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ポインセチア・レッド(前)



 「みんな、大丈夫?」


 4人のポッド内部にマヤからの通信が届く。


 「なんとかな」


 カズマが多少強がりを含め返事をした。火力のある増援は来たものの、現状戦力で『ムカデ』が撃退できる可能性は高くないように思える。『サンライト』を使っても、主要動力部を破壊できなければ活動を停止させる事はできないかも知れない。


 「完全に新型ね、他支部や海外のデータベースを当たっても当該機の情報は全く無し。以後、コイツを『ギガンティピード』と呼称します。手が空き次第イーグルチームを援護に回すから、なんとかそれまで凌いでちょうだい」


 「言ってくれるぜ……」


 「でも、やるしかない」


 控えめに言っても無理のある注文にへこたれた返事をするカズマにユキオが言う。火球の中で暴れ続ける『ムカデ』もとい『ギガンティピード』を睨みつけるユキオの表情を見て、カズマ、マサハルも開き直ったように苦笑する。


 「ユキオの言う通りだな、いくぜ!」


 『As』が欠けたウィングで歪な軌道を描きながら、上空へ駆ける。『ギガンティ』の背面にはおぞましいシルエットを成すほどの数の対空機銃が並んでいたが、その無数の銃弾はカズマを捉えられず、逆に少しずつライフルで沈黙させられていった。

 それを見ながら、ユキオがマサハルとルミナに指示を飛ばす。


 「ヤツの前に出てジャミングをかける!奈々瀬さんは電磁縛弾で脚を止めて、それが成功したらマサハルはパルスミサイルをぶっ放してくれ!」


 「りょ、了解!」


 「頼んだぜ!」


 二人の返事を受けて、『ファランクス5Fr』のバーニアを吹かした。水平射撃で『5Fr』を追う『ギガンティピード』の対空機銃の弾幕を、雪原を駆け抜けながらかわし二連ビームガンで応戦しながら弧を描くルートで『ギガンティピード』の正面へ回り込む。


 (これだけでかくて、センサーが頭にしかないって事は無いだろうが……)


 見ている限り、『ギガンティピード』は前進以外の機動は取れないようだ。ならば、先端の頭部にカメラやセンサーが集中している可能性は高い。

 頭部先端にある凶悪なアゴに警戒しつつ、ユキオはリアアーマーに手を回させた。

 

 「くらえ!」


 スモッグボムとフラッシュグレネードを投げつける。闇の銀世界に激しい光が瞬き、雪原がそれを乱反射させあたりが白昼のごとく光に支配される。


 機を逃さず、スコープに遮光シャッターを掛けていたルミナの『ファランクスSt』が装弾された電磁縛弾を横一線に連射した。『ギガンティピード』の無数の脚にスパークする高圧電流が絡みつき、その機能を殺してゆく。ユキオの目論見どおり『ムカデ』は目と脚を潰されて明らかに動きが鈍くなっていた。


 「二点集中、一斉発射!!」


 それを確認したマサハルがAIに指示しつつ、自らもパルスミサイルを発射した。『ファランクス2B』を中心にV字陣形を取っていた『バリスタ』達から、白煙を引いて多数の大型ミサイルが弾道軌道で『ギガンティピード』の背面に襲い掛かる。


 (いけるか……!?)


 四人は固唾を呑んでモニターを見守った。ミサイル群はその長大な胴体の二箇所に集中して突き刺さり爆発する。頭部の後方と、対空機銃が特に密集している尾部前方だ。うまく行けば電装系統寸断や弾薬の誘爆で、行動不能まで持っていけるとマサハルは踏んでいた。


 パルスミサイル独特の青紫の大爆炎が轟音と共に広がり、あたりに積もっていた雪を吹き飛ばしていった。結果、見事に巨木のような太さの『ギガンティ』の胴体は装甲や駆動機械を盛大に撒き散らしながら二箇所で分断された。


 「やった!!」


 ルミナの歓声が上がる。男子三人も一瞬安堵の息を吐こうとした、が。


 動きの止まったと思われた分断した『ギガンティピード』の巨体は、それぞれが蠢き出し激しく走り始めた。分断してもなお巨大な三つの戦闘マシンは痛みに悶えるかのようにより激しい動きで地面に潜り、現れては防護壁を踏み潰してゆく。


 「うそだろ!!?」


 目を丸くして驚愕の悲鳴を上げたマサハルのモニターにカズマが怒鳴り込むようにパネルを開く。


 「何してんだ!増えちまったじゃねえか!」


 「そんなん俺のせいじゃねえよ!ってゆか反則だろ!!」


 どう考えてもマサハルの主張は正しいように聞こえたが、悲しいかな彼の悲痛な弁明にこの現実を覆す力は無かった。暴れまわる『ギガンティピード』により戦場は地盤崩壊を起こし、反応が遅れた『バリスタ』が次々と奈落に落下してゆく。

