悪意の棘が呼ぶ者
乗っていたモノレールが前触れも無く激しい揺れと共に停車して、目の前でお喋りに夢中だった那珂乃カナがよろめいた。その華奢な肩をヒロムが抑える。
「あ、ありがとうヒロム君!」
「大丈夫か?」
「う、ウン!」
コクコクと頬を染めながらバカみたいに首を振りまくるカナに一応安堵して見せてから、ヒロムは窓から状況を確認しようとした。
止まった場所は次の駅のすぐ手前、下り坂になっている部分だった。目的の商業地域まではまだ四駅。今いる所は隣接する開発中の住宅地で、建設中の高層マンションが降り始めた粉雪に霞み、ヒロムにも随分と不気味に見える。
「お客様にお知らせいたします。只今、市の電力管理施設に不具合が発生しているとの情報が入りました。当車両はひとまず次の東悠南坂まで進みしばらく停車する見込みとなります。お急ぎのところ申し訳ありませんが……」
流れ始めたアナウンスを聞いてカナがあからさまに不満そうな声を出す。それにつられる様に車内の乗客がざわつき始めた。
強引なカナに誘われてボーリングに行く所だが、ヒロムの心中にはそれより厄介な不安が満ち始めた。
(『J』の野郎……やりやがったか?)
自分が町に出ている事は知っているはずだ、その上で電力関係を狙うなどと……。
苛立ちを隠せず小さく唇を噛んでいる内にモノレールがゆっくりと次の駅のプラットホームに入り始めた。ホームドアが開き、中から乗客が苛立ちながら外へ出る。
ヒロムもカナの手を取ってホームへ降り立った。
「どうしたの?」
その硬い面持ちのヒロムを見上げながらカナが問いかける。
「ごめん、那珂乃さん。ちょっと家族が……その、施設で働いていてさ。心配になって……すぐ戻るから、様子を見てきてもいいかな」
「え、でも……」
行っても仕方ないんじゃないかと言いたげなカナを勢いで押し切る。
「ホントにごめん!夕方には絶対戻ってくるから、そしたらラーメン食べに行こう!」
返事を待たずにヒロムはカナの手を離し駆け出した。その背中に手を伸ばしながらカナが慌てて大声を上げる。
「もう、絶対だよ!」
どんどんと遠ざかるカナの姿に手を振りながら階段を駆け下り、地上階の改札へ向かう。
(怒ってたな……あたりまえだけど)
全部『J』の野郎のせいだ……!とヒロムもまた苛立ちながら駅を出て左右を見回した。まだ街に不慣れなせいで、どの道を走ればいいのか見当がつかない。
そんな時、見覚えのあるメイド服が反対側の歩道を駆けていくのが見えた。
(レイミ……!)
横断歩道を走り、ポニーテールを暴れさせながら走る同居人にダッシュで追いつく。
「おい、仕事はどうした!」
「あ、ヒロムじゃん」
息を切らせて走りながら、メイドの格好をした芦原レイミが器用に後ろを振り返る。
「今日はお掃除だけだったし、電気無いと掃除機かけられないから。そんな事より!」
「ああ、アイツ、やりやがったな!」
ここにきてヒロムは怒りを隠そうともせず吐き捨てるように言い捨てた。雪の粒は徐々に大きくなり、風も吹いてきた。若い二人は先を争うように、水浸しになり始めた歩道を走り抜けていく。
ウォールド・ウォーにアクセスしたユキオ達はしばし呆然とした。
普段は漆黒に染められている戦場に、白い雪が舞っているからだ。
地面の上にもそれらが積もっていて、それはひどく神秘的な世界のように見えた。
「これは……」
「ドクターマイズなりの、クリスマスプレゼントか?」
軽口を叩くカズマだったが、気を抜かずに広域レーダーを見る。むしろ普段と様子が違うだけに、予想外の事態が起きてもおかしくない。
「プレゼントなら、こんな演出より休みが欲しいな」
珍しく愚痴を言うユキオに全くだぜ、と言いながらカズマは『ファランクスAs』のウィングを開いて飛翔した。施設を攻撃中の『ラム・ビートル』を捕捉したからだ。
「南側へ回る!この敵の量なら増援が来るかもしれない。ルミナ、しっかりな!」
「了解です!」
レーダー感度を上げながらルミナは狙撃姿勢を取った。それを見てユキオも『5Fr』を前方へ進ませる。空を飛ぶ『フライ』や『ビートル』に重ガトリングを散らして牽制を軽くかけながらその奥の『スタッグ』を探した。
(見つけた……!)
