普通のムカデのように見える。つづけてイータが報告を続ける。


 「電波分析終了。ダミー電波多数ノ為解析ニ時間ガカカリマシタ。89%ノ確立デ対象ヲコントロールシテイルト思ワレルブロックヲ発見シマシタ」


 「ロックして!」


 イータの声に弾かれるようにスコープに手を伸ばす。残された弾丸を確認し……五発の弾丸のうち三発をリロード、次いで残りの二発もすぐに装填できるようセットした。愛用の狙撃用ライフルを両手に構えさせる。


 ピッ!という短い電子音と共にターゲットマーカーが表示される。胴体中央部よりもやや後方のブロック。その進行方向を追う様にスティックでマーカーを先回りさせる。高度800……充分に狙える距離だ。


 (当たって!)


 『ギガンティピード』の制御装置を貫くよう、望みを込めてトリガーを引く。立て続けに五発の弾丸が火花と銀色の尾を引いて『ギガンティ』のブロックを撃ち抜いた。


 撃ち抜かれた事も気付かないかのように『ギガンティピード』は何十歩か爆走を続けた。その先にいたマサハルは『2B』をジャンプさせ体当たりをかわすが、反応が遅れた『バリスタ』二機が巻き込まれてバラバラになっていった。


 だが、その脚運びが徐々に鈍くなり、もつれ始めた脚が絡まり先のほうから瓦礫と雪を巻き上げて地面に突っ込んで行く。


 「決めたか!」


 上空からカズマの声。他の二パーツも動きが鈍くなり……巨人が眠るように雪煙を上げて止まっていく。


 一番大きな胴体部も同様だった。まるで本物の虫のごとく巨大な脚をピクピクと震わせているが、大地を踏みしめ立ち上がることは、もう無かった。


 「やった……やった……」


 自分の成果を噛みしめるように、息を吐きながら自由落下する『ファランクスSt』の中でルミナは呼吸を落ち着けようとした。そのルミナを気遣うように旋回しながら高度を下げる真っ赤な鳥型のマシンを見て声を上げる。


 「玖州君は!?」




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