 さらに、一番長い胴体部のいくつかの『節』の側面ハッチが開き多数のオレンジ色のバーニア炎が闇夜に瞬きながら射出された。


 「小型の……『フライ』?」


 スコープを覗いていたルミナが驚きの声を漏らす。それらは、通常タイプの『フライ』より一回り小さい機動兵器だった。動きも鈍いように見えたが搭載しているレーザー機銃は同等の物の様に見える。何よりその数が多い。ざっと目測で三十機以上が出現し、その数はまだ増えているようだった。

 

 「空母かよ!」


 ユキオの言葉通り、それは正に巨大な陸上空母だった。無数の小型『フライ』のレーザーと『ギガンティ』自身の機銃。さらに新たに飛び出してきたロケット砲台やミサイルランチャーが四人の『ファランクス』を牽制し、装甲を削り、足を止めたところに巨大な『ギガンティ』が襲い掛かる。直撃は辛くも避けているものの、この状況が長く続けばいずれ誰かがあの醜悪なマシンの下敷きになるのは免れないだろう。

 

 「ど、どうしよう!?」


 「どうもこうも……『バリスタ』に『フライ』を叩かせろ!頭はオレ、あの短い尻尾はルミナ、長い胴体はユキオとマサハルでシメろ!いくぞ!」


 速射ライフルを撃ちつくしたカズマがバックラーからブレードを抜き、高密度の弾幕の中を突撃する。『As』だけを前に出すわけには行かず、ユキオとマサハルも肉薄しながら火線を開いた。強引だがカズマはパンサーチームの引っ張り方を心得ている。


 数少ない『バリスタ』に残されたマイクロミサイルと『フライ』のレーザーが交差し、物言わぬマシンが互いの機械の身体を削いで行く。その冷たく凄惨な戦場の中でルミナは鉄鋼弾を再装填したスナイパーライフルで素早い尻尾を追った。その中心部目掛けトリガーを引くのだが、相手が巨大すぎるのか二、三発の直撃では致命傷には至らない。  


 (次から次へと、こんな新型を送り込んできて……!)


 ルミナとて、ウォールド・ウォーが自分の参戦で収束に向かうなどと自惚れた事を思っていたわけではない。しかしこうも強大な敵が現れ続けると、当初の目的だった義姉の負担を軽くする事すら出来ないのでは無いかと思ってしまう。


 (それでも……!)


 今は共に戦う仲間がいる。ここで自分だけ気圧されるワケには行かない。

 唇を真一文字に引き締め、心を奮い立たせた。左手にダブルガンパックを握らせて近寄ってきた小型『フライ』達を突き放す。回避をイータに任せている分、ルミナは他の三人より攻撃に集中できる。ライフルとガンパックを手早く持ち替え、リロードをし、『2B』に負けじと高火力の弾幕を形成した。


 そこに、サポートAI・イータの声が響いた。


 「増援1機ノ侵入ヲ確認」


 イータの無機質な警告を聞き終わる前に、ルミナの鋭い眼がその侵入者を捉えていた。『ギガンティピード』の出現位置よりも遥か遠くから飛行して戦闘空域に接近してくる飛行型のマシン来ているが、そのスピードは『ラム・ビートル』以上に見えた。


 「増援1機、気をつけて!」


 「このタイミングでか!?」


 マサハルの驚きの声を聞きながら、ルミナは新手に牽制の一撃を放った。距離600。『St』の最も得意とする射撃レンジだ。


 しかし音速の徹甲弾を、信じられないようなスライド機動でそのマシンはかわした。脅威を感じつつも冷静を保ち二発目、三発目を撃つも、それすらも転回し急降下をすることで易々と回避して接近してくる。


 「うそ!?」


 ここに至ってルミナの顔面に焦りの色が浮かぶ。新手のマシンは高速機動のまま『ギガンティピード』の頭部を牽制する『As』の背面に急接近してゆく。ルミナはまぶたの汗を振り払いながら慌ててカズマに通信を開いた。


 「神谷君、後ろ!」


 「っ!?」


 対空機銃とレーザー弾の海を縫うように避けながら立ち回っていたカズマは新手の動きに気付けなかった。その漆黒のマシンが振り上げる禍々しい形の実体剣が、漆黒の空にあってなお黒い残像を残し、『ファランクスAs』の左腕をシールドごと切り落としていく。影はさらに飛び上がり、『As』の上手を取って剣を構えなおした。


 (……?)