地上の雪を巻き上げながら『スタッグ』達がホバー走行で接近している。無意識にセレクターに左親指を当てたが、カズマの言葉を思い出してユキオはグレネードの使用を控えた。『スタッグ』二機程度に数少ないグレネードやバニティスライサーを使う必要は無い。
敵の放つビーム弾をシールドで弾き返しながら、『ファランクス』を真っ向から接近させる。
「これで……どうだ!」
格闘距離まで接近しようかという間合いで、ユキオはグリップを思い切り引いてペダルを踏んだ。『ファランクス』が上半身を引き、両脚を前に投げ出しながら下半身のバーニアを全開にした。
ドウッ!
猛烈なバーニア炎に辺りに積もった雪が大量に巻き上げられた。視界を遮る煙幕となった雪煙に『スタッグ』が戸惑うように速度を落とす。そこに大型シールド『ヴァルナ』がその雪煙を割り飛び出してきたが、二機の『スタッグ』はすぐに足を止めたままそれを協力して受け止めた。
「素直すぎるんだよ!」
シールドの後ろには、それを握っているはずの主、『ファランクス5Fr』の姿が無かった。動きを止めた『スタッグ』の右手、煙に紛れて回り込んだ『ファランクス5Fr』が強烈な飛び蹴りを放つ。
ドガアッ!
警戒していない方向からの奇襲を受けた『スタッグ』の一機がなす術もなく吹っ飛び白い地面を転がってゆく。腰部に致命的な一撃を受けたその『スタッグ』は転倒のダメージも併せ戦線には戻れなくなり、粒子となって霧散していった。
残る一機の『スタッグ』が囮になったシールドを投げ捨てて『5Fr』に向き直る。ユキオは重ガトリングのトリガーに指をかけた。
「さて、やってみるか……」
『J』がトレードマークとも言えるサングラスを外しながら呟いた。戦闘状況を示すモニターでは、自分が放った強襲部隊と<センチュリオン>のイーグルチーム、パンサーチームが戦闘に入ったと表示されていた。
「イーグルチームも潰さなければいかんだろうが……まずはパンサーの小僧共だな」
マイズ陣営でも注目され始めたパンサーチームを独力で撃退できれば、本部とて自分をこんな僻地での監視任務などにおいておくまい。冷たい無表情のまま用意していた『秘密兵器』の一つを起動させて、それからポッドのドアを開けて血の色をしたメモリーキーをスロットに差し込む。
(本部の予定とはちょっとは違うだろうが……俺だってガキの面倒を見る仕事をしに来たわけじゃねえんだよ)
ゆっくりと首と肩口を固定する頑丈なハーネスを下ろし、自分の三半規管や神経の一部をWATSと同調させる。その感覚はとても気分いいと言えたものではないが、「J」はその先に待っている輝かしい将来を予想し、ニヤリと悪党の微笑を見せた。
ルミナが飛行部隊をあらかた片付ける頃には、『スタッグ』も、『ラム・ビートル』も撃退されていた。雪の降る暗闇の中を後退してゆく『フライ』を見ながら、ルミナは気を抜かずにマガジンを装填する。カズマも投げ捨てたレーザーライフルを拾い上げて、予備のカートリッジと交換した。
「レーダーには増援反応なし……」
ルミナが呟くように二人に知らせながら、胸ポケットからリップを取り出した。緊張で唇が乾いてしまっている事に気が付いたからだ。
レーダー画面からは飛び去ってゆく『フライ』の光点が消える所だった。それ以外には三人の『ファランクス』以外の反応は無い。
『ファランクスSt』の対空レーダーに引っかからないのであれば、増援が至近距離から現れる事はないはずだった。
「てことは、遠くからブースターでもつけてやってきているってことなのかね」
カズマが『As』のウィングを広げ、再び虚空へ舞い上がる。ユキオもカメラを最大望遠にしながら地平線を睨むが、敵機の気配は感じられなかった。
「どうなんだろうな……今までそういう襲撃はあまり無かったみたいだけど……ああ、ハラ減ったなぁ」
「サンドイッチ、作ってきたけど後で食べる?」
ユキオのボヤキになんとはなしにルミナが言う。しかし通信モニタの向こうの男子二人は予想以上のしかめ面を見せた。
「そのサンドイッチには変なモン入ってねーだろーな」
カズマはすっかりルミナの料理を疑ってかかっている。親友を一撃でノックアウトした威力を見れば無理も無いだろうが、ルミナもまた二人の反応にショックを受けた。
「だ、大丈夫だよ!南米で見つかった新種のカエルの卵の干したのがちょっと入ってるけど、これは現地の人が昔から滋養強壮に食べてたって言う……」
「だから!なんでそういうモノ挟んでくるんだよ!」
ついにカズマがグリップから両手を離して頭を抱えた。それが、一瞬の油断になったのかもしれない。
(……?)
ユキオは足元から、『ファランクス5Fr』の脚を通じて伝わってくる振動を擬似感覚で感じていた。
地震か?とも思ったが、ウォールド・ウォー内で地震が起きたという記録は見たことが無い。
突如、亀裂が広がり、目の前の地面が盛り上がるのを見て、反射的にユキオは二人に叫ぶ。
「下だ!!」
瞬間。雪原となっていた地面から、間欠泉の様に、または活性火山の噴火のように雪と地面を構成する黒い破片が立ち昇った。その中に、まるで天へ立ち昇る龍のように上昇する白く太い何かが、飛行していた『ファランクスAs』をハエでも追い払うかのように弾き飛ばしながら姿を見せた。
「なぁぁっ!?」
「カズマ!?」
激しい勢いで跳ね飛ばされた『As』の姿にユキオが悲鳴を上げる。あわててアポジモーターで踏ん張り何とかバランスを取り戻して墜落を免れたが、その左ウィングは大きく欠けていた。飛行に支障が出るのは間違いない状態だ。
「クソッ!なんだ!?」
「ヘビ……いや、ムカデ……か?」
冷静さを取り戻そうと呼吸を落ち着けながら『敵』の観察をしたユキオの言葉に、ルミナも端正な眉をゆがめながら頷いた。
それは灰色の装甲と無数の脚を持つ、グロテスクなシルエットの巨大なムカデだった。直方体のブロックを繋げた様なフォルムのマシンで太さは『ファランクス』の全高の2倍程度だが、地上に出ている長大な体の全長は一見ではとても推測できないほどだ。間違いなく『ロングレッグ』クラスの大型マシンだが、ユキオ達はおろか、<センチュリオン>の誰もがそのマシンについて何も知らなかった。
「新型……?」
その巨大さに対する恐怖から、全身から流れ始めた汗を気にする余裕もなくルミナが慄く。ユキオやカズマも圧倒され、またどう攻めるべきか判断がつきかねた。
その三人に対し、『巨大ムカデ』が先制を打った。地鳴りを響かせて信じられないようなスピードで雪原を走り、豪快に雪煙を巻き上げながら『St』に向かい猛進を始める。
「キャアアアアアア!?」
「奈々瀬さん!」
悲鳴を上げながらジャンプをするルミナの『St』をユキオの『5Fr』が抱きかかえるように掴み、バーニアを全開にして更に上昇させる。そのすぐ下を『巨大ムカデ』は疾走し、分厚い防護壁を二枚も立て続けに破壊していった。そればかりか再度地面に潜り込み、また別の地点から瓦礫を捲き散らしながら地上に出現し……ものの三十秒もしないうちに三機の周囲は巨大な穴だらけになってゆく。
「冗談じゃねぇな……オイ」
「カズマ、大丈夫か?」
「ああ……正直平気とは言い難いけどな」
カズマが控えめなコメントを言ってしまった自分に内心舌打ちする。リーダー的な人間が及び腰になれば、それはチーム全体の士気に関わる。ユキオはルミナもこの常識外れの暴走特急に気圧され、戦意を欠き始めていた。
そこに、空を裂く音と共に炎の尾を引きながらミサイルの一群が飛来した。
「!」
ミサイルは『ムカデ』の頭部と思しき部分に次々と直撃し、『ムカデ』の動きを抑止させる。
「おまたせー!……またとんでも無い奴が出てきたなぁ」
「マサハル!」
それは、援護に現れた『ファランクス2B』と『バリスタ』からの攻撃だった。いずれも虎の子の長距離パルスミサイルを背負っている。カズマは急いでマサハルのポッドに通信を繋いだ。
「おい、大丈夫なのか!?」
「ま、なんとかね……」
作り笑いをしているマサハルの額には油汗が流れている。ルミナは慌てて謝ったがマサハルはそれを制した。
「いいからいいから、オレが勝手に横から取ったんだし……ユキオ、いつも『あんなの』飲んでるのか?」
「いや、その……」
答えに言いよどむユキオ。微妙な空気の三人に気合を入れなおしたカズマが檄を飛ばす。
「ダベってる場合じゃねえ!マサハル、来たからにはしっかり仕事しろよ!」
「オッケーオッケー、こんだけデカけりゃ外しようが無いってね」
『バリスタ』のコントロールも一時的に『ファランクス2B』のAIに任されている。全7機の射撃タイミングを連動させて、マサハルは嵐のような絶え間ない牽制射撃を敢行した。計28発の高速型SSMが『ムカデ』の胴体の下に潜り込む様な弾道で直進し、次々と火球を咲かせその巨体をのた打ち回らせる。爆風が雪を舞い上がらせ地走りが『ファランクス』の姿を白く霞ませた。