 ユキオはその動きに、何か今まで戦ってきたマイズアーミーのマシンらしくない、<粘っこい>意思の様な何かを感じた。


 「くそ!」


 左腕を失ったカズマは残った速射ライフルで再び弧を描き突進してくる新手を迎撃したが、針のようなレーザー弾体は空しくその黒い装甲に弾き返された。軽量ゆえに性能が絞られた銃だが、それでも完全に無効化できるのは『リザード』クラスの装甲を持つマシンという事だ。思わぬ強敵の乱入にカズマも動揺を見せる。


 「カズマ、割り込むぞ!」


 「言ってねえでさっさとしろ!」


 カズマの物言いに苛立っている場合ではない。ユキオはスラスターを全開にして飛び上がり『As』に剣を振りかぶる新手の前に突撃して、そのボディをシールドで突き飛ばすように押し返した。まともに直撃を受けた敵は慣性と擬似重力に捉われて落下してゆく。


 「やったか!?」


 空中でバランスを失い、落下する敵を見てカズマが叫ぶ。が、その機体は地表寸前でバランスを取り戻し、今度はルミナの『St』に向かい飛翔を始めた。


 「くそ!奈々瀬さん、距離を!」


 「!!」


 言われて後進を始めるルミナに、敵は肩口からショットガンのような散弾射撃をしながら迫ってゆく。強力ではないが、『ファランクスSt』のように装甲の薄いWATSの動きを制限するには充分な威力があった。


 「ダメ!逃げ切れない!」


 「させるかぁっ!!!」


 ユキオがオーバーブーストを叩く。スラスター機能にダメージが及ぶほどの最大稼動で、全身に強烈な擬似Gを感じながらもユキオはその漆黒のボディを背後から捉える事に成功した。巨大なウィングの外殻を掴み、その頭の上に『5Fr』のボディを圧し掛からせる。

 二機は地表に落着し、絡み合いながら雪原を派手に転がった。強烈な振動と嘔吐感がユキオの脳を苦しめる。


 「玖州君、大丈夫!?」


 「ゲホッ……なんとか……」


 身体を起こそうとする脳内の電気信号をシステムが拾い、『5Fr』はゆっくりと起き上がった。視線をモニターにやると新手もまたその目の前で立ち上がるところだった。


 (『スタッグ』?……けど、違う)


 敵の動きが止まった事でようやく敵機を観察する事ができた。それは先程も倒した『スタッグ』によく似たシルエットをしている。しかし、通常灰色のはずのボディはまさにクワガタムシの如く艶のあるブラックに染められ、白い戦場に異様な姿を晒している。代名詞の巨大な一対のツノも『スタッグ』のそれより巨大だ。体の各部の装甲もより重厚で内臓火器も多く……何より『スタッグ』タイプは飛行能力を持たない筈だった。


 「新型か……?」


 シールドを構えなおすと同時に、黒い『スタッグ』はウィングを開き恐るべき速度で『5Fr』に接近してきた。巨大な実体剣を力任せに叩きつけシールドごと『5Fr』を突き飛ばす。


 「うぉおお!?」


 予想以上の速さとパワーに驚愕するユキオに追撃すべく、黒い『スタッグ』が飛び上がる。重ガトリングの照準を合わせる間も無く踏みつけるような重い飛び蹴りを放たれて、ユキオはただシールドで防御する事しか出来なかった。しかし、それ以上に驚くべき事が起こった。


 「……キが、お前……らだ!!」


 (声!?)


 『スタッグ』のキックを受けた瞬間、ノイズ越しに激しい憤りの篭った男の声が聞こえた。サポートAIなどではない、息の荒い獣のような人間の声。


 キックを受け止めた『5Fr』の足元が崩れ、二機は瓦礫と共に地下空間へ落下し始めた。慌てて姿勢制御し、着地できる部分を探しながらユキオは自問する。


 (人が動かしているのか……!?)


 現実世界で100メートル近く、数秒掛けて落下した『ファランクス』の両脚は瓦礫まみれの地面を踏みしめた。黒い『スタッグ』は容赦なくショットガンを放ちながら白兵戦の間合いに飛び込んでくる。ユキオは地下空間のスキャンをシータに掛けさせながら必死に間合いを取り始めた。


 「危険デス。牽制、マタハ反撃を実行シテ下サイ」


 シータが抑揚の無い女性の合成音声でユキオに提言するが、ユキオはまだ迷っていた。

 今までは相手が機械だからと割り切って銃口を向ける事ができたが、もし人が操っているのなら。


 (当たり所が悪ければ、南雲先生のようになるかも知れない……!?)


 しかし、この相手は手加減の出来る手合いではない。


 (どうする……!)


 ひたすら地下空間を後退しながら、ユキオは黒い『スタッグ』と間合いを取り続ける。全身が焦りと緊張で体温が高まり、コクピッドポッドの中が蒸れてきた。短い前髪から汗が水滴となって鼻を打つ。   


 「ユキオ!大丈夫か!?」


 カズマが姿を見せないユキオに通信を開いてきた。地上の動きはレーダーでしか把握できないが、あの『ムカデ』に優勢を取っているとは考えにくい。


 「大丈夫、特にダメージは無い!けどコイツを倒すのも難しそうだ……」


 「わかった、引き付けておいてくれ!こっちは三人で何とかする!」


 それも難しいと思ったが、他に有効な作戦も無い。ユキオはカズマの意地を信じる事にした。


 「頼む!」


 黄泉の世界かと思えるような瓦礫と鍾乳洞の地下空間で、『ファランクス5Fr』は行方も知れない逃亡劇を開始した。